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星に願いを/Novel by anonymous

星に願いを

8,807 character(s)17 mins

シリーズの続き。篤くんとひろみちゃんがお互いに家族に「お嬢さんを私にください!!」する話。この平行世界でのそれぞれの家族を捏造しています。

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 日下部篤也は緊張した面持ちでネクタイの結び目を改めた。数分前に結んだネクタイはそもそも緩んでもいないし歪んでもいない。幅の広い肩を黒に近いチャコールグレーのスーツに包み、盛り上がった胸筋の上に深緑のネクタイとベストの斜線によって魅惑的な三角形が作られている。
「かっこいいな、君。いつもだけど」
 うっとりと満足そうに彼を眺めた日車が、ふいに真顔になって、
「そんなことを言ってる場合じゃなかった」
 と呟いた。
「えっと、これでいいかな?」
「それで悪かったら、なにをしてもダメだろう」
 確かにそうだ。典型的なスーツ三点セット、適度に高級な腕時計、黒の革靴、新品の黒っぽい靴下。姿勢はもともと完全に正しい。完璧な身だしなみだ。日下部は姿見で自分の顔を見る。いつも通り、ばっちり逆立った髪。少しでも怖く見えないように髪を下ろそうかとも考えたが、ヘアセットが上手くいかないし、何より落ち着かない。
「伊達メガネでもかけたほうがいい? ちょっとはインテリに見えるかな」
「両親は君が目が悪くないのを知っている。それに、護衛が目が悪いのも不自然だ」
「あ~、そうだな」
 ここは日車の実家に近い一般的な観光客向けのホテルだ。
「あのさ、ほんとにいいの? これで」
 日下部篤也は曖昧に訊きただした。今更言わなくても、何度も話し合ったことだ。初めて、寛見に「両親に君を紹介したい。助けてくれた人としてではなく、家族として」と言われた時、日下部は「今?、そんな必要ある?」と否定的な反応を示した。寛見は速攻で落ち込んだ。
「そうだよな、迷惑だよな…」
 しゅん、と下を向いて申し訳なさそうに呟く。親に紹介したいと恋人に言われた時、決してさせてはいけない反応のひとつだ。日下部は速攻で反省した。嫌だとか面倒くさいと思ったわけではない。数年前の話になる。まだ彼らが同棲を始めて何年も経っていない頃の話で、確かに、日車の提案はせっかちだった。この先、まだ長い人生、なにがあるかないか分からないのに古い価値観を持つ御両親を無駄に仰天させることはない。日下部が言葉を尽くして宥めたおかげで、寛見は大分落ち着き、お互いの家族に対するカミングアウトはしばらく見送られることになった。あの時から年月が流れ、彼らがいつまでも学生のようにルームシェアしていることや、見合いの話を断り続けることに寛見の御両親が疑念を抱き始めた。それがきっかけだったようだ。
「日下部、そろそろ決着をつけるべき時だと思う」
「おう、…って、何の話??」
 日車に真剣な顔で断固として告げられて、日下部篤也は思わず反射的に気合の入った返事をした後で聞きかえした。
「私のパートナーとして両親と会って欲しい」
 そりゃあ、いつかは来ると思ってたよ。自然とバレるか、なんとなく察してもらうか、正座して「お嬢さんを私にください!!」ってやるか。寛見の場合、俺はどういう台詞を言やぁいいんだ?
「両親には私から説明する。君に迷惑はかけないし、不快な思いをさせたくもないんだ。ただ座っていてくれたらいい。悪い事をしているわけじゃない。堂々と公認を求めよう」
 一大決心をした様子の寛見だが、親の公認って…それ、高校生。純粋な未成年の清いお付き合いの話。だけど寛見だもんなぁ、大事なことを一生親に秘密にして親が死ぬまで素知らぬ顔をして置くとか、するわけないもんなぁ。日下部篤也は腹をくくった。
 だが、俺はいい。別に歓迎されなくてもそれで傷つくような人間らしいメンタルは持ってない。でも、寛見の御両親は絶対、優秀な息子が可愛い嫁さん連れてくるの期待してるって。都会でいい女を捕まえるもんだと思い込んでるって。だって、寛見は絶対モテない男じゃねぇもん。むしろ女たちが目の色変えて群がってくるスペックしてるもん。高学歴、高収入、高身長だもん。おまけにタバコもギャンブルも浮気もしねぇんだぞ。そこそこ細マッチョだぞ。世の中の女どもは何してる? ……俺のせいか。
「あのさ、ほんとに大丈夫? 御両親、びっくりしすぎて心臓麻痺起こしたりしない?」
「二人とも、心臓疾患も脳疾患の兆候もない。母の更年期障害はとっくに収まっていて心身ともに極めて落ち着いている。多分、退屈している」
「あ~……そう。なんか、いい刺激になるとイイネ」
 そして本番、いや、めっちゃ緊張するなコレ。齢三十路になって初めての課題にこんなに緊張することになるとは。日下部はこれ以上なく整っているスーツの襟を正して、人生の主戦場へと出陣した。遠くもない距離を移動して、実家の玄関前まで来た二人だが、緊張からけっこう怖い顔になってしまっている。玄関ドアの磨かれた金属部分で自分の厳つい表情に気付いた篤也が片手で自分の顔を掴んだ。少しでも顔のこわばりを解こうとしたのだが、思えばこれまでの人生でビジネススマイルを学んでいない。
(ガンつける方はかなり自信があるんだけどなーー!! )
 助けにならない事を考えながら、覚えのある家の敷居を潜る。実は寛見が冬の間、両親を心配して度々雪かきに来ていたので、日下部も何度か一緒に訪問したことがある。だからお互い顔見知りなのだが、寛見の親は彼の事をあくまで息子の護衛だと思っているのだ。
「あらかじめ大事な話があると伝えておいたから、私たちの格好を見てだいたい察してくれるかもしれないが」
 と、寛見は言っていたが。いやいや、無理無理。こんな巌みたいなゴッツイ恋人連れてくるって絶対想像できないって。俺が最初にこの世界で寛見を見つけた時も、お前、彼女いたじゃん。だから最初は声かけなかったんだから。いつも歓迎してくれる老夫婦は彼らの改まった装いに驚いた風だった。
 そりゃそうだろ。
 秘かな緊張感が漂う中で、さり気なく互いの近況を伝えあい、そしていよいよ——日下部は気持ちを落ち着けようと出された茶飲みに口をつけ、自分の心臓の音を聞いていた。寛見は、突然今まで育ててくれたことへの礼を改まって言い始めた。手塩にかけて育ててくれたこと、経済的にも多く投入してくれたこと、一人っ子の自分に期待をかけてくれたこと……
 おいおいおい、護衛の男を伴って帰ってきた息子がいきなりそんな事を言いだしたら親としては心配するだろうが、今生の別れの挨拶かよ。あ、ほら、親父さんが寛見の言葉を遮って「何かあったのか?」とか聞き出したじゃねぇか。
「寛見さんの生活には、公私ともに危険はありません。ご安心ください」
 日下部篤也は低い声でそう告げた。見た目には非常に落ち着いていて、他者を安心させると同時に、堅い表情も相まって人間味に欠ける印象も与えた。本人は自覚する余裕がなかった。
 思わず、助け舟出しちゃったよ。寛見には黙って座ってろと言われてたけど。よくやったよ俺、トチらずにちゃんと喋れたよ。しかも自然にファーストネームで『寛見さん』とか言っちゃったよ。分るよ。愛情と誠意をもって接してくれた相手には自分も愛情と誠意をもって答えたいよ。だけどね、もうちょっと軽く行こうか? ほら、親御さんの気持ちを緩める感じでさ。すげぇ心配そうな顔してんじゃん。寛見には悪い虫つかないようにいつも見張ってるから、心配ないから。幸せにします!! 俺が手ェだしてるだけだから。親御さんが想像もつかないくらい色っぽく喘がせて、妊娠はさせてないけどすいませんでした――!!
…………俺、めっちゃテンパってんじゃねぇか。
 どっしりと構えて微動だにせず、なんなら肘掛けに肘を載せて余裕感さえ醸し出しながら日下部が内心で動揺している間に、日車寛見は伝えるべきことを話し終えた。
 勿論、すぐには意図が伝わらず、確認のための質問と辛抱強い説明が三回ほど繰り返されたのち、老いた両親はついに息子が言わんとすることを正確に理解した。そして、
その場を重い重い沈黙が支配した。
しばしの膠着状態。
 どれくらい沈黙の時間があったのか、正確に測ることができる人間はその場にいなかった。全員にとって永遠のような時間が流れた後、やがて母親が大量の手つかずの茶菓子を前に、「茶菓子を準備してくる」と言って席を外し、台所の方に引っ込んだ。そしてしばらく経っても帰ってこなかった。
「お互い少し冷静になる時間をおこうか」
 誰一人として感情的になったり、激高した人間はいなかったが、親父さんの台詞に全員が安心した。やんわりと勧められて、二人は席を立ちホテルに帰ることにした。話がうまくいったら寛見だけでも実家に泊まって両親といろいろと話せたら、と思っていたのだが事は簡単に進まないものだ。結局、この間、日下部はミケランジェロの手によるギリシャ風彫刻像のごとく自信満々の態度で硬直していただけだった。彼らは一時撤退した。


 宿泊施設に戻ってきた寛見は深いため息をついた。
「家族でさえ説得は容易なことじゃない。他人は言わずもがな、というところだな」
「うんうん」
 篤也は肩に手を置いて慰めた。他人というのは法廷の話だろう。思えば弁護士って裁判官を説得するのが仕事だよな。
「だが、想定していた結果の中では最悪ではなかった」
 日下部が心配してたよりは落ち込んでいない。打たれ慣れたのかな。まあ、これで寛見が別れようと言い出すほど精神的に不安定でなくてよかった。寛見自身が好いた女と一緒になりたいからってんなら身を引く覚悟はあるが、親の望みで典型的な結婚して模範的な家庭を作るってだけなら、寛見こいつが一生自分の心を軟禁して義務を果たすだけの人生になりそうで気にかかる。気分転換のため、日車がコーヒーを淹れて二人分のカップをテーブルに置いた。
「君のご家族は快く私を受け入れてくれたよな」
「大笑いしながらな」
 日下部は堅苦しい正装をソファの上に投げ捨て、口を尖らせてぼやいた。安っぽい珈琲が何故か安心できる。いやぁ、うちの家族は酷かったなあ~。特に兄貴。
 この世界には病弱な妹はいない。かわりに心身共に強靭な歳の近い兄貴がいた。小さい頃はよく殴り合いのケンカをしたものだ。そんな昔話を寛見にしたらドン引かれた。日車寛見が彼の家族に会いに行った時は、別に婚約者の紹介とか結婚報告というつもりではなかった。単に日下部の実家は日車に比べてとても近いし、その割に篤也はあまり実家に寄りつかない。久しぶりに実家に行く予定ができた時、日車は諸々の礼に挨拶したいと言い出した。俺はともかく、俺の家族はお前になんもしてねぇだろ、と思ったが深く考えることもなく「まあ、いいぜ」とついて来ることを許容した。日下部としては休日を一緒に過ごすついでに実家による、程度の認識だった。日車はキッチリ正装でやってきた。
 なんでバレたんだったかな? 俺が寛見の頬を触ったんだっけ、あいつらの前で。それともキスしちゃったんだっけ。ともかく、バレたと思った瞬間、俺は開き直った。今の俺は自由を謳歌していたからな。俺は堂々と腰に手を当てて、親指で寛見を指示ゆびさし、
「あ、この子、本命だから」
 と言い放った。ポカンとした俺の家族。びくっとした寛見が背筋を伸ばして深々と頭を下げ、
「不束者ですが、今後末永くよろしくお願いいたします」
 あっ、これドッキリじゃねーわ。という空気が見えるような雰囲気の変化があった。そして、兄貴が膝を叩いて爆笑し始めた。
「おまえ、逆玉の輿かよ! ヒモすんのか、ヒモ!! 最近、護衛つってあっちこっち行かねぇなぁ、って思ってたら、交際相手のマンションに転がり込んでたってか!?」
「いえ、マンションの家賃は折半です」
 冷静だな、寛見。仕事もしていますと真面目に説明する寛見に、バイトじゃねーか、と兄貴。実の弟じゃなかったら、めっちゃ失礼だからな。非常勤をバイトって言うんじゃねぇよ。
「篤也は料理も上手です。家事をよくしてくれていまして、とても助かっています」
 寛見ちゃん、フォローの仕方が微妙。
「あ? てことは主夫? お前が?? お・ま・え・が・しゅっ・ふー!!」
 掃除機爆散しそう、無駄な筋肉、とか言いながらクソ兄貴は更に爆笑した。まあ、親も似たようなモンだった。
「あいつら面白がってるだけだからな。他人事だと思いやがって」
 十数年ぶりにぶん殴ってやろうかと思ったわ。
 寛見は自分の緊張を和らげるために俺の家族が明るく冗談を言っていると思っていたようだ。確かに、あの時の寛見は緊張していたし、あいつらの軽薄さでリラックスできたのは事実だ。
「すげぇ対照的だな、俺たちの親」
 寛見の携帯が着信を告げた。一瞥した寛見が黙ってソファに突っ伏す。日下部は慌てた。さわさわと髪を撫でながら、
「大丈夫?」
「……」
 寛見は黙って自分の携帯を差し出した。見てもいいと言うのなら。
『彼が信頼に足る人物だということは理解している。お前の幸福を望んでいる』
 送ってきたのは親父さんだろう。息子を理解しようと努力する親の愛情を感じられる。感じられるが、
(メッチャ真面目だな、さすが寛見の御両親!! 真面目だけど重くね!? いや、これが普通の親か?? 俺ン家がおかしいのか!?)
 寛見がむくっと起き上がった。
(あ、思ったより大丈夫そう)
「心配させて申し訳ない」
「いや、勝手に心配してるだけだし」
 寛見はネクタイを外してソファに投げた。
「たぶん、私には気持ちを落ち着けるための行動が必要だ」
「お、わかってきたね」
 日下部はニヤリと笑った。
 おそらく、寛見たち親子は対立した経験がないのだろう。これが女遊びの酷いドラ息子だったら身を固めると伝えただけでも親は喜ぶかもしれない。だが、失敗したことのない優等生は常に最善の判断をして当たり前、今よりもっと良い報告を持ってくる、と期待されてしまう。

 まだ日没までには時間があり、彼らは揃ってお寺参りに出かけた。無論、寛見のリクエストだ。子どもの頃、両親に連れられてお参りしていた場所だった。
「春や秋なら眺めがよかったんだがな」
 まだ桜には早すぎる。
「いやぁ、それでもなかなかの景色だと思うぜ」
 清掃された石段を登りながら日下部が感嘆する。取り囲む深い森からは姿が見えない小鳥のさえずりが聞こえるし、観光地でもある寺の建築物は意外とカラフルで、山の高いところまで登ると遠目に海が臨める。境内にはちらほら他の参拝客の姿が見えた。手水を取って本堂に向かい、御賽銭を投げて手を合わせ、静かに祈願を心に唱える。日下部があまりこのような場所が好きじゃない事は知っていたが、望めば付き合ってくれることも知っている。
「子どもの頃によく来たんだが、最近はもう階段を歩いて登るのがしんどくなってきたと話していた……親も歳をとったな、と」
 寛見の視線がすれ違いの親子連れをちらっと捉える。
「ふう~ん、俺がガキの頃は遊びまくってた記憶しかねぇけどな…」
 初詣くらいか? 寺院を訪れたのは。やっぱ家庭によって子どもを連れて行く場所も全然違うんだな。彼らは全く別のことを考えながら肩を並べて歩いた。
「君、何を祈った?」
「お前は?」
 日車は少しばかり照れたように微笑を浮かべて軽く目を逸らせた。
「勿論、君と幸せな家庭を築けるように…さあ、君が白状する番だ」
「あ~…『人間にちょっかい出さないで欲しい』ってな感じかな。呪とか祟りとか、生贄とか」
「……そうか、神様との会話だからか」
 寛見は興味深そうに眼を瞬かせた。そして、
「強者の理論だな」
「あ?」
「邪魔さえなければ自分の力で望む人生を手に入れられると信じている。神の助力など必要ない人間の思考だ」
「ほ~ん、そうかね」
 常に身近に天才が何人かいたせいで、日下部篤也には自分が人類の上澄みであることの自覚が薄い。通常の日本人が『神様は縋るもの』と捉えているのに比して、日下部が神を『警戒すべきもの』むしろ『敵』に近い感覚をもっているらしいことは、日車から見ると興味深かった。
「私たちの内、どちらかが女性だったら、出会っただろうか」
「見つけたさ」
 自信満々に答えたが、正直言うと日下部は自分が日車を覚えていなかったら出会えなかったんじゃないかと思っている。二人の間にはあまり共通点がないからだ。
「けど、記憶の中と性別変わってる人物、いねぇな」
 そう言えば。
「単に、別人と見なされるだけかもしれないが」
 日車も仕事上、別世界の記憶を持った人たちと話をすることが多いが、探していた親戚縁者の性別が逆転していた、とか動物に変化していた、などの話は聞いたことがない。
 日下部には日車が急にこんな話を始めた理由が、この時点では分からなかった。日車が手を差し伸べ、右手で日下部の左手をしっかりと握った。水で清めた為、冷たくなった彼らの手は互いの体温ですぐに温められた。


 親の先入観や感情が原因で結婚に反対される場合、時間が解決することもある。無理をせずにゆっくりとお互いが慣れることや、次の世代の誕生が懸け橋となりやすい。彼らの場合、これはない。新たな社会的成功によって人物に対する評価のやり直しが行われる——いや、彼らは日下部を評価していないわけではない。思い上がりでなければ、我々の評価は既に最高レベルに近い。
 ホテル最上階の展望室で星空を見上げた。
 子どもの時の家族は自分で選べない。運命的なものだ。それに比して大人になってからの二度目の家庭は、自分で相手を選んで自分たちの手で創り上げる。
「私たちには何かを創り上げ、残すことができるのだろうか」
 クソ真面目な思考をしていることが、一人称から察せられた。夜空が見やすいように室内はあえて暗くしてあり、雰囲気は抜群だった。
「あのさ、寛見。ひょっとして、孫とか、見たいって言われた?」
「……直接、言われたことはないんだが」
 寛見は一人っ子だ。期待は一身に集まるし、家庭的な御両親であればあるほど、孫を見たがるのは当然だ。逆に家族に無関心な情の無い人間だったら孫の世話なんざしたくねぇ、老後は国内旅行で遊びまわるぜぇ、ってなるのかもしれん。理不尽だ。
「君、子ども好きだろう」
「あ? いや、別に」
「……」
 前にも訊かれたような気がする、この質問。俺が教師やってんのは楽な仕事っていうイメージがあるからで、別に子どもが好きとか教育者としての矜持を持ってるからじゃないんだが。
「お前は?」
「……そうだな」
 日下部との関係を『家庭を持つ』と認識している以上、関心はある。愛する人との間に形に残るものを残したいと思うのは生物普遍の欲求らしい。寛見は懐から細長い栞を取り出した。黄色い大きなバラの花びらが一片ひとひら、押し花にして保存してある。
「それ…」
「君が、結婚式の時、贈ってくれた花束のひとかけらだ……女々しいことをしているよな」
「いやいや、何言ってんの」
 確かに自分だったらやらないが、大事にしてくれているのなら、それを馬鹿にするようなお粗末な感性はしていない。日車は全方向丸く収まる妙案を探している。東京では望めない美しい星空を見上げてため息をつく。
「私が子どもを産めなくてごめんな」
「おいおい、大丈夫か」
「いや、だいぶ疲れているようだ」
 日車はこめかみを軽く揉んだ。考えすぎて脳が疲れている。
「まあ、ちょっと肩の力を抜けよ。晩飯のことでも考えようぜ」
「ああ…でも、アルコールの気分じゃないかな」
「ならそれでもいいよ。うまいモン喰おう」
「あっ…」
 紺青の晴天に流れ星が一瞬、光った。
「…流れ星って、消える前に三回願いごとを唱えると願いが叶うとかいうが、不可能だよな」
「ふっ、幸せ家庭計画か?  神様、人間の価値観洗脳ってできんのかな」
 ややブラックな物言いに寛見が眉を上げてこっちをチラ見する。咎められている雰囲気はない。日下部は高い空を見上げた。月はなく、限りない星々がひたすら瞬いている。危うくせっかくのいい雰囲気を壊すとこだった。
「こう言っちゃあなんだけど、田舎の夜空ってホントにきれいだな」
「君の記憶の世界にも星に願懸けする文化はあったのか?」
 不意に短く深い沈黙があった。
「……あったなぁ。そう言ゃあ、そんなこと」
 何でもないように、日下部がつぶやいた。突然、強い力で腕を引かれてたたらを踏む。それなりに鍛えて体幹もしっかりしているはずの日車でも、日下部の前ではこの有様だ。よろめいて相手の胸に飛び込み、両腕でがっしりと抱きすくめられた。よくあることなので特に驚かない。背に手を回したかったが、腕ごと巻き込まれてしまって、腰の辺りにしか手が届かなかった。子どもを宥めるかのようにぽんぽんと軽く、ウエストを叩く。急に無言になった日下部の抱擁にじっと耐えて、日車は高い星空を見上げた。ロマンチックな光景だ。好きなだけ抱きすくめさせてやろう。こんな時は何も言わず、何も問わず、好きなだけ抱擁させておくにかぎる。それが一番日下部を落ちつかせることを、日車はもう知っていた。
 たまに、なし崩し的になだれ込むこともあるけど。それを思い出して、日車は顔が赤くなるのを感じた。自分の心臓の音が高鳴る。晴天の夜空は抜けるように高く、閉じ込められた恋人の両腕の中に自分の鼓動が響く。世界がとても広くて狭く感じた。
 
 今でも十分、幸せだけど、もし願いがあるとしたら——

 このまま、ずっと一緒に。


 星に願いを

Comments

  • まりももも

    とってもストーリーが魅力的で、一気読みしてしまいました!かわいい篤寛に思わずニヤニヤしてしまいます!どうか、続きをお恵みください、、、!!!

    Feb 25th
  • もったり馬

    日車の両親の解像度が高い……!緊張してこっちも息がつまりました!そして対する日下部の家族もなんかわかるー!寛見さん、とか篤也さんとかニヤニヤしちゃう。素敵なお話ありがとうございました!

    April 3, 2025
  • shida
    April 2, 2025
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