の手を離せ」

主人「あ?」

険呑な主人の声。

髪を掴まれているせいで咲は振り向けないが、

主人は訝しげな表情を浮かべ後ろを振り向いたようだった。

12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/27(金) 23:40:08.04 ID:cMGVLU1+0
聞こえてきた声は確かに少女のもので、

怒りの余り咲にしか意識がいっていなかった主人はやっとその存在に気付いた。

主人「…どこの馬鹿か知らないが、こいつは我が家の下働きだ」

主人「水汲み一つできん、役立たずな愚図を主人である俺がどうこうしようとお前には関係ないだろうが!」

はやくここから出て行け!!

そう、少女に向かい口汚く吐き捨てた主人の声に咲が怯えた。

だが罵声を浴びせられた少女が、言葉を返すよう主人に向かう。

憤怒の塊であり、手の付けられない暴君である主人に対して少しの怯みもみせず、

一言一言はっきりとした口調で、だ。

菫「お前が、主人ではない」

少女の声に咲が目を見開くのと、「なにぃ?!」と怒り出そうとした主人の唸り声が響くのは同時だったと思う。

だが、主人の声が続く前に少女は再び言い放った。

菫「私の主人だ」

13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/27(金) 23:42:45.62 ID:cMGVLU1+0
瞬間、地面を見るしかなかった咲は我が目を疑う。

堅いはずの地面がぐにゃりと水面のように波打つと、そこからにょきりと腕が生えた。

それも人の腕とは違う、まるで鳥の羽の如く羽毛を生やした腕だ。

その先に繋がる、女人の姿をした体躯が地面より完全に這い出てくると

咲の髪の毛を鷲掴みしていた主人の腕を、横から掴み取った。

主人「な!?」

驚く主人の声が、すぐに悲鳴へと変わる。

咲もミシリ、と人の骨が軋む音を確かに聞いた。

同時に、鷲掴みされていた髪の毛が開放される。

その反動でよろけながら後退し、眼前で改めて起こった光景に対して息を呑む。

地面より這い出てきたのは鳥人間とでもいうのだろうか。

人では、無い。

咲は商家を訪れる旅商人から、存在する姿形だけを噂として聞き知っていた。

あれは…

主人「…よ、妖魔だ……!」

主人の震える声が答えだった。

現れた女形の妖魔は主人の腕を掴んだまま、それを捻り上げる。

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/27(金) 23:44:57.72 ID:cMGVLU1+0
先程骨が軋む音がしたように、そのまま力が掛かっていけば確実に主人の骨は粉々になるだろう。

狂ったように悲鳴を上げまくる主人の姿を呆然と咲は見返している。

人を襲い、喰らうと言う妖魔が主人を殺めてしまったら…次は咲の番なのだろうか。

こんな貧相な体格の咲だから、妖魔は先に主人を襲ったのだろうか。

埒もあかない事をつらつらと考え込んでいたら、

そんな思考を遮るように一際、甲高い主人の悲鳴が響き渡った。
 
ビクリ、体が震える。

現実に気付いた咲は恐怖で哂いはじめた足をどうにか動かし、後ずさりしようとする。

途中、踵が地面に躓き視界が廻る。

あ、と思った瞬間に、咲は後ろへと倒れこもうとしていた。

すぐに感じるだろう、地面との衝撃の痛みを想像して咲は目を強く瞑る。

だが、痛みは訪れなかった。体も地面に倒れ込んでもいない。

背後へと倒れ込もうとした咲を柔く抱き止めたのは、

いつの間にか咲の後ろに回りこんでいた少女の腕だった。

触れ合った布越しの暖かさに咲は一瞬怯んだが、掴んだままの腕に、更に強く引き寄せられる。

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/27(金) 23:47:21.84 ID:cMGVLU1+0
そうして、頭上から響く声を聞いた。
 
菫「黙らせろ」

『御意』

少女の声に対して、脳裏に響く女性の声を咲は確かに聞いた。

直感的に、今の女性の声は目の前の女怪の声なのだと気付く。

事実、少女に言われた通り妖魔が捻り上げていた主人の腕を開放すると、

すぐにその顔面を異形の手の平で鷲掴みにした。

途端、今まで辺りに響き渡っていた主人の悲鳴はくぐもった呻きに変わる。

女怪に頭部を鷲掴みにされた主人は、そのまま宙吊りになり家屋の方へと連れて行かれる。

途中、主人の悲鳴に気付いたのだろう、

家屋の中から息を顰めてこちらを窺っていた他の下働き達が逃げ出す悲鳴が聞こえた。

去っていく妖魔と主人の後ろ姿を震えながら見つめていた咲だったが、更に怖い事実に気付く。

あの妖魔を従え、命令を下せる咲の背後に立つ少女は一体何者なのだ?

16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/27(金) 23:50:12.62 ID:cMGVLU1+0
コクリ、唾を呑み込み咲は自身を抱きとめる少女を仰ぎ見ようとする。

だがその途中、視界の隅の地面がまた、ゆらりと波打った。

ズズズ、と地面より這い出てきたのは虎ほどの大きさの獣だが、

全身の毛並み真っ赤で……なにより、目が六つある。

どう見ても新しく現れた妖魔であり、尚且つ、その六ツ目が一斉に咲を凝視した。

咲「……っ!!」

正気の限界。

恐怖なのか、次々と起こる出来事に対して耐え切れなくなったのか、咲の意識はくらりと揺れた。


視界が廻り、灰色の空が見えたが…すぐにあの少女の覗き込むような顔が見えた。

その双眼は咲を見下ろしながら、どこか気遣うように揺れていた。

そんな眼差しを受けた事は、生きてきて一度も無い。

どうして…

薄れ行く意識の中にあって、咲の少女に対する恐怖も少しずつ薄れていった。

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/27(金) 23:52:12.78 ID:cMGVLU1+0


背後より抱きとめていた体が重みを増し、守ろうとした人が気を失ったのだと菫は気付く。

くたりと垂れた咲の頭を自らの胸元へと引き寄せる。

そして、短く舌打ちをした。

『御無礼を致しました、台輔』

菫「…いや、私も考えもなしにお前を呼んだからな。ただ、この方にはすまないことをした…」

現れた獣の姿をした使令は、菫にしてみれば見慣れた姿だったが。

妖魔に馴染みのない人間ならば、確かに酷い恐怖を覚えてしまっただろうに。

抱き止めた体躯とて触れ合う部位から小刻みに震えていたのを感じていた。

でも、気が早ってしまった……

自分の浅はかさに呆れるが、それほどまでに菫は浮かれていた。


ようやく見つけた、腕の中で確かに存在する王の姿に。

33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 00:19:44.81 ID:dhnWXJcK0
蓬山において、女仙よりずっと聞かされて育ってきた。

麒麟である自分が、数多の人の中より唯一人の王を選ぶ事になると。

そしてその王気を感じる事ができるのはこの世で唯一人、麒麟だけなのだと。

そうしてもうどれ程の年月、菫は主を探し続けただろうか。

王になるため昇山する者もいたが、その人々の中に菫の意識を引く存在はいなかった。

だから、菫自身が探し始めた。

数年、緩やかに衰えていく国を見下ろしながら、この国を救うための王を探し続けた。

そうして今日、突如として、その気配を感じとったのだ。

ジワリと胸に熱が灯ったような気がした。

急かされるよう、空へと飛び出し向かった。

感じ取った存在に近づけば、近づく程に濃くなる王気の中心。

そこに佇む姿を見た瞬間、菫はこの人なのだとわかった。

随分と頼りない姿形だったが、それは上辺の形に過ぎない。

まぎれもない王気。

彼女こそが、菫が、この国が、ずっとずっと捜し求め続けていた王なのだ。

34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 00:22:59.78 ID:dhnWXJcK0
そしてその存在が今、とうとう菫の腕の中にある。

体勢を整え、抱き上げると随分と軽く思えたのが気のせいではないだろう。

先ほど触れた目尻や、頬に残る痣を見る限り、随分とここの家主より酷い扱いを受けてきたのだろう。

菫「……」

菫は顔を歪ませる。

元々麒麟は慈悲の生き物だが、王が関われば話は別だ。

殺生もよしとはしないが、王が望めば菫はそれを実行するだろう。

麒麟にとって王とは特別な存在なのだ。

だからこそ、先ほどここの家主に対する怒りを抑えきれなかった。

自分もまだまだだな、と息を付くと丁度、使令の女怪が戻ってきた。

『縛り上げ、一室に放り込んでおきました』

菫「ああ、それでいい…この分だと他に働く者達にも酷い扱いをしていたのだろうな。文官に相談し、役人を入れさせよう」

『御意。後ほど伝令に走ります』

菫「頼む」

『王の御容態は?』

菫「誓約はまだ交してはいない。…早く交わせれば、よかったのだが…」

35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 00:26:30.57 ID:dhnWXJcK0
そうすれば、彼女は人では無く神籍を持つ王になる。

不老長寿を含めた神通力がその身に宿れば、

こうして見下ろすだけで菫の目に付く数多の外傷も多少は癒えたかもしれないのに。

ふと、鼻腔に届いた鉄染みた匂いに気付き自然、顔が歪んだ。

女形の使令が、そんな菫の機微を察して腕を差し出してくる。

『台輔。血がお辛いようでしたら私がお運び致しますが?』

菫「………」

黙りこみ、菫は眼下の体躯を見下ろす。

視界に写る肌には腫れやかさぶたが目に付くだけだが。

確かに血の匂いがその体躯より香ってくる。

きっと纏う服の下に手当てもされず放って置かれた裂傷があるのだろう。

その事実に、ここの家主に対して更に強い不快感を覚えた。

尚且つこの身は神獣であり血の穢れを嫌う。

肉は決して口にしないし、血に長く当てられれば不調もきたす。

その事を使令も分かっているから、菫を気遣うのだ。けれど。

36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 00:30:23.38 ID:dhnWXJcK0
菫「……いや、いい」

頭を左右に振ってから、菫は咲を抱き上げる腕に力を込めた。

血の穢れに対する拒否感よりも、誓約も交わしていない存在をこの腕より手放す方が余程恐ろしいと感じた。

やっと、やっとで探し当てたこの少女を。

菫「戻るぞ」

短く告げると女形の使令は、それ以上は何も言わず菫に向かい頭を垂れた。

次いで六ツ目の使令が眼前に進み出てくると、地面すれすれまで半身を折り曲げる。

菫は慣れたよう、その赤い毛並みの上に腰掛ける。

いつの間にか横に立っていた女形が用意した厚手の布を受け取ると、それで腕の中の存在を厳重に包んだ。

準備が整い、腰を降ろす赤い毛並みを撫でると菫を乗せたままの獣が起き上がり地面を歩き出した。

それは、す