?」

よく分かっている。うん、と頭を上下に揺らしながら塞は言葉を返す。

塞「あの若い官吏に言われた事は、私も憂慮していた事案だったから。内宮は私の管轄でもあるし」

塞「まずはここに溜まる不安を取り払う事からはじめようと思ってる。手を貸してほしいの」

誠子「はい」

塞「実は先日、天官二人が城下にて事件に巻き込まれて死んだの。不自然で謀殺だろうと思うが理由がはっきりしなくて……」

塞ぐ「その詳細を調べようと思ってる。そうだね……誠子は私と一緒に来てくれる?」

誠子「分かりました」

頷く誠子を見届けてから、塞は腰を降ろしていた椅子から立ち上がる。

186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 22:00:55.45 ID:mTNIwpCd0
そして書斎机を大きく廻り込み、誠子を見てから、その後ろにいる純へと視線を移す。

彼女は相変わらず顔を歪ませたままにどこか不満そうにしていた。

分かりやすいなあ、と思いながら塞は苦笑を浮かべる。

そのままに、俺は?と鋭い視線を向けて聞いてくる純に言った。

塞「貴方はもう少し、この宮中という場所を良く見て来なさい。但し内宮の奥は駄目。まだ私達は信頼されていないから…」

誠子「いいんですか?こいつ喧嘩っ早いし口汚いからいらぬ誤解をばら撒くかも…」

純「誠子、てめぇ……」

そのまま睨みあいを始めた二人を押し留めながら塞は言う。

塞「純なら大丈夫。確かにふとした瞬間に素が出るようだけどね。十分に自制はできているし、本人もそれをよく分かってる」

塞「要所、要所で我慢もしてきたから軍で卒長を務め上げるまでになったのだと思うし…」

ね?と、気安く塞が問えば純は面食らったように目を見開き、次いでどこか居心地が悪そうに視線を泳がせる。

塞の見方でしかないが。多分純は今まで自分の荒い性格をよく分かっていて、怖がられたり貶されたりする事には慣れ切っているが

こうして認めて褒められる事に慣れていない気がした。だから、こんな些細な意見で見せる反応がどこか可笑しい。

塞「まぁ、そういう事だね。じゃあ誠子は私と一緒に。…純は、私がこれ以上深く言わずとも分かっているでしょう」

そう塞が言ってやると意外にも、純は素直に「分かってます」と頷いた。

その経歴からは想像し難いが、存外素直なのかもしれない。

塞は良い発見をしたなと思いながら、誠子を連れ立って部屋を後にしたのだった。


■  ■  ■


187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 22:06:16.22 ID:mTNIwpCd0
国一つを想像してみても、随分と大きい。

元を正せば、商家の小さな世界しか知らなかった咲がなんの因果か一つの国を治める事になるのだから…

本当に人生とは何が起こるか分からないものだ。

今日の執務を終えて、付き合ってくれた智美にお疲れ様でしたと声を掛けられる。

咲は柔く笑むと、智美こそ付き合ってくれてありがとうと言葉を返した。

明るい笑顔を浮かべた智美はその表情をすぐに解くと、変わって申し訳なさそうに柳眉を下げて言う。

智美「この後、また書房に篭られるのでしょう?」

問われ、咲は素直に頷く。やはりそうですか、と智美はそのまま言葉を続ける。

智美「本当は私もお手伝いさせて頂こうとしたのですが。火急の用件ができまして、残念ながらお供する事ができません」

咲「智美さん。それは構いません、物が分からぬ私の相手をするよりも、貴方はこの国にできる事をまずは優先して下さい」

咲にしてみれば素直な気持ちだった。まだ短い付き合いではあるが、眼前に立つ歳若い官吏の聡明さを咲なりに理解しているつもりだ。

自分に時間を掛けるよりも、彼女はその優秀な頭をこの国のために生かしたほうがいい。

だけど、迷う事なく告げた咲の言葉を聞いた智美は相変わらず苦笑を浮かべたままだ。

智美「主上は物分りが良すぎる。国の大事もそうですが、そのために皆が貴方を第一に考えているのだとご理解下さい」

智美「時に、ふてぶてしく言い付けるのも必要な事ですよ」

咲「そういうものなんですか…」

咲も苦笑いを浮かべて言い返す。それを聞いた智美はどこか人悪そうに笑むと頷いた。

188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 22:10:17.34 ID:mTNIwpCd0
智美「ただ主上にもっと我侭を言って頂きたいという事です。謙遜は美徳ですが…その姿勢を素直に受け取ってしまう奴もいるので」

智美「それでいらぬ事を考えすぎて、結局足踏みして近付けないのは奴が悪いのだと…私なんかはわかってんだけどな…」

咲「??智美さん?」

智美「ああ、何でもないです。さて先程の話に戻りますが…この後お一人で書房へ篭るのならば、御身をお止めせざるをえません」

咲「駄目なんですか?」

吃驚して、咲は目を見開く。今まで咲一人で書房に篭る事を止められた事は無かったから。

智美「実は…未遂で終わりましたが先日、主上が一人で書房にいらっしゃった時に許可無く立ち入ろうとした輩がいたようです」

智美「それなりの人数もいたようなので、歓談しに近付こうとした訳ではないでしょう」

咲「……!」

全く気付かなかった。智美に言われて、改めて咲は自身の立場に気付く。

咲「……私が、邪魔だと?」

恐る恐る尋ねると、智美は数秒考える素振りをしてから言う。

智美「そう考えるよりは…主上に自分達の主張を聞き入れてもらいたのでは」

智美「まぁ、どんな主張を奏上したいのかは想像し易い。きっと聞くのも馬鹿らしい内容でしょうがね」

咲「それに……私ならきっと、意見が通り易いとも思われているんですね」

智美の言葉を聞いていて、咲もすぐにその点に気付いた。

智美「主上が立ってから時機が浅いのもあります。王朝の始まりは混乱が付き物ですし」

智美「先見の無い、馬鹿な奴らが凶行に走る事もあるでしょう。ですがそれを素直に受ける訳にはいきません」

お分かり頂けますか?と智美に問われ……咲はコクリと頷いた。

189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 22:14:49.32 ID:mTNIwpCd0
ただ、…彼女が、ここは怖い所なのだと言っていた言葉を鮮明に思い出している。

本の中に埋もれる事ができないのは残念だと思うが、彼女らが自分の身を第一に考えてくれているのはよくわかっていた。

智美「そんな訳で、御身だけ書房に篭るのは控えて頂けると…お供できればよかったのですが私等も今日は手が離せなくて…」

咲「いえ、智美さんの言っている事はよくわかりました」

大人しく自室に戻ります。そう咲が言葉を続けようとした直前、先手を打つよう智美が言葉を続けた。

智美「ああ、でも。…一人だけ、主上にお供できる人物がいます」

咲「?」

智美の言葉に咲はきょとんとした表情になる。

智美「台輔が、暇そうにしておられるはずですから」

そう智美が言った瞬間、咲は反射的にびくりと仰け反ってしまった。

そんなこの身の動揺を智美とて見ていたはずだがなぜか彼女はニコニコ笑ったままだ。

智美「主上もお分かりの通り。台輔は馬鹿が付くほど真面目な方なので」

智美「どうせ、今日一日の仕事は午前中で綺麗に終わらせてしまっているはずです」

智美「そのまま必要の無い明日の予習までやってそうですから、是非とも主上に付き合ってもらいましょう」

咲「い、いえ…智美さん、これは私の我侭みたいなものなので、そんな事に無理に…菫さんを巻き込むのは…」

ぶわりと嫌な汗が額に浮いてきたのが分かる。事実、咲は非常に焦っていた。

智美が言う通り、あの真面目で実直な菫の性格を咲とて知っている。

そんな彼女を、咲の我侭にも等しい行為に付き合わせるのは不味い気がした。いや、不味い。

きっとあの眉間に寄っている皺を更に深くして、無知な咲に対し呆れ果ててしまうかもしれない。

期待など元々はされていないとは思うが。それでもこれ以上底辺には向かいたくないと咲は思っていた。

だから、ブンブンと首を左右に振って咲は智美にやめましょう、と訴える。

だが智美はニコニコ笑ったまま名案だと言わんばかりに声を上げる。

190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 22:19:01.41 ID:mTNIwpCd0
智美「適材適所ってやつです。それに主上、先程私は申し上げたでしょう?」

咲「…先ほど?」

智美「主上はもっと我侭を言うべきだと。人の話に耳を傾ける貴方の姿勢は好きですが。それと気遣いから遠慮してしまう事は違います」

智美「貴方はこの国の王なのですから。何より麒麟である台輔は主上の半身だ。他の誰より貴方にとって気遣いなど無用であるはずです」

咲「…………」

言葉も無く黙り込んでしまったのは、智美の言葉が不意に心に響いたからだ。
 
智美「それに本当は台輔の口から言うべきなんですが。あの人本当に不器用過ぎて見てるこっちが苛々してくるから言っちゃうけどな…」

咲「…え?」

智美「圧倒的に言葉が足りないだけです、台輔は。だから主上が不安に思うのは仕方無い」

智美「けど台輔は他の誰よりも、貴方の事を大事に思っていますから」

咲「………」

智美「これだけは、私が保証します」

咲「………そうだったら。…そうだったら、いいですね」

智美の言葉を素直に嬉しいとは思えた。

だけど返す咲の言葉はどこと無く頼りない。智美が信頼に足る人物なのはもはや疑いようも無いけれど、

やはり菫自身から言われた言葉では無いから、素直に飲み込めなかった。

智美「と、そんな訳で。主上はここでもう暫くお待ち下さい。台輔を呼んできます」

智美「なに、彼女の事だから顔には出さずとも貴方の願いであると理解すれば、文字通り飛んで来るかもしれない」

麒麟ですしね、ワハハと笑って踵を返す智美の背に咲は震える声で言う。

咲「そ、そこまでは……」

智美「例えですよ、全否定はしませんが。では、明日またお会いしましょう」

191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 22:24:26.28 ID:mTNIwpCd0
開いた扉の向こうに立った智美が振り向き様に言う。

続けて言おうとした咲の意見は、その明るい笑顔に絆されたよう掻き消える。

結局、同じような笑みを顔に浮かべると…智美に向かって咲は頷いて見せた。

咲「また、明日。宜しくお願いします」

咲の言葉に、はいと明るい声を残して智美は部屋の扉を静かに閉めて去って行ったのだった。



そうして一人部屋に残された咲は何かを考えるしかない訳で。

席に腰を降ろし、気を紛らわすために書物などを開いてそれに視線を落としてみたりもしたが。

なんというか…意識がどうしても、智美が閉めていった扉に向かっていって仕方無い。ソワソワしている。

だって今度あの扉が開いて姿を現すのは、自分の半身だという事だろう。

智美より色んな話を聞いてしまった今だから、変に期待しているだろうか、自分は。

できれば智美が言っていた