ホラー短編小説「木目」Part.10

第10話「密室の安全」


時計の針は、
午前四時を回っていた。

二人は布団にくるまったまま、
ベッドの端に並んで、
壁に背を預けていた。

極度の疲労に
緊張の糸が切れたのだろう。

鈴木は山田の肩に
コトンと頭を預けて、
目を閉じている。

このまま、朝を迎えられれば。

明るい外へ出て、
二人でゼロからやり直せれば。

山田は、
自分に寄りかかる彼女の重みを
愛おしく感じながら、
虚空を見つめていた。

――その時だった。

ミシッ……。

ふいに、二人の頭上――
真っ白な天井の石膏ボードが、
重みで軋むような、嫌な音を立てた。

山田の全身の筋肉が硬直する。

鈴木もビクッと肩を震わせ、
顔を上げた。

ズリッ。……ペタ……、ドスッ。

さっき廊下を遠ざかったはずの、
あの濡れた足音が。

今度は、真上の階から、聞こえてくる。

しかも、ただの足音ではない。

何か重いものを引きずり、
鋭利な刃物を床へ突き立てるような、
「ドスッ」という
不気味な音が混じっていた。

「上……?」

鈴木が息を呑み、
山田の腕にしがみつく。

ギシッ、ギシギシッ……。

天井の軋みが
異様なほど大きくなる。

鈴木がふと見上げた瞬間、
真っ白だった天井の壁紙の一部が、
まるで上から見えない足で踏みつけられているかのように、
グニュッと、不気味に下へ膨らんだ。

「ひっ……」

そして、かすかに、
しかし確実に、聞こえたのだ。

『……痛い……山田さん……』

天井の向こうから響く、
首の折れた高橋や、
血まみれの佐藤の呻きのような、
不気味な声だった。

「嘘……」

鈴木は絶句した。

「山田さんっ」

彼女は涙を溢れさせ、
山田の胸へすがりついた。

「ごめんなさい……私、
山田さんのこと……疑って……」

山田はその言葉にハッと目を見開き、
震える彼女の背を抱きしめようとした。

――だが、遅かった。

ドスッ。

ひときわ大きな音が、
二人の真上で鳴った。

次の瞬間。

真っ白だった天井の壁紙に、
ポツリと、
黒ずんだ赤いシミが、滲み出した。

シミは、裏側から溢れる液体のせいで、
生き物のように、じわじわと広がっていく。

山田の脳裏に、
佐藤と高橋の無惨な死に顔が
鮮明に蘇った。

不規則に広がる赤いシミが、
目になり、歪んだ口になり、
苦痛に満ちた「男女の顔」へと、
結像しようとしている。

「いやあああッ!」

頭上の怪異に耐えきれず、
鈴木が悲鳴を上げて
弾かれたように立ち上がった。

「山田さん、逃げて!
ここにいたら殺される!」

鈴木は裸足のまま、
部屋のドアへと
一直線に駆け出した。

震える手でロックとチェーンを引き剥がし、
ドアノブを力任せに引っ張る。

ガチャンッ!

だが、ドアは開かない。

「え……?」

もう一度、
全体重をかけてノブを引っ張る。

ガンッ、ガンッ!

微動だにしない。

鍵は開いているはずなのに、
ドアは分厚いコンクリートの壁と同化したように
ビクリともしなかった。

「嘘でしょ……
開いて……
お願いだから開いてッ!」

半狂乱でノブを回す鈴木の顔から
さーっと血の気が引き、
絶望で青白く染まっていく。

「……開かない。
どうして……」

鈴木は力なくドアノブから手を離し、
糸が切れたように後ずさって、
ベッドの上に力なくへたり込んだ。

「大丈夫だ。

俺が全部、消してやるから」

山田は鈴木の体を
そっとベッドに寝かせると、
床に落ちたカッターナイフを拾い上げ、
立ち上がった。

「模様になる前に……
削り取ってやる……!」

天井に向かって腕を伸ばし、
刃をめちゃくちゃに振り回す。

だが、高すぎて届かない。

何度飛び上がっても、
空を切るばかりだ。

その間にも、シミは無情に広がり、
グロテスクな顔の輪郭を、
刻一刻と描き出していく。

届かない。消せない。

どうやっても
この呪いを止められない。

血走った眼球が
カチカチと痙攣するように動き、
視線が下へと落ちた。

恐怖で後ずさる、鈴木。

彼女が動いたせいで、
ピンと張られていた真っ白なシーツに、
いくつもの深い皺が寄っていた。

間接照明に照らされたその皺の陰影が、
複雑な曲線を、何本も生み出している。

「……あそこにも、ある」

山田の声は、
低く、冷たく濁っていた。

「天井と、同じだ。

君が動くから、皺ができる。

影が……顔になる」

「消さないと。

形になる前に、
全部、平らにしないと……!」

山田は虚ろな目のまま、
長く刃を出したカッターを握り直し、
ベッドの上の鈴木へと、向き直った。

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コメント

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小ぶりなプログラムを試しに作っているんですが、 ここではその説明書きをしていこうと思います。 こういう機能をつけてみてほしいだとか要望は、 コメント欄か、Xのリプライ欄に書いてみて下さい。 ひまをみて対応します。 (未管理著作物裁定制度に定められた問い合わせも受付中。)
ホラー短編小説「木目」Part.10|古井和雄
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