菫「見つけた。貴方が私の王だ」咲「えっ」 前編

273: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/22(金) 00:05:10.02 ID:7kcfjkgB0
一区切りの会話を終えると、それを見計らったように智美が口を開く。

智美「内宰殿…こうしていらっしゃったという事は、今まで以上に台輔を助けて下さると。そう解釈してもよろしいので?」

思ったよりも真っ直ぐな智美の言い様に菫としては驚いたが、対する塞は迷う事なく頷いた。

塞「立場があった私を貴方が訝ったのも分かります。力が足りなかったのも事実。だからこそ、ここで正したいと思うのです」

塞「国を纏めるべき役目にある宮中を正常に戻したい。それが本来の私の役目。主上が坐した今ならば、それが可能だと」

塞「……台輔からすれば今更とお思いでしょうが、どうか。私の愛国心を今一度信じて頂けないでしょうか?」

一言一言に迷いは見えなかった。

菫が向ける視線を真正面から反らしもしない。

誠実な態度に、声が伴っていると菫は感じた。

これがもし塞の偽りの姿だとすれば、菫は人間不信に陥るかもしれないが。

でもきっとこの女性は信じていいと思う。

「言い分は、よく分かった」と塞に言葉を返す。

元々、菫自身ならば彼女に含むところはない。

だから後の判断は、菫の背後に控えている智美に委ねる事になる。

十二国記 Blu-ray BOX
十二国記 Blu-ray BOX
posted with amazlet at 18.10.19
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン (2015-11-26)
売り上げランキング: 8,118

274: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/22(金) 00:09:41.50 ID:7kcfjkgB0
まぁここに塞を招き入れたのも智美だから、菫が答えを出す前にとっくにこの話の道筋は付けていたのだろう。

時に智美は本当に良く頭が回る。

ここまで深い話を交わして止めもしなかったのは智美なりに、塞をある程度信頼していたからだと思う。

情報を共有しても大丈夫な人間だと判断した。

事実、智美は塞の意見に対してすぐに言葉を返す。

智美「でしたら、以前に私が伝えた事案を覚えておいでか?」

塞「“信頼”が欲しいという話でしたか」

智美「ええ。今の内宰殿の話を聞いた限り、目指すところは同じだと思います。主上のために宮中の不安要素を取り除きたい」

智美「ならば、私の頼み事も叶えて頂けたのでしょう」

頼み事?菫がその疑問を口にする前に、塞は迷いなく言葉を返してくる。 

塞「貴方が教えてくれた話。呆れた話ではあるけど、右往左往する官吏の中には無謀に走る輩もいるという事なのかと」

塞「普通の精神ならば、主上に対する狼藉を恐れ多いと恥じなければいけないのに」

智美は呆れたように口元を緩めると頷く。

智美「王に対する畏怖よりも、今まで吸ってきた蜜の欲が勝ったのでしょう」

塞「やはり今までの私が力不足でした。以前の私は周囲からの圧力がありましたから…」

塞「人事の調和を計るためにも、打診を受ける要望全てを無理だと跳ね除ける事はできませんでした」

菫「どこの管轄からの口出しが一番酷かったか?」

塞「夏官です。元々、内宮の警備のために夏官の兵士は迎え入れなければなりません」

塞「その際に私が一人一人、人物をきちんと見定める事ができればよかったのですが…向こうの言い成りになっていた時もありました」

塞「ですから先日貴方が私に頼んだ事……天官が二人、城下で事件に巻き込まれ死んだという話を私なりに調べてきたんです」

275: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/22(金) 00:15:09.19 ID:7kcfjkgB0
それを聞いた時点で菫はぎょっとする。

と同時に胸を締め付ける痛みを苛まれた。

なぜなら菫は人の生き死を無条件に憐れんでしまう。そういう生き物だ。

抱いた痛みを唇を噛み締めて堪えると、菫は目付きを鋭くし、背後に佇む智美を睨んだ。

だって今、塞が言った話は菫にしてみれば初めて耳にする。

しかし彼女は智美から聞いていたと言っていた。つまり智美は自分には伏せていたのだ。

菫の非難するような視線を受けると智美は「仕方ないだろー」と言って硬い表情を崩す。

智美「ただの事件かもしれないから、余計な心配をさせたくなかったんだよ。主上にも、菫ちんにも」

智美「見知らぬ他人でも自分に関係した何かで命を落としたと思えば心を痛めるだろう」

智美「台輔は神獣として特に顕著だ。それが限りなく黒だと分かっていても、死んだ人間に同情してしまう」

智美「今みたいに中途半端な情報の時に、そうなって欲しくなかったから言わなかったんだ」

菫「………っ」

心の締め付けは続いてるが、それと一緒に智美に抱いた怒りをどうにか飲み込んだ。

智美の言っている事が正しいと判断して、その意見を言い返せないからだ。

事実、自分がその話を聞いていれば…きっと死んだ人間に同情していただろう。

調べたいと智美に言われたら、死人に鞭打つなと言っていたかもしれない。

噛み締めた唇を解くと浅く息を吐き出す。菫は塞へ視線を戻す。

菫「…今は中途半端な情報ではないのだろう。主上に許可なく近付こうとした輩を手引きしたのが、死んだそいつだと言うのなら」

菫「こちらがそれを辿ろうとしたから消されたと智美は思っている。だから、塞殿に頼んだ」

塞「正しい見解だと思います。確かに死んだ天官は、夏官の兵士を迎い入れる際に強く打診を受けて招き入れた官吏達です」

276: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/22(金) 00:21:31.73 ID:7kcfjkgB0
塞「形式上は私の部下にはなりますが、私の息の掛かった者達ではなかった」

塞「だから、死んだ時もすぐに私の耳にまで入ってこなくて。話を聞いた時は驚きました」

智美「死因は調べる事ができましたか?」

そう智美が問うと「ええ」と塞は頷く。

塞「形式上とはいえ彼らは私の部下です。報告書に目を通す事は出来ますし、手の内の者を現地に遣わせて確認する事もできる」

塞「はっきり言えば、作成された報告書はでたらめも言い所。死因は些細な喧嘩に巻き込まれて刺されたという話ですが」

塞「酒場の名前も場所も架空で……実際の死因は刺死ではなくて、溺死だったようです」

さすがにその答えには智美も驚いたようだった。

塞「現地で聞き込みをして、川より死体を揚げた町人達にも確認したので間違いないでしょう。やはり、口封じされたと見ていいかと」

塞「官吏が二人も溺死したのであれば不自然だし事件性を調べられますが、喧嘩に巻き込まれた事にしてしまえば事故で片付けられる」

智美「……ほんと、汚ないことを」

保身のために仲間を殺す、そんな理不尽が通る世界なのだ……まだ、この国は。

ふと声を聞いた気がした。この国に降りてからずっと、事ある毎に菫を苛み続けている怨嗟の声だ。

と同時に、必然のように主である少女の姿が脳裏に浮かぶ。

智美は儚いと言っていた姿だが、菫からすれば、思い浮かべる姿は眩しくて目を細めたくなる。

暗い世界の中で、あの姿だけが菫にしてみれば希望に思えた。

277: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/22(金) 00:28:45.57 ID:7kcfjkgB0
こうして負の連鎖を繰り返そうとする世界を唯一、変える事ができるはずの人。

誰でもなく王としての資質を、麒麟の本能が感じ取っている菫だからそれがよく分かっている。

助けて欲しいと願うのも自然な流れで、それが国に対してなのか、民に対してなのか…

それとも自分自身に対してなのかはよく分からなかった。

ただ心の内側で落ち込みそうになる自分に触れてくれる手の平を想像した。

いつかの日に、鬣を柔く撫でてくれ温かさをまだ忘れてはいない。

顔を俯かせ、菫は自嘲気味に口角を吊り上げた。

こんな些細な瞬間にも自分はあの人に縋ろうとしている。


菫(……?)

と。思案に沈もうとする意識が引かれた。

俯き加減だった顔を上げて、菫は何もない宙を見上げる。

どこかで咲が移動し始めようとする気配を敏感に感じ取った。

今の今まで、その存在を思い浮かべていたからいつもより鮮明に感じ取っていると思う。

菫(…主上)

心の中で呼び、菫はふらりと席を立ちあがる。そして思案した。

今日の執務は自分が手伝い終わっているから、自室に送り届けて菫はこうやって智美らと自室で話し込んでいたのだ。

だから今日はあの人が外に出る用事はないはず。外出する旨も聞いていない。

278: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/22(金) 00:33:00.27 ID:7kcfjkgB0
しかし感じる王気はもはや移動を始めていた。

確かに自室から出て続く廊下を歩いている。

ゾワリと心が波立った。

智美「台輔?」

不自然に立ち上がったまま停止していた自分を不思議に思った智美が呼びかける。

宙を見上げていた顔を降ろし、智美と塞とを交互に見渡してから言った。

菫「…塞殿の話も理解した。先日、主上を助けたと言って私に不意打ちにも面通ししてきた奴も夏官だったな」

智美を見れば彼女は頷いた。菫は短く舌打ちする。

菫「思い通りに事が運ばなくて、裏からでは無く正面より取り入ろうとしているのかもしれん」

菫「私は今までの態度があるから期待していないだろうが…主上なら、本当に優しいから。その隙に付け入ろうと…」

智美「十分考えられるな。あわよくばこの先、主上の一番近くで守ることになる大僕、小臣の役目を掌握したいのかも」

智美「射人だったか奴は…そうなれば外宮でも、内宮でも主上に対する影響力が強まってしまう」

智美がそこまで言うと、側で話を聞いていた塞は「そうだったのですか」と言ってきた。

何か得心した表情を見返すと塞は答える。

塞「この頃、夏官より打診を受けていました。おっしゃった通り、主上が即位したので内宮の大撲と小臣の役目をくれと」

菫「!!塞殿」

塞「ご安心を、断っています。以前ならどうかは分かりませんが、今の状態なら私に大声を出して圧力は掛けられない」

塞「それに、それらの役目を任す人材は私の信の置ける者と決めています。もちろん台輔にもお目通りさせますし……」

塞「この国の王を守るのですから、不確定な輩は許せない」

意外にも強い塞の言い様に菫は少しだけ驚いた。

279: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/22(金) 00:37:26.52 ID:7kcfjkgB0
終始物腰の穏やかな官吏に見えたが、譲れない芯があるのだと気付く。

塞「それに、その役目を任そうと思う者は私なりにきちんと見つけていますので」

菫「え?」

塞「落ち着いたら、お目通りさせます。…一人、少々口が悪すぎるかもしれませんが、根は良い人ですので」

そう言って塞はにこりと穏やかに笑った。

智美「何となく話は通ったかな。取りあえずはこの案を落ち着かせないと塞殿の話も詳