おあいこにしよ
なんか急にやる気になったから部活行こーっと、って歩いてたら廊下で蹲ってるエースと出くわしたフロイドの話。
両者共にまだ無自覚だけど多分近いうちに恋心に気付く。
データ整理してたら発掘したので供養です。ほぼまる1年前に書いたので現在と設定が食い違ってる可能性がありますご注意ください。
※体調不良ネタです。
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遠くで複数の足音が子気味良く響いている。辺りに人気がない、昼下がりの廊下。風に乗って聞こえてきたその足音に、オレは顔を顰めた。
げえ、今日走り込みすんの。
酷く億劫そうな雰囲気を隠しもせず出す。今日は元々バスケ部に顔出すつもりはなかったけど。ぼんやりと放課後の暇な時間を過ごしていたら急に気分が乗ってきたため、「しょーがねーなあ、着替えに行くかあ」と軽い足取りで更衣室へ向かおうとしていた所だった。
バスケだったらしてもいいかなって思ったけど、今走り込みの気分じゃねえんだよな。あーあ、来なきゃ良かった。つまんね。
はあと溜息をつく。やっぱりサボってしまおうかと踵を返そうとした時。廊下の先の方に見覚えのあるテラコッタが目に映って、動きが止まった。
……あれ、カニちゃんじゃね?
少し遠目からでも分かる特徴的な髪色。いつも一緒にいるはずの二人と一匹の姿はなく、一人で俯きがちに歩いている様子はどこか頼りない。どうしたんだろ。ここにいるということは、オレと同じように走り込みがだるくてサボったのか、はたまた別の理由か。
小エビちゃんはいつも変なことに巻き込まれてて見てて飽きないが、カニちゃんだっていつもそれに巻き込まれて被害者面しながら人のこと言えないくらいには色んなことやらかしている印象をフロイドは受けていた。傍にいておもしれってなるんだよな。
新しい玩具を見つけた子供のようにきらりと目を輝かせると、オレは彼の元へと駆け寄っていく。
距離を詰めると、カニちゃんがより鮮明に見えてくる。彼はオレに背を向け廊下の端で蹲っているようだった。
ただサボっている訳ではなさそうだ。では、何をしているのか。ぴたりと立ち止まり首を傾げる。何だろう、この違和感。妙な胸騒ぎがする。彼の後ろからひょっこりと顔を覗き込んでみると、そこには予想していたものとは違う光景が広がっていた。
「……カニちゃん? どしたの?」
思わず声をかける。びくりと肩が大きく揺れる。ゆっくりと彼が振り返り、目が合った瞬間、オレの顔色がさっと変わったのを感じた。
「……ぅ、ふろいどせんぱい」
返ってきた声はオレが予想していた物よりも随分と弱々しくて、オレは驚きに小さく息を飲んだ。
運動着のままの彼の目は焦点が定まっていなく、ぼんやりとオレの方へ視線が寄越された。苦しそうに眉を寄せながら浅い呼吸を繰り返している様は明らかに普通じゃない。
「え、カニちゃんなんか変?」
「…………」
オレが戸惑いの声を上げていると、カニちゃんは気怠げにオレから顔を逸らして壁に体を預ける。
「は、聞こえてんの? 聞こえてないの? ……無視すんなよ」
拒絶をするような彼のその仕草になんだか苛立って掴みかかろうとしたその時、ぐらりと彼の体が傾いていくのを見て慌てて手を伸ばす。咄嵯に手を出して抱き留めると、そのまま腕の中に抱え込んだ。
その体は異様に熱かった。確認するまでもなく熱が出ている。
……まさか、具合悪かったのに部活に出たの? オレは眉を顰める。彼は返事をするのもままならないようだった。
「ねえ、ほんとにどうしちゃったの? カニちゃんがなんか言わないと、オレ、なーんもできないんだけど」
「…………」
オレの言葉に反応してカニちゃんはまた微かに顔をこちらに向ける。その目はなんで、と言いたげに揺れていたが、数秒経つとまた俯いてしまう。
はあ? なんなの。わけわかんねえ。なんか言えよ。ふつふつと苛立ちが湧き上がってくるが、不思議とその場を立ち去ろうとは思わなかった。
カニちゃんはうっすらと頬を上気させて、苦しそうに息を切らしていた。
はあ、と短くため息を吐いて、オレは胸元に刺さっているマジカルペンを握った。それに何を思ったのかカニちゃんが蹲ったまま身を固くした。
……ほんとしょうがねえ奴。後でこってり対価を絞り取ってやろ。
「――――」
頭に浮かんだ呪文を唱えると、ふわり、そよ風が吹いた。それは彼の体を包むと、絶えず吹き続ける。カニちゃんの髪が風に靡くようにゆらゆらと揺れた。息を飲む音、赤みがかった髪の間から動揺の色を浮かべた横顔が見えた。
びっくりしてやんの。薄笑いを浮かべる。オレの機嫌がよくて良かったねえ、カニちゃん。今のオレは優しくしてあげてもいいなっていう気分だから、このままずっと風に当ててあげる。
オレの判断は正しかったのか、暫くカニちゃんはふぅ、と細く息を吐き出すと体から力を抜いていく。先程よりも随分と楽そうな彼の様子に、無意識に詰めていた息を吐いた。
「カニちゃん。お水飲む?」
鞄の中に入っているペットボトルを思い浮かべながら問いかけるが、彼は弱々しく顔を振るだけだった。ふーん、あっそ。そう返してマジカルペンを構えたままカニちゃんの隣に座り込む。
……オレ、何してんだろ。はたと我に返る。
カニちゃんは確かに面白いけど、だからといって普段のオレだったらここまで面倒を見たりしないはずだ。言ってしまえばただの同じ部活の後輩っていうだけだし、カニちゃんに話しかけてからイライラしてばっかだし。
それなのにその辺にいるやつに押し付けないで甲斐甲斐しく彼の面倒を見ているし、知らないうちにオレまで息が詰まってるし、……なんかオレらしくないし。
それでも今このままのカニちゃんを置いてったら、と考えると胸が焼けるような、なんだか落ち着かないような気持ちになる。
暫く、お互いどちらも喋らない静かな時間が過ぎていく。遠くで鳴っていた足音も消え、辺りは静寂に包まれていた。
カニちゃんに対してよくわからない気持ちを抱いて悶々としていると、彼が身じろいでオレの顔を見上げてきた。苦痛の表情を浮かべてはいるが目の焦点が定まって顔色も良くなっている様子にオレは少しだけ安堵する。
「……おれ、」
「ん? なぁに?」
「すこししたら、治るんで。……ぶかつ、行っててください」
「……は?」
……なんだそれ、お前の助けはいらねーって感じ?
やっと口を開いたと思ったら、カニちゃんはまたオレの神経を逆撫でするようなことを言ってきた。
ムッと唇をひん曲げると、彼は困ったように眉を下げて視線を宙に彷徨わせた。オレは立ち上がり、カニちゃんを見下ろす。
「へぇ? オレがいても邪魔だって?」
「ちがっ……! おれ、走ってたら気持ちわるくなって……それだけなんで。ここまでしてもらっても……!」
「…………ウミヘビくんには言ったの?」
オレの言葉にこくん、と頷いたカニちゃん。普段はよく回る彼の舌も今は鳴りを潜めてどこかふわふわとした口調だった。喋る速度もゆったりとしているからあまり頭が回っていないのだろう。
ウミヘビくんに言った上でここで休んでるなら、当時の症状は軽めだったのだろうとは思う。本当にヤバかったら保健室に運ばれてるだろうし。ウミヘビくんが保健室に運ぶほどでもないと判断したのなら、恐らくそういうことなんだろう。
でも、目の前のカニちゃんはそよ風に吹かれながらも時折苦しそうに顔を歪めている。……オレには全然平気そうには見えなかった。なんだかよくわからない焦燥感に駆られてぎゅっ、とマジカルペンを握りしめる。
彼は自分を置いてけと言うが、オレはカニちゃんを置いていく気は更々なかった。……いや、むしろなんだか、置いていきたくない? ふと頭に浮かんだ思考に顔を顰める。普段のオレならとっくのとうに放置してるだろうに、どうしてこんな。
「……カニちゃんがすぐ治るとか、治らないとか、どーでもいいし」
むすりとしながら答えると、カニちゃんは何かを堪えるように唇を噛んだ。そして彼がきゅっと体を縮こませると押し殺した声がオレの耳に届く。
「オレだって、ふろいど先輩に介抱してくれなんてたのんでない」
その言葉に、オレは一瞬固まった。
「……カニちゃん、それ本気で言ってんの?」
あんまりにもなカニちゃんの言い草にドスがきいた低い声を出してしまう。彼も言ってしまってから自分の失言に気が付いたようで、ハッとして口を抑えていた。
ありえねえ、こんなに珍しく他人の世話してやってんのにこんな言われようある? オレはただ……カニちゃんを。
そこまで考えてから慌てて頭を振った。オレは別にカニちゃんを助けたくてここにいるわけじゃない。放っておきたくなくて、なんか落ち着かなかっただけで。
カニちゃんに言われた言葉が頭の中で反響して、その後に続く言葉が思い付かなくて、余計にむしゃくしゃした気持ちに拍車がかかった。今までやっていたこと全てが虚しく思えて、急速に感情が冷えていく。
「飽きた」
ぶっきらぼうに、吐き捨てるように言って使っていた風魔法も辞めてマジカルペンをしまった。軽く息を吐いたつもりが、思ったよりも重々しい息となって体内から出ていく。
口を抑えたままの彼は体を震わせて、眉間に濃い皺を作った。何かを堪えるような、それこそ今にも涙が滲んでしまいそうな表情だった。そんなカニちゃんにじりじりした気持ちが腹の底で渦巻いた。
要らない要らない、っていう態度と言動ばっかだったのに、なんでお前が泣いてんだよ。なんで頑なに頼ろうとしてこないの。今日のカニちゃんおかしいよ。なんでそんなに、悲しそうなの。
「……っあーもー!」
苛立ちのままに乱暴に髪を掻き乱すと、カニちゃんは怯えるように体を縮こませた。
両手を伸ばしてカニちゃんの頬を包む。びくり、と大袈裟に彼の体が跳ねる。目に涙を溜めているが零してはいない。弱々しい抵抗なんかお構い無しに目の下を親指でなぞった。オレの全部を否定するならせめてその目に溜まったものだけでも零してしまえ、と念を込めながら。
「……ぅ、フロイド先輩、つめた、」
「はいはい、病人は黙ってろ〜」
オレ人魚だから人間とは体温が違うのかもね。そう言うとカニちゃんはぐすっ、と鼻を鳴らした。それにしたってカニちゃん熱すぎ。手ぇやけどしそうなんだけど。
一人で蹲っていた時より彼の顔の赤みは引いて幾許か顔色が良くなっていた。カニちゃんはやっぱり嫌々と顔を振ってオレから逃げ出そうするけど、絶対に離してやらない。
暫くするとオレの意思を汲み取ったのか、カニちゃんは抵抗を諦めて大人しくオレの手の中に収まった。温度差のある体温が気持ち良さそうで、頬っぺたを微かに擦り寄せるとそっと目を閉じる。ずっと苦痛に歪んでいた彼の表情もやっと和らいだ気がした。
……最初からこうやって頼ってればよかったのに。強情すぎるカニちゃんにムカムカとした気持ちが湧き上がってくるけど、それ以上によかった、と安心する気持ちがドッと押し寄せてくる。吐いた息は心なしか震えていた。
この場にカニちゃんを放置しないでよかった。てゆうか、オレやっぱりバスケ部の奴らがここにカニちゃんを置いてったのダメだったと思うんだけど。いくらウミヘビくんでも、他人の体調読み違えるとかあんのかな。あるか。ウミヘビくんだって人間だし。……それか、ウミヘビくんと話してた時は大丈夫だったけど、一人になって急に悪化したとか? もしもそうだったらひょっとしてカニちゃん、今すげえヤバい状態? ……でも、オレが面倒見始めてからちょっと治ってきてるし。
じっと物思いに耽っていると、オレは一つの事実に辿り着く。
「……わかった、わかったよカニちゃん」
彼の顔から手を離して語りかける。カニちゃんはノロノロと目を開け、オレと視線を合わせた。
そもそも、オレがどうしてこんなにカニちゃんに構い倒すのか。この行為になんの面白みも感じないのに離れようとせずに面倒を見続けてるのは、多分。
「オレね、カニちゃんが心配なの」
オレの言葉がカニちゃんに届いたのか、彼は微かに目を見開き、顔を強ばらせた。え、なんで、と呟くカニちゃんに柔らかな笑みを返して、言葉を続けていく。
「だから、カニちゃんがやだやだってするとなんで頼ってくれないのってイライラしたし、介抱してくれなんて頼んでないって突き放された時はオレはただ心配してるだけなのになんでって悲しくなったんだよ」
心のどこかもやもやしてた部分が理解できたことでどこかすっきりした気持ちで言葉を紡ぐオレとは裏腹に、カニちゃんはまた泣きそうに顔を歪めていってしまった。今日のカニちゃんは本当に弱りきってるみたいだ。
すみません。オレ、フロイド先輩に酷いこと、いった。
そう言って申し訳なさそうに顔を歪めるカニちゃんだけど、涙だけは流さなかった。それが、やっぱり頼ろうとしてくれない気持ちの表れみたいで、悲しかった。
きゅ、と唇を締める。はやく元気になってほしいな。カニちゃんのためにオレにできること、もっとないかな。自分の気持ちを自覚したからだろうか、素直な気持ちがぽんぽんと出てくるのを感じた。
どうしたら頼ってくれるんだろう。ここにいるのがオレじゃなくて小エビちゃんとか、サバちゃんとかだったら頼れる? オレは目の前の後輩と仲の良い二人を思い浮かべる。安心して二人に体を預けるカニちゃんと、慌てながらも看病しようとする二人が目に浮かぶようだった。
……でも、オレじゃねー他の人に頼るカニちゃん、なんかやだな。
「ねえ、カニちゃん。カニちゃんがオレに酷い事言って申し訳ないって思ってるんならさ。……オレのお願い、一つだけ聞いてくんね?」
身を乗り出して、カニちゃんに語りかけた。
「お願い、ですか」
「うん。変なお願いはしないから」
背中を折ってオレより小さなカニちゃんに目線を合わせると、彼は迷うように瞳を揺らした。こんな時までそんなに警戒しなくてもいいのに。傷つくじゃん。むぅ、と口を尖らせると、カニちゃんは困ったような顔をする。
「……まあ、困らないようなこと、なら」
オレからのお願いとか、ろくでもないと思われていることがひしひしと伝わってくる。
長い沈黙の後、カニちゃんはゆっくりと頷いた。少し不安そうなその様子に手を伸ばして、触り心地がいいテラコッタの髪を撫でる。大丈夫だよ、怖くないよ、という気持ちを込めて。
「じゃあ教えて。どこが辛いの? どうして欲しい?」
そっと問いかけると、ふるふるとカニちゃんの睫毛が震えた。彼は肩を竦めて、唇を噛んでしまう。
「……それが、フロイド先輩のおねがい?」
「うん」
「…………」
黙り込んだカニちゃんは眉根を寄せて目を瞑ってしまう。そして、何かに耐えるようにぎゅ、と両手を握った。
言えない? それとも、言いたくない? どっちでも、オレは別に怒らないよ。そんな思いを込めてオレは彼の頭を無言で撫で続けた。
言いたくないです。たっぷりの間を置いて、カニちゃんは答える。
「だって、……オレらしくないじゃん。こんなの」
体育座りをして、彼は膝の上でぎゅうっと拳を握る。
オレらしくない。そのフレーズに心当たりしかなくて、オレは目を見開く。なぁんだ、オレら似たもの同士じゃん。カニちゃんの方が辛そうだけど、オレだってこんな、片割れのジェイドが動けなくなったー! とかならともかく、他人のお世話とか柄じゃねえし。むしろめんどいし。
でも、それでも。
きゅっと縮こまる彼にすくりと笑みを漏らす。カニちゃんは訝しげに視線を投げてきた。
「ねえねえ。カニちゃんはさあ、オレがこうやって誰かのこと心配してます〜って言って必死に手助けしようとしてんの、おかしいと思わなかった?」
「思いました、けど。恩売っといて、後からやばいこと要求してくんだろなって」
「はぁ〜? 失礼すぎるんですけど!」
ほぼ即答で返されて思わずあははっ、と吹き出してしまう。こいつたまに躊躇なく失礼なんだよなあ。絞めはしないけど。
「まぁ、それはいいや。そんなわけで、オレもカニちゃんと同じ。今日はらしくねーこといっぱいしてんの。だからさ、おあいこじゃダメ?」
「おあいこ、ですか?」
「そ。今日ここで見たらしくねーカニちゃんも、らしくねーオレも、二人だけの秘密。どっちも“オレらしくない”んなら、なんも気にすることなくね?」
にし、悪戯げに笑うオレにカニちゃんは目が壊れちゃうんじゃないかっていうくらい目を見開いた。その拍子に溜めきれなかった涙がぽろり、と零れていく。
あ、う、と声を発して言葉を探している彼は、迷うように視線が彷徨った。迷子の子供のように不安げな表情を浮かべている。
……おあいこじゃ、ダメ? まだ頼ってくれねーの?
固く握られたままのカニちゃんの手を取って、解いて。そのままオレの手と指を絡ませて握ると、彼の指先が震えるのを感じた。焼けるようなカニちゃんの手の熱さが、カニちゃんの存在を示してるみたいで嬉しかった。
「……あの、」
「うん、なぁに」
「…………さっきも言ったけど、オレ、走ってたら気持ち悪くなっちゃって」
「うん。吐き気とか大丈夫? なんかできることある?」
ぽつり、ぽつり。カニちゃんが少しずつ話し始めた。彼の瞳はまだ不安げに揺れていたけど、オレの手をしっかりと握り返した。
オレの問いかけにカニちゃんは緩く頭を振って、「フロイド先輩が助けてくれたから、少し収まりました」と言って小さく笑った。
「……あと」
「うん」
「…………今日、朝起きてからずっと頭が、痛くて。ここに蹲ってたのも、気持ち悪いのと、頭が痛くて、動けなくなったから」
それで、と呟いたきり彼は黙ってしまった。
オレの記憶だとカニちゃんは普通の走り込みなら難なくこなせるくらいの体力は持っているハズだった。なのにどうして、とは思っていたから……カニちゃんの話を聞いてなるほどな、と納得する。
一先ずは「そっかぁ。一日頑張ってたんだね。偉いねぇ、よく言えたね」と顔を綻ばせてカニちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でる。と、途端にカニちゃんの顔が涙に濡れていくから、相当参ってきてたんだろうな、と思う。
自分で体調悪いのわかっててなんで部活行こうと思ったの、とか、そんな体調悪くてなんで一人で蹲ってたの、とか色々カニちゃんに聞きたいことはあるけど、それは彼が元気になった時に取っておく。
「あと、オレらしくない、っていうのもそうだったけど……。オレが具合悪いからって皆に心配かけたくなかったから隠してたのに、フロイド先輩にバレちゃったのが、やだ」
スン、と鼻を鳴らしてオレの手を引き寄せるカニちゃん。額にオレの手を当てると、はあ、と熱っぽい息を吐き出した。
弱々しく眉根を寄せて目を伏せている彼を見ていると、胸の奥の方がきゅぅっと苦しくなる。
「心配、かけてすみません」
肩を落として項垂れるカニちゃんにんふふ、とだらしない笑みを浮かべる。
いつもは強かで簡単には屈しない後輩の弱りきった一面。カニちゃんはバレちゃったのがやだって言うけど、オレはカニちゃんが苦しいの、気付けてよかったって思ってる。オレが気付かなかったら、カニちゃんは多分ずっと一人で辛い気持ちを耐えてただろうから。
謝る気持ちがあるなら、はやく体調治していつも通りのカニちゃんになってもらわなきゃじゃんね。
繋いでいた手を解いてカニちゃんの体に手を伸ばす。ひょいと持ち上げると、肩に背負う形で担ぎ上げ、そのまま立ち上がる。
背後で彼が「う、わ……!?」と声を上げてオレのブレザーにしがみつく気配に喉を鳴らした。
「……あ、ごめんカニちゃん、揺れるから酔ったら教えて」
「は!? まじでなん、すか……!? いきなりすぎて状況読み込めないんすけど、」
狼狽えてるカニちゃんに構わずに歩き出す。カニちゃんの体がビクッと跳ね上がって、落ちないように慌ててブレザーから手を離してオレの首に腕を回してきた。
「あはっ、オレやっぱ優しくとか柄じゃねーわ」
「うわちょ、勝手に歩かないでくださいよ! オレ、具合悪いって言いましたよね!?」
「そんな元気に喋れるなら平気じゃん」
「マジかよこの人! 頼るんじゃなかった!」というカニちゃんの心からの叫びにころころ笑う。よかった、ちょっと弱ってて不安だったけど、カニちゃんはカニちゃんじゃん。
ぎゃーぎゃー喚いていた彼だけど、オレが歩く速度を上げると文句を言うのをやめて大人しくなった。オレに掴まる手にぎゅう、と力を込める。
オレには人間の風邪の治し方とかいう知識はあんまりない。
だから、そういう知識を持ったせんせぇがいる保健室に預けるのが一番安心だと思う。カニちゃんは人に心配かけたくないって言ってたから、保健室に行くのやかもだけど。でも、弱々しくて辛そうなカニちゃんをずっと見てたら、オレの方がいつもの元気なカニちゃんに会いたくなってしまった。
「……フロイド先輩」
「なぁに?」
「保健室に向かってるんですよね?」
「そうだけど? 言っとくけど、嫌だって言っても連れてくからね」
「ああ、はい、それはもう諦めてます。ただその……」
呼びかけられて肩口に視線をちらりと向けると、カニちゃんはオレを不安げに見上げていた。少し躊躇う素振りを見せた後、おずおずと口を開いた。
「……保健室に着いても、一緒にいてくれますか」
震えた声で耳元に届いた言葉に目を見張った。それからすぐに破顔する。
「いいよぉ」
オレがそう返すと、カニちゃんは安堵したように表情を和らげた。彼をを抱え直して歩みを進める。
はやく治して、元気な時にまた遊ぼうね、カニちゃん。
腕の中に感じる熱い重みに、そっと思いを馳せた。