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私にとっての煙草についてと、『もうすぐ絶滅するという煙草について』について

愛煙家である。


愛煙家、と言えば聞こえはいいが、要はただの喫煙者である。金の無駄だの、タバコ休憩でサボってるだの言われ、匂いのせいで煙たがられがちな(タバコだけに)、あの喫煙者である。今から書く文章は時代に逆行して喫煙を続ける人間の言い訳なので、嫌煙家の方はすぐにでも閉じていただきたい。


私が煙草を吸い始めたのは5年くらい前。その当時、付き合っていた女性が吸っていたのがきっかけだった。彼女はセブンスターとハイライト・メンソールを交互に吸っていた。今の私がブラックデビルのレギュラーとメンソールの二刀流なのも、彼女に対する憧れが残っているからだろう。
 
彼女に貰って初めて吸った煙草はむせてしまい、笑われたことをよく覚えている。しかし、1本、また1本と吸い始めるうちにそれが快楽であることを体が受け入れ、いつの間にか吸えるようになっていた。
 
彼女とは1ヶ月も経たないうちにあっけなく別れてしまったのだが、喫煙の習慣だけは今でも残っていて、生活の一部と化している。

ELLEGARDENの「Red Hot」という曲に〈ニコチンが体に悪いってのは知ってるけどさ タバコをやめたら今すぐ死んじゃうよ〉という歌詞があるのだが、喫煙者になって、なるほどこれは止められないと思ったのもよく覚えている。元々好きだった曲が、より身近なものになったような感覚だ。

歩きたばこやポイ捨てなどのマナー違反は勿論アウトだが、ルールを守っていたとしても、指をさされるような時代になってしまったのは、少々息苦しい。

『チェンソーマン』という漫画で、姫野先輩が煙草を吸っている理由について「依存できるものがある方が、楽でしょ」と言ったのは、多くの人にとって印象的なシーンではないだろうか。手軽に持ち運べて、5分ほどで気分転換ができるタバコというのは、依存先にピッタリである。依存と言うと、多くの人はスマホやSNSに依存しているのだろうが、あれは時間があると永遠に見てしまう。その点、煙草は1本、多くても2本吸えば満足するので、依存先として丁度いい。
 
以前にも書いたが、私の実家は小さな会社を経営しており、そこに働きに来ていた大木さんという男の人がいた。時代というのもあってか、その人はまだ幼い私が仕事場で遊んでいても、平気で煙草を吸うような人だった。そして、皆が嫌いなはずの煙草の臭いが、私は何故か好きだった。よく大木さんの傍に行っては、その臭いを嗅いでいた記憶もある。今思うと、随分と変な子供だ。
 
だから私は子供の頃から煙草に対する嫌悪感はまるでなかったし、そんな私が喫煙者になるのは必然だったのかもしれない。煙草自体は嫌いじゃなかったが、「煙草を吸ってイキっている同い年くらいの人たち」が嫌いだったことをよく覚えている。そういう人間は周りにアピールするために煙草を吸っているので、年を取って健康を意識し始めたら、殆どの人はすぐに止めるだろうと思った。

健康を考え、禁煙すること自体を否定するわけではない。私の好きなお笑い芸人やバンドマンにも禁煙した人は多い。細美武士もいつの間にか禁煙していた。ただ、今の時代に煙草を始めるなら、“健康よりも嗜好を優先する”、“時代に抗う”という2つの覚悟がなくてはいけない。そんな人、なかなかいないだろうけど。

とはいえ、タバコを吸い始めるきっかけなんて、殆どは“かっこつけたいから”というのもよく分かる。私自身も、恋人が煙草を吸っている姿に対し、まるで大人の女性のようなかっこよさを感じ(実際、私の3つ上だったのだが)、最初の一本を口にしたのだ。私だって最初から覚悟があったわけではない。依存して引き返せないところまで来て、後からおまけのようについてきただけだ。そこに辿り着いて、人は初めて“喫煙者”になる。

だから、私はいわゆる“イキっている人”とは真逆だった。正確に言えば根は一緒なのだけど、タバコを吸い始めたことが周りにバレることに恥ずかしさを感じていた。煙草というのはかっこいい大人の象徴であり、それを吸い始める=かっこつけてると思われるのが、恥ずかしくてたまらなかった。煙草を吸い始めたことを堂々と言える人間には、そういった恥ずかしさはないのだろうか。私は吸い始めた頃、殆ど家、もしくは一人きりになったときにしか吸っていなかった。バレたくはないけど、少しだけバレたい。そんな感覚で、吸っていた記憶がある。
 
昨今は煙草に対する風当たりが随分と厳しい。「煙草を吸ってたらモテない」だの「喫煙者は成功しない」だの、そんな言葉をよく見かける。だが、爆笑問題の太田さんや、銀杏BOYZの峯田さん、浅野いにおさんなど、挙げればキリがないほど、成功している喫煙者を私は知っている。彼らの目の前で同じことを言えるのか、Xで流れるソース不明のビジネス書のような情報を垂れ流す怪しげなアカウントの運営者に聞いてみたいし、お前は太田光より稼いでいるのかと詰めてやりたい。

時代が変わり、多くの人が禁煙していく中で、それでも喫煙という選択を取る人間は一定数存在する。“嗜好”よりも“健康”を取る人が多いということだ。それは決して悪いことではない。だけど、そういう“嗜好品”が多い方が、人生は楽しい。喫煙所での雑談や、吸っている間にボンヤリ考えを巡らせる時間も含めて、私は煙草が好きだ。


話は変わるが、つい先日『もうすぐ絶滅するという煙草について』という本を買った。

このエッセイでは、様々な著名人が煙草についての想いを綴ったエッセイを、一冊にまとめたものだ。それを集めるのも大変だったろうに、この健康志向の時代に敢えて煙草というものについてフォーカスし、一冊の本にまとめあげたキノブックス、ちくま文庫編集部の方々には、頭が上がらない思いである。

煙草という点で時代の違う作家と繋がり、彼らの言葉に触れるというのはとても面白かったし、同時に心に刺さる部分も多かった。

例えば、池田晶子の書いたこの部分。

タバコを喫まず、酒も飲まず、野菜ばかり食べてジムへ通う。そういうツルンとした人々の姿が浮かぶ。彼らはそれを「ナチュラルライフ」と呼ぶ。(中略)で、何のための人生なのですか。健康に生きるために健康に生きる、その健康な人生は何のためのものなのですか。

『もうすぐ絶滅するという煙草について』より、池田晶子「たばこ規制に考える」

人々は当たり前のように健康を追い求めている。しかし、健康な体というのは、“手段”であって、“目的”ではない。健康な体で、長生きしたとて、その健康のせいで死ぬ前に後悔が襲うのであれば、少々の不健康を覚悟しても、私は友人と酒を飲みたいし、夜更かししてドラマを観たい日もある。

そして、松浦寿輝の書いたこの部分。

私にとって煙草とは、日常の時間に「空白」を作り出してくれる仕掛けなのである。一本の煙草に火を点けて、それを吸い終えるまでの五分か十分の間、私は目先の仕事を全て放り出し、純粋状態の「ポーズ」に身を委ねる権利を手にすることになる。(中略)それからまた日常の中に戻ってくると、今まで見えてこなかったことが不意に見えるようになっているのに気づいて驚いたりする。

『もうすぐ絶滅するという煙草について』より、松浦寿輝「煙草」

この文章に、私は深く共感した。私のように小説を書いたりする人間にとって、タバコ休憩というのは、行き詰ったときに新しいアイデアを出してくれる魔法のような存在である。現に、この文章を書きながら、何度か行き詰まり、既に2、3本は吸っている。

私が文章を書き続ける限り、煙草を止めることはない。私にとって何かを思考して書くという行為は、喫煙と同じくらい傍にある行為だ。嫌なことや不安なことがあると、私は紙やスマホのメモに書いて、考えながら気分を落ち着かせる。そこに煙草は必須だ。だから、私が煙草を止めるということは、おそらく死ぬということかもしれない。

他にも、中島らもが書いたこの部分。

タバコを止めたからと言って、次の日にトラックにはねられて死なないという保証はどこにもない。それなら俺は強い煙草による緩慢な自殺の方を選ぶ。

『もうすぐ絶滅するという煙草について』より、中島らも「喫煙者の受難」

いかにも彼らしい屁理屈で、ユーモアもあって読みながらつい笑ってしまったが、同時に“緩慢な自殺”という言葉は一つの真実であり、喫煙者の多くが目を背けている部分だ。この文章からは、好きなものと一生を添い遂げる強い覚悟のようなものすら感じさせてくれる。

“煙草を吸い始めてイキっている人が嫌い”と前述したが、それはきっと覚悟が見えなかったからと言語化できるかもしれないし、或いは単にイキっている人間が癇に障るからかもしれない。
私自身もその快楽につられ吸い始めていたが、同時に病気に関してのリスクからは目を背けてきた。だからたまに、喫煙所にあるポスターを見て、怖くなるのも否めない。かといって、止めようとも思えない。

健康のために止めるつもりはないが、止めたところで交通事故で死ぬかもしれないし、日本は地震大国だし、彼のように開き直ることが、私にとっての正解なのだろう。

アロマオイルをたいてジムに行く女に生まれていたらこんな不愛想な女に仕上がっていなかったと思うこともあるけれど、私は仕事終わりに自分の髪からたばこの香りが鼻をかすめるこの人生も気に入っている。

『もうすぐ絶滅するという煙草について』より、ヒコロヒー「仕事終わりに髪からたばこの香りが鼻をかすめるこの人生も気に入っている」

つまるところ、どんなに不健康だと言われ指をさされても、私が煙草を吸い続けている理由は、彼女と同じ理由だと思っている。

早起きしてカフェのモーニングを食べながら朝活をして、IT系のベンチャー企業で働き、休みの日に会社の皆とBBQをするような人生ではなかった。けど、こうして夜中に読書をして、その感想文を書いて、その合間に煙草を吸うような人生も、私は気に入っている。

私に煙草を吸うきっかけを作ってくれた恋人とはすっかり疎遠になってしまい、連絡先も消えてしまった。彼女は読書が好きだったし、私にたくさんの本を教えてくれたし、何より私が書いた小説を偉く褒めてくれた。私が煙草を吸いながら文章を書き続けている限り、この先の人生でもう一度彼女に会える気がしている。



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