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が、その足首をガシリと掴まれた。

咲「え?」

そのまま、掴まれた足の先、そこに少女の額が当たった事を悟ると同時に

その声が嫌に鮮明に辺りへと響いた。

 
菫「ゴゼンヲハナレズ ショウメイニソムカズ チュウセイチカウト セイヤクモウシアゲル」


言葉の羅列。

これがまじないの文句なのか。だけど足に触れる感触の方に強く意識が引かれて、

彼女が何を言ったのか咲には良くわかっていない。

菫「言え」

怯んだ咲を制するよう、鋭い言葉が飛ぶ。

咲「ゆ、…」

菫「はやく!」 

怒鳴られ、ビクリと肩が揺れた。

酷く心が急かされ、言われたままに咲は叫んだ。

48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 01:19:21.42 ID:dhnWXJcK0
咲「ゆるす!」


瞬間、目の前で火花が散る。

雷に打たれたような、電流が体を駆け巡る衝撃に対して何の心構えもしていなかった。

痛いのかすら分からず、ただただ体を貫いていった強い衝撃に耐え切れず、咲の意識は途切れた。


そうして、次に目覚めた時は、芝生の上に大の字で寝っ転がっていた。

雲一つない薄暗い空を見上げ、吹き抜ける風を肌が感じる。

パチリ、パチリと瞬きを繰り返して、何か、違和感を覚えた。

それが何なのかは分からなかったけれど、芝生の上に起き上がると

隣よりカサリと芝生を踏み締める音がする。

自然、意識が引かれ横を向く。
 
そこには、吹かれる風に長い鬣を揺らして、じっと咲を見つめている美しい獣の姿があった。

咲「……」

咲は呆然と、その姿を見返している。

どこかで、この姿を見かけたような気がする。

普通の獣ではない。纏う雰囲気が、もはや違う。

それを証明するよう、獣は咲に向かって応えた。

49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 01:23:41.12 ID:dhnWXJcK0
菫「まずは謝罪を」

その声を聞き、咲は瞳を限界まで見開く。

だって、つい先程まで会話を交わしていた声だ。

間違いない。どこか硬く神経質そうな声は、咲をここへと連れてきた少女の声そのもので。

ならば、目の前の……額に一角を持つこの獣はあの少女なのか。

戦慄く唇を幾度か開閉させて何か言おうとするが …その前に、咲の脳裏に閃いた光景がある。

あれは、いつぞや商家の使いで街に出た時だ。

使い先の小塾へ行き人を待つ間。広い部屋の壁に掛けられた美しいタペストリーを見上げていた。

物語を描いたそれを見上げていると、やってきた小塾の先生が教えてくれた。

タペストリーに描かれているのはいつかの時代に立ったこの国の王と、それを支える神獣の姿なのだと。

煌びやかに描かれた人物の横に、一角を持つ獣の姿が確かに描かれていた。

あの獣の名前、商家を訪れた旅商人よりも幾度か、その名前を聞いた。

確か、国の王を天意で持って選ぶという神獣の名前。

咲は戦慄くからようやっと音を搾り出す。

50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 01:31:19.15 ID:dhnWXJcK0
咲「麒麟…じゃあ、さっきのは…」

菫「御察しの通り。麒麟が天意を得た王と交わす誓約」


菫「もはや貴方は、この国の王だ」


淡々とした声で喋り続ける目の前の麒麟を眺めながら、咲は返す言葉も失った。

菫「誓約により御身はもはや人では無く、神と成った。主上、どうかこの国を救って頂きたい」

咲「私…が?」

菫「貴方しかいない。この才州国にも、私にも」

そう言って寄ってくる獣は、咲の傍でゆっくりと頭を垂れる。

鼻先が咲の頬を掠め、艶やかな鬣の合間を縫って、紫色の瞳が揺れていた。

あの少女と、全く同じ色の瞳が。

咲「………」

ただ、その揺れる瞳に吸い寄せられるよう、延ばした腕の先……

手の平で眼前を流れる鬣を撫でた。

神獣と呼ばれる獣は、咲が触れても嫌がりはしない。

むしろどこか満足気に伏せられる瞳を見届けてからも、

咲は暫しの間、その鬣を撫で続けていた。

そうして、ふと、自分が感じていた違和感の正体を知る。

倒れる前までは確かに感じていた全身を覆う、緩やかな痛みが引いてたのだ。

どこまでも歩いていけそうな体力の源も、体の奥底にふつふつと感じる。

だけど、だけど。

この触れる先の、美しい獣を残していけと?

咲の、先ほどまで心中にあった気持ち。

ここから逃げるため、立ち上がろうとする気力は……もはや咲の中には残っていなかった。



■  ■  ■


58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 21:12:14.72 ID:dhnWXJcK0

平凡な両親に育てられ、頭は悪く無く体格も悪くはない。

何をやらせても普通以上には物事をこなし、

尚且つ、持ち前の柔軟な思考を発揮し人付き合いに苦労した事もなかった。

そんな智美が官職になるための試験である科挙を受けたのは、育ててくれた両親を安心させてやりたいだけで

今のこの国を憂う気持ちなど少しもなかったと思う。

とりあえず、合格すれば一生、安泰した暮らしを約束されたと思ったし。



ここ才州国の前王が崩御したのは、智美がまだ小さい頃の話だ。

なので智美は王が平常無事に国を治めていた期間を覚えてはいない。

両親より、王が道を踏み外すまでは本当に良い時代だったと話にだけは聞いたことはあるが、

あくまでも話の中での出来事だ。

現状、こうして智美が見てきた世の中は、天変地異と出現する妖魔により疲弊した大地と、

そこから出てくる僅かな富に群がる畜生共の姿だった。

59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 21:17:43.64 ID:dhnWXJcK0
畜生とは、僅かに実った作物の値を吊り上げる悪徳商人はもちろん、

それに乗じて税を不正に吊り上げる役人も同じ括りになる。

正直者は馬鹿を見る、なんて、正しくその言葉通りの世界だ。

真っ当に生きようとすれば毟りとられるだけの世で、

平穏無事に搾取される側にも廻らない道といえば、官史になるのが一番手っ取り早いと智美は結論づけていた。

幸い智美にはその能力があり尚且つ人当たりも悪くない。十分やっていけると思った。

だから僅かに貯めていた小金を握り閉め、試験を受け、試験官にそっと賄賂を配ると

数日後には見事合格者の中に智美は名を連ねていた。

両親に報告したら本当に喜んでくれた。

智美は今まで、真っ当に生きて苦労してきた彼らを見てきたので、

合格した方法はどうであれこれでよかったのだと思った。

官として王宮に勤める限り、世間一般以上の賃金は約束される。

苦労してきた両親にも、多少は楽を味合わせてやれるだろうと…

智美はこの国の王宮勤めでの生活を始める事となったのである。

60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 21:20:45.23 ID:dhnWXJcK0
宮勤めを始め、智美が未だ主が不在の王宮を客観的に見渡し感じた事は、

前王が残した膿は未だ深いという事だった。

悪婦に溺れ、政治を省みなくなった前王に対して真摯に苦言を呈した忠臣は排除され、

都合のいい甘言だけを呈し生き残った奸臣だけで動かしている仮王朝だ。

前王が崩御し、その罪を誑かした悪婦にだけ被せ処断した奸臣達はこの十数年、

主がいない王宮を隅々まで牛耳り、まるで自分達がこの国の王のように振舞っている。

事実、未だこの国の王は選定されてはいない。

不在の玉座を見上げながら、どこか虚しい想いを抱いたのはやはり智美は関係無いと言いながらも、

心のどこかでこの国の人間だと理解しているからだろう。

両親のように真っ当な人間が、真っ当に評価され、生き易い世の中になればいいと智美とて思う。

だが、この膿が蔓延る王宮を見る限り…その心は容易く挫かれてしまう。

排除されると分かっているのに、道を正そうとするものはいない。

そんな仮王朝を十数年も維持し続けてきてしまったのが、この才州国の現実だった。

61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 21:23:47.56 ID:dhnWXJcK0
それから暫くは上辺だけの笑顔を浮かべ、智美は王宮を渡り歩いてきた。

文官が集まって会合を開いたとて、それが国の民のためのものでは無い事は明白で。

むしろ、どうすれば多くの税を民に掛けられるか、民より金を集められるかという話を

豪勢な食事を用意させながら行う。

果たしてこの準備された食事だけでどれだけの民の飢えが凌げる事だろう。

智美の脳裏に両親の姿が掠めた。

周りより胸糞が悪くなるような話を聞きながら、智美は愛想笑いを浮かべ続けている。

だけど箸を手に持ち、それを口元まで運ぶ事は最後までできなかった。

自分のそんな心情に戸惑いを覚えたのも事実で…

智美はこんな世界を覚悟の上で役人を目指したはずだが

現実、その世界を味わってみれば胸の内に芽生えくる葛藤に苦しんだ。

一番怖かったのは、こんな世界に自分が染まり切る事だったのかもしれない。

感覚が麻痺して、いつか自分も、周りの役人達と同じように民より金を毟り取り、

豪奢な食事を食べながら、それに対して罪悪感を抱かなくなるのだろうか。

そうして吐きそうになる想いをどうにか堪え、飲み込み、智美は小さく息をついた。

62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 21:28:26.45 ID:dhnWXJcK0
ある日の事だった。

いつもの文官の集まりだったが、何か雰囲気が違った。

人数も多いし、秘密裏で何かを行うという雰囲気でもない。

ただ広い卓の上に置かれたのは集まった人数分に対する茶器と茶請けで、内容はやはり豪勢なものだった。

下界では高騰している砂糖をふんだんに使用した甘菓子を見て、智美は煮え切らない心情込みで胸焼けを起こす。

きっと良い茶葉を使った茶にも自分が口を付ける事はないだろう。

貼り付けた笑みを崩す事無く、心情では現状に辟易しながらただ時間が過ぎるのを智美は待つ。


そうして、全ての文官達が席に着くと最後にこの室内へと入ってきた姿があった。

智美は初めて見る姿で、随分と背の高い少女だった。

自分と同じくらいの年に見えるその少女は案内された席の側に立つと卓を一瞥し、

開口一番に「用意した膳を下げさせろ」と鋭く言い放った。

どよめく文官の一人が「折角貴方様のためにも用意しましたのに…」と言葉を詰まらせるが彼女は顔を顰めて言い返す。

菫「これだけの菓子を用意するのに、民がどれだけ苦労すると思う?唯でさえ南は干ばつで作物が全滅だと言うのに」

文官「ですがっ」

菫「くどい。その南の地域を