活動理念よりも世間体を取った団体
表現の自由を掲げる団体の姿勢に対して。
『キモいモノは表現ではない』
表現の自由を守ることを謳う団体がある。その団体の役員が肩書を剥奪されたが、その理由は『言動が団体の運営理念に相応しくなく、イメージの毀損に繋がる』とされたためだ。団体は創作における安易な表現規制に反対し、地道なロビイスト活動を行う姿勢が支持されている。
表現の自由は言論の自由、思想・良心の自由に直結する基本的人権であり、あらゆる権利の根幹にある。もっとも重要な権利である一方、プライバシー保護に関わるデリケートな側面もあるので慎重な判断が求められる点は否定できない。社会的なイメージが言動の良し悪しを左右する、いわば偏見が横行している実状を踏まえれば常に襟を正して身構えるのは団体のイメージをクリーンなものに保つ当然の対処と言える。
だが表現の自由はあらゆる表現に上下も貴賎も無く、どのような理由でも規制されてはならないとするのが原則である。厳密に言えばr18などの年齢制限も表現の自由を否定する規制であり、自由を尊ぶなら『年齢を理由にした
ゾーニングなどあってはならない』とならなければ嘘になる。表現の自由は公共の福祉や社会のモラルといった“良識”とは相反するのが常であり、社会的なイメージなど糞くらえな姿勢を持たなければ成り立たない。他人の目を気にして萎縮するのは表現の自由と対極にある、非常に不自由な振る舞いと言えるだろう。
件の役員追放の件は日頃の言動が表現の自由を逸脱したもので、役員として相応しくないとするのが理由とされる。だが、その相応しくないとする言動は果たして表現の自由を逸脱し、団体のイメージを毀損するものだったのか。
肩書を剥奪された役員は架空のキャラクターと“結婚”し、そのキャラクターを模した人形と暮らしを共にしていると公言していた。キャラクターが女性のデザインだったことから人形用にと女性用下着を購入し、その行為が気持ち悪いとバッシングされたこともある。これらが『表現の自由を守る団体のイメージを毀損する言動』とするなら、実に的外れな解釈と言わざるを得ない。
人形との結婚、及び人形に用いる下着を購入することが表現保護団体のイメージを毀損するとの解釈は『ワタシがキモいと感じたモノは“表現”ではない』という偏見に追従したものである。キモいモノは表現では無いから表明する自由は無いし守る必要も無いとするのは表現の自由の理念を否定する、ファシズム的な姿勢だ。
人形と結婚したり下着を購入するのをキモいと嗤うのは表現の自由だが(代わりに侮辱や名誉毀損にはなる)、結婚するな下着を買うなと規制はできない。ましてやそれらの行為は表現の自由ではないからと団体役員の肩書を奪うのは、それこそ表現の自由の否定である。『お前はキモいからクビ』は団体のローカルルールと言い訳できるが、『キモい言動は表現の自由では無いからクビ』を表現の自由の保護を謳う団体が行うのは語るに落ちる。
女性支部という名の女子枠
同団体には女性支部が存在する。表現の自由に性別を理由とした格差は存在しないが、団体は『女性は表現の自由を表明しにくい立場にあるから、堂々と言える場を設けた』としている。
“女性は表現の自由を表明しにくい”のが本当なら女の物書きも役者もいない筈だが、実際は男と同程度にはいる。まさか『女流作家』みたいな言い回しが差別的で表現の自由を損なうとでも解釈しているわけでもあるまいが、同団体は表現の自由を守るとの名目で女性限定の表明の場を設けた。
昨今、進学や就職など人生の岐路において女だからとえこひいきする“女子枠”が問題視されている。近頃も将棋の名人が実力を担保としないえこひいきの女子枠に批判的な物言いをしてバッシングの憂き目に遭ったが、表現の自由においても女子枠(えこひいき)を批判することが許されない無言の同調圧力が生じている。
女のわがままを甘受して不公平な状況を作り、それを批判できない事態を是とするのは“BL無罪でその他は有罪”のような偏りをもたらす。表現の自由は発信者の年齢や出身地、主義心情を問わず等しく守られるものとされ、性別についても例外は無い。だが、えこひいきとも解釈できる女子枠を設けている以上、その基本理念がないがしろにされていると疑われるのは当然の帰結であろう。
表現の自由は楽じゃない
表現の自由は基本的人権でありながら軽視されやすい。権力者に抑圧されやすいだけではなく、市民層からも攻撃の的にされることがままある。
表現の自由はどのような表現も明示が阻まれない権利である。表現内容に対する批判は許容されても『最初から表現するな』と明示を阻むことはできない。
性的な描写や特定の主義心情を賛美あるいは批判する表現は特に槍玉に挙げられやすく、明示すら困難な事態に陥りやすい。表現の自由は嫌われやすい表現でも明示する自由は守るべきとする理念だが、不快感や嫌悪感を抱かせる表現も等しく守るので必ずしも諸手を挙げた賛同を得られるわけではない。中には『あんな気持ち悪い表現などあってはならない、潰してしまえ』と市民層から抑圧を求める声が出ることもある。
表現の自由はその性質上、敵を作りやすい。だからこそえこひいきや迎合をせず、誰からも賛同されず孤立する状況になろうとも理念を曲げてはならない。相手や状況によって姿勢を変えるのは表現を自由に示す理念の否定に繋がる。世間体を優先してキモい表現の排除や特定の属性をえこひいきするようでは表現の自由は守れない。
終


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