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変わった男/Novel by you

変わった男

8,500 character(s)17 mins

大いに混乱する回です。混乱してください。
何でも許せる方、どうぞよろしくお願いします。

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 彼女に対して違和感を覚えたのは出会って間もなく、五十嵐が話し掛けた直後の事だった。

「あ、谷口さん。良かった、出勤してらして。また少しお話を伺っても良いですか?」
「え?私…ですか?えぇ…っと、一体どんな事でしょう?」
 しどろもどろになりながらやっと答えた谷口梗子は、押していた清掃用具の詰まったカートを端に寄せてその場に立ち止まった。
 第一印象は何処にでもいる普通の掃除婦といった所で、年齢は五十代後半~六十代前半。背は低く、痩せた枯れ枝のような腕が半袖の制服から覗いている。
 この年代にしては珍しくまるで化粧っ気がなく、整った容姿の割に素朴な印象を受ける、そんな女性だった。
 谷口は叩かれる前のようにぎゅっと首を竦めると、五十嵐と日下部を交互に見てからもう一度、私に何かご用ですか?と尋ねた。まるで見知らぬ男二人に突然囲まれたかのような反応だと、日下部は直感的にそう思った。

「この前私に話していただいたとうきびの事で、もう少し詳しい話が聞けたらと思いまして」
「とうきび?あぁ…それじゃ中村社長さんのお知り合いの方ですか?」
 今度は顎を引いて訝しむような視線を送る谷口に、五十嵐の方が面食らったようで、慌てて自身の胸元より手帳を引っ張り出す。
「え?あ、いや…すみません、私達は警察の者です」
 刑事さん?と呟きながら手帳に書かれた名前を確認し、押し黙る。一瞬左上に視線をやって谷口は何かを思い出したかのように大きく頷いた。
「五十嵐さん…あぁ、はい、そうでした。この前お話ししましたよね」
 そう言って肩の力を抜く谷口の様子に嘘偽りは見受けられなかった。
 困惑する五十嵐に代わって日下部が半歩前に出る。
「谷口さん、失礼ですがアナタ…五十嵐の事を覚えていないんじゃないですか?」
 些かストレートな問い掛けだったかもしれない。それを証拠に僅かに尖った谷口の唇は、しかしすぐに人が良さそうな緩やかなカーブを描き直す。
「これでもまだ頭はしっかりしてますとも。五十嵐さんとは前回、11月10日にお会いしてます。その時に中村社長さんから門守のとうきびを捨てるよう言われたって話をしたんですよ。あの時は確か…、今の朱色のものとは違って淡い空色のネクタイをしてましたかね?随分爽やかで、面接にいらした方かしら?って思ったんです。ほら、ここの方達っていつも自由でお洒落な服装してらっしゃるでしょう?珍しいんですよ、スーツの方って」
「あー、ストライプのネクタイですか?」
「ストライプ…?いえ、シマシマじゃありませんでした。何だか迷路みたいな柄だったでしょう」
 五十嵐は日下部を横目で見遣り小さく頷いた。
「そうでしたね、失礼しました。では谷口さん、中村誠司さんの事についていくつか質問しても良いですか?」
「はい、私に分かる事でしたら」
 そうして二人が自販機前のベンチへと座ったので、日下部は然りげ無くその場を離れた。谷口が自分に対して怯えや警戒心を抱いていると看破しての事だ。そしてもう一つ、別の目的を果たす為でもあった。
 丁度その時、Fractalの看板を掲げたビルの一室から人影が出て来るのが見えたので、日下部は早足でこれへ近寄った。

「お疲れ様です。すみませんがちょっと良いですか?そう時間は取らせませんので、一つだけ確認させて下さい」
 声を掛けたのは前回捜査に来た時にも話を聞いた中村が経営する会社の事務員だった。
 帰宅しようとしていたのだろう。手にしたスマホ画面から顔を上げながら一瞬面倒臭そうな顔をして、日下部の姿を確認した途端疲れた表情で頷いた。
「え?あぁ…刑事さんか、お疲れ様です。どうかされました?」
「あそこにいる清掃員についてなんですが、彼女はどんな人物ですか?一番簡単な特徴で良い、彼女を誰かに紹介する時どんな風に伝えますか」
 そう言って五十嵐の隣に座す谷口を示すと、事務員の女性は何かを悟ったようにあぁ…と声を漏らした。そして声を潜めて続きを口にする。
「もしかして何か言われました?でも悪気はないと思いますよ。谷口さんは人の顔が分からない、相貌失認っていう病気?らしいんで」
「……相貌失認、ですか」
「本人は隠してますけど在籍している会社の方にはきちんと申告されてるようなので確認してみて下さい。人の事は声や体格、服装の趣味なんかで見分けているみたいですね。それ以外は凄く記憶力も良い方で、その日着ていた服だとか、天気だとか、本人が覚えてない事まで覚えておられますよ」
「成る程…。因みに、彼女はある時を境に中村さんの中身がまるで別人になってしまったと証言しているんですが、何か心当たりはありませんか?」
 事務員の女性は一瞬キョトンとした顔になって、それから何がおかしいのかクスクスと肩を揺らして笑い始めた。
 そして真意を探る視線に耐えかねたのか、口許を手で覆い隠して言葉を続ける。
「ふふっ…、すみません。でも、逆ですよ。変わったのは顔です。顔。社長は今年に入ってから何かに取り憑かれたように整形を繰り返してて、それこそ別人になりました。…あー、でもダウンタイム中に喋りにくいとかで発声が変わったりしたら谷口さんには別人に思うのかもしれませんね」
「整形…?何でまた、コンプレックスでもあったのか…?」
「…さぁ?私が聞いたのは占い師の先生に人相が悪いと言われたとかでせっせと顔面の工事をしてるんだって…噂ですけどね」
 そう言うと彼女は鳴り始めたスマホを一瞥し、もう良いですか?と尋ねた。
 協力に感謝を述べて解放すると、軽く会釈をして彼女は立ち去った。

 程なくして谷口と話し終えた五十嵐と合流する。
 彼もまた、新たに浮かんだ疑念を腹に抱えているようだった。

 二人が得た情報を全て組み合わせると、中村に関する不可解な輪郭が見えて来た。

 まず、中村は今年に入ってから何かに取り憑かれたかのように繰り返し美容整形を行っていたという。この証言は事務員以外の従業員にも確認済みで、約10ヶ月の間に顔面だけでなく輪郭や首元まで8箇所は確実に弄っているのだと物知り顔で話す社員もいた程だ。
 中村の医療記録からもこれは確認が取れ、シミ取りのようなごく軽微なものまで合わせると10箇所以上は手が加えられているのが分かった。
 次に谷口の証言だ。
 彼女が中村に対し違和感を覚え始めたのがやはり今年に入ってからで、度々声色や発声の方法が変わっていたのだと言う。相貌失認である彼女が個人を識別する材料にしている顔以外の情報が変化した為に最初は酷く困惑したようだが、しかしこれはしばらく経てば元の中村に戻っていたので繰り返す度、そこまで気にしなくなったようだった。
 しかし彼女の中で中村が昨日までとは別人となったと決定的に感じた日が訪れる。それが門守のとうきびを捨てろと言われた日、11月1日の事だった。
 その日以降、中村と同じ体格で、中村の服装で、恐らく中村の声で、中村の私物にまみれて過ごす、中村とは違うルーツを持った、中村とは若干違うイントネーションで話す、中村とは微妙に異なる所作で動く何者かがそこにいたのだと言う。
 尚、このイントネーションや所作について、気付いている従業員は一人もいなかった。

「気味悪ぃな…」
 日下部が火を点けていない煙草を指先に弄びながら呟くと、手持ち無沙汰に喫煙室のベンチに腰掛けた五十嵐もそうですねと一つ頷いた。
 一昔前の若者ならばこんな時、つられて煙草を喫んでみようとかするだろうに。これもまた今時の若者ならではなのかもしれない。そんな風に思考が飛躍して、日下部は自身の疲労を自覚した。
「取り敢えず中村の司法解剖を担当した執刀医には確認していますが、遺体に美容整形の痕跡があったかどうかなんて死因に直結しない限り基本的には見てないでしょうね」
「だろうなぁ…」
 狭い室内に紫煙より先に沈黙が充満する。
 いたたまれずに散々弄った煙草を唇へと運んで着火した。

 日下部のスマホに着信が入ったのはそれを深く吸った直後だった。

 胸元より甲高い電子音と共に一定間隔で振動するスマホを取り出すと、立ち昇る紫煙越しにディスプレイを覗き込む。
 それは鑑識官である佐藤からの連絡だった。
「はい日下部」
『あー、日下部さん。本庁のボク・・から依頼されてた紙片の復元が終わりましたよ』
「悪いな、助かる」
 いえいえ、と謙遜した後に一転して電話口の男は朗らかな態度を引っ込めた。
『一部直筆で署名があったんでついでに筆跡鑑定もかけときましたけどね、何だか香ばしい結果が出たんで先に伝えとこうかと』
「香ばしい結果?」
 怪訝な声色に俯いていた五十嵐が顔を持ち上げる。
『はい。まず、結果から言うと今回復元した書類に残されていた署名は中村のもので間違いありません。ですが、サンプルとして集めた中で最新の書類に残された自署と思われる筆跡が中村のものと微妙に一致しません』
「…ほう?」
 トン、とフィルターの尻を親指で弾いて備え付けの灰皿へ灰を落とす。すると強く弾き過ぎたのか、無情にも火種が落下してしまった煙草を苛立ち混じりに投げ捨てた。
 日下部は唇に残る苦みを舌先で軽く舐め取って冷静さを取り繕う。
『意図して筆跡を寄せているのか、もしくは意図して癖を矯正しているのか。署名という性質上短い上にサンプルが少なくて断言は出来ませんが…中村死亡の直前、1週間から10日くらいの間に作成された書類に関して、筆跡から別人のものである可能性が捨てきれないですね』
「…そうか、わかった。ありがとな」
 礼を述べて終話ボタンをタップすると居ても立ってもいられなかったらしい五十嵐がすぐ傍まで迫って来ていた。
 真っ直ぐな瞳が日下部に突き刺さる。
 息が詰まりそうな圧迫感に気圧された。
「何かあったんですか?」
「筆跡でも別人疑惑が湧いた。悪いが鑑識の佐藤ん所行って復元した紙貰って来てくれ」
 俺は一本吸っちまうから。そう言って新しい煙草を抜き出す日下部を見て、五十嵐は足早に喫煙室を出て行った。

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