誰もが生きやすい社会をみんなで トランスジェンダーの山形大准教授

斎藤徹
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 男性と女性という従来のくくり方では取りこぼされがちな「LGBTQ+(性的少数者)」。私たち一人ひとりの性の多様さ。こうした視点を踏まえ、誰もが生きやすい社会の実現のため、私たちには何ができるだろうか。22日、トランスジェンダーの当事者でもある山形大学の研究者が、オンラインセミナーで問いかけた。

 勝又栄政(てるまさ)さん(34)は今年度、山形大に着任し、人文社会科学部の准教授として、ジェンダーや社会学を学生に教えている。学内で男女共同参画やダイバーシティー(多様性)を進める「ダイバーシティ推進室」の副室長も務める。

 世界の共通の理念であるSDGsが掲げる「誰一人取り残さない」。勝又さんは、この理念を目指す社会に向けて、地域・大学ができることをテーマに、自身の経験を交えて講演した。

 盛岡市で女性として生まれた勝又さんは、「美穂」と名づけられ、3歳からは仙台市で育った。自身の性に違和感を感じたのは、幼稚園で制服のスカートをはいた時だった。小学校では髪を短くして野球に打ち込んだが、両親や友達からは「もう少し女の子らしく」「なんで女なのに髪が短いの」と言われた。「あなたは『ふつう』じゃない」と言われているようで、毎日がしんどかった。

 女性の身体的特徴が表れてくるにつれ、自分の気持ちとのギャップはますます大きくなっていった。「女性らしさ」を求める周囲に相談することもできず、生きづらさが募っていった。中学生の時、同じ部活動の先輩の女性を好きになったが、自身の行動を顧問や部員から否定され、「自分みたいな人間は生きていてはいけない」と思うようになり、自傷行為を繰り返した。

 大学1年生の時、これ以上耐えられなくなり、友人に自身のつらさをカミングアウトした。「今までつらかったね」と言われ、初めて肯定してもらえたと感じた。母親の猛反対に遭いながらも、21歳の時に胸を切除する手術を受け、名前を「栄政」に変えた。

 研究の道に進んだのは、母親と仲たがいが続いた際に、自分だけでなく母親も深く悩んでいることを知ったことが影響した。男性か女性かの「性別二元論」が前提とされがちな社会における問題について、当事者の立場だけでなく、当事者ではない側の背景にも目を向け、両者の視点がなければ解決は難しいと考えたからだ。

 勝又さんは「性のあり方、生き方は一人ひとり多様である。性別によって個々の可能性や能力が制限されない環境をつくることで、誰にとっても生きやすい社会に近づくのではないか」と指摘した。

 そして「悩んでいるのは性的マイノリティーだけではない。男性の生きづらさ、女性の生きづらさを含めて、現在の制度や習慣を振り返り、地域の中で自他ともに安心できる空間について一緒に考えて話し合う。そうした小さな行動を日々積み重ねていくことが、やがて社会全体を変えていく力になる」と呼びかけた。

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<LGBTQ+> 男性、女性という分類にとらわれない性的少数者を指す言葉。Lはレズビアン(女性同性愛者)、Gはゲイ(男性同性愛者)、Bはバイセクシュアル(両性愛者)、Tはトランスジェンダー(出生時に決められた性別と性自認が異なる人)、Qはクィア(性的少数者全般)またはクエスチョニング(性的指向や性自認が定まっていない人)を指す。+は上記に当てはまらない多様な性を表現する。LGBT総合研究所など複数機関の調査では、国内のLGBTQ+の人の割合は全人口の約3~10%とされる。

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<おことわり>勝又准教授のセミナーでの発言内容をより正確に伝えるため、改めて取材したうえ、表現を見直して記事を再編集しました。

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この記事を書いた人
斎藤徹
山形総局|総局キャップ・県政担当
専門・関心分野
人口が減っても持続可能な地域づくり