【類司】おやすみ
意に反して突然眠りに落ちるようになってしまったスターと、スターに恋した超絶鈍感な演出家の話。あまりラブラブはしてないかもです。
ダショルカさんを見ていて、どうしてこんなにおねむなんだろうと思ったところから生まれた妄想です。
また、セカイのバーチャルシンガーは、登場するずっと前からセカイ自体には実は昔からいたのではないか?という妄想と、少しブライダルイベント後追加の類×冬弥のエリア会話を参考にしたところもあります。
ちょっとルカ司……?描写ありです。膝枕くらいですが……
〜
最推しのバナーが決まったため、我が生涯、
一遍の悔いなしです!!!
ところでロミオとシンデレラ素晴らしいですね。私は早速ブライダル衣装を着せて、類司疑似結婚式を行いました。幸せになりました。
6/10追記
女子に人気ランキング68位ありがとうございます(;_;)
6/11追記
【小説】ルーキーランキング9位ありがとうございます(;_;)
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帰宅を促すチャイムの音で、はっと我に返る。
窓から差し込む夕日は、自分が手元の作業に没頭しすぎていた事を示していた。
己が所属する劇団もといショーユニット、ワンダーランズ×ショウタイムは、人数が極端に少ないことがネックだ。
それによる周りの劇団との差を埋めるべく、多くの効果音や声のレパートリーを駆使することで観客に多くのキャストがいるように見せる、声の振動などに反応してボイスチェンジや効果音付与の機能がある小型マイクを制作している途中だったのだが、機械とプログラムが上手く噛み合わず、珍しく苦戦していた。
声や足音が周りから聞こえてこないのは、校内にもう全日制の生徒が残っていないからだろう。
時計を見やると、17時21分を示している。
そろそろ夜間の学生が登校し始める時間だろう。
鞄に機材を詰め込み、教室の鍵をかけて薄暗い廊下を進む。
階段を下り、昇降口へ向かうと、真っ暗な教室が並ぶ廊下の中で、不自然に電気が着いた音楽室が目に付いた。
(まだ誰か残っていたのか)
興味本位かはわからないが、音楽室の扉をそっと覗いてみると、小窓の向こうに見知った人物がピアノに突っ伏しているのが見えた。
「司くん…?」
ガラ、と音を立てる扉を開けて室内に入る。
ピアノの椅子に腰掛けている司くんの肩を揺すってみるが、だいぶ深く眠っているようで、一向に目を覚ます気配がない。
「司くん、起きて。もう下校時刻をすぎているよ」
「んんぅ……」
小さく身動ぎはしたものの目は開かない。
相当疲れていたのだろうか、こんなに起きないのは珍しい。
寝かせておいてあげたい気持ちになるが、放置していくのも良心が痛む。
少しだけ強めに背を叩くと、司くんはやっと目を覚ましたようで、起き上がって目を擦った。
「ふぁ……るい…?」
「おはよう司くん。随分深く眠っていたねぇ」
「おはよう…って、どうしてここに」
「帰ろうと思ったら音楽室の電気が着いていたからね。覗いてみたら君が眠っていたってところさ」
「そうか…起こしてくれて助かった。有難う」
素直に礼を言ったのち、司くんは何かを思いついたように僕の顔を見て言った。
「久々にピアノを弾いていたんだが、気がついたら眠ってしまっていてな。もしよかったら、1曲だけ聞いてはくれないか」
突然そんなことを言われるものだから、僕も驚いて目を丸くしてしまった。
司くんの弾くピアノ。
セカイにピアノが置いてあったのを見たことがあるので、彼はピアノをやっていた、もしくはやっているのだろうなとは思っていたが、まさか聞かせてもらえるとは。
「時間も遅いから、無理にとは…」
「いや、いいよ。というか、ぜひ聞かせて欲しいな」
僕の返事に頷くと、司くんはピアノの鍵盤蓋を押し上げ、すう、と息を吐いた。
ゆったりと司くんの細い指が鍵盤の上に置かれ、メロディが奏でられ始めた。
彼の奏でるピアノの音は、普段の明るい司くんからは想像できないくらいに柔らかで優しくて、耳にすんなりと入ってくる音で。
気がついたら完全に聞き入ってしまって、曲が終わってからもまだ耳に曲が残っているような、そんな感覚だった。
「どうだ?久々の演奏だからな…耳に耐えない演奏だったのならすまないが…」
「まさか。すごくよかったよ。いつからピアノを?」
「物心着いた時には弾いてたな。親がピアノの講師なんだ」
「それはそれは」
鍵盤の上に丁寧に布を引いて蓋を閉めると、司くんは僕の方へ向き直ってこう提案してきた。
「せっかくだ、類、途中まで一緒に帰るか」
「いいのかい?喜んでご一緒させてもらうよ」
微笑んでそう返すと、司くんはにこりと笑って頷いた。
「ふあぁ…うぅん…」
「まだ眠そうだねぇ。疲れていたのかい?」
「ん〜…いや、特に疲労感がある訳では無いんだが…夜も寝ているしな。だが、最近妙に眠いというか、気がついたら寝ているというか…」
校舎を後にし、閑静な住宅街を歩きながら、また眠そうに欠伸を繰り返す司くんを見て聞くと、司くんは困ったように眉を下げてそう答えた。
「遅い成長期かな?司くんちっちゃいし」
「なっ!?小さくはないだろう!前の健康診断で172cmはあったぞ!」
「っふふ、僕からしたら、司くんは小さいよ」
「なんだとーっ!」
ぷんぷんと怒る司くんを見て、思わず笑みを零してしまった。
眠そうな顔も、笑った顔も、怒った顔も、ころころと表情を変える司くんを見ていると、どこか楽しく感じるし、こちらまで同じ感情や気分になるような気がしてくるのは、気のせいだろうか。
「…お、もう交差点か。オレの家、こっちなんだ」
「そうかい。僕の家はこっちだから、ここでお別れだね」
「それじゃあ、また明日な。今日はありがとう」
「いいえ。それじゃあ、こちらこそまた明日」
そうこうしているうちに別れの時間が来てしまう。もう少しだけ司くんといたいな、と思ってから、その気持ちに疑問符をうかべる。
どうしてもっといたいなんて思ったんだろう?
そんなよくわからない感情を仕舞い、振り返って手を振る司くんに手を振り返す。
帰路につきながら、ずっとこの感情について考えていたが、どうにも答えが見つかりそうになかった。
〜
「…っはぁ…はぁ…」
住宅街の塀に手を付きながら、何とか意識を保ちつつ歩く。
視界は黒と白に点滅し、今自分が歩いていることが夢なのか現実なのかわからなくなってくる。
(眠い…今すぐ布団に倒れ込みたい…っ)
なんとか家に到着し、己を叱咤して扉を開ける。
いつもは軽く開ける扉が、今日はとても重いような気がした。
扉を開けると、妹の咲希が出迎えてくれた。
太陽のような笑顔が、なんだか今日は少し暗い。
「お兄ちゃんお帰り…って、すごい目元赤いよ!?どうしたの!?」
「いや…ちょっとな」
靴を脱ぎ、手を洗いに洗面所に向かったところで、耐えきれずガクンと壁にもたれながら倒れ込んでしまった。
物音に驚いた咲希が駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん!!どうしたの、大丈夫!?」
「ああ…だい、じょう………」
大丈夫だ、と言おうとしたところで、視界が完全にブラックアウトした。
「お兄ちゃん!!…お母さん、お兄ちゃんが…っ!」
そんな咲希の声が聞こえた気がしたが、それが夢なのか現実なのか、またオレには判断する余裕がなかった。
また目が覚めた頃には何故か自家用車に乗せられていて、隣に座る咲希の心配そうな顔に申し訳なくなる。
「お兄ちゃん!起きたの?うぅ、よかったぁ…」
「咲希……なんで、車」
「何言ってるの!病院行くんだよ、急に倒れちゃうんだから…」
病院。
咲希が今までの人生の半分以上を過ごしてきた場所。
病院に行くたびに、両親が悲しそうな顔をしていたことを今でも鮮明に覚えている。
オレのせいで、また病院に行くことになるなんて。家族に余計な心配をかけてしまったようで、心臓の当たりがぎゅっと締め付けられる。
着いたぞ、と穏やかな父の声が車内に響き、母さんが咲希とオレだけ先に連れて受付に行く為に車を降りた。
妹のお見舞いの為に何度も訪れた総合病院は高く大きく、どこも不調はなくてもここに来るとどうも緊張してしまう。
「お母さん、受付してくるって。アタシとお兄ちゃんはここで待ってよう?」
空いているソファの所に行くと、病院のフロントを一望出来た。
夜間にも関わらず多くの患者がぐったりとベンチや他のソファに腰掛けているのが見え、昔を思い出してつい目を背けてしまう。
暖かい暖房と柔らかいソファ、隣に座る咲希の体温から伝わる安心感から、またもうとうとと視界が明暗する。
「お兄ちゃん、まだ眠いの……?」
「ん…ちょっとな…」
「じゃあ、呼ばれたら起こしてあげる。アタシの膝、使っていいよ」
「いや、さすがにそれは」
「いーのいーの!ほら早く!」
咲希はそう言うと、予め持ってきていたのであろうブランケットを無理やりオレの肩にかけ、オレの頭を自分の膝の上に倒した。
咲希、少しだけ力強くなったな…と思いつつ、横になると一瞬で眠気が襲いかかる。
「…ちゃん、お兄ちゃん」
「……う」
「名前、呼ばれたよ。行こ?」
「んん…ああ」
寝起きで少しぼうっとするが母さんと咲希の前で情けない姿を見せられなくて、首を降って頬を叩いてから立ち上がり、診察室へ向かった。
「えーと、天馬司さんですね」
「はい…」
症状がいまいちよくわからないためとりあえず内科の診察室に連れてこられたが、優しそうな先生で安心した。
「先程お家で失神された、ということでよろしいでしょうか?」
「はい、急激な眠気に襲われて…気を失ったというよりは、突然眠ってしまったって感じです」
「成程…近日、似たような症状はありました?」
「あ……」
ちら、と横目で後ろに座る両親と妹を見る。
ここ1、2週間、ずっとこのような症状があったことを家族には隠していた。
だが、ここでまた隠し事をして後々も今日のように心配をかけてしまうと思うと、その方が胸が痛む。
腹を括って、家族と医師には本当のことを打ち明けた。
「…ありました。1、2週間ほど…。夜しっかり眠っても居眠りしてしまったり、今日のように急に眠気に耐えきれなくなったり…」
「えっ、お兄ちゃん…そうだったの…!?」
「そうですか。…ナルコレプシーの疑いがありますね。一度、睡眠科の方を受診していただくことになります。うちにもあるので、そちらでお願いします」
「ナルコレプシー………」
その後睡眠科の診察室の場所や簡単な症状の説明などを受け、今日は診察が終了しているのでまた後日必ず来るよう念を押された。
車に戻り、静かな車内で小さく呟く。
「…みんな、ごめん」
「えっ、どうしてお兄ちゃんが謝るの?」
咲希に限らず、母親も父親も不思議そうに俯くオレの顔を覗き見た。
「ずっと隠してたから…こんな、夜に急に迷惑かけて…ごめんなさい」
「………もう、お兄ちゃんのあんぽんたんっ!」
「うおっ、さ、咲希?」
咲希に突然両頬をぺちん、と弱い力で挟まれる。
「謝ることなんてないよ!お兄ちゃんが悪いわけじゃないんだから…」
「だが…」
「あのねお兄ちゃん。アタシだって昔からずっとみんなにメーワクかけてたと思うけど、みんながそんなことないよって、もっと甘えてもいいんだよって言ってくれて、頑張って病気治そうって、そう思えたの。お兄ちゃんもそう言ってくれたでしょ?だからお兄ちゃんだって、もっとアタシ達に迷惑かけて、甘えてもいいんだよ!今度はアタシが頼られる番、なんだよ」
「咲希……」
愛する妹に目と目を合わせてそんな真剣に言われ、両親からも運転席と助手席から同じような言葉で励まされると、涙腺が緩む。
ただ妹の前で涙を見せるのは少し気恥ずかしくて、鼻を啜って堪えた。
「ぐすっ…ありがとう、咲希、母さん、父さん…」
〜
司くんのピアノを聞いた次の日、未だに司くんの事が脳裏から離れない。
今日も一緒に屋上でお昼を食べているものの、司くんの所作や匂い、表情ばかりに気を取られて、隣に座る司くんの喋る内容が頭に入ってこない。
一体僕はどうしてしまったのだろう。
「…でな。それで……って、類。聞いてるか?」
「え?…ああ、ごめんね。聞いているよ。次の演出はジェット噴射機を使いたいって話だよね?」
「全然違うんだが…。…というか、ジェット噴射機を使うのか!?」
しまった。
話を聞いていないことがバレてしまった。
「類、なにか悩んでいるのか?」
「え?どうして…」
「いや、いつもならそんなぼーっとしていることないだろう。…まあ、演出について考えていて話を聞いていないパターンもあるが…今はなんというか、そういう時と顔つきが違かったからな」
「顔つきねぇ…今はどんな顔を?」
「なんだか、もやもやとしている感じだな。ハロウィンショーの時のように」
まいったな、司くんにはなんでもお見通しのようだ。
さすが未来のスター、一座の座長。
「そんなにわかりやすい顔をしていたかな。…そう、僕はちょっと考え事をしているんだ」
「考え事?」
「うん。実はね……」
司くんの事が気になって、仕方がないんだ。
そう言おうとした矢先、肩にとん、と重みを感じて言葉を飲み込んだ。
横目で肩の当たりを見ると、司くんが僕の肩に頭を預けて、うとうとと微睡んでいた。
「……司くん?」
「………すぅ、すぅ」
あれ、寝てしまった。
無理に起こす必要も無いし、肩から伝わる彼の呼吸のペースは安心するので、そのままにすることにした。
「肌、綺麗だなあ」
「……ん……」
「……フフ」
司くんのほっぺたに、思わず手を伸ばして、人差し指で突っついてみた。
無意識だろうけど、少し嫌そうに眉をひそめたのが可愛らしくて、思わず笑みが毀れる。
金色の柔らかい髪から、風と共にふわりと花のようなシャンプーの香りがして、妹さんと同じものを使っているのかな、とすら思える。
「おかしいなぁ」
司くんの寝顔を見ていると、なんだかそわそわした気持ちになるのは、どうしてなんだろう。心臓の当たりが、こう、きゅっとなって、心拍数が少し上がるような。
(本人に聞いてみようと思ったけど……眠ってしまったし、またの機会にしよう)
暫く、屋上の風にそよそよと揺られる。
春の風は心地よくて、確かに僕も眠たくなってきた。
「ふぁあ……僕も、ちょっと寝ようかな」
僕に体重を預ける司くんの頭に少しだけ寄りかからせてもらって、僕もそのまま静かに夢の中に落ちていった。
〜
「……んぁ」
ぱちりと目が覚める。
どうやら、また眠ってしまったらしい。
なんだか肩に重みを感じて視線をやると、類がオレの肩に頭を預けて、気持ちよさそうに眠っている。
紫色の髪がさらさらと靡いて、少しだけくすぐったい。
オレが寝てしまったから、類も眠ってしまったのだろうか。少し申し訳なくなりつつ、初めて見る類の寝顔を観察してみた。
(こ、こいつ……よく見たら、めちゃくちゃ顔がいいな。いや、よく見なくてもか……?)
まず、まつ毛が長い。
ショーの時には赤いアイメイクを施している切れ長の目は、今は閉じられているけれど、形のいいまつ毛が綺麗に覆っていて、目元だけ見たら男だということを忘れそうになる。
次に、顔のパーツ。
程よく高い鼻筋はすっきりとしていて、形のいい唇の色は、少し薄めの桜色。
そして、肌。
出来物も肌荒れも見当たらないのは、ロボットをメンテナンスするように、己のこともきちんと見ているからだろうか。
(……って、オレ、なに人の顔をまじまじと見つめてるんだ!?)
なんだか恥ずかしくなって、咄嗟に目を逸らす。
「……ん…?」
だが、類の閉じられた瞳がゆっくりと目を開けると、またも釘付けになってしまった。
金色の人間離れしたような美しい瞳が、ゆっくりと開かれて、数回瞬きをした。
その度に長いまつ毛が揺れて、小さくあくびをしたことによって潤んだ瞳が、こちらにゆっくりと視線を移してくる。
目を覚ました天使を見たような、はたまた芸術作品のような美しさに、ごくりと思わず唾を飲んだ。
「……あ、司くん、起きたんだ。僕も寝ちゃったよ……おはよう」
「お、おは、おはよう」
「ん?僕の顔になにかついてる?」
「いや、ななな、なにも!気にするな!」
しばらく類から目を離せなかった。
目を覚ますだけで、こんなに綺麗な人間が存在するのか?いや、ここにいるのだが。
怪訝な顔でこちらを見る類に、咄嗟に首と両手を振って拒否すると、類は小さく首を傾げた。
寝起きで少しとろんとした瞳と、ゆったりとした動きは、猫のようで可愛らしい。
(……って、だから!なんでオレは類のことばかり見てるんだ!それに、かわ、可愛いなんて……男に思う感情か!?)
一人で悶々としていると、スマホを見た類が間延びした声で言った。
「……あ。もう4限終わるね」
「……は?」
「もう14時半だよ。フフ、どうやら僕ら、お昼からこんな時間まで眠ってしまったんだねぇ」
「はあぁぁぁぁぁぁあ!!!??」
大きな声を出したことにより、類は驚いてぎゅ、と目を瞑った。
申し訳ないと思う暇はない。
オレ達は授業を無断欠席してしまったのだから!
「まずい!親が払ってくれている貴重な授業料を無駄にしてしまったぞ!?今すぐ先生に謝りにいかないと……!」
「おやおや、律儀だねぇ。僕はもうサボり常習犯だし、今日はもういいかなぁ。面倒くさいし」
「他人事のように言うなー!何を言う、類もちゃんと謝るんだぞ!オレはもう行く!」
クラスの違う類の事情はさておき、オレは真っ先に先生に謝りに行かないといけない。
ベンチから立ち上がり、屋上の扉まで駆けだした。
類がひらひらとこちらへ手を振っている。
余裕ぶっているようだが……
「いや、お前も行くんだぞ!?」
〜
司くんが飛ぶように授業に向かってしまったので、僕は1人屋上に残った。
涼しい風に身を任せ、ベンチの上に横たわり、頭の後ろで腕を組んで空を見上げた。
屋上というのは、不思議な場所だ。
高い位置にいて近いはずの空が、何故だかとても遠く感じる。
手を伸ばしてみても、当たり前だが届かない。そういえば、届きそうで届かないものに、僕は覚えがある。
「司くん」
名前を呼べば、なんだ?と色々な表情で返事をしてくれる。
喧嘩をしていても、悔しさに涙していても、嬉しい時も、必ず返事をしてくれる。
小さく呟いた司くんの名前は、誰の耳にも入らないで、風に吹かれて消えていった。
屋上には何かと縁がある、気がする。
瑞希と出会ったのも屋上だった。
そういえば、司くんにショーに誘われた場所も屋上だったっけ……。
あの時は、神代、なんて苗字で呼ばれていて、僕も彼を天馬くんなんて呼んでいて。
それが今じゃ類、と司くん、か。
なんだかこそばゆい気持ちになってきた。
「……授業、出ようかな」
〜
数日後。
今日はワンダーステージで、次のショーの練習がある日だ。
類と、類の幼馴染である寧々と3人で、もう一人の仲間、えむの待つワンダーステージへ向かう。
談笑を交えながら、フェニックスワンダーランドへの道のりを進んでいると、つい堪えきれず、大きくあくびをしてしまった。
「どうしたの?眠そうだけど。夜更かしでもしたわけ?」
「なっ!スターが夜更かしなんぞするわけがないだろう!ただ、少し眠気を感じただけだ!」
「最近、よく欠伸をしているけれど、本当の本当に、寝不足なわけじゃないんだね?」
「まあ、確かに肌荒れとかクマは見当たらないけど……ま、練習中に寝ないでよね」
類と寧々に挟まれて、オレはわかっている!と豪語したが、正直少し不安だった。
異常な眠気を感じ始め、家族に連れられて病院に行った時に、「ナルコレプシー」という病気だと診断されてから、初めての練習日。
突発的に眠りに落ちたり、体が弛緩したり、とにかく不便なこの症状が、練習中に現れなければいいのだが……。
「ああ、わかっている」
そう返したとき、少しだけ俯いてしまったのに気づいたのか、類が怪訝そうな顔でオレを見たのが見えた。
そうこうしているうちに、気がつけばフェニックスワンダーランドに入園しており、流れるようにワンダーステージに到着していた。
「あっ!司くん達〜!待ってたよ!」
既に動きやすい服に着替えているえむが、オレ達に大きく手を振った。
「えむ、ごめんね待たせて」
「ううん!寧々ちゃんたちも早く着替えてきなよ〜!」
えむの言葉通り、オレ達は舞台裏の更衣室へ急いだ。
貴重な練習時間を無駄にしてはいけない。
男子用更衣室へ入ってからは、大急ぎで着替えを進めなくてはならない。
ただ、一つ問題がある。
「……」
ロッカーの中を覗き込んで、鞄の中にしまってある、薬の入ったピルケースに目をやった。目を覚ます中枢神経刺激薬と、脱力発作を抑える薬。
これを飲めば、暫くは寝落ちせずに済むし、ナルコレプシー特有の感情に合わせて体幹が保てなくなる症状も抑えられる。
だが、しかし。
類の前で、おもむろに薬を飲むところを見られて心配されたくない。
ちょっとしたアレルギー薬、とでも言えば誤魔化せるかもしれないが、類がつい最近、演出を考える際に役立てようと、メンバー全員のフィジカルデータと体質などをカルテに記録した時は、アレルギーなんてない、とバカ正直に答えてしまった。
「……?司くん、着替えないのかい?急がないと」
「あ、ああ!わかっている!」
うんぬんかんぬん考えていると、隣で既に上半身はインナーだけ、下半身はもう動きやすいズボンとスポーツレギンスだけになっている類に不思議そうに声をかけられてしまった。
反射的に鞄から服を出し、大慌てで着替えた。
ちら、と横目で視線を類にやると、インナー越しにでもわかる、細身なのにしっかりと割れた腹筋が見えて、少しどきりとした。
意外と鍛えているのか。いや、それもそうか。
毎日死ぬほど重いであろう機材を軽々しく持ち上げているし、前にセカイでリンやレンを両手で担いでいるところを見た気がする。
……って、なんでオレは仲間の体をこんなまじまじと見つめているんだ!
「……よし、終わったぞ。類、待たせて悪い」
「気にしないで。それじゃあ行こうか」
「……あっ、」
完全に薬を飲むタイミングを失った。
「なにか?」
「……い、いや!なんでもない!えむと寧々を待たせる前に行くぞ!」
「……?」
練習時間は2時間30分。
少しくらい、少しくらいなら。
もしかしたら、少し脳や体に厳しくした方が、治りが早くなるかもしれないしな。
よし、もうちょっと頑張るんだぞ、オレの体。
両頬を叩いて、自身に喝を入れた。
「あっ、おかえり、司くん類くん!よーしっ、さっそく練習しよーっ!」
「待ってえむ。まずはストレッチと声出しから」
「あっ、そっか!えへへ、うっかりしてたよ〜!それじゃ、寧々ちゃんはあたしとやろーっ!」
まだ、眠たくなる予兆はない。
今のうちに体を動かしておけば、もしかしたら脳は覚醒し続けてくれるかもしれない。
その期待を込めて、類の方を向いた。
「よし、類。オレ達もやるぞ」
「そうだね。まずは体を伸ばすところから始めようか」
えむと寧々と同じように、ステージの床に座って、両足を大きく広げ、背中をぐ〜っと伸ばす。
類に背中を押してもらうと、元々柔らかいと自負しているオレの体は、あっさり床に張り付いた。
「司くん、本当に柔らかいね」
「だろう!スターたるもの、幼少の頃から体幹と柔軟性は鍛えておかねばならないからな!さて、次は類だぞ」
そう言って類の方を向くと、類はぐぬぬ、と効果音が聞こえてきそうな程に顔を顰めた。
「なに顰め面してるんだ。ほら、早く座れ」
「ほ、本当にやらないとダメかい?」
「当たり前だろう!つべこべ言わない!」
ユニットを結成してから、類は体が固く、柔軟体操が苦手だということを知った。
「よし、思い切り押すぞ」
「うぅ……司くんは鬼だよ……よよよ……っ、あ、あいたたたっ!!!!!」
「ほら、頑張れ頑張れ!類、前よりずっといいぞ!」
「うっ……ぐっ……足が、吊りそうだよ……!」
割と容赦なく類の背中を押し出すと、類は心の底から苦しそうな声で叫んだ。
いつもオレばかり叫ばされているので、この柔軟体操の時間だけは、してやった、という気分に浸れて正直気分は悪くない。
そろそろやめてやるか、と手を離すと、類は真っ赤になってぜぇぜぇ言いながら、恨めしそうにこちらを振り返った。
その顔が少し扇情的で……オレは、無意識に唾を飲んでいた。
「酷いじゃないか司くん……うう……いつもより容赦なかったね?」
「これくらいしないと、いつまでもお前に柔軟は身につかないからな。それに、また体全体が強ばってるぞ。徹夜したな?」
そう聞くと、類はびく、と肩を跳ねさせた。
いや、案外わかりやすいな。
「類、創作意欲が湧く気持ち等は理解できるが、休息を取らないのは体に毒だぞ」
「わかっているよ。ただ、新しい演出機材を思いついて……」
「嘘。昨晩は、類の家から何か作ってる音しなかったよ」
隣で体操を終えた寧々がそう言うと、類は目を泳がせた。だから、わかりやすいな。
「なんだ、何か作ってるわけでもないのに眠れなかったのか?なにか気がかりなことでもあったか?」
「そんなんじゃ……」
「でも類、最近ちょっと様子変かも、とは思った。何か悩んでるの?」
「えーっ!?類くん、何か悩み事あるの!?」
「いや、とくに悩んでいる訳では無いんだけれど」
類は困ったようにこめかみを掻きながら立ち上がり、オレ達の方を向いた。
「なんだか眠れなかっただけだよ。久しぶりの練習日の前日だったからかな」
「でも、わかるかも!類くんの気持ち!あたしも、みんなで集まる日の前の日は、いっつもワクワクして、眠れなくなっちゃう時、あるもん!」
「えむと類って、たまに似てるところあるよね」
一瞬にして、ほのぼのとした空気に戻る。
なんだか、類のペースに流されているような気もするが……まあ、類が何か困っている訳では無いのならそれでいいか。
「まあ、悩みがないのならそれでいいが、ちゃんと寝るんだぞ。……さて、じゃあ今日は台本のどこから……ふあぁ……」
「あれれ?司くん、おねむ?」
ま、まずい。
噛み殺すことを忘れ、欠伸が出てしまった。
「い、いや!今のは、あ、あれだ!ため息だ!」
「えぇ!?何か嫌なことがあるの!?」
「嫌なことはない!」
「司、ここに来てる途中も眠そうだったけど。類のこと言えないんじゃない?本当に昨夜寝たわけ?」
「寝たに決まってる!毎日きちんと21時にはぐっすりだ!」
「かなり健康的な時間だけど、学生にしてはそんな時間に床に就くとは珍しいねぇ」
くそ、こんなすぐに眠たくなるなんてことあるか?オレはどうしてしまったんだ。
とにかく。
「ふんっ!!」
「ひゃっ!司くん、そんなに強く自分のほっぺ叩いたら、赤くなっちゃうよ〜!」
「気にするな!よし、気を取り直して練習を始めるぞ!」
眠くなったら、無理にでも起きているしかない!結構強めに頬を叩いたから、当分はこのじんじんとした痛みによって、眠気が来ることは無いだろう。
「前回の続きとなると、このシーンだね。魔法使いのえむくんが、錬金術師の僕に弟子入りするシーンだ」
「あ、待って。私、この前やったシーン、もう1回復習したいかも。私がネネロボの事を司に説得するとこ。怒る演技って難しくて」
「あたしあのシーン感動するから大好き〜!じゃあ、そこからやらない?」
「ああ、じゃあそのシーンからやるか。よし、起きろネネロボ」
『ダイ6シーンノ練習、把握シマシタ』
類とえむがステージから降りて客席の前に立ち、オレと寧々、ネネロボだけがステージに残る。
上手側に寧々、下手側にネネロボとオレが立つと、類がスタートの掛け声を出した。
「…っごほん。『あなたは何もわかってない!この子だって、人間と同じように歌えるんだから!』」
「『ネネ……私ハ、大丈夫デスヨ』」
「『そんなこと、わからないだろう!お前の歌の実力はよくわかった。さすが、森の精霊の歌姫と言うだけあるな。だが、ロボットが歌うなんて、信じられない!』」
『ワタシノ歌ハ、人ヲ笑顔ニ出来マセンカ?』
「『そんなこと……!ねえ、あなたそれでも勇者なの!?』」
「『ぐっ……』」
寧々の演技が、明らかに前の練習より進化していることに驚いた。
どれだけ自主練を重ねたのだろうか。
オレも負けてはいられないな。
「『オレは……!……、っ!』」
あっ。
しまった。
感情を込めすぎた。
がく、と体の体幹が崩れるのを感じた頃にはもう遅く、なんとか手を床につくことで倒れることは防げた。
「司!?どうしたの……!?」
「はっ、っはぁ……寧々、あ、わ、悪い。すぐに立つ、から」
「司くん!」
寧々、類、えむが一斉に駆け寄ってくる。
立ち上がりたいのに、体に力が入らず、立てない。弛緩発作が起きたことにより、今度はオレを泥の沼に引きずり込もうとするかのように、睡魔がにじり寄ってくる。
心配そうにオレを見る仲間達の顔が歪んでいく。
言葉を発する口が震える。
ダメだ、みんなの前で、オレは。
「司くん!?司くん、司くん!」
「ちょ、や、やばいんじゃ……」
「あ、あたし、き、着ぐるみさん、呼んでくる……!」
そんな声を聞きながら、無理やりに、夢の中に脳が呑み込まれていく。
どうして、オレは。
起きていたいのに、今の時間を大切にしたいのに、体が、頭が、いうことをきかない。
泣きそうになったが、涙だけはこらえることができた。
その代償か、意識はそこで途絶えてしまったが。
〜
「司くん、起きないね……」
練習中突然倒れた司くんは、現在フェニックスワンダーランドの事務局にある救護室の、真っ白で清潔なベッドの上で寝息を立てている。寝息が規則正しいのが不幸中の幸いか。
そのベッドを囲んで、僕と寧々、えむくんはパイプ椅子に腰掛けていた。
「熱があるわけでもないし、救護室のお医者さん曰く、特に体に異常は見られないって……本当に、急に寝落ちただけみたい、なんだけど……」
寧々が小さくそう呟く。
僕とえむくんは、黙って耳を傾けた。
「最近の司、欠伸多かったり、ぼーっとしてることが多かった気がする。疲れてたのかな……。それに、なんだか……この前セカイに来たルカさんに似てない……?」
ひな祭りの日、突如セカイに現れたバーチャルシンガー、巡音ルカ。
彼女が、今の司くんが抱えている何かの手がかりになる……かもしれない。
「ルカさんか……確かに。よく眠っているし、何かをしながら寝ている時もある。……何か、聞けるかもしれない」
「それじゃ…セカイに、行く?でも、司くんが起きた時、誰もいないのは寂しいよ……」
「じゃあ、私がここに残るよ」
類とえむでセカイに。
寧々がそう言うと、僕とえむくんは小さく頷いた。
僕がスマートフォンを取り出し、untitleを再生すると、あっという間に僕らは眩しい光と共に、見慣れたセカイに降り立っていた。
なにか、今の司くんを救い出す手がかりが見つかるといいけれど。
「うーん、ルカさん、いるかなぁ?」
「とりあえず、ショーステージの方へ行ってみようか」
えむくんと2人で、いつもカイトさんやミクくんがショーをしているステージの方へ歩いていると、思わぬキャストが僕らを出迎えた。
『アッ、類クン、エムチャン!』
「あれ、この子って……咲希ちゃんの、うさぎのぬいぐるみさんだ!」
ハート型の風船によって宙に浮いているうさぎのぬいぐるみは、前に僕が解剖しようとして司くんに本気で止められた不思議な生き物だ。いつも子供のような可愛らしい声と笑顔で、僕らの前にふわふわと現れる。
『ドウシテ、2人ナノ?司クンと、寧々チャンハ?』
「実は……」
『あっ、えむちゃんに類くんだ〜!来てくれたの!?』
僕がうさぎのぬいぐるみに事情を伝えようとすると、遠くから大きく手を振ったミクくんとカイトさん、メイコさんが現れた。
リンくんとレンくん、そして目的のルカさんはいない。
「ミクちゃん、カイトお兄さん、メイコさん!あのね、あたし達、ルカさんに会いに来たの!ルカさん、どこにいるかわかる!?」
『あら、ルカに?そういえば今日は見てないわね……』
「見てない?いつもいるわけじゃないんですか?」
そういえば、セカイにいるバーチャルシンガー達は、帰る場所等はあるのだろうか。
ずっとこの遊園地のようなセカイの中で、日々何を考えて、どのように生活しているのだろう。
ふとそう考えたけれど、ただ、今はそれどころではない。
ルカさんがいないのは残念だけれど、ミクくん達にだけでも、司くんのことを何か聞き出さなくては。
『う〜ん、リンとレンは遊園地で遊んでるんだけど、ルカはたしかにずっと見てないかも……カイトは見た?』
『ううん、僕も見てないね。そもそも、最近ルカの姿を見かけていないかも』
「最近ずっと居ないってことですか?」
『類くんやえむちゃんがいる現実世界と違って、セカイの時間の流れってとってもゆっくりだから……いつ頃から居ないのかっていう明確なラインがないのよね。ちょっと見てないだけでも、類くんたちのいる世界の時間がすごく経ってる、なんてこともあるのよ』
「という事は……ルカさんを見かけなくなったのは、もっと前の可能性がある……って事ですか?」
『そうなるかもね……少なくとも僕らは、前に君たちがセカイに来た時からは見てないね』
前に僕らがセカイに来た時というと……司くんが疲れ気味になる1日、2日程前だ。
(やはり、司くんの体調と、ルカさんの失踪には、関係があるはず……でも、どうして急に……?)
『どうしてルカを探しているの?』
ミクくんから聞かれ、僕とえむくんは顔を見合わせた。えむくんが小さく頷いたのを合図に、僕が事情を説明する。
「実は……最近、司くんの様子が変なんだ。毎日眠たそうにしていて、挙句の果てには、ルカさんのように突然眠ってしまったり、ね。今日はついに倒れてしまって、だから僕達は、ルカさんと関係があるんじゃないかって思ってここに来たんだ」
『えっ、司くん、倒れちゃったの!?それは大変だよ……』
『司くんの様子がおかしくなったのはいつ頃からか、わかるかい?』
「1週間ほど前から……前にセカイに来た時から、だったと思います」
『じゃあ、ルカがいなくなった頃からね……確かに、なにか関係があるかもしれないわ』
ミクくん、カイトさん、メイコさんは、不安そうな顔を浮かべて悩ましげに唸った。
『ルカを探そうよ!きっとどこかで、ふらふら〜ってお散歩してたら、迷子になって、そのまま寝ちゃってるのかもしれないよっ!』
『その可能性もあるね。手分けしてルカを探そうか』
『そういえば、寧々ちゃんは?』
「寧々は、司くんのことを見てくれてます」
『なら、寧々ちゃんに心配をかけさせないように、すぐに見つけないといけないわね。ルカ捜索隊、結成よ!』
頼もしいバーチャルシンガー達と一緒に、僕とえむくんもルカさんを探すことになった。
「類くん、あたし、あっち探すね!」
「うん、じゃあ僕はあっち側にいこうかな」
全員で手分けして探すことになり、僕らはバラバラの場所へ歩き出す。
とりあえず僕は、ショーステージの裏側の方へ歩いてみることにした。
ステージの裏なんて普通は寄り付かないけれど、あのルカさんなら、可能性はある。
ステージの横に伸びている少し狭い道はコンクリート作りの地面ではあるものの少し薄暗く、フェニックスワンダーランドのワンダーステージまでの道に似ていて、こんなところにも特徴が現れるのかと少し不思議な気分になった。
「ルカさん、いますか?」
声をかけながら道を進んだが、返事はない。
「……ん?」
ふと、狭い道の先に開けた場所があるのが見えて、僕はそちらの方へ進み、そこで歩みを止めた。いや、足が止まった……という表現の方が、正しいかもしれない。
僕の視界に広がったのは、いつも音楽が鳴り響き、明るい光で充ちているワンダーランドのセカイの中とは到底思えない程に薄暗く、それでもまるで木漏れ日のように、オーブのような光が差し込んだ、幻想的な場所だった。
ステージ裏に、こんな広場があったのか。
思わずゆっくりと足を進めると、広場の中にぽつりと置いてある、真っ白い鉄作りのベンチの上で、誰かがすやすやと眠っていた。
白や桃色の薔薇のような美しい花があしらわれたベンチで眠る彼女は、おとぎ話の姫のようで、思わず息を飲む。
「……ルカさん」
声をかけるが、ルカさんは随分深く眠っているようで、返事はない。
眠る女性の体に触れるのは少し躊躇いがあるが、不可抗力だ。
肩を少しゆすると、彼女は少し身動ぎをしてから、長いまつ毛に隠された瞳をゆっくりと開いた。
『あらぁ……類くん?』
ルカさんは体を起こすと、眠たげに目を擦りながら僕の名前を呼んだ。
『私の秘密の場所、見つかっちゃったわねぇ……』
「どうしてこんなところで寝ていたんですか?ミクくん達も探してます」
『それはねぇ……ここが昔から、一番落ち着く場所だからよぉ』
「……昔、から?」
ルカさんは最近このセカイに来たんじゃなかったのか?
『そうよぉ。ふあぁ……司くんが疲れた時はね、いつもここで一緒にお昼寝してるのよぉ』
「司くんが?……その話、もう少し聞かせて貰ってもいいですか」
『いいわよぉ。隣、座るかしら?』
「それじゃあ、遠慮なく」
ルカさんの隣に腰かけると、ルカさんはゆったりと話し始めた。
『このセカイはねぇ、ず〜っと昔からあるのよぉ』
「ずっと、昔から」
『ええ……。司くんが妹さんとショーを見て、スターになりたい、って思った時に、私たちと私たちのセカイは生まれたの…』
「となると、司くんが子供の頃まで遡りますよね」
『そうねぇ。司くんがここに来てくれたのは最近だったから、私たちが出会うのはとっても遅かったけれど……私たちはずっと、司くんのことを見守っていたの……』
優しい声とのんびりした話し方は、僕の眠気も誘発する。ただ、必死に彼女の声に耳を傾けた。
『司くんはね、昔からと〜っても頑張り屋さん。だからね、疲れたことに気づけないのね……』
「疲れたことに、気づけ、無い……」
『妹さんやご両親、幼なじみの子達の前では、ずっと頼れるお兄ちゃんでいたかったのね……だから大きくなった今も、ギリギリまで我慢しちゃうの』
それが、今の司くんの体が不調なことに関係していることはほぼ確定だろう。
『私に用があって来たのよねぇ……?司くんに、何かあったのかしらぁ……?』
「……はい。最近、まるでルカさんのように、いつも眠たげにしていて、今日はついに倒れてしまって……ずっと、眠ったままです」
『あらぁ……〝そっちの世界〟でも出ちゃったのねぇ……』
「どういうこと……ですか?」
そっちの世界?
つまり、僕らが暮らす現実世界のことだろうか?
ルカさんは思ったより、今回の件に大きく関わっている。
もう少し、なにか聞き出す必要がありそうだ。
『司くんはねぇ、練習のない日もずっと、このセカイに来てたのよ……それもね、私の前にだけ……そして、私の前でだけ、糸が切れたように……私と同じように、眠ってしまうの……』
「ルカさんの前にだけ……」
そうか……だからミクくんやカイトさんは、司くんの異常に気づいていなかったのか。
『家で寝ていたら家族に心配される、でもセカイでミク達にも心配をかけたくないから、ここで休ませてって……このナイショの場所が出来たのも、司くんの想いのおかげ……ううん……疲れているから助けて、のサインだったのかもしれないわねぇ……』
助けて。
司くんはここで、言葉にはせずにそう叫んでいたというのか?
ふと、司くんと柔軟体操をした時を思い出した。
『休息を取らないのは体に毒だぞ』
(自分が、一番毒に蝕まれていたんじゃないか)
気づけなかった自分が憎たらしい。
無意識に俯いていた僕の肩に、ぽん、とルカさんが片手を添えた。
『類くんのせいじゃないわよ……司くんのこの癖はね、昔からだから……私がこんななのも、司くんの影響だから……』
「司くんがよく眠ってしまうのは、治らないんですかね……」
『簡単に治るかは……わからないけれど……何か、司くんが心を預けられるような……そんな人が、いてくれれば……』
「……ルカさん?」
言葉が途中で止まったので、気になって見たら、ルカさんはまた、鼻ちょうちんを出してすやすやと眠ってしまっていた。
……ある程度聞けたし、また起こすのもあれかな……。
毛布などが近くにないので何も出来ないのが申し訳ないが、未だにルカさんを探しているえむくんや、司くんのことを見てくれている寧々の為にも、あまり時間をかける訳にはいかない。
「……ありがとうございました」
深く頭を下げて、その場を後にした。
『……司くん、……きっともう、大丈夫よ……』