【ビットトレント】 届いた『警告書』を公開します
はじめに
ある日突然、私の知人である一人暮らしの女性、しげ美さん(仮名)のもとに、プロバイダの代理人弁護士より『発信者情報開示に係る意見照会書』が届きました。その内容は、しげ美さんが契約しているインターネット回線から、ビットトレント(BitTorrent)でアダルト動画の違法アップロードが行われたとされるものでした。
しかし、しげ美さんはこれまでiPhoneとiPadしか所有しておらず、それらで日常的なメッセージのやり取りや旅行の情報を調べる程度の、ごく一般的なインターネット利用者です。
その後、プロバイダはプロバイダ責任制限法(第6条第1項)が義務付ける発信者への意見照会を怠り、しげ美さんを一切関与させないまま、裁判所から発信者情報の開示を命じる決定が相次いで発令されています。現在までに、しげ美さんの個人情報の開示を命じる裁判所の命令は約10件に及んでいます。
『警告書』を公開します
今回、しげ美さんのもとに、AVメーカーの代理人弁護士より『警告書』と題する手紙が普通郵便で送付されました。本記事では、この『警告書』を法的観点から可能な限り冷静に検証し、その表現や構成が、『警告書』を受け取った受領者に、どのような印象を与えるのかを分析するとともに、同様の通知を受け取った全く身に覚えのない方が、法的状況や請求内容を適切に理解するための一助となることを目的としています。
注意
本記事に掲載する『警告書』のスキャン画像および内容の引用は、特定の法律事務所や権利者の業務を妨害したり、その信用を不当に低下させたりすることを目的とするものでは断じてありません。『警告書』の記載内容を正確かつ客観的に検証するためには、その内容を基本的に原文のまま掲載することが不可欠であると判断しました。この『警告書』は、個別の創作的表現ではなく、定型的な業務処理を目的として作成・送付される文書であることが確認できるため、著作物性には疑義があります。また、仮に著作物性が認められる場合であっても、本記事での掲載は著作権法第32条の引用の要件を満たすものと理解しています。したがって、本記事での掲載は適法の範囲内であると理解しています。
加えて、本記事で『警告書』を基本的に原文のまま示すことは、権利者側の主張を正確に伝え、不要な誤解と憶測を生じさせないための、最大限の誠意ある配慮でもあります。この趣旨をご理解いただければ幸いです。
『警告書』を読むにあたって
「期限までにご連絡がない場合、依頼会社の意向に基づき、訴訟提起を含む法的手続へ移行いたします」
『警告書』(以下、「本書面」といいます)を読み、受領者が最初に感じる恐怖は、この一文に集約されることでしょう。「2週間以内に連絡しなければ、弁護士が訴訟・刑事告訴を実行する」、恐怖心に駆られてそう誤解するかもしれません。しかし、ここで落ち着いて読むべきなのは、本書面の差出人は、あくまで代理人弁護士でありながら、「訴訟提起を含む法的手続」という最も重大な行為の直前に、「依頼会社の意向に基づき」という言葉が挟まれている点です。つまり、本書面によって、弁護士が確定的に訴訟提起を含む法的手続を約束するものではなく、今後、依頼会社の判断に基づいて法的手続が選択される可能性を示した通知にとどまるのです。
『警告書』の構造的問題点
本書面には、受領者に強い恐怖を与える語句が連続して配置されています。「任意解決の最後の機会」「刑事上の責任が問われる場合もあります」「訴訟提起を含む法的手続へ移行」「判決に基づく強制執行」です。これらの文言は、受領者に対して「連絡しなければ直ちに深刻な事態に陥る」という危うい誤解を招きかねません。しかし、受領者が抱くであろう印象と、法的な実態の間には、大きな隔たりがあります。
まず、強制執行に至るまでには、訴訟提起、権利者側による立証、判決の確定という、複数の段階を経る必要があります。本書面にはそのプロセスへの言及が一切ありません。そうしたことからも、本書面によって刑事告訴から警察による家宅捜索などに発展する事態は、ごく少数の特別なケースを除き、直ちに現実化するとは考え難いものです。
次に、「開示された情報によればアップロードが認められます」という記載は、受領者に大きな誤解を与えかねない表現です。発信者情報開示制度は、あくまでもインターネット回線の契約者の氏名・住所等を明らかにするための制度にすぎません。そのため、「発信者情報が開示された」という事実だけで、インターネット回線の契約者本人が著作権侵害を行ったと法的に認定されたことにはなりません。
しかし、本書面には、この本質的な区別についての説明がありません。「開示された情報によればアップロードが認められます」という記載だけを読めば、この文脈の限りにおいて、多くの受領者は「開示された情報から、公的機関によって自分が違法アップロードの実行者であると認められた」と受け止めても不思議ではないでしょう。これは、発信者情報開示制度の仕組みに対する、極めて重大な誤解です。
この点は、本記事で最も重要な点の一つとして、改めて強調しておきます。発信者情報の開示は、あくまでも「インターネット回線の契約者」が誰であるかを明らかにする手続であって、「インターネット回線の契約者=実際の著作権侵害者(発信者)」であることを断定するものではありません。両者は法的にも全く別の問題です。
もっとも、本書面の「刑事上の責任(著作権法第119条)が問われる場合もあります」との記載については、刑事責任の可能性を示談交渉の場で触れること自体は、一般論として直ちに誤りとは言い切ることができません。しかしながら、本書面では刑事事件に至るための手続や要件について十分な説明がないまま、その記載が民事上の和解提案と連続した文脈で示されているため、受領者に「和解に応じなければ刑事事件へ発展する」との印象を与えかねない構成となっています。
さらに、「任意解決の最後の機会」という表現には何ら法的根拠はなく、あくまで権利者側による、交渉上の表現にすぎません。にもかかわらず、「警告書」という題名と相まって、公的機関による最終通告であるかのような印象を与えます。
そして、本書面には見過ごすことのできない点が、もうひとつあります。権利者側は訴訟提起や刑事告訴も辞さないスタンスで、重大な法的措置の可能性を示しています。しかし、そのような重要な通知であるにもかかわらず、本書面は、送達の記録が残らない通常の普通郵便で送付されています。内容証明郵便や特定記録郵便など、到達の事実や時期を客観的に確認できる送付方法も存在する中で、広告やダイレクトメールにも用いられる一般的な普通郵便があえて選択されている点は、本書面の性質や位置付けを問う上で、大きな注目点と言えます。
訴訟提起や刑事告訴といった重大な法的措置を予告する書面であるならば、送達の事実を後日立証しやすい方法を選択することに、もっとも合理性があるはずです。その意味において、記載内容が受領者に重大な法的結果を強く想起させる一方で、その送付方法との間には少なからぬ齟齬があるように感じられます。
加えて、高額な和解金額が提示されているにもかかわらず、その算定根拠は本書面からは分かりません。別の箇所において、著作権法第114条に基づく算定で民事上の損害賠償請求が生じる可能性について記載があるものの、それは和解金額の根拠について指すものではありません。届いた封筒の中には、別紙での資料などは一枚もなく、和解金額を請求する根拠となる法令も、違法アップロードの時間や量といった情報も、どのような計算過程を経てその和解金額に至ったのかについての説明も、一切ありませんでした。任意の示談交渉の範囲内とはいえ、受領者が和解金額の妥当性を判断するための情報など何もない状況なのです。
『警告書』の評価
権利者側が自らの権利を行使し、損害賠償請求や和解提案を行うこと自体は、正当な権利行使です。しかし、その正当性は、受領者が法的状況や自己の法的立場を適切に理解した上で、自由な意思に基づいて判断できることによって初めて担保されます。
本書面では、受領者に重大な法的結果を想起させる記載が繰り返される一方で、それらが現実に生じるための法的要件や手続については十分な説明がなされていません。そのため、本書面全体は、法的状況を客観的に説明する文書というよりも、受領者を高額な示談金の支払いによる早期の任意解決へと誘導することに特化した構成と評価せざるを得ません。
おわりに
本記事は、特定の法律事務所や権利者の業務を妨害したり、その信用を不当に低下させたりすることを目的としたものでは決してありません。
静かに暮らす一般市民の女性が、多数のアダルト動画の違法アップロードを行ったとして疑われ、このような『警告書』を受け取ったとき、その内容がいかに不可解で恐ろしいものとして映るか。このことを少し考えてみてください。
だからこそ今回、『警告書』のスキャン画像を公開し、その内容を吟味・分析した結果を、世に問うことにしました。公益のために、この記事が一人でも多くの方に読まれることを願っています。
参考資料
著作権法(昭和45年法律第48号)119条(e-Gov法令検索、https://laws.e-gov.go.jp/law/345AC0000000048#Mp-Ch_9 、2026年6月27日最終閲覧)
文化庁「令和6年度 図書館等職員著作権実務講習会 著作権法概論」https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/seminar/2024/pdf/94141401_01.pdf


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