な自分を自覚して、せめて数多の目より震える足元を終始隠し通せたのは

あの時、広い朝議の間の中で自分は一人ではないのだと咲には分かっていたから。

形式的な儀礼や奏上など長い時間だったが。

その間ずっと自分の後ろに付き添っていたこの身の半身の存在に、挫けそうな気持ちは支えられていた。

ちらり、と横目に見上げた時も相も変わらず背筋を伸ばし凛と佇む姿に、咲の身も心も引き締まったのを良く覚えている。

見縊られてはならぬ、と気持ちを振り絞ってあの時、顔を上げた。

127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/18(金) 00:10:51.59 ID:l402pkcK0
かつての自分は生まれてからずっと一人だと思っていたから、

臆病だったのだと思いたい。けれど今は違うのだ。

出会ってからずっと半身の気難しい顔しか見てないけれど、

それでもその表情が緩んだ時に、この身を気遣うようにして揺れた瞳を知っている。

その時に自分は初めて誰かに必要とされているのだろうか、と生まれて初めて思った。

それが時を経た今では一国に必要とされているのだと理解した時には驚いたけれど。

ならば、自分には分不相ながら王という役割に挑戦してみても良いのではないか。

そう思えるようになっていた。

まだ過去の臆病さを忘れた訳ではない。

けれど孤独だったあの頃とは違い、この身を助けてくれる人達がここにはいる。

少し前の自分では到底、考えられなかった状況だけれど。

128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/18(金) 00:13:28.95 ID:l402pkcK0
今日は十二国のうちの一国、雁州国の王と麒麟が揃ってここ才州国の新王である咲に会いに訪れていた。

咲「遠路はるばるお越し頂きまして…」

霞「あらあら。固い挨拶はなしで良いのよ」

哩「私達は隣国同士やけんね」

深々と頭をさげる咲に雁州国の王、略して延王である霞と同国の麒麟である哩が気さくに微笑みかける。


雁州国は、霞が王となってから既に500年も続いている大国である。

そんな国の王を目の前にして、咲はあまりの恐れ多さに縮こまっている。

霞「ふふ。どうか楽にしてちょうだいな、采王」

咲「そ、そうは言いましても…」

霞「采の新王は謙虚なお人柄なのね」

おろおろとする咲に霞はひとしきり笑って、咲に告げる。

霞「でもようやく四州国のなかの一国が落ち着いてくれて良かったわ」

哩「何せ残りの巧州国と恭州国は、現王同士の仲が悪いせいか諍いが耐えんとね」

咲「そうなんですか?」

周りの国には疎い咲が、きょとんとして2人に尋ねる。

129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/18(金) 00:19:27.83 ID:l402pkcK0
霞「塙王洋榎と供王セーラは何故か互いを好敵手扱いしていて、何かと争ってばかりなのよね」

咲「はぁ…大変ですね…」

他国でも色々とあるんだなあと、咲は呟いた。

霞「采王はまだ他の国のことについてはあまり知らないようね」

咲「は、はい。自分の国のことで手一杯で…勉強不足ですみません」

恐縮して頭をさげる咲に、霞はふふと笑みを浮かべる。

霞「まだ即位して日が浅いですものね」


十二国のうち四大国、四極国、四州国とに分けられる。

四大国に分類するのは慶東国、範西国、奏南国、柳北国の四国。

四極国に分類するのは戴極国、漣極国、舜極国、芳極国の四国。

そして四州国に分類する才州国、雁州国、巧州国、恭州国の四国。

この十二国それぞれに、神籍を持つ王とその麒麟が存在する。


霞「何か分からないことがあったら、遠慮なくいつでも聞いてちょうだいね」

哩「私達に答えれる範囲でなら、いくらでも教えてやるけん」

咲「はい。ご親切にありがとうございます」

咲は再び深く腰を折って、大国の王と麒麟に感謝の意を示した。



■  ■  ■

131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/18(金) 00:23:15.11 ID:l402pkcK0
内殿の人気の無い廊下を歩きながら、咲は無意識に苦笑を浮かべた。

もはや夜半に差しかかろうという頃合。

今日一日も執務と勉学とを終えた咲の日課は、

こうして自由になった時間に内殿の奥にある書房に篭る事だった。


十分に、身辺にはお気を付け下さい。


智美の言葉が再び脳裏に過ぎる。

彼女は咲に出歩く際には自分を呼ぶか、信頼の置ける者を必ず付き添わせろと言っていたけれど。

ここ数日通っているが人と擦れ違う事もなかったし、

国作りに精を傾ける周囲にいらぬ手間を掛けさせたくもなかった。

だから、今日も今日とて一人きりで目的の書房の扉へと辿り着く。

音を立たせずに扉を少しだけ開けると、その隙間より体を中へと滑り込ませる。

そして、開いた扉を閉めるとすぐ横の棚の上に置かれていた燭台に火を灯した。

その灯りを中心に、照らされるたくさんの書架が並ぶの光景がある。

……本当に、この光景を見るだけで咲の胸の内は熱くなった。

下働きをしている時、商家の使いで小学を訪れた際に

子供達が色々な本を広げている様子を羨ましく思ったのを覚えている。

好奇心だ。あの中にはきっと色んな世界が書かれているのだろう、と。

132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/18(金) 00:27:31.82 ID:l402pkcK0
書架の前を歩き、何冊かの本を手に取ると更に奥に置かれていた机へと向かう。

その上に火の灯った燭台を置き、持ってきた本を脇に置くと、その中の一冊を机の上で広げた。

商家で簡単な読み書きと計算は覚えていて、今では先生からの師事により難しい単語や言葉も理解している。

ある程度の本は咲一人で読めるようになっていた。

知識は必要だ。無知であるがために様々な官吏より物事を言われ、採決を求められようとも、

今の咲にはどれが良くてどれがいけない事なのか判断が付かない。不安に押し潰されそうになる。

今は智美が側にいて手伝ってくれてはいるが、

いつかは自分の裁量で物事を決められるようにならなければいけないだろう。

そうでないと、侮られる。ここは怖い所なのだと彼女は言っていた。

事実、何もできぬ王だと言われ、決め付けられたらきっと見た目も弱々しい咲の言葉など誰も聞いてくれなくなる。

それでは王でいる意味がないだろう。

かつての自分のような力無い存在を無くすと咲は心に決めたのだ。

それに自分は元より、自分を助けてくれる周囲の人々すら侮られるのは我慢ならない。

だから、誰に何を言われても正しい判断ができる自信が欲しい。

あの凛とした延王のように、力強く国を導く存在になりたい。

灯りに照らされた文字を一心に追う。すると周囲の些細な物音でさえ耳に届かなくなる。

本は色んな世界があるのだと咲に教えてくれていた。



■  ■  ■

133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/18(金) 00:31:28.70 ID:l402pkcK0
内殿の奥にある書房へと続く薄暗い廊下に複数の足音が響く。

夜の静けさに反する荒い足音は、その主の心境を現しているかのようだった。

なぜなら事実、男は焦っていた。

宮中に官吏として上がったのはもう何年も前の事で。

その時にも、多額の金とコネと駆使して今の地位を手に入れた。

それから今までの月日の間に甘い汁を吸ってきたと思えばあの時使った大金など塵にも等しいだろう。

そして、それはこの先も変わらぬはずだったのだ。

この国には長く王が不在だった、だから王はいないものとしての宮中の仕来りが出来上がっていた。

自分もその慣例に従い、コネと賄賂とで今の地位にいるが……

つい先日、宮中にて青天の霹靂が起きたのだ。

とうとうあの無愛想で融通の効かない麒麟が、天意を得て選定した王に従い姿を現した。

後に周囲より聞いた話では自分だけでなく多くの官吏は何も聞いていなかったという。

呆然と下段より上段を見上げる先に坐する王たる少女を見上げながら、まず不安に駆られたのは

今までの宮中にあった自分達の自由が効く仕来りがそのまま通用するかという事だった。

自分だけは無く、自分に便宜を計ってくれた上官や同僚なども戦々恐々としている。

彼らと同様、今更処罰されるのも甘い利権を手放すのも考えられない事だった。

134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/18(金) 00:35:58.22 ID:l402pkcK0
ならば、まだこの宮中の仕来りも何も知らぬ王を引き込んでしまえばいい。

上官よりそう言われた言葉に光明を見た気がした。

確かに思い返してみても、上段の玉座に坐する王である少女は聞いた歳の割には線が細く、頼りなく見えた。

強気に引き込めば案外すんなりとこちらの意に従ってくれるのではないかと考えたのだ。

ただ、そんな自分達の考えを読まれたかのように、件の王は滅多に内殿より姿を現さなくなった。

朝議には出てくるが、その際は半身たる麒麟の少女か

王の出現により自分らと袂を別った官吏らが必ず側に付いている。

それが原因で自分達からは悪目立ちするようになった官吏が一人いた。

あの裏切り者、新米でまだ若く人の良さそうな笑顔をいつも浮かべていた少女。

命じた事には素直に従い、他人との間に波風を立たせた事も無かった。

反抗心など微塵も見せなかったはずなのに。

こうなってしまって気付くと、奴はちゃっかり麒麟たる台輔の右腕として収まっていた。

しかもあの頃は、ただ使い勝手が良い便利な奴でしかないと見縊っていたが。

本性を現してからはほとほと手を焼いている。

浮かべる笑みは変わらないのに、返す意見が正論で辛辣なのだ。

慈悲と偽善とを煩く言ってきた台輔の言葉を更に現実味を乗せて奏上もしてくる。

まさか、あんなに頭が切れる奴だと思っていなかった。

135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/18(金) 00:39:40.81 ID:l402pkcK0
それで、罪悪感を思い出し自分達を見限ろうとする官吏達も増えてきた。

このままでは近い将来に身の破滅は見えている。

もう形振り構っていられなかった。

こうなれば、王たる少女より自分達に対する安全の確約が欲しい。

情に訴えてもいい。それにまだ月日は浅いから、

言い包めればあの裏切り者よりも自分達の言葉を信じるかもしれないではないか。

いや、信じさせねばいけない。

そのために大金を使って、内殿の天官、数人抱き込んだのだ。

奴らから、最近の王は一日の執務を終えると奥にある書房に一人篭る事も確認済みだ。

ならばその時に直接訴えるしかない。

なにより、自分達を守るためだ。


人気の無い廊下を足音荒く走り抜ける。

薄暗い視界の向こうに、奥にある書房の扉が薄っすら見えた。

胸の内が、酷く急いた。

だがその瞬間、