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1日目/Novel by メクルクル夢アカ

1日目

6,568 character(s)13 mins

記憶喪失シリーズの第1話です

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 その日はやけに雨が降っていた。だれしも皆傘をさし急ぎ足に道を歩く。パシャパシャと歩く音と雨が降る音に男の意識が次第に覚醒していった。
 男は目覚めた、雨が降り顔は雨水、泥にまみれ服はぐちゃぐちゃだった。一体どこで泥んこ遊びをしたのかと思うくらい泥だらけで……人から見たら滑稽だと笑われるに違いない。
 朧気に開く視界を広げようとしたが激しい頭痛等に苛まれ呻くしかできない。
おまけに体の上に重し石でも乗っているかと思うくらい起き上がるのも一苦労で誰も…………その男に気づかなかった。男は心の中で叫んだが言葉を吐くことすらままならない。このまま泥のように地面に倒れ込みながら草木の養分になるのか――と思った矢先雨のすき間を縫うかのように日差しが降り注いだ。それは束の間の太陽。 
 その日差しが降り注いだのと同じタイミングで自分の顔に影がかかる、それは傘による影だった。
 やっとのこさで顔を見上げると……水たまりに映った自分と同じ齢くらいの女性が心配そうにこちらを見ていた。
 
「大丈夫ですか?お名前は言えますか?」
「名前……」

 それはきっと自身の名前を指すのだろう、しかし男はなにも、自分の名前すら失っていた。掌ですくい上げても砂や水が流れると同じように何も…………掌には何も残っていなかった。何も…………思い出せない。

「分からない………………俺は…………誰…………なんだ……?」
「…………まぁ」

 声をかけた女性はまるで迷子の猫を発見したかのような反応でとりあえずうちにきます?と小首を傾げた。
 ほいほい、と見知らぬ人、しかも女性の家に上がるのはどうかと記憶を失った状態でもそう思ったが……今はとりあえずこの濡れたみすぼらしい状態から脱したいと記憶喪失の男はその女性に着いていくことにした。
 これは記憶を失った夜桜凶一郎ととある女性との七日間の話である――――

 女性に案内され、ガチャリと鍵を開けた先はまだ比較的真新しいマンションのうちの一室であった。室内には段ボール箱が積まれており引っ越してきたばかりなのが見受けられる。荷解きも終わっていないだろうに自分の世話を申し出た女性に感謝と大丈夫なのだろうか、と不安が過ぎったが……自分が誰なのかも分からず彷徨い続けるかもしれないと考えるとこの際一夜明かせる場所を確保出来ただけでも良しとしたほうがいいかもしれない。
 女性はちょっと待ってくださいね、と玄関先で暫し待つように言うと段ボール箱の中を探り始めた。恐らく自分の着替え用を探しているのだろう、しかし一人暮らしであろう女性の衣服に成人男性の洋服があるなど考えられないが……と苦悶していると服とタオルを持ってパタパタと女性が駆けてきた。
 
「ありました!お洋服!」
「それはよかっ…………どうみても男性の物と見られるのですが……何故?」
「うーーん、使用人のミス、ですかねぇ……誤って入れちゃったのかも……」

 よっぽどうっかりさんなのだろうか、と少し怪しげに思うものの……自分の背丈にあった服を受け取りお風呂場に案内される。
 ごゆっくりどうぞ、と扉を閉められ若干の気まずさはあるが……男は着ていた服を脱ぎあまりの汚れ具合とぼろぼろさに自分は何をしていたのか?と思うものの……やはり何も思い出せずくしゃくしゃになった布切れを籠に畳んでから入れた。
 それからバスタブに湯を張りつつシャワーで体の汚れや髪を洗いきゅっとお湯を止めるとはた、と傷跡だらけの手が目に入った。そういえば手袋もしていたな、この傷を隠す為なのか?と水に濡れた手をまじまじと見つめる。だがやはり何も脳裏に浮かばない。
 何か危険な作業でもしていたのだろうか……と顎に手を置きしばし見つめていると、濡れた状態でいたからか身震いを起こしくしゃみをしてしまった。
 まずい……!と体を強張らせて……何がまずいんだ?と理由に思い当たらぬまま男は冷めた体を温めるべくお湯に浸かった――

 風呂から上がって用意された服を着るとやけに体にぴったりだった。通常ならありえないと思うところだったが記憶やら過去やら名前やら考えなければならないことがたくさんで男はその違和感を闇に放り投げてしまった。
 着替え終わって居間に戻ると自分を拾ってくれた女性は段ボール箱とにらめっこしていた。まだ荷解きが終わっていないのだろうか?いくつかは開けられて食器などが棚に入っているのが見受けられる。

「もしかして引っ越したばかりですか?」
「はい!今日が引っ越し日です!」
「……………………え?」
「最低限な物は使用人にちょっぴり入れてもらったのですが…………あれー?これは…………どこに…………」

 むむむむ……と中身と再び見つめ合う家主に男はぽかん…………と口を開けてやはりお世話にならないほうが良かったのでは……?と脳裏に過ってしまった――

 気を取り直して……と女性とテーブルを挟んで座り合う。これからの事を話しましょうか、と言われたもののそういえばまだ自分はこの人の名前を聞いてない事を思いだした。

「ごめんなさい、私名前言ってませんでしたね、(苗字)(名前)と言います」
「わかりました、……こんな素性も分からない男をわざわざ家に上げてくれて……すごく助かりました、ありがとうございます」
「い、いいえ!むしろこんな……荷物だらけのところですみません……越してきたばかりなので……」
「……見るところ貴方お一人のようですが?他にご家族は?」
「実家に父と諸々の使用人がいます、今日から一人暮らしをする予定だったんですけれど……でも困ってる人は放っておけないので問題ありません!」
 
 それは本当に問題ないのだろうか?一人暮らしを始めた娘のところに素性も分からない男が転がり込んでいると親が知ったら……きっと警察沙汰になってしまうのではと思うのだが……と男は内心そう思った。

「幸い部屋はもう一つあるので大丈夫でしょう、そちらの方を使ってくださいな、あ…………えっと…………」
「?」
「いや貴方の事をなんて呼べばいいのかなって……」
「あ――――そうですよね、名前……」
「何も身元の証明になるものは入ってなかったんですか?」

 そう尋ねられたがそう、何も手がかりはない。荷物は疎かポケットにすら何も入ってなかった。着ていた服以外何も……ない。せめて名前さえ分かれば少しでも判断材料になるのだが……それも叶いそうにない。

「分からないのでしたらどうしましょうか……?」
「……なんでもいいですよ、おいとかでも」
「そ、そんな……!失礼な呼び方はできません!か、仮で何か考えましょう……!」

 にこやかに微笑んだ男だったが流石に相手に気を使わせてしまったようだ。仮、仮か……何か結びつけるものがあればよいが頭の中の記憶は真っ白なパズルで何も浮かぶものがない。

「名前……名前……名無し……さんとか?」
「そのまますぎるでしょう」
「そ、そうですよね……!え、えっと……じゃあクロさん!服が黒かったから!」
「俺は猫か何かですか?」

 男はわたわたと慌てる(名前)に耐えきれずくすりと笑みを零し、つられて(名前)も思わず笑ってしまった。
 なんでもいいと言いながら人は案外我儘なものである。男はクロ……クロ……と顎に手を置き暫し考えた。

「他に選択肢ないですしクロさんでいいですよ」
「ほ、本当にいいんですか?クロさんで……」
「何も思い出せませんからね……」
「ご家族とか……何か欠片でも思い出せたりは……?」

 男は首を横に降る。少し時間が経ち気持ちをリセットしに湯に浸かっても何も変わらない。もしやすると記憶を失うまでに見知った物を見ても戻らないかもしれない、ネガティブになってしまいそう吐露する男の手を(名前)が掴んだ。傷だらけの跡が残った手に若干彼女は少し痛ましそうに目を細めてぱぁ!と花が咲いたような笑顔を見せた。
 
「大丈夫、きっと戻りますよ」
「………………でも」
「明日から色んなところに行って何か知ってそうな人や場所がないか探しましょう、私お手伝いします!」

 なんてかえりみのない申しだてなのか、何も自分にメリットはないだろうに……と男は苦笑する。ああでもきっとこの人なら何も返ってこないとしても喜んで手伝うのだろうな、と何故か実感して。

「何もない俺ですがよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします、クロさん」

 挨拶と、手を握り返したところで……お互いの腹の虫がなり思わず両方とも笑ってしまった。

「もう晩御飯のお時間ですね、私何か作りますので……クロさんは待っていてくださいな、任せてください!」
「い、いえ!せっかくお世話になるので!俺も手伝います!」
「いいえ、お客さんにそんな事頼めません、荷物ばかりで窮屈でごめんなさいね」

 (名前)は微笑むと……キッチンのある方へと引っ込んでしまった。引き下がるべきだったか……?とクロは持ち上げた腰を再び椅子に落ち着けた。何かモヤモヤするというかムズムズする。しかし前の自分が料理上手だった保証はない、ならばここは彼女に任せておくべきか……?と思った矢先料理に勤しんでいるはずの彼女の大きな悲鳴が聞こえてきた。
 あまりの大声に何か、虫でも出たのか!?!?と慌てて駆けつけると。

「あわわわわわ」
「……………………」

 ごうごう、とフライパンから大きな火を起こして半泣きで見上げている(名前)がいた。
 …………………………
 さて、とりあえずこの一抹のボヤ騒ぎというかは、元のアルコールが消えたのでひとまずは収まった。
 が、クロは彼女に問いたださなければならない。

「料理をしたことがない?」
「………………はい…………」
「任せておいて、と自信満々にいったのに?」
「…………で、出来るんと思ったんです……」

 あれでは包丁もまともに扱ったことがないのだろう、なんて箱入り娘だ……とクロは腕組みをして自分の前で正座をしてメソメソと泣く(名前)を冷ややかに見つめる。
 冷蔵庫には使用人が予め入れたスーパーでカットされた野菜や、肉など……最低限の調理で済むものが入っていた。この有様ではまともに切ることが出来なさそうなので良い判断だ。まぁあらかた予想はつく、きっとそれなりに良いご家庭で育ったのだろう、料理人が香り付けなのどにしていたのを何とか真似しようとして……どれくらいの量を入れたらいいのか分からず大量にドバドバとアルコールをフライパンの上に注ぎ……というか何でそんなアルコールがキッチンにあるんだ、危険だろう……
 ともかくとして彼女はまともに料理が出来なさそうなのが判明した、ならば消去方として自分がやる他ない。

「貴方は居間で休んでください、俺が代わりに作るので」
「え、え、で、でも…………」
「新生活1日目から消防署のお世話になるつもりですか?」
「…………わかりました……」

 ショボンと明らかに肩を落としてとぼとぼと居間に向かった(名前)にクロは少し言い方がキツかったか?と眉間に皺を寄せたが……これ以上被害が大きくさせるわけにもいかない。さて、後は己が料理出来るか、だが……
 フライパンや具材を前にクロは静かに料理に向かった――――

 結果として、クロは多少なりとも心得はあったようだ。それは昔両親がいなくなり兄弟だけで暮らさねばならなくなった頃。
 宙ぶらりんと化し自分がなんとかせねば家族が壊れると判断した過去の自分が妹の体調が回復するまでは、妹達に飯を食わせねばならないと四苦八苦して身につけたスキルだった。出前や簡単なもので済ませても良かったが、人間体が資本だ。ちゃんとした物を食べないと心も体も健康にはならない。とはいえ圧倒的に本人が好きなのは母、そして妹の料理なのであまり披露する機会は少なかったのだが。
 記憶は無くとも案外体についた知識は機能するようで簡単な物だがそれなりにいくつか料理が出来上がった。味見をして……クロは首を傾げたものの違和感を隅に置いといて出来た料理を居間に運んだ。
 居間に運ぶと料理を運ぶくらいは出来ますと(名前)が頬を膨らませていたので、次からはお願いしますね、とやんわりと言いつつ椅子に座る。
 さて作った料理の味は……一般的な家庭料理だが彼女の口に合うだろうか?と目線を向けると。
 ニコニコと頬張っているので反応は上々といったところか、お口に合ったようで何よりだ、と嬉しく思いつつも……やはりいまいち首を傾げてしまう。

「あ、あの……なにか食材に問題でもありましたか?」
「え?」
「さっきから首をずっと……傾げてらっしゃっているので……」
「ああ……いや自分でも普通に美味しいと思います、けど……食べたいのはこれじゃないと言いますか……」
「ご実家の味……とかですかね?」

 (名前)の問いにしっくりときて、頷く。そう、これじゃない、俺が食べたいのはこれじゃない。自分で作ったものではなく特別な……人が作った料理が食べたいと欲求が湧いてくる。そう呟くと(名前)が嬉しそうに微笑んだ。

「何故笑っているのですか?」
「早速見つかりましたね、手がかり!」
「これが?」
「だって、そんな顔をするくらい美味しい料理を作ってくれる家族がいたってことですよ、きっと」

 家族…………とクロは反芻する、家族、カゾク……自分にとってその言葉が何よりも自分の命よりも大切に感じている事を何となく実感できた。これは気の所為ではなく本当なのだとそう思える。
 なんだ、何も覚えていないわけではなかった、これから少しずつパズルのピースを埋めていけばきっと――――

 夕食後、皿洗いしていると(名前)は洗うのも初めてなのか危うくお皿を落としてしまい、クロは慌てて皿をキャッチした。やれやれ……と思いつつ(名前)を見ると。

「私わかっちゃいました、クロさんの記憶を失う前の姿!」
「ほう?」
「きっと執事さんです!」
「執事?」

 恐らく倒れていた時の服装がスーツなのと手袋をしていたから発想を得たのだろうが……クロとしてはあまりしっくりとは来ない。確かに手先は器用な方なのだろう。

「そうですかね?」
「えーでも、料理も美味かったし……お皿もキャッチしてくれたし……」
「たまたまですよ」

 なんてことはない、とクロは謙遜すると急に同居人が増えたからか、夜も遅いからか、ふぁ……と(名前)が欠伸をする。
 夜、か。さて何をするか……とふと考えて。一般常識とずれている感覚に再び首を傾げる。
 後はやることをして寝るだけなのだが……この噛み合わない違和感はなんなのだろう……と思っていると。不意に窓の向こう側から視線を感じた。バッ!とカーテンを開き窓の向こう側を見やると誰もいない。気の所為だったか?とカーテンを閉めると(名前)が不思議そうにこちらを見ていた。

「クロさん?」
「あ、いえ……窓の外から誰かが見ているような気がして……」
「えー?でもここ……10階ですよ?」
「…………そう、ですよね……人がいるわけが……」
「きっと疲れているんですよ、今日は早く寝て……明日買い物ついでに記憶探ししましょう」
「…………そうですね」

 きっと気の所為なのだ、だから外に人なんているはずもない、そう言い聞かせて……クロは用意された自室へと向かった――――――

 マンションから離れた建物の屋上にふわりと白いゴスロリを着た少女が降り立つ。危うく気付かれるところだった、いや既に気付かれていたのかも。
 闇夜の中、兄の安全を確認し家族に報告するべく、さて帰るかね……と呟いてもう一度兄のいるマンションに目を向ける。

「………………本当に大丈夫なんだろうね、凶一郎」

 この計画は果たして上手くいくのだろうか、と不安を抱き続き白いゴスロリ少女こと夜桜二刃はやれやれと勝手に行動した兄にため息をついて、家に帰宅したのだった――――

Comments

  • 想像P

    溜めて読む予定が、耐えきれず読み始めてしまった…とても、好きです、どうしよう

    Apr 19th
  • イロハモミジ

    推しの記憶喪失グフフ🤛(((殴 もの凄く美味しかったです‼ (@ ̄ρ ̄@)👍(?)

    Apr 18th
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