塞「ここには他には誰もいない。回りくどく言い合うのは互いの時間の無駄にもなるでしょう。……率直に打診したい」

塞「ここ最近、内殿の不穏な空気に主上や台輔に近い貴方もさぞ憂慮しているでしょう。その事について…」

智美「内宰殿。…お待ちを」

話を続けようとする塞を途中で止めたのは、智美なりに判断が付かなかったからだ。

確かに眼前に現れた官吏は実直そうで信頼に足るように見える。

だが宮中に上がってまだ短い間であれ、そんな官吏が変貌する様を多数見てきた智美だったから。

塞のこれからの核心の話をそのまま聞いても良いものかどうか迷った。

智美「まず、確認したい事が」

塞「分かることであれば」

智美「内宰殿が言う、内宮の不穏な空気とは私が胸中で思うそれと合致していると?」

塞「そのように、私は思ってる」

その言葉を聞き、一拍置いてから智美は言葉を返す。

181: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 21:28:54.79 ID:mTNIwpCd0
智美「なら先日深夜にて主上の御前に無断で近付こうとした輩がいた事や、城下にて天官二人が亡くなった事に対して…」

智美「内宰殿はどのように考えていらっしゃる?私の見識不足でなければ、内宮で起こった出来事は貴方の管轄だ」

塞「…………」

智美は物怖じもせず意見を述べながら、じっと眼前に立つ官吏を観察している。

気のせいでなければ、鷹揚に構えていた塞の態度に揺れが見えたような気がした。

それがどんな感情での揺れなのかは残念ながら読み取れない。

ただ、彼女が熟考するかのように押し黙ったのは数秒。続けて浅く頷くと言った。

塞「噂通り、よく物事を聞き視野が広い御仁のようね。素直に、台輔は良い人材を得たと思う」

塞「貴方が抱く懸念についても分かった。確かに私はここ最近の内宮で起こる様々な事案に対処し切れていないのが現状」

智美「ならば、これ以上私が貴方の話を深く聞くことができないのは分かるでしょう」

智美「貴方が私の側からみて信頼に足るという確証が何も無い。…打診を受ける事はできない」

言い切る智美に、塞は先ほどよりも分かり易く、顔に落胆の色が滲んだ。

塞「……貴方と、私の根本の目的は同じだと確信している。内宮にあって、主上を御守りしたい」

大いに結構な意見だ。智美とて賛同する。……その真摯な言葉の裏に、何も思惑が無いと分かればの話だが。

智美「確かに同じです。だからと言って易々とその意見を受け入れられない」

智美「……宮中はそんな場所であるのだと、ここで生きてきた貴方なら一番良く知っているでしょう」

塞「どうすれば信頼に足ると?」

智美「主上や台輔に対して不穏な動きをするのが貴方ではないと証明できれば」

智美「そのために貴方の管轄で起こった祥事を明確にして頂きたい」

智美「例えば先日たまたま城下に降り、たまたま不慮の事故に巻き込まれ死んだ天官の事件の詳細、その交友関係なども詳しく」

もしかしたら、そこから途切れたはずの黒幕に辿り着けるかもしれない。余り期待はしていないが。

だが、塞はそんな智美の言葉を聞くと律儀にも頷いた。「できる限りの事はしよう」と言う。

182: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 21:38:15.22 ID:mTNIwpCd0
智美とて信頼できる仲間は欲しいと思っている。が如何せん塞は立場が立場だ。

期待の大きい分、万が一裏切られたらこちらの痛手になる。慎重にならざるを得ない。

だからこれ以上は、深く話さない方がいいと智美はこの場に見切りを付けた。

話は終わったとばかりに智美は一礼すると、眼前の女性の横を通り過ぎて行こうとする。

が、数歩歩いた所で背後より、この身を呼び止める塞の声がした。

塞「貴方が言った件は元より内宮を治める私が責任を持って追求する。あと再度言うけど主上を御守したいという言葉に偽りは無い」

塞「台輔と貴方とが許してくれるなら…私が信頼を置いている者を、主上の身辺を守護するために置かせてもらいたい」

智美は進もうとしていた足を止めると、振り向く。

そして……振り向いた先に佇む塞を見返すと、ゆっくりと首を左右に振って言った。

智美「内宰殿。先程の話が全てです。貴方を信頼できない限り、貴方の手の内の者も近づける訳にはいかない」

智美「愚鈍では無い貴方には理解できるはずだ。…この国も、あの麒麟も、大勢の民も、長く苦しんだと思う」

智美「その苦しみより救ってくれるのが唯一天命を受けた王だというのならば…その存在を絶対に失う訳にはいかないのです」

塞「………」

智美「どうか、主上がこの国を立て直すためにも。まずは活動の主軸となるこの内宮を綺麗にする事から手伝って頂きたい」

それが、互いを信頼できる道にもなるだろう、と。続く言葉が無くとも塞に智美の気持ちは伝わったと思う。

返ってくる彼女の言葉も無いのがその証拠だ。…これで、この場所での会合は本当の意味で終わった。

智美は再び彼女に向かって一礼すると踵を返し、今度こそ振り向くこと無く歩き出した。
 
ただ、徐々に遠ざかっていく背後の気配を掴みながら収穫はあったと感じていた。

菫の人の見る目も、どうして、中々侮れない。

あの実直な姿勢でもし胸中に野心を隠し持っていたのならば、智美の人の見る目も総じて鍛え直さねばいけないだろう。

……ただ、叶うならば将来、本当に仲間になれればいいかもしれないと思った。


■  ■  ■

183: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 21:43:11.11 ID:mTNIwpCd0
塞より一連の話を聞いた純は眉を潜めた。

納得できないとその顔にはありありと浮かんでいて、眺めていた塞は苦笑を浮かべる。

ちなみに同じく話を聞いていた誠子も、どちらかといえば純よりの雰囲気を纏っていたと思う。

なるほど、腕に覚えのあるこの二人は確かに官吏には向きにはしないだろう。素直に感情が表情に出てしまう。

純「塞殿の方が身分が上なのに、なぜ簡単に引き下がってきたんですか?」

塞「純、前に言った通り。ここでは敬語はいらないよ、堅苦しいのは肩が凝るしね」

純「………なんで、塞の方が偉いのに。若輩者の意見なんかを聞き入れてきたんだよ」

純「目的も同じなんだろうが?俺には理解できねぇし、むしろそんな生意気奴、轢き殺してやりてぇ」

許しが出た途端、素直に口悪く純が言葉を吐き捨てると、それを聞いていた塞は目を丸くする。

座ったままに書斎机の向こう側に立つ純を見上げながら、その隣にいる誠子に尋ねた。

塞「ねえ、誠子。これが軍の標準語なの?」

純を指しての塞の問い掛けだと理解した誠子はいいえ、と言う。

誠子「違いま……いや、純だけの特色だと。こいつ、小さい頃から何度言われても口の悪さだけはどうにもならなかったから」

誠子「軍でも随分と悪目立ちしてましたよ、ブチ切れると上官にもこの勢いだから、随分と煙たがられてたよな」

純「てめぇ、ばらすなよ!」

誠子「もうばらしてるだろうが。自分で言っていてこれだからな……仕方ない奴だ」

誠子が呆れて言うと、図星だったのだろう純は口元を歪ませて苛立たし気にそっぽを向いた。

そんな彼女らの気安い遣り取りを眺めながら、塞は見飽きない人達だなと素直に思う。

ここ宮中では余り見かけない、裏表の無い性格の彼女らといると確かに気が楽になると思った。

184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 21:49:07.70 ID:mTNIwpCd0
塞「まぁ、全ては今言った通り。相手側が信頼できないというのも、こんな場所だからね。理解はできる」

塞が再度そう言い放つと、眼前に立つ純と誠子は神妙な顔付きになる。

純「……なら、俺らは御役御免かよ?腕を買ってもらったようなもんだから、役に立てないのなら必要はないだろう?」

純の率直な言葉を聞いて、塞はすぐに首を左右に振って答える。

塞「貴方達を引き入れたのは内宰としての私の采配だよ。予定通り、大僕として働いてもらう」

塞「ただ、暫くはその本来の目的から外れるとは思うけど」

そこまで塞が言い切ると、じっと聞いていた誠子が口を挟んでくる。

誠子「純も言っていたが。あんたの方が階級が上なのに何故その若い官吏にそんな譲歩するんだ?素人考えで恐縮だが…」

誠子「塞の特権で台輔に直接直訴してもいいはず。主上を守りたいというあんたの言葉を、慈悲の麒麟なら無下にしないだろう?」

なかなか的確に聞き返してくる誠子に塞は素直に感心した。同時に、純と誠子との関係性も分かってきたような気がする。

軍において判断力と決断力に優れていたのは純で、その補佐の為物事を冷静に見て進言し時には抑え役になっていたのが誠子なのだろう。

面白いな、と思いながら塞は言葉を返す。

塞「私が、内宰の立場に立って表立って台輔に進言すれば2つの点で不利になるような気がしてね」

「「?」」

塞「まず内宰として直接台輔に進言すれば形式に沿わねばならず、万人の目に留まり周囲にいらぬ疑念を抱かせる事にもなるでしょう」

塞「前に言った通り……内宮は疑心暗鬼に満ちてる。落ち着くまでは、いらぬ波風を立たせたくはないの」

塞「もう一つは……その若い官吏を無視して事を進めようとすれば筋が通らないと、私は思ってる」

純「……筋が、通らない?」

意味がわからない、という感じの純の声を聞き、どう伝えようかと塞は少しだけ言葉を探した。

塞「軍で生きてきた貴方達には想像するのは難しいとは思うけど。ここ宮中では、違った意味で貴方達が見てきた軍内部以上に歪んでる」

塞「謀略や貶め合いが蔓延っていた中で私がこうして無事なのは、今まで内宮に主上がいなかった事と極力派閥が関わる政局から逃げていたから」

塞「せめていつか立つだろう王のために。この内宮を少しでも正す事で精一杯だった。まぁ現状を考えると、それすら達成しているか危ういけど」

純「………」

185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 21:54:18.95 ID:mTNIwpCd0
塞「歪む宮中にあって唯一、民の側に立ち正論を言い続けていたのが麒麟である台輔だけ」

塞「私が彼女を助けてやれたのは、内宮での多少の自由を通してやる事と、安全に過ごせるぐらいのことだから」

塞「故に、あの台輔を今までずっと支えてきたのは他の誰でも無い。あの頭の切れる若い官吏だという事」

誠子「………」

塞「それに直接話を交してみて、彼女が彼女なりに主上と台輔とを守ろうとしている事がよくわかった」

塞「なら今更、私が上の階級だからと言って無理に我を通そうとすれば…宮中を蝕んでいた今までの愚官と変わらないよ」

塞「事実、主上と台輔の最も近くで助けているのがあの官吏だとすれば、まずは彼女に筋を通してから事を進めるべきだと思う」

そこまで言い終えて、塞は眼前の二人を見比べる。

誠子はある程度理解してくれたのだろう、顔に浮かんでいた険が薄れている。

一方、対照的に純は未だ顔を歪ませたままだ。

誠子「なら、向こうの信頼に足る条件というのは