らば。こうしてここに呼ばれた純と誠子は信頼できるという事なのだろうか。

だが目の前の人物に見覚えは無い。全くの赤の他人である自分らをどうして彼女は信頼に足ると判断したのだろう。

そんな訝しげな純の表情を読んだようで。官吏は理由を言い続ける。

162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/18(金) 22:39:57.38 ID:l402pkcK0
塞「司刑の秋官に懇意にしてる者がいるの。今の件を相談したら丁度良い人材がいると貴方達の名前と立場とを教えてくれた」

塞「こんな世の中でよくそんな無謀をしたものだ、と。話を聞いて驚いたわ」

塞「例え不憫に思っても、上官に逆らい罪の無い者を逃がすのには覚悟が必要だったでしょう。軍属であれば尚更」

純「…………」

全く知らぬ他人より事の本質を指摘されて、驚いたのは純と誠子も同じだった。

言葉も無く目を見開いたままの自分らへと説明する声は続く。

塞「責任を取って必要のない罰を受けていた貴方達がこうして牢を無事に出られたのは、新王即位による恩赦でもあるけど…」

塞「それだけじゃない。秋官が数ある罪人の中で貴方達を気を掛けたのも、軍の一兵卒達より減刑を求める嘆願書が上がっていたからよ」

塞「不思議に思って、事の詳細を秋官が調べて行くと……まぁ、こうして貴方達の本当の理由が分かったというわけ」

だから、と彼女は言う。

塞「人望もある、しかも権威より優先するものがあると分かっている。だから貴方達は信頼できる、と私は判断した」

塞「こうして自分の目で見て人柄も分かったし。秋官には話を通して、正式に貴方達の身柄の責任は私が引き継ぐわ」

なに、どこかの街で日雇いの用心棒をするよりは余程快適で実入りもいいと思うよ、と。

とんとんと話を進めていく官吏を見返しながら……純はこれは夢ではないかと疑う。

だって昨日まで薄暗い牢の中にいたはずなのに。それが気が付いたら、王宮にて求職されている?

そこで、ふと気付いた。

純「俺たちに、手を貸してもらいたい事って…」

誠子「それに。あんた……いや、貴方は」

純も誠子も疑問は溢れる泉のようにあった。

けれど……まずは、眼前に佇む官吏の素性と目的だ。

指摘すると、ああ、と気付いたように官吏は体躯を震わせて笑った。

163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/18(金) 22:47:32.08 ID:l402pkcK0
塞「ごめんごめん、気ばかり急いてしまっていて。…ここは王宮の奥にある内宮。私はそこを纏める内宰で塞っていうの」

塞「実は新王が立ってからというもの内宮は色々と荒れていてね…だから私はこの混乱をどうにか収めたい」

塞「それに、内宮として何より最優先させる事を貴方達に頼みたいから」

純「優先させる事…?」

訝しげに聞き返 すと……ええ、と塞は大仰に頷いた。


塞「貴方達にはここ内宮で大僕の立場となり……主上の身辺を警護してもらいたい、という事よ」


もはや、何に驚けばいいのか分からなかった。

確かつい先日に牢に繋がれている身で国を、王を心配する事もないなと苦笑を浮かべていたはずなのに。

現状、夢でなければむしろ、大きく係わろうとしていないか?

どちらとも無く隣に立つ誠子と顔を見合わせる。

なんとも言えない顔をしていた。多分、純も同じ顔をしているだろう。と

どこか他人事のように思ったのだった。


■  ■  ■

176: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 21:07:27.39 ID:mTNIwpCd0
2人、官吏が死んだと聞いた。

宮中では無い。たまたま当たった休みで城下に降りて飲み屋に行き諍いに巻き込まれ、

たまたま刃物を握った暴漢に刺され事切れたのだと言う。

その話を智美が聞いた時、まず“やられた”という思いが胸中を過ぎった。

なぜなら死んだ二人の官吏は内宮に係わる天官であり知っていた…というより探していた名前だったからだ。

理由は簡単で。先日に内宮の奥で未遂に終わった事件の詳細を菫から聞き、

それを元に情報を集めて外部に手を貸した不届き者の名をやっとで炙り出した、その矢先の出来事だったから。 

偶然だと思うべきか、必然だったと思うべきか。

都合が悪くなったからこちらが大元に辿り着く前に消されたと見るのが妥当だろう。

手掛かりが潰された事を素直に残念に思うが、見方を変えれば相手側にとっては痛い所を突かれたという事だ。

できればその死体を検分して死亡当日にどんな交友関係でその場に行き、

どんな殺され方をしたのか詳しく知りたいが……無理だろうなとは思う。

宮中ならまだしも、城下ならば一介の官吏である智美の采配の及ぶ所では無い。

しかもここ宮中であっても、智美はまだ官吏としては新米も同然で確たる実績もないから。

ただ、台輔である菫の後ろ盾がある故に、周りよりは一目置かれてはいる。

177: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 21:11:22.52 ID:mTNIwpCd0
もちろん智美とて自分のこんな状況にいつまでも甘えていようとは思わない。

だが自分の実力を周囲に認めてもらうのは追々でいいとは思っていた。

どうせ今まで宮中にて高位に配されている官吏の殆どは実力ではあるまい。

そんな腑抜けをちまちま排除するよりも、今は菫がやっとの思いで探し当てた王を守る事に専念したかった。
 
そう思って脳裏に浮かんだ姿。 

第一印象こそ儚げで頼りない姿だと思ったものの、あの人がそれだけでない事が徐々に分かってきた。

なんというか、思慮深い。客観的に物事を見る思考にも優れている。

さすがあの菫が選んだだけの事はあるな、と思う。

王とは国の中で最高の権力を持つ者だ。

それを手にし溺れて短命に幕を閉じた王朝は歴史を見ても数多くある。

無学であるらしいから、それを知っているかどうかはわからないけれど。

あの人は王である自分の採決が導き出す結果の大きさをよく知っている。

すぐに結論を出すことを恐れ周囲の声も聞こうとする。まだこの環境に慣れないのもあるかもしれないが。

それでも、あの人の姿勢を智美は素直に好感を抱いている。

何より王とか臣下とか以前に、決めた目標に向かって頑張ろうとしている人を見れば

助けてやりたいと思うのは人として当然だろう。

少なくとも智美はここ宮中にあって忘れかけていた、そんな心境を取り戻そうとしている。

178: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 21:15:53.54 ID:mTNIwpCd0
何も分からないと自分を恥じて悩むのは正常な人間の思考だ。

だからそれを補うために様々な事を聞き、見て、学びたいと願うのも健全な人間の思考なのだと思う。

それを実践しようとしている商家の下働き出の王を、学もないのにと見下し侮る輩はたくさんいる。

ひ弱そうな姿を見て脅して説き伏せれば意のままに操れると見縊る奴らもいるのだろう。

だがしかし、ようやくあの麒麟がこの国のために見つけてくれた、正常な思考を持った王だから。

みすみすそんな輩の好きにさせる気は毛頭無い。

少し前の、尊敬もできない上官のために嫌々仕事をやっていた頃に比べれば、

敵が増えたとはいえ今の現状に智美はある種の遣り甲斐を感じ始めていた。


ふと、背後より名を呼ばれる。

思考を中断させて振り向くと、仲間である官吏が近付いてきた。

この度の件を台輔に報告するかの判断を求められる。再び考え込んだのは数秒。

顔を上げると智美は首を左右に振って言った。

智美「まだいい、内容が内容だからな。台輔は慈悲の生き物でもあるし」

智美「責任は無いと知っていても人が死んだことに心を痛めるだろう」

智美「もう暫くこの案件が纏まってから、私から報告する」

目の前の官吏が頷くのを見届けてから、この案件の洗い直しも告げた。

なにせ目星を付けていた有力な証人が消されてしまったのだから。

仕方無いな、と互いに言い合いその官吏と別れると、

智美は予定通り、王である少女の執務の手伝いをするため宮中の廊下を歩き出した。

179: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 21:19:32.09 ID:mTNIwpCd0
人気の無い通路の角を曲がった時だった。

突如、壁のように立ち塞がる存在に気付いて智美は慌てて歩みを止める。

寸前で気付いてなんとか衝突する事は回避できたようだった。

ほっと胸を撫で下ろすと同時に…立ち止まったまま、智美は訝しげに顔を上げる。

注意散漫だった自分も悪いが、こんな往来の真ん中で立ち止まっている方も悪いと思う。

多少の険を込めて眼前で佇む姿を智美は見上げた。

眼前の官吏は自分に向かって軽く一礼し「ちょっとよろしいですか?」と声を掛けてきた。

智美「………」

反応に迷ったのは、突如として声をかけられどう対処すればいいのか考えたからだ。

戸惑う自分とは対照的に冷静なその姿から考えて、多分彼女はここで智美を待ち伏せしていたのだろう。

しかしながら今まで見てきた官吏とは明らかに違う彼女の態度に智美に迷いが生じる。

眼前の官吏は格好から推測しても智美よりも身分は上だろう。

ならば新米にも等しい自分に対する態度でない。

菫以外の上官からは頭ごなしに命じられるか、敵意を込めて言われる事に慣れていたから。

そう思うと、自分の周囲も随分と騒がしいもんだよな、と今更ながら智美は気付いてしまった。

迷う心を取り合えず落ち着かせると、余裕を纏ってこちらからも一礼を返した。

智美「反応が遅れまして申し訳ありません…失礼ですが、貴方はここで私を待っていたのですか?」

多分、廻りくどく言わない方がいい。

眼前の官吏は今までの上官達のような愚鈍な相手には見えなかった。

すると智美の問い掛けに対して彼女は「いかにも」と頷く。そのままに、彼女は自らを名乗った。
 
塞「私は塞と言うの」

180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/24(木) 21:23:43.45 ID:mTNIwpCd0
その名を聞いて、智美は目を見開いてしまった。 

確かつい先日菫より教えてもらった、内宮を治める内宰の名前だとすぐに気付いた。

この女性がそうなのか、と…極力、顔に浮き出た動揺を掻き消しながら智美は眼前の姿を見た。

なるほど、菫が人格者であると言っていた意味が分かるような気がする。

初対面の格下である智美に対する丁寧な態度はもとより、その落ち着いた物腰は不思議な安心感を与えた。

智美も自分の名を名乗ると続けて言葉を返す。

智美「こんな場所でわざわざ……私に何か御用でも?」

塞「ええ。内密の相談と言うのも可笑しく聞こえるかもしれないけど」

塞「主上や台輔に直接口上しようとも考えたけど、どうしても型式通りになって周囲に目立ってしまうから」

塞「なら、一番近い貴方にまずは話を聞いてもらうのが最善かと思いこうして待っていたの」

智美「はあ……」