司くんの恋を全力で邪魔することにしました。
司くんが片想いしてるらしいという噂を聞いて類くんがその恋を邪魔しようとする話です。
類司です。
※サイスト未読有り。ハマりたてなので色々至らないところあるかと思います。
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その噂は突然流れ瞬く間に神高中に広まった。
——2年の変人ワンツーフィニッシュの片割れ、天馬司は現在絶賛片想い中らしい、と。
「司くん、片想いの相手がいるって本当かい?」
「…お前にまでもう知れているのか…」
弁当を食べる手を止め、司がひとつため息を吐いた。今日は外でランチをとるのにうってつけの晴天なのに、屋上の空気は一気にどんよりと曇る。
「クラスメイトに『お前なら天馬の好きな相手知ってるだろ?』と聞かれてね。司くんのことなら僕に聞けば何でもわかると思われてるみたいだね」
場の空気を和らげようと類が困ったように笑えば、暗い顔をしていた司も少し困ったように笑い返してくれた。
「もしかして周りのやつに色々聞かれたか?すまん、面倒をかけて」
「別にいいさ。で、どうしてこんな噂が広まっているんだい?」
「それは…」
司が言うには、事の発端は昨日。
1年生の女子から告白され司は断りの返事をしたが、どうしてかすぐに引き下がってもらえなかった。それどころかちゃんとした理由がないならお試しでいいから付き合ってみて欲しいとさらに迫られ、明確な理由を伝えたら諦めてくれるはずだと考えた司は思いついた1番の理由を相手に伝えたのだそうだ。
「なるほど。それで、自分には片想いの相手がいるから付き合えないと伝えたんだね」
「…うむ。そうして今日学校に来たらなぜか周りのやつら皆そのことを知っていてな。散々質問攻めにされたよ…」
「噂というのは一日でずいぶんと広まるものなんだねぇ」
「うむぅ…。せっかくの告白に良い返事を返せなかったことは悪いと思っているが、しかしなぁ」
まさかこんなにも色んな人間の耳に届くとは思ってもみなかったと、司は項垂れた。どうやらこの噂のせいで今日一日相当大変だったようだ。
「と、いうことは、君は告白してきた相手に嘘を付くような不誠実な人じゃないから、片想いしてるっていうのは本当の話なんだね?」
「あー…まぁ…うん。そうだな」
「君にそんな相手が居るなんて知らなかったよ」
「そりゃ誰にも言ったことなかったからな」
「でも司くんはそういうの態度にも出やすいだろう?全く気付かなかったなぁ」
ニコリと優しい穏やかな笑みを浮かべたが、この時の類の心中はまったく穏やかではなかった。否、穏やかでいられるはずがない。
だって、まさか司に想い人がいる、なんて。
類は出会った頃から司に恋愛という意味で好意を抱いていた。自分の人生を変えた相手。いつでも眩しくて、かっこよくて、それでいて可愛らしくて。一緒に居れば居るほど司への恋心は募るばかりだった。
だが、類は司とお付き合いしたいなどとは特に考えたりしていなかった。今、司の最も近くに居るのは自分だと、そう自負していたからだ。わざわざ関係を壊すようなことはしなくていいし、司の中での自分の立ち位置に概ね満足していた。はずだった。
そう、この噂を聞くまでは。
(噂の通り本当に司くんに好きな子が居ただなんて。そんなの、そんなの…
———全力で恋路を邪魔するしかないじゃないか!)
司と恋人になりたいとまでは思っていない類だが、だからといって自分以外の誰かが司の恋人になるのは耐えられない。我ながら自分勝手な思考なのはわかっているが、嫌なものは嫌だ。だから司には悪いが、その相手とは上手く行かないように裏から手を回させてもらう事にしようと思った。
(さて、邪魔するにしても、まずは司くんの想い人が誰なのか知っておかないといけないね。…本当は、そんなもの知りたくもないのだけれど)
類は溢れ出てしまいそうな嫉妬や憎悪といった感情を極限まで抑え、不自然にならないように、あくまで自然に、出来るだけ普段通りにを心がけてから司に問いかけた。
「ねぇ、司くん。君の恋のお相手は僕も知ってる人なのかな?」
「えっ、なんでそんなこと聞くんだ?」
「だって気になるじゃないか。大切な友人の好きな人だよ?それにもしかしたら、僕が力になれることもあるかもしれないしね」
ね?と優しく問いかけると、司は少し難しい顔をしてから、ふぅと本日二度目のため息を吐いた。
「すまないが相手は教えられない」
意志の強い眼差しで見つめられ、これは絶対に話さない顔だなと思った。こんなに親しい間柄の自分にも言いたくないなんて。別に恥ずかしがってる様子もないし、なんでそんなに教えるのを拒むのだろうと類が疑問に思っていると、「だが」と司が言葉を続けた。
「類さえよければ、その…恋のアドバイスというか…助言を貰ってもいいだろうか?」
「え」
意外な頼みに驚いた。相手は教えられないのに、協力はして欲しいだなんて。司にしては珍しくなかなか自分勝手なお願いだ。
類が驚いて答えを返すのが遅れたのを拒絶と捉えたのか司が慌てて口を開く。
「あ、いや、嫌ならいいんだ。相手も教えずに何を言っているんだと思うよな…すまない今のはわすれ」
「フフ。いいよ?僕は何を助言すればいいのかな?」
「えっ!?いっ、いいのか?」
「もちろん。他ならぬ君の頼みだ。それに、司くんには幸せになって欲しいからね」
「類…」
聖母のような微笑みを貼り付けながら、これはチャンスだと類は心の中で不敵に笑った。
司の恋に協力すると見せかけて、彼がその片恋の相手に絶対振られるような振る舞いをさせればいいんだ。
我ながら卑怯で卑劣な手ではあるが今はなりふり構ってなどいられない。司がどこの誰とも知らない人間に取られるか否かの瀬戸際なのだ。
「どんなことでも協力するから、何でも頼ってくれて構わないよ」
「ありがとう類。…じゃあ、早速なんだが協力してもらう上で、知っておいて欲しいことが幾つかある」
「ああ、そうだね。誰かわからないにしても、少しは現状について知っておかないとアドバイスのしようがないからね」
「うむ。まずは、そうだな…とりあえずこの恋、脈はゼロだな」
「えっ、そうなのかい?」
司はいつもと同じからりとした笑みを浮かべてはいたが、どことなく寂しそうに見えた。思わず抱きしめて慰めてやりたくなったが、そこはぐっと耐えた。
「でも相手に告白をしたわけではないんだろう?」
「そうなんだが、今回のこの噂を聞いた相手の反応を見ればわかる。普通にオレの恋を応援してくれる気らしいぞ?」
「あぁ…なるほどねぇ」
確かに。少しでも司に気があるのなら、素直に応援は出来ないかもしれない。自分なんか応援どころか邪魔する気満々なわけで。司の好きな子は司のことをそういう目では見ていないのかもしれない。
そのことに少し安堵する。
本当に魅力的な人だから、相手に少しでも気があれば司の恋なんてすぐに叶ってしまうに決まっている。
「でも、その彼女にも他意があったわけじゃないと思うし、完全に脈がないとは言い切れないんじゃないかな?」
協力する姿勢だけでも見せようと類はすこぶる優しい声音で司の言葉をフォローした。すると、司は難しい顔をして顎に手を当て「ううむ」と小さく唸った。
「彼女、…か。ふむ。脈がない理由のもうひとつとして、というか1番の大前提として伝えなければならないことがあるんだ。…ええと、その、なんというか…ひ、引くなよ?」
「フフ、なんだい?別に何を聞いたって引かないさ」
「そ、そうか?その、オレの好きなやつなんだが、そいつは……お、男、なんだ」
「………は?」
司の言葉に類の思考が一度停止する。男。生物学上ではそれは僕らの同性にあたる。司が好きなのは同性。その事実に類の中にどろりとした感情が溢れた。類が司を恋愛的な意味で好きでもそれを伝えようとしてこなかった大きな理由が、司は元来女性が好きだと思っていたからだ。同性に恋をしたことがあるなんて聞いたことがなかった。同じ男でも恋愛の対象になり得るなんて。
———じゃあなんで、僕じゃないの?
口に出そうになる言葉を必死に抑える。男でもいいなら自分だっていいじゃないか、と。でも、そうじゃない。司はきっと男とか女とか、そういうもので相手を判断する人じゃない。きっと、その人だから好きになったんだ。そんな風に想って貰える司の「好きな人」が羨ましくて妬ましくて仕方ない。
ますます司の恋がうまくいかなければいいと思ってしまう。同性の中の1番くらい自分にくれたっていいじゃないか。
「…類?…えっと、やっぱり男のオレが同じ男を好きになるのは変、だよな…」
類が黙ってしまったせいで、司が不安な顔を覗かせた。同性を好きになってしまったと告白することに躊躇いもあったのだろう。ふと視線を落とせば、司の膝の上では強く握られた拳が震えていた。類は震えるそれに自分の手を重ねた。
「変じゃないよ。人を好きになるのに性別なんか関係ない」
「…本当にそう思うか?」
「もちろん。どんな恋でも僕は司くんの味方さ。…だから、そんなに怯えなくていい」
司がハッとその大きな目をさらに見開いた。そして次の瞬間にその瞳はみるみると充血して潤んでいき、最後にぽとりと一つ雫が落ちた。
「…ありがとう。他の誰でもない、お前にそう言ってもらえて、嬉しい」
「何も泣くことじゃないだろう?大袈裟だね司くんは。ハンカチはあるかい?」
「…うむ」
先程司は今まで誰にもこの恋について話したことがないと言っていた。話さなかったのではなく、話せなかったんだなと思うと胸が締め付けられた。自分もその気持ちがわかるから。類へ伝えるのにも相当な勇気が要ったに違いない。
ポケットから出したハンカチで涙を拭う司の姿を見ながら、ごめんねと心の中だけで呟いた。そんな君の本気の恋を応援出来ないひどい友人でごめんね。
せめてもと司の頭を撫でてやると、ふっと小さく笑う声が聞こえた。
「子供じゃ無いぞ」
「うん。でも僕は撫でるのが上手いらしいからね」
「…どこ情報なんだそれは」
「おや?知らないのかい?セカイのぬいぐるみくん達が、僕に撫でてもらうために長い列まで作るのに?」
「めちゃくちゃ人気だな!?」
いつの間にか司の顔にも笑顔が戻る。やはり好きな人には笑っていて欲しい。ほっとしたところで予鈴のチャイムが鳴った。
「時間になってしまったね。話の続きはまた次の機会でもいいかな?いくらでも相談に乗らせてもらうよ」
そうだな、と司が慌てて弁当をしまって先に立ち上がった。
「頼りにしているぞ、類」
続けて腰を上げようとした類に司が手を伸ばす。見上げた彼の顔はもうすっかりいつも通りで。その笑顔が眩しくて、思わず目を細めた。
きっと自分が本気で画策すれば、司の恋が叶うことはないだろう。悲しい思いをさせてしまうけれど、その時は司にこの笑顔が戻るまで自分がずっとそばに居てやればいい。
そう決意して、類は伸ばされた手を強く握り返した。
類の部屋であるガレージの扉を開け司を中へ通すと、少しキョロキョロした後、いつも座っているソファに腰を下ろした。なんだかソワソワして落ち着かない様子が手に取るようにわかる。
類はそれを特に指摘したりはせずに、司の隣に腰を下ろした。
「何か飲み物でも飲むかい?持ってくるよ」
「あ、いや、お構いなしでいいぞ!むしろ急にすまんな。迷惑ではなかったか?」
「まさか。昼間にも言っただろう?いくらでも相談に乗るってね」
類が柔く微笑むと司は安心したように緊張を緩めた。
放課後、ワンダーステージでの練習が終わり皆で帰ろうとしたところで司から「この後家に行ってもいいだろうか」と問われ、すぐに昼間の話の続きがしたいのだとわかった類は二つ返事でOKした。
司が練習の後に類の家に来ることは多い。脚本の修正や演出プランの話など練習中に話がまとまらないと、じゃあ類の家へとなることが多かった。最初の頃こそ何をされるのかと(類が司で色々実験したがるので)家に来ることを警戒していた司だったが、最近は「類の部屋は面白くて飽きないな!」とショーの話し合いという目的以外でも普通に遊びに来ることが増えていた。
しかし恋の相談を聞くために家に呼ぶなんてことははじめてなので、まず何から話していこうかと考えを巡らせる。頭にいくつか問いかけが浮かんだが、類が質問を投げる前に司が先に口を開いた。
「恋愛のアドバイスをくれなんて、急に無茶を言って悪かったな」
「構わないよ。噂のことがあったとはいえ、急な申し出で驚きはしたけどね」
「急…。うむ。確かにそうだな」
司は頭で話すことを整理しているのか顎に手を当て少し考える仕草をした。じっと司の次の言葉を待っていると、「昨日、」と少し掠れたような声が聞こえた。
「告白されて、断る結果にはなってしまったのだが、それでもやはり好意を受け取るというのは嬉しいものだなと感じてな。その時に、オレのこの気持ちも伝えるだけ伝えてみてもいいかもしれないと思ったんだ」
やはり司は意中の相手に告白するつもりのようで、いつもとは違う少し自信なさげな声がなんだか愛おしかった。司に好きだなんて言われたら、自分は嬉しいどころの話ではないんだけどなと思いながら、それを受け取るのが自分ではないことに胸が痛んだ。
「先に話したように、まあ脈は今のところゼロなんだが、告白をするならせめてゼロが1くらいにはなるよう努力してみてもいいんじゃないかと思ってな。その…それでお前を頼らせてもらったんだ」
司は脈がゼロとずっと言っているけれど、果たして本当にそうなんだろうか?男とか女とか関係なく、司は人としてとても魅力的だ。相手が司の恋を応援してるからというだけでは、絶対にない、とまでは言い切れない。
色々と聞きたい気持ちはあるが、とりあえずまずは司とその想い人について聞いてみることにした。
「どんな人なんだい?君の好きな人って」
「どんな?む、そうだな…。とりあえず良いところはいっぱいあるぞ!まずは優しくて」
(僕だって君にはとびきり優しくしてるつもりだけどね)
「頭が良く頼りになる」
(申し訳ないが頭の良さで負ける気はしないよ。だからそんなやつよりもっと僕を頼ればいいのに)
「一緒に居ると本当に楽しい」
(僕は司くんと居る時が1番楽しくて1番幸せだよ)
「あと、えっと、声が、好き…だな。よく電話もするんだが、話してると安心するんだ」
(………声帯を交換する方法ってあるんだろうか?)
司が終始頬を染めながら照れ臭そうに話すので、類は面白くなかった。相手にベタ惚れな様子の司を目にして、正直嫉妬に狂って暴れ出しそうな自分がいる。しかし理性をもってそれを押さえつけた。
「じゃあ、いつ相手のことが好きだって気付いたんだい?」
「うーん…出会い自体は半年くらい前なんだが、好きだと自覚したのは割と最近なんだ。一緒に居ることが増えて徐々に意識していった…みたいなかんじだろうか。…こうやって改めて話すといささか照れてしまうな。ははは…」
「…へえ」
どうやら友人歴は自分と大して変わらないらしく、それも非常に悔やまれた。だって自分がもっと早く司と出会っていれば、その男との出会いを邪魔できたかもしれないのに。
「話を聞いているとずいぶん仲が良いみたいだね。君と、その彼は」
「そうだな。友人としての関係は良好だと思っている。相手もオレのことは少なくとも友人としては好いてくれているんじゃないだろうか」
「でも脈は無いんだよね?」
「無い」
司はキッパリと言い切った。そこまで言い切る理由とはなんなのだろうか。
「そんなに言うほど、望みが薄いのかい?聞いてる感じ、絶対にないってほどには聞こえないのだけれど」
「うーん。実はな、好きだと気付いてから、ちょっとアプローチ?的なこともしてみてるんだ。しかし、特にそれを気にかける様子もなくてな。オレが自分を好きだなんて露ほどにも思ってないんだ。そもそも恋愛対象に入ってすらいないのだろうな」
「へぇ。例えばどんなことをしてみたんだい?」
「ん?そうだな…。普段よりスキンシップを多くしてみたりしたな」
司はもともと人よりもパーソナルスペースが狭い。類に対するスキンシップの回数も出会った頃から割と多く、初めの頃はその距離感に慣れず驚くことも多かった。また最近はより親しくなってきているせいかさらに距離が近くなってきていて、普通に抱きつかれたり肩にもたれかかられたり手を握られたりすることもあるので、司のことをそういう意味で好いている類は彼に触れられることが嬉しい反面どうしようもない欲に駆られて困ることもある。
たとえば先日ワンダーステージの更衣室で「類はなかなか良い身体をしているよなぁ」と腹筋を触られた時(しかも司も上半身を脱いでいる状態だった)はさすがに変な気を起こしそうになった。必死に心の中で素数を数えて乗り切ったものだ。
そういえばこの前家に来た時なんて、類が機械いじりに夢中になってしばらく司をほったらかしにしてしまっていたら、急に頬にチュッとされて心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。「お前が全然構ってくれんからだぞ」と真っ赤な顔でそっぽを向く司はそれはそれは可愛くて、押し倒してしまいそうになるのをなんとか耐えた。類でなかったら絶対に勘違いしているところである。
というくらい仲の良い人間とは距離が近い司だから、彼が言う「スキンシップ多め」とはなかなかなものなんじゃないだろうか。それで特に反応がないというのだから、本当に相手は司に恋愛的な興味がないのかもしれない。
それでも、自分以外の人間に司が沢山触れているという事実は許せない。それに今は司に興味がなくても、このままスキンシップ多めというアプローチを続けていたら、もしかしたら…なんてこともあるかもしれない。それだけは絶対に阻止しなくては。
類は「もしかしたらだけど…」と真剣な顔と声色を作って、隣の司を見る。
「距離を詰めすぎるのも同性同士だとあまり良くないのかもしれないね」
「へ?そうなのか?」
「意識させるために相手に触れる、というのは確かに最初のアピールの手段としては良いと思うよ。けど、その彼と君は普段から割と近い距離感で接しているんだろう?」
「まぁ、そうだな」
「だとすると、スキンシップを今から増やしてもあまり意味がないんじゃないかな?逆に距離を少し取るっていうのもひとつの手だと思うよ。押して駄目なら引いてみろって言葉もあるくらいだしね」
「ほほぉ、なるほど。そういうものか」
司が感心したような声をあげる。どうやら類の話にうまく騙されてくれているようだ。これでその相手と司の身体的接触が減ると良いのだけれど。
「ところで司くん、なんで今急に座る位置を変えたんだい?」
先程まで類と司は膝がくっ付くかくっ付かないかくらいの距離に居たのだが、なぜか司が人一人分ほど間を空けて座り直したので類は不思議に思った。
「え?いや、話にのめり込むあまりそっちに寄り過ぎていたなと思って。すまんな」
「別に気にしなくていいのに。それに近づいた方が話しやすいだろう?」
類は司が空けた分を詰め直した上でさらに近くに座り直した。すると今度は完全に膝同士がくっつく。せっかく司と二人きりなのだからなるべく近くに居なくては勿体ない。隣からは司の息遣いが聞こえる。シャンプーの香りだろうか、良い匂いもする。すん、と類が鼻を鳴らすと、司がピクリと肩を揺らし、ひとつ咳払いをした。
「では、話を続けるぞ。例えば類ならスキンシップ以外でどんなことをされると相手を意識する?」
「そうだねえ…。やっぱり、他の人とは違う接し方をされる、とかじゃないかな?」
「違う接し方?」
「うん。周りの人間とは違う扱い方をされると、自分だけ特別なのかもって感じるだろう?そうすると、自然と相手を意識してしまうね」
その点から言うと自分なんてものすごく分かりやすいと思う。司に対する類の態度は他の人間に対しては絶対見せないものばかりで、かなり特別だ。無茶なことを言うのも、甘えるのも司にだけ。彼のためならどんなことだって出来るし、ものすごく優しくしたいのにものすごくいじわるしたくなる時もある。そんな風になるのは司に対してだけで。最初の頃はなんでこんな気持ちになるのか不思議だったけれど、この気持ちが恋と言われるものなんだと気付いた時は、特別な人間に対して自分はこんな風になるのか!知らなかった!と驚いたものだ。
逆に、司は誰に対しても平等で愛情深い。妹の咲希に対してはたまに異常なまでの過保護ぶりを見せることもあるけれど、基本は誰にでも明るく優しく誰かにだけ特別態度を変えたりすることはない。それが彼の良いところではあるけれど、司にとって自分は数多居る友人の一人なのだと思い知らされる。もちろん、ショーをする仲間としてクラスメイトたちよりは近い距離には居るつもりだけど、それは同じ仲間のえむや寧々もで、類だけ特別というわけではない。でも博愛主義なように見えていただけで、司にもちゃんと特別に愛情を注いでいる人間が存在するのだ。なんて、憎たらしいんだろう。
「他の人とは違うような接し方か。なるべく相手に気付いてもらいやすいものにしたいが…」
「司くんの場合は、普段誰にでも明るく優しいだろう?だから敢えてその彼には冷たく接してみる、というのはどうだろう?」
「冷たく…ふむ。なかなか難しそうではあるが、演技の練習も兼ねてやってみるのは有りだな!」
スキンシップを減らし、冷たい態度を取らせる。なるべく司とその片恋相手の距離を離してやろうとちょっとあからさまな提案をしてしまっただろうかとも思ったが、何の疑問もなくどちらも受け入れられてしまった。信頼されているんだなぁと嬉しくなると同時に司を騙しているという後ろめたい気持ちも襲ってくる。いや、ここで手を抜いてはいけない。やるならばとことんやって、司の恋の勝算をゼロどころかマイナスにしてやろうじゃないか。
類はとりあえず自分がされたらものすごく相手の好感度が下がるだろうことを考えてみる。
「あとは…」
「お?なんだ?他にも何かあるのか?」
「うん。あとは手作りのものを貰ったり、っていうのもいいよね。例えばお弁当とか」
「手作り弁当か。それはまだやったことがないな!」
いかにも恋のアプローチっぽい提案に司の目がキラキラと輝いた。好きな相手に手作り料理をプレゼント。とても良いアプローチだろう。しかし、類の目的はその相手に司を好きにならせないことなので、単なるお弁当プレゼント作戦など提案するわけがない。
「お相手の食の好みは把握してるかい?」
「そうだな。嫌いな食べ物くらいならわかるが」
「じゃあ敢えてそれをふんだんに使ったお弁当を作ろうか」
「なっ!?なぜだ!?」
「相手の苦手な食材を上手に美味しく料理してみせて、驚かせるのさ。自分の苦手な食べ物を色々な味で美味しく料理してくれるなんてすごく魅力的だと思わないかい?いっそそれを使った料理が得意料理だと言ってしまってもいいかもね」
因みにもし類が野菜ばかりの弁当を差し出されたとしたら、普通に嫌だし受け取らないだろうと思う。残念だが司の片恋相手だっていくら頑張って作ってくれたとしても、嫌いな食べ物ばかり入っている弁当なんて嫌に決まっているだろう。しかも得意料理が自分の嫌いなものばかりなんて知ったら「自分とは合わないな」と思うに違いない。我ながらなんて素晴らしい作戦だろうか。
「うーむ。それだとそもそも食べてくれるかどうか怪しいところなのだが…。まぁしかし類が言うのならば試してみる価値はありそうだな!」
「フフ。ところでそのお相手の人の苦手な食べ物ってなんなんだい?」
「野菜全般だな!」
偶然にも司の片恋相手は自分と同じものが苦手なようで、野菜たっぷりの弁当を受け取ることが確定した顔も知らぬその人物に少し同情してしまう。憎き恋敵ではあるものの、類はその彼に小さく心の中で手を合わせた。
そうして類から様々なアドバイスを受けた司は最後に感謝の言葉と、明日から告白に向けて頑張るぞ!という決意表明をし、類の家を後にした。
その夜、類はこっぴどく振られてしまう司を想像してなんとも言えない気持ちになりながら眠りについた。
翌朝、学校に着くとちょうど昇降口に入っていく司の後ろ姿が見えた。類は少し小走りに駆け寄るとその背中へ声をかけた。
「おはよう、司くん」
「…ああ、おはよう」
「?」
いつもの司なら振り向き様に10倍くらいの大きさの声で「類!おはよう!今日は良い天気だな!」と笑顔で挨拶を返してくるのに、今日はやけに元気がない。伏し目がちで顔も逸らされているので目線も合わない。どうしたのだろう?もう一度名前を呼ぼうと口を開きかけたところで、後ろから一人の男子生徒がやってきて司に声をかけた。
「天馬はよー」
「おう!おはよう!」
「え」
「声でか!お前はホントに朝から元気だなぁ」
「こんな爽やかな朝だぞ!元気でない方がおかしいだろう!はっはっはっ!」
「あ、神代もはよー」
「あ、ああ。おはよう」
「お前らマジでいっつも一緒に居んのな」
「む?いつもではないだろ?それに類とは今そこでたまたま会ったんだぞ」
「はいはい」
「じゃあ、またな類」
司は類とは目線を合わさぬままその男子生徒と教室へ向かって歩いて行ってしまった。ひとり残された類は正直焦っていた。自分は何か彼を怒らせるようなことをしてしまったのではないだろうか、と。勘違いでなければ自分への挨拶とクラスメイトへの挨拶、明らかに司の態度が違っていた。もしや昨日話した助言の数々が実は嘘ばかりということに気づいてしまったのではないか?類の思惑に司が気付いてしまったとしたら…それはまずい。想像しただけで類の顔色はサーっと青くなった。
「そんなの…絶対司くんに、嫌われてしまう」
すぐにでも追いかけて話をしたかったが、無情にも始業のチャイムが鳴り響きそれは叶わなかった。
一限の授業が終わってすぐ類は隣のクラスに向かった。
扉から中を覗くと司は周りの席のクラスメイト達と話をしているようだった。時折彼特有の大きな笑い声が聞こえてくる。
朝一瞬しか言葉を交わさなかったし、もしかしたら体調でも悪かったのかもしれないと思って少し様子を見ていたが、どうやらそれはないようだった。
(やはり、僕が何かしてしまったんだろうか?)
声をかけようかどうしようかと悩んでいると、ちょうど扉の前を通った司のクラスメイトに声をかけられた。
「どうした神代?そんな怖い目で天馬のこと見て」
「え」
「天馬に用なんだろ?おい天馬ー!神代来てるぞー」
「あ、ちょっ…」
その呼びかけに司は一瞬だけこちらを見て席から立ち上がった。類の前まで歩いて来ると、また朝と同じように顔を伏せて目線も逸らされてしまう。
「や、やあ、司くん」
「…何か用か?」
普段より低くボリュームを絞った声が類の耳に届く。いつもと違うその声に焦りと不安を覚えた。まるで司では無い誰かと喋っているような気さえしてくる。
「…どうした?」
「あ、ああ、その…。朝、挨拶した時に司くんの様子がいつもと少し違っていたから、具合でも悪いのかなと心配になってね」
必死に笑顔を作ってとりあえず様子を探るようなことを言ってみる。司は少し顔を上げると表情の無い顔で首を緩く振った。
「別に。体調に問題はないが」
「…じゃあ、何か僕に怒ってる…とか?」
そう聞くと司がチラとこちらを見てきたので今日初めてきちんと目が合った。もっと冷たい視線を向けられると思っていたが、司の目はどちらかと言うと冷たいというよりも少し寂しそうに見えた。
「どうしてだ?別に怒ってないぞ?」
気怠げにこてんと首を傾げる仕草をされてドキッとする。笑顔こそ向けられないが、その顔は確かに怒っているという風には見えなかった。
「そう。それならいいんだ」
類が安心して微笑むと司はまた顔を伏せてしまった。そこでなんとなくだけど、この司の態度は演技なのではないかと思い当たった。こんなローテンションな役をしてもらう予定はないはずだけれど、司が演技をする時に纏う独特な空気を感じる。類を相手に演技をして、後から「どうだった?クールな役もいけそうだろう!」と聞いてくるつもりなのかもしれない。随分突然ではあるが司ならあり得そうだなと思った。
「…それだけか?」
「え?」
「用は、それだけか?」
変わらず静かな声音ではあったが、演技だと思って聞くと感情のない平坦な喋り方が本当にいつもの彼と全然違っていて単純にさすがだなぁと思ってしまった。先程など別人と喋っているような感覚になってしまったほどだ。彼の演技力は出会った頃と比べ物にならないくらい成長していて、いつだってその姿に驚かされる。自分はいつまでこうやってすぐ隣で彼の成長を見守ることが出来るのだろうか。
「類?」
思考の海に沈みそうになった瞬間に声をかけられハッとする。司は表情こそ変わらないもののその目には類に対する少しの心配が浮かんでいた。
「ごめんよ少しボーッとしてしまって。そうだね。用は済んだよ。司くんの顔もちゃんと見れたし。ほら、朝は目を合わせてくれなかっただろう?だからちゃんと君の顔を見て話をしたかったんだ。時間を取らせてしまってすまなかったね。ありがとう」
「…」
「それじゃあ、また放課後に」
司の態度が演技だったという確信を得てとりあえずは安心したので教室を後にしようと踵を返すと、後ろからセーターの裾を引っ張られる感覚がした。振り返ると顔を逸らしたままの司が類のセーターを掴んでいた。
「どうかしたかい?」
「昼」
「え?」
「今日のランチ、一緒に食べたいんだが」
相変わらず単調で感情のない喋り方。それなのにまさかお昼の誘いをしてくれるとは思わなかった。思わず顔がニヤける。やはり怒っているかもというのは自分の杞憂であったようだ。
「フフ、もちろんいいとも。天気もいいし昨日と一緒で屋上でいいかな?授業が終わったら迎えに来るよ」
「ああ」
最後に見えた司の耳が少し赤くなっているような気がしたのは気のせいだったろうか。
「類、これ」
「え?なんだい?」
昼休み。屋上で腰を下ろすなり司から淡い紫色の布に包まれた箱を差し出された。この大きさからして中身はおそらく。
「弁当だ。お前に」
「え…これ、もしかして君の手作りかい?」
「うむ。しかし人に作るのは初めてだからあまり自信はないぞ」
司は朝していた演技はどうやらもうやめたようで、少し照れたような怒ったような顔を類に向けた。うん。やはり司はその豊かな表情が魅力的なのだ。なぜちょっと怒っているのかはわからなかったが。
それにしても、この手作り弁当というのは昨日自分がアドバイスをしたもののひとつではなかったか。本番の前にまずは類に味見をして欲しいとかそういうことなのだろう。
受け取った包みを開けると中から果物の柄が入ったオレンジ色の可愛らしい二段重ねの弁当箱が現れた。蓋を開けるとこれまた色とりどりのおかずが目に入った。緑、赤、黄色、オレンジ…普通に見たら大変美味しそうな弁当である。しかし。
「司くん、これって…」
「オレなりに色々調べて作ってみたんだ。右のがほうれん草のグラタンで、チーズをたっぷり使ったから結構食べやすいと思うぞ。それと赤いのがトマトソースパスタだな。お前でもトマトソースくらいだったらいけるんじゃないか?あとこのまるいやつがかぼちゃコロッケだろ。それから…」
メニューを解説する司の声を横で聞きながら、見事に野菜ばかりの弁当に自分の眉の間に自然とシワが出来たのがわかった。類のアドバイスを素直に受けて作ってきてくれた弁当なわけだが、なぜその味見を野菜嫌いの自分にお願いしようと思ったのだろうか。他に誰か居なかったのか。いや、司の片恋についての話を聞いたのは類だけだから類に頼むのが当たり前といえば当たり前、なのか?
「どうだ?見た目は悪くないだろう?おかげで野菜料理がちょっと得意になったかもしれん」
自信はないと言ってはいたが、司は自分の作った弁当を眺めると満足げに笑った。よく見るとどれも野菜本来の形がわからないようになっており、かなり時間をかけて作ってきてくれたのがわかった。見るのも嫌なくらい苦手な野菜。でも、司が自分にと作ってきてくれた弁当。おそらく数日後には司の想い人とやらも口にするであろう手作り弁当。でもこれは先程聞いたところによると司が初めて誰かのために作った手作り弁当だ。ならば、心を決めるしかない。
「…おい類。やはり無理なら返してもらっても構わ」
震える指で箸を握り、弁当をじっと見つめる類に向かって司が声をかけた瞬間、弁当の中へと降りた箸先が秒で類の口の中へ運ばれた。因みに目を瞑って箸を入れたのでどのおかずが口へ運ばれたかまではわからなかった。
「んぐっ!!」
「お、おい類!大丈夫か!?」
本当に、かなり久しぶりに野菜を口に入れたせいでむせ返りそうになったが、なんとか意地で飲み込むことに成功した。青ざめて苦しそうにしている類の背中を司が慌てて撫でてくれる。
「あ、ああ、大丈夫だよ。せっかく司くんが僕のために作ってくれたんだ。ちゃんといただくよ」
「…」
「それに君の手作りを最初に食べるのを誰かに譲りたくない」
「え」
「好きな相手に渡す弁当の練習なんだろう?その相手より僕が先に司くんの手作りを食べたかったんだ」
「…それってどういう」
野菜を食べたことで脳が動揺してるのか、思っていたことをそのまま口に出してしまった。明らかに何か言いたそうな顔を向けられて慌てて(心の中では慌ててるが外面はあくまで冷静に)言葉を重ねる。
「フフ、なんてね。味見役をきちんと全うしたかっただけだよ。本番、うまくいくといいね」
「類…」
「でも今の一口じゃちょっと味がよくわからなかったからもう一口…」
震える手でもう一度弁当に箸を伸ばそうとしたが、箸が届く前に司がその弁当を類から取り上げた。
「えっ、ちょっと司くん」
「いい。これはオレが食べるから」
「でも」
「お前にはそっちをやる。それもオレが作ったやつだからな」
司が指差したのは奪われた弁当の下から現れたおかずたちだった。二段重ね弁当の下の段は上の段とは打って変わってハンバーグや卵焼き、タコさんウィンナーにからあげ等、野菜のやの字もないラインナップ。類が驚いて司を見ると大きくはぁとため息を吐かれた。
「もし食べられなかった時のために一応作ったんだ。野菜が入ってない弁当。無理しなくていいからそっちを食べろ」
「でも…」
「いいから!こっちはオレが自分で味をみるからいい」
そう言うと司は隣で野菜たっぷり弁当の方を食べ始めてしまった。「なんだちゃんと美味いじゃないか。お前本当に野菜ダメなんだな」と言いながら次々と色とりどりのおかずを口に入れていく。緑色の、おそらくピーマンを使ったらしいおかずを口に入れた時にだけ少し眉が寄ったのがちょっと面白かった。
「なんだ類?食べないのか?」
「あ、いや、もちろんいただくよ。ありがとう司くん」
まずはデミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグを一口頬張る。美味しい。絶品というほどレベルの高い味ではないはずなのだけれど、司が自分のために用意してくれたということ、そして先程野菜を口にしてしまったばかりだということも相まってものすごく美味しいと感じた。
なるほど。つまりこれは、鞭からの飴。確かにこれなら手作り弁当作戦はかなり効果があるかもしれない。なんてことだ。自分はまずいアドバイスをしてしまったのではないだろうか。
「どうだ?その…不味くはないか?」
司が不安げな顔でハンバーグを頬張る類を見つめてくる。ここで、「イマイチかな」とか「手作り弁当はやめた方がいいかも」とか返したら司は想い人への手作り弁当作戦をやめてくれるかもしれない。けれど。
「不味いわけないじゃないか。とても美味しいよ」
司の初めての手作り弁当。しかも類のために用意してくれたそれに嘘でも「美味しくない」なんて言えなかった。
「そうか。良かった」
類の言葉を聞いた司が安心したようにそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。それを見てドキリとわかりやすいほど自分の胸が鳴ったのがわかった。
この笑顔を、本命の男にも弁当を渡した時に見せるのだろうか。嫌だな。この笑顔をどうにか自分だけのものには出来ないだろうか。思考を巡らせるけれど残念ながら妙案は浮かんでは来なかった。なので、とりあえず今は考えるのはやめて司の手作り弁当を味わって食べることにした。
「野菜の方、まさか食べてくれるとは思わなかったな…」
司がぽつりと溢した言葉は類の耳に届くことはなかった。もちろんどんな顔でその言葉を溢したかも、弁当に夢中だった類には知ることは出来なかった。
それから数日経った練習後の更衣室、司から「例の件をとりあえずアドバイス通り実行してみたんだが、」と急に話を振られた。
「どうだったんだい?」
「…全然、駄目だった…」
「そう。それは残念だったね」
類が司の恋がうまかくいかないようにと授けた策なのだから駄目で当たり前なのだが、一応申し訳なさそうな顔を返しておく。
「それどころか、逆にオレが相手のことを益々好きになってしまってな。困っている」
「は?」
一体何があったのかはわからないが、司は真剣に悩んでいるようで更衣室の真ん中に置いてあるベンチに腰掛け頭を抱えた。とりあえず話を聞こうと類も隣に腰掛ける。
「何があったんだい?」
「…うむ。オレはここ数日、類のアドバイス諸々を受けそれはそれは奮闘していたわけだが」
「全部ちゃんと実行してくれたんだ?」
「もちろんだ!しかし、何をやってもオレが相手をめちゃくちゃ好きだってことしかわからなかったんだ…くっ」
「…あー、うん。そうなんだ」
片恋相手の方の気持ちがどう動いたかはわからないが、どうやら類の作戦は司の恋心を加速させる結果となってしまったらしい。さすがにそこは考えていなかった。しかし自分が授けたアドバイスの中に相手をますます好きになるような要素がどこにあったというのだろうか。
「本当に好き過ぎてどうしたらいいかわからん。思わず何度か好きだと口走りそうにもなった。もうこの気持ちを隠しておくのは無理な気がしてきた」
早口で捲し立てるように話す司は本当にもう限界が来ているという様子だった。そして一つ大きく息を吐くと、意を決したように呟いた。
「だから、告白してしまおうと思う」
なるほど。これはなかなかに展開が早い。ゼロを1にするという話はどうしたんだとも言ってやりたかったが、司は一度やると決めたらやる男だ。今更類が横から口を出そうとその決意は変わらなそうなので、黙って話の続きを促す。
「それでな、オレは告白の経験というものがないから、類にまた相談に乗って欲しいんだが…」
「それはいいけれど、経験で言うなら僕だって誰かに告白なんてしたこと無いよ」
「そ、そうか、よかっ、いや!まあ、そうだろうなとは思っていたが!経験のあるなし関係なくお前の意見が聞きたいんだ!」
なんだか今日の司の表情はいつになく忙しない。告白すると決めたから気持ちが昂っているせいだろうか。隣の類を見上げる顔はいつになくやる気に満ち溢れていた。
「それでな、告白のシチュエーションについてなんだが、お前ならどうする?」
「ふむ。告白のシチュエーションねぇ…」
もし自分が愛の告白をするのならば、演出家としてそれはもう司が大喜びしそうな派手に派手を重ねた告白演出プランを考えるだろう。ロマンチックだけど、楽しさと驚きで溢れる、そんな告白が理想だ。きっと司もエンターテイメント性が溢れた告白をしたいと思っているのだろう。その演出のアドバイスをもらいたくて類に相談を持ちかけたに違いない。例えば告白のためにショーを贈ったりなんか、いかにも彼が好きそうだ。
しかし、悪いけれどその演出を一緒に考えてあげられるほど自分は心が広くはなかった。今だって司が知らない男に告白してるシーンを思い浮かべるだけでムカムカして目の前のロッカーを蹴り飛ばしてやりたいくらいだ。
「…普通でいいと思うけどな」
「え?」
「別に特別な用意なんて必要ないと思うよ。飾らず素直な気持ちを相手に伝えるのが僕は一番良いと思うな」
「…ふむ」
さっさとこの話題を切りあげたい。どっちにしろ司は振られてしまうのだから、わざわざ凝った告白シチュエーションなど考えても仕方ないと思って適当に答えを返す。
司は類の答えを聞くと、いつも綺麗に伸びている背筋をさらにピシッと伸ばしこちらを見つめてきた。緊張を纏った空気が更衣室内に流れる。
「類」
「うん?なんだい?」
「お前のことが、好きだ」
一瞬何を言われたかわからず、数秒固まってしまった。そしてようやく動き出した頭ですぐに理解する。これは、おそらく告白の予行練習なんだな、と。
「…うん。良いね。すごく良いと思うよ司くん。その感じで本番も頑張って」
「…お前、全然わかっていないな?」
司が呆れた声と共にため息を吐いた。確かに告白については類も初心者ではあるが、随分と失礼な反応にムッとして言葉を返す。
「わかったさ。告白がすごく良いっていうのは今のでちゃんとわかったよ?司くんが告白されて自分も好きな相手へ気持ちを伝えてみたいってなった理由がちょっとわかった気がしたしね。そんな真剣な顔で好きだって言われたらドキドキするし、嬉しいよ」
だから、本当に自分への告白だったらどんなに良かっただろうなと思った。
類の言葉に眉間に皺を寄せていた司は急に表情を変えた。ショーの続きを待つようなワクワクと期待に溢れた表情。なんだか子供のようで可愛いその顔に、類の怒りも自然と霧散してしまう。
「ドキドキ、したのか?嬉しかったのか?」
「フフ、そうだね」
「それなら」
「僕も好きな人に告白してみてもいいかなと思えるほどにはさっきの司くんはすごく魅力的だったよ」
「え?」
「あ」
しまった、と口元に手をやってももう遅かった。驚いた顔で司が類を見つめる。
「類、お前…好きなやつがいたのか?」
「…まぁ、うん。そうだね」
「そうか…そうだったのか…」
「司くん?」
ははっと隣から微かに笑う声が聞こえた。なるほどなぁと呟いてから司は急にベンチから立ち上がった。
「すまん。急用を思い出した。今日は先に帰る」
「え」
司はロッカーを開けて荷物を取り出すと、そのまま出入り口の扉へと向かった。
「色々アドバイスありがとうな。じゃあまた学校で」
「えっ、ちょっと司くん!?」
そのまま振り返ることなく司は更衣室を出て行ってしまった。
あんなに急いで一体何の用事だろうか。告白すると言っていたし、もしかするとその準備とかかもしれない。
しかし、思わず口を滑らせたせいで色々聞かれるかもと焦ったが、思えば司にとって類が誰を好きだろうと関係ない話なわけで。類の色恋云々に全く興味を示してもらえなかったのは寂しいが、まぁ仕方はない。わかっていたことだ。それよりも今は司自身の恋愛で一杯一杯だというのもあるのだろうが。
「告白…か」
ついに司が片恋相手へ告白する。早く告白してさっさと振られてしまえばいいのにと思うのに、類はどうしてもスッキリしない気持ちでいた。司を騙すようなことをしてしまったことが、たぶんずっと心のどこかに引っかかったままでいる。自分も片想いをしているから、その辛さは十分にわかっているはずなのに。
「こんなひどいことをして…僕が君を好きでいる資格はないよね…」
悩んだ末に、とある決心をしてから類も更衣室を後にした。
そして翌日、また神高で新しい噂が流れた。変人ワンツーフィニッシュの片割れである天馬司が、件の片想いの相手にどうやらフラれたらしい、と。
「司くん、例の片恋相手にフラれたって本当なのかい?」
「…この学校は本当に噂が広まるのが早いな」
屋上で二人並んで弁当を食べながら、類は朝からクラスでも盛り上がっていた噂について触れた。告白をすると言っていたのは昨日なのにもう既に実行に移していた司にも驚いたが、それが今日の朝には校内中の噂になっていたことにも驚いた。どれだけ噂好きなんだろうか、うちの高校は。それにしても司の行動力はさすがではあるけれど、朝クラスメイトから「天馬がフラれたって本当か?」と声をかけられた時の類の気持ちも考えて欲しいものである。
「うむ。残念だがフラれてしまったよ。というか相手にはすでに好きな人がいたんだ」
俯き気味に答える司の声は明らかに元気がなかった。司がフラれたら全力で慰めると決めていたのに、いざそうなるとうまく言葉が出て来ない。
「やはり最初から脈はゼロだったってことだな。せっかく色々アドバイスをくれたのに悪かったな類」
泣きそうな顔で笑う司に心が締め付けられるようだった。なぜ司が謝るのか。そうだ。謝らなきゃいけないのは、自分なのだから。
「…司くん、実は君に謝らなきゃいけないことがあるんだ」
類の言葉に司がきょとんとした顔になる。唐突にどうした?心辺りがないぞ?という顔。
「実は先日君にした助言の数々、あれは全部嘘っぱちなんだ」
「は?」
「協力しているフリをして、君が片想いの相手に振られるようにアドバイスしていたんだ。本当にすまなかったと思ってる」
「…なんで、そんなこと…」
突然の告白に困惑した顔で司が問うてくる。当たり前だ。頼りにして相談した友人に裏切られていたのだから。
「本当になんでそんなことしてしまったんだろうね。後悔もしてるし反省もしているよ。許してもらえるとは思っていないけれど、せめてもの償いとして、僕も今から片想いの相手に告白しようと思う」
「なっ!?」
司への償いになるかどうかはわからないけれど、彼が傷付いた同じ分だけ自分も傷付かなければいけないと思った。そして昨日出した結論がこれだ。自分も告白して振られようと。
「君と一緒で僕の片想いの相手にも好きな人がいてね。脈はゼロってやつさ。告白しても振られるだけとわかっているけど、司くんにしてしまったことを償うにはこれしかないと思ったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ類!」
立ち上がった類の腕を焦った顔をした司が捕まえた。それを優しく引き剥がしてから、ポケットへと手を差し入れる。取り出した小型のスイッチを握る手が震えた。告白というのはこんなにも緊張するものなんだなと改めて感じる。司も告白した時こんな気持ちだったのかなと思った。
「昨日決めたことだから、あまり大掛かりな演出が出来なくて申し訳ないのだけれど」
意を決して手の中にあるスイッチを押すと、ブォンと大きな音を立ててドローンが宙へと飛び上がった。
頭上を大きく旋回した後、ドローンは二人のちょうど真上のあたりで止まりピーッピーッという警告音を発した。
「えっ!なに!?なんだ!?」
司が驚いて立ち上がり頭上を見上げる。ドローンの底からは風船が膨らみ出ていて、それがどんどんと大きくなっていく。
さあ、カウントダウンだ。
『さん…』
機械の音声でカウントがはじまる。
『にー…』
カウントに合わせるかのように風船はさらに大きさを増していった。
『いち…』
パーン!!!!
破裂音と共に巨大な風船が割れ、中からたくさんの紙吹雪が舞い出て来る。ヒラヒラと舞うその一つを類は掴んで司に差し出した。
「司くん」
呆気に取られたように空を見上げていた司だったが、名前を呼ばれ視線を類へとうつした。わけがわからないという顔のまま類が差し出した紙吹雪の一つを受け取る。ピンク色のまるで桜吹雪のように舞っていたそれは、よく見ると可愛らしいハートの形をしていた。
「類、これって…」
顔を上げた司に、類の真剣な眼差しが突き刺さった。
「僕は、君のことが好きだ」
司は呆然とした顔のまま動かない。果たして今の言葉がきちんと伝わったのかどうなのか不安になる。時間が経つほどに口の中がカラカラに乾いていく気がして、類は一つ深呼吸をしてから口を開いた。
「顔も知らない君の片恋相手に嫉妬して、本当に最低なことをした。どうしても、彼に君を取られたくなかったんだ。好き、だったから…」
最後の方は声になったかならないかくらいの掠れた音だけが口から漏れた。少しの間をおいて、類の耳に大きなため息が届く。他の誰でもない。司のものだ。その音にビクリと大きく体が跳ねた。
「お、お前なぁ…」
司は心底呆れたような声を出して俯いた。
当たり前だ。呆れられ、そして嫌われても仕方がないことをしたんだ。
「フフ、呆れたよね…。さあ司くんこんな最低の大馬鹿野郎、思いっきり振ってくれ!」
その声に応えるように司が伏せていた顔を上げた。その頬は見たこともないくらい真っ赤になっていた。
これは、相当怒っているようだ。
「この…」
どんな言葉が飛んでくるのかと覚悟を決めて目を閉じると、ドスンと胸に重い衝撃があった。なんだ?と思って目を開けると、腕の中には司の姿があった。
「大馬鹿者だろ!お前も…っオレも!!!」
今までで一番というくらいの近い距離で司の大声をまともに受けてしまい、思わず耳を塞ぐ。すると、司がぐいっとシャツの襟元を掴んできた。殴られる!と思い反射で目を閉じたが、なぜか想像していた痛みは襲って来ず、代わりに唇に何か柔らかいものが当たったような気がした。不思議に思い恐る恐る目を開けると、そこには赤い頬のまま困ったように笑う司の顔があった。
翌日、またまた変人ワンツーフィニッシュの新しい噂が神高中に流れた。
その噂が流れて以降、彼らが爆発騒ぎを起こすと皆「末永く爆発しろー」と声をかけてくるらしい。
つまり、そういうこと!
end
神代が凄い鈍感で好きです。片思い相手に恋愛相談しちゃう天馬も好きです。つまり私はあなたが好きです結婚してください!!!