野球も酪農も大事に 牧場育ち、別海の選抜出場で「再び野球を」
(26日、第108回全国高校野球選手権北北海道大会2回戦 釧路北陽9―0別海) 「さぁ行こう!」――。 【写真】打席に立つ別海の早坂音哉選手 別海の左翼手、早坂音哉選手(3年)が大きな声を出した。守備につくとき、鼓舞したいとき、常に全力疾走で声を出す。別海の伝統だ。 牛の数が人口の約8倍、生乳生産量国内1位の別海町。 早坂選手の実家はこの町で牧場を営む。父親は3代目。140ヘクタール、東京ドーム約30個分の広大な敷地で、230頭の牛を飼育している。 将来、牧場を継ぐつもりだ。だから、もっと酪農の知識を学ぶ必要がある。 けれど、高校時代は野球に専念したい。 そう考えたのは中学3年。2024年、別海が初めて、21世紀枠で春の甲子園に出場した時だった。前年のワールド・ベースボール・クラシックでの日本の優勝を見て、再び野球に興味が芽生え始めていた。 小学3年で野球を始めた。友達に誘われたことがきっかけで、のめり込んだ。ところが、進学した中学校に野球部はなく、一度は野球から離れた。 「もう一度やりたい」――。甲子園の別海がまぶしかった。再び、バットを握ることを決意する。 レギュラーへの道のりは簡単ではなかった。まわりは中学でも野球を続けていた部員ばかり。ベンチで盛り上げ役に徹した時期もあった。 酪農もおろそかにはしなかった。ひたむきに練習を続けながら、部活が休みの日は率先して牛舎に向かい、父の背中を見ながら黙々と、牛の世話をした。 努力家の息子を家族も応援した。「(高校3年間)旅行にも行かず、遊びに行っているのを見たのも数回」と父は話す。学校から牧場までは車で20分。部活終わりは毎日、母が車で迎えに行く。 試合の前日、母からは「力を抜いて、楽しんで」と言葉をかけられた。 迎えた初戦。両親が見守るなか、初回二死から左翼へのフライを落ち着いて捕球。1時間半の試合中、懸命に打球を追った。 7回コールドで敗れた。それでも、「最後まであきらめず、楽しめた」と振り返る。 卒業後は父も通った別海高校農業特別専攻科に進学する予定だ。酪農家への一歩を踏み出す。(波多野愛美)
朝日新聞社