てみれば突如現れた自分の存在に戸惑う声に打ち消される。

ああ、そうだろうなと表情には出さすに肯定する。

自分を見つめる視線に微かな怯えが見えて少しだけ心が痛んだ。

初めて会ったのだから当り前の反応なのに、呆れる事に自分はその時には

もう、彼女にだけは拒絶されたくないと思い込んでいた。


今までたくさんのこの国の人達と接してきた。

麒麟として、人として対峙して…色々な事たくさん見て来たのだ。

この言葉を聞き賛同してくれる人達も確かにいた、だけどどうしてもこの言葉が届かない時も多々あったから。

それでどうしようもない現実に絶望して、どうしても顔を上げられない日々もあった。

神獣と言えど、たかが麒麟一人ではこの国を支えるには余りにも無力で。憐れむだけでは誰も救えない。

故に……勝手な話だけれど、本当に自分はまだ見た事もない主人に呆れる程に縋り続けてきたのだ。

どうしても、挫けそうになるこの心の指針が必要だった。

育ててくれた女怪や女仙がずっと言い聞かせてくれた話。

麒麟としての生涯を一緒に歩いてくれるはずの主人を、自分は夢のように求め続けていた。

259: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:30:00.58 ID:MbMrc5gK0
咲「信じます」

きっと彼女にしてみれば何気ない一言だったと思う。

けれどそのたった一言が、どれ程自分の心に響いたのかは知らないだろう。

じわりと心に沁み込んでくる言葉に何かを言い返すよりも、考えるよりも先に、

自分の心がふっと軽くなったのを覚えている。

自然、顰め面は緩み両端の口角は柔く吊り上がった。

あの時自分はどれくらい振りに笑ったのだろう。

国を支えなければいけない重圧に心を押し殺してどれくらい経っていたのか。

たかが一言。だけど、その一言が確かにこの身の苦心を和らげた。

出会ったばかりと言っても過言ではない自分を、躊躇いもせずに信じると言ってくれた。

この国のために誓約を交わせばきっと生涯を共にすることを悟っているから、

一緒に歩いて行く事を知っているから、こうも容易く縋りたくなるのだ。

今まで一人で重圧に耐えてきたものを、彼女とならば分かち合ってもいいのかもしれないと……

その時、ようやく自分は気付くことができた。

260: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:33:50.99 ID:MbMrc5gK0
菫「貴方しかいない。この才州国にも、私にも」

本心だ、紛れもない。そして思い至った事。

救って欲しかったのは確かにこの国だったけれど。

でも一番に救われたかったのは自分自身だった。

おそるおそる触れてくる手の温かさ擦り寄るよう、本性の獣の頭を近付ける。

甘えるような仕草、こんな自分を自分自身が初めて知った。

結果として主人になるこの少女を騙した形になってしまったけれど。

誓約を交わした後に、結局は自分を責めもせず許すよう鬣を撫でてくれたその細い腕の温かさを絶対に忘れない。

一人なのではないのだと教えてくれたのは間違いなくこの人だ。

きっとこの先。死にかけた国を支えていく重圧を、この人と二人で背負っていかなければならないのだろう。

それは麒麟として生まれた自分の宿命であり、自分に選ばれてしまった彼女の運命だ。

過酷な運命に巻き込んでしまったことは分かっている。

すまない、と思いながらも…縋る事を教えてくれた手を離すことはもはやできない。

その代わり絶対に、絶対に自分がこの人を支えてみせると心の中で誓う。

麒麟としての義務からではなく、こうして触れてくれる彼女の温かさに報いたいと思う自分の本心からの願いだった。


■  ■  ■



261: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:39:07.46 ID:MbMrc5gK0
人差し指でその箇所をとん、と示すと机を挟んで座る姿が必要以上にビクリ震えたのを菫は見逃さなかった。

その硬く余所余所しい反応に気落ちしなかったと言えば嘘になるが。

今までの、自分の不器用で逃げ腰な対応の結果だ、これは。

それを取り除き、歩み寄りたいと願ったから、今までのように退くことなく菫はここにこうしている。

そっと顔を上げて傍らの姿を見つめる。

主人の横顔は卓上に置かれた書類に向き合ったまま。

緊張が滲み出ているのが近い距離からも気配で菫に伝わってきた。

比べても仕方ない事なのだが、今まで智美から彼女との執務の様子を掻い摘んで聞いてきた限り。

智美と自分とでは、明らかに態度が違う事に気付かされて言い様のない焦燥感に苛まれてしまった。

吐き出したい息をぐっと堪えて、指摘した箇所に菫は説明を加える。

菫「違う。今回の案件は、その州の……隣の陳述書だ。地図を」

自分の気落ちを悟られないよう淡々と告げると、はい、と強張った彼女の声が短く返ってくる。

菫に指摘されて慌てたよう席から立ち上がると、彼女は卓上に広がった書類の中より版図が描かれた地図を探し出そうとした。

慌てるな、と菫は声を掛けようとしたが。

その前に咲が卓上の書類を掻き混ぜたために、脇に置かれていた飲み物が入った杯がぐらりと揺れる。 

あ、と焦った声が続く。菫もその光景を眺めていたから、思わず腕が伸びた。

ぐらぐら、と視界の先で不安定に触れる杯を支えようと伸ばした指は、けれど直前で何かに当たり遮られてしまう。

262: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:43:37.16 ID:MbMrc5gK0
それが自分と同じように、揺れる杯を支えようと伸ばされた彼女の指先だと気付いたのは、

一瞬だけ、互いの指先が触れ合ったせいだ。

じわりと沁み込んでくる温かさは自分が思う以上の動揺を心の中に生んだ。

思わず弾いた衝撃は自分のものなのか、それとも彼女のものなのか判断が付かない。

でも後にして考えてみれば、お互いに焦ってしまって弾き合ったというのが正しい事実だろう。

菫にしてみれば嫌悪感からではなく、ただ吃驚したから思わず、だ。

だが弾かれた指を宙に浮かせたまま、ふと、立ち上がったままの咲を見上げると、

想像以上に顔を強張らせてこちらを見下ろす視線とぶつかった。

菫は思わず口を開く。そのまま、違うと言い募ろうとした。

咲が嫌だから手を払った訳ではなくて、ただ驚いて思わず自分も払ってしまっただけなのだと。

だから……そんな、そんな傷ついた顔をしないで、誤解しないでくれ、と。

そうきちんと言わなければいけないと思った。

でも言葉を発する前に、結局二人とも揺れる杯を支える事ができなかったのだから。

まるで菫の弁明を遮るようにガシャン、と床に落ちたそれが殊更大きな音を立てた。

咲「…っ」

伝える機会を確実に逃したと気付いたのは、強張った表情を浮かべていた彼女が割れた音に気付いて、

慌てて床にしゃがみ込んだ姿を見送ったから。

菫「………」

すみません、そう言い返してくる声に、先ほどまで弁明しようとしていた自分の言葉は容易く消されてしまった。

263: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:48:53.64 ID:MbMrc5gK0
開いたままの唇を1、2度、意味も無く開閉させると…菫は観念したように唇を噛み締めた。

くそ、と心中で毒付いてから床にしゃがみ込む姿に言う。

彼女は床に割れた破片に今まさに手を伸ばそうとしていたから、ついつい声が鋭くなった。

「よせ」と短く制止の声を上げる、と。その肩が再び不自然に揺れたように見えた。

事実、動作を止められた彼女はしゃがみ込んだまま首を回してこちらを見上げてくる。

先ほどと同じ、そのどこか強張った表情を見返しながら……菫はまたやってしまったと心中で項垂れた。

弁明すればいいのか、怒ってるんじゃなくて、と。

でも一度唇を開けば言いたいことがいっぱい在り過ぎて上手く伝える自信がまるでない。

むしろ、何かを言えば同じことの繰り返しで…更にこの人の心が遠くなるのではないかという怖気が自分を閉口させた。

結局、事務的な事だけを簡潔に伝える事にする。

菫は自分も席より立ち上がると、しゃがみ込む咲の側に寄り腕を伸ばす。

割れた破片を拾う直前に止めたから、所在無さげに宙に浮いていた指先を掴むと

そのまましゃがみ込む姿を立ち上がらせた。

本当に、自分で思うのもなんだが、きちんとした目的があればこうも容易く触れる事ができるのに。

それは伝える言葉も同じだ、立ち上がらせて向き合う形になった咲は、自分を見上げたままに困惑している。

菫は淡々した口調のままに彼女に言った。

菫「御身がする事ではない。…人を呼ぶから」

いいな、と少しだけ口調を強く言い含めれば、咲は何かに気付いて目を見開き。

そして、続けて落ち込むよう顔を俯かせてしまった。


■  ■  ■


264: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:51:58.70 ID:MbMrc5gK0
智美「で、どうなんだ?」
 
菫「…………」

智美「菫ちんの不器用さを思い出したらちゃんと会話できてんのか心配になっちゃってなー、何回様子見に行こうとしたか」

菫「お前は私の保護者か」

智美「いや、ほんと保護者的な気分だわ」

菫「そんな事より、そんな理由で仕事を疎かにしてはいないだろうな?」

宮中の立場上、部下にあたる官吏が国を動かす仕事を疎かにするなど菫の真面目な性格上、許すことはできない。

そしてそんな自分の剣呑な雰囲気を感じ取ってか、智美は苦笑いを浮かべると頷いた。

智美「菫ちんが主上に付いていてくれたし、溜まってた私自身の仕事は全部片付いた。あとは日課で処理できるぞ」

それを聞いて菫は顔には出さないが胸中で安堵した。

智美が仕事を今まで溜めていた原因は、元を正せば自分の我儘から出てきたようなものだという事は分かっていたから。

それを解消できた事に対して素直に気分が楽になった。だから重かった口も軽くなる。

菫「……拒絶は、されていないと思う」

「お!」と分かり易く目を見開いた智美は興味津々に言葉を返してくる。

智美「私から見れば主上は、元々菫ちんを嫌ってなんかないぞ」

菫「それは…あの人がお前に対しては心を許しているから、そう見えるんだ」

智美「じゃあ、菫ちんに対しては違うのか?心を許してないって?」

265: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:57:51.90 ID:MbMrc5gK0
ずけずけと言ってくる智美の言葉に心が不規則に波打つ。

ああ、他人からでもそんな話を聞きたくなかったのかと、今さらながら自分の心境に菫は気付く。

菫「お前のように気安い態度で迎えてくれないとは感じる。話せば答えてくれるが、どこか余所余所しく思えるんだ」

智美「そんなことないと思うけどなー…」

菫「私だって、側で支えてやりたいと思っている」

菫「王に対する麒麟の