コンテンツにスキップ
次回、このメッセージはもう表示されないかもしれません。
6月26日:ジミー・ウェールズから皆様への大切な メッセージ

1分で結構です、どうか読み飛ばさないでください。今日は6月26日で、日本の皆様に、ぜひ振り返っていただきたいことがあります。この1年でウィキペディアを何回ひらきましたか?そこで何を学びましたか?そして、今回ウィキメディア財団へ¥300寄付していただくことは可能ですか?よろしければ、寄付を選ぶ2%の読者に仲間入りしてくださいませんか。もし今これを読んでいる皆様が¥300を寄付してくだされば、数時間で募金活動の目標を達成できます。

ウィキペディアには至らない点がありますが、利益を追求したり、特定の見解を押し付けることもしません。数多くの人がウィキペディアを手がけています。オンライン上では希少な「質の高い情報」をあらゆる人が目にすることができるよう、取り組み続けたいのです。

もしこの1年であなたがウィキペディアから学んだ情報に¥300の価値があったと考えていただけるなら、どうか、その金額をご寄付いただけないでしょうか。重要なのは金額の大小ではありません。すべての編集作業、すべてのご寄付に価値があります。どうぞよろしくお願い申し上げます。

25年続くインターネット最良の形

Fundraising payment form

金額を選択してください (JPY)日本における寄付金額の平均は、¥800です。
人気
どのくらいの頻度でご寄付いただけますか?
一年を通じてウィキペディアを支援する
継続的なご支援をよろしくお願いいたします。
寄付金額をお選びください(¥154から選べます)。
こちらのサイトからは、3850000 JPY を超えるご寄付をお受けすることはできません。まとまった額のご寄付に関しましては、benefactors@wikimedia.orgまでご連絡ください。
決済方法を選択してください
決済方法を選択してください
寄付金額をお選びください(¥154から選べます)。
こちらのサイトからは、3850000 JPY を超えるご寄付をお受けすることはできません。まとまった額のご寄付に関しましては、benefactors@wikimedia.orgまでご連絡ください。
決済方法を選択してください
今後、再びご協力をお願いする際にご連絡を差し上げてもよろしいでしょうか。日本の寄付者の皆様がくださるご支援とアドバイスは、私たちにとって何物にも代えがたいものです。ウィキメディア財団から時折、ご連絡を差し上げてもよろしいですか?
残念です。メールを差し上げる回数は限られています。もう一度ご検討いただけないでしょうか?
考え直していただきありがとうございます。 大事なメールだけをお届けするようにいたします。
あなたの情報は、寄付者個人情報保護方針に従って取り扱われます。お届けするいずれのメールにも、配信停止の簡単な手続き方法が記載されています。
メール受信に関する設定を選択してください。
あと少しです:月々 のご支援をご検討ください。
毎月の定額ご寄付は、ウィキペディアの持続的な発展を支える最も効果的な方法です。
How would you like to be reminded?
Whether you give now or later, any contribution helps. We can send you an email or text message reminder to join the 2% of readers who donate.
この度は、ご支援いただきありがとうございました!
いただいたご支援は、私たちにとってかけがえのないものです。このブラウザでは、キャンペーン終了までバナーの表示を控えさせていただきます。
ご寄付の使い道
ウィキメディア財団は、説明責任と透明性を重要視しています。皆様からお寄せいただいたすべてのご寄付が使命遂行に繋がるよう、資金とリソース管理に尽力しております。私たちは、慈善団体のデータベース「Candid(旧GuideStar)」からプラチナ透明性評価(Platinum Seal of Transparency)を獲得し、同様のサイト「Charity Navigator」 からも最高評価を得ています。詳細につきましては、最新の年次報告書をご覧ください。
45% $80.3M 技術開発への投資 34% $60.7M ボランティアの支援 12% $21.4M 一般管理費 11% $19.6M 募金活動費 $178.4M 年間収入総額
45% 技術開発への投資

私たちの予算の約半分は、ウィキペディアをはじめとするウィキメディアのプロジェクト郡を支える技術の維持・向上に使われています。編集者と読者双方にとってのユーザー体験の向上、サイトのセキュリティ強化、安定したグローバルなアクセス環境の整備などに絶えず取り組んでいます。これらのインフラストラクチャーとプロダクトをサポートすることで、訪問者数で世界トップ10に入るウェブサイトの一つを維持しています。そのコストは、営利目的のウェブサイトに比べてごくわずかです。

34% ボランティアの支援

ウィキメディア・プロジェクトが世界中で展開できるのは、各地のボランティア編集者の尽力があってこそです。彼らは、日々新しい記事を執筆し、ウィキペディアの内容を正確かつ最新の状態に保ってくれています。編集者の活動をサポートするために、助成金制度、法的支援、高度な技術ツールなどを提供しています。彼らと共に、私たちは世界各地で自由な知識の発展と保護を提唱しています。

12% 一般管理費

ウィキメディア財団を適切に運営していくために必要なコストです。ウィキメディア財団の使命を遂行する優秀な人材を世界各地で採用し、ウィキペディアのような「自由な知識」を支えるプロジェクトの継続的な発展を約束します。

11% 募金活動費

ウィキペディアとその他13の「自由な知識」のためのプロジェクトを維持するためには、寄付者の皆様からのご支援が不可欠です。私たちは年間を通して効果的かつ効率的な募金活動を行い、すべてのご寄付がウィキメディアの使命の推進に役立つよう努めています。

扶桑教

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
扶桑教(ふそうきょう)
扶桑教本部 (太祠)(東京都世田谷区松原)
地図
本部 (太祠)(東京都世田谷区松原)
設立 1873年(明治6年)
設立者 宍野半
種類 宗教法人
本部 本部 (太祠):東京都世田谷区松原1-7-20
元祠:山梨県富士吉田市上吉田1
座標 本部 (太祠):北緯35度40分6.9秒 東経139度39分9.6秒 / 北緯35.668583度 東経139.652667度 / 35.668583; 139.652667座標: 北緯35度40分6.9秒 東経139度39分9.6秒 / 北緯35.668583度 東経139.652667度 / 35.668583; 139.652667
元祠:北緯35度28分22.9秒 東経138度47分38.5秒 / 北緯35.473028度 東経138.794028度 / 35.473028; 138.794028
管長 宍野史生
ウェブサイト https://www.fusokyo.org/
テンプレートを表示

扶桑教(ふそうきょう)は、散在する富士講を結集し1873年明治6年)に設立した「富士一山講社」に起源をもつ教派神道の一派である[1]角行より始まる身禄派富士道の系統とされる[2]

概要

[編集]

駿河国富士郡(現・富士宮市)の浅間神社(現在の富士山本宮浅間大社)の官選初代宮司で、山梨県北口の浅間神社(現在の北口本宮冨士浅間神社)の社司も兼務した宍野半(ししのなかば)が、その宮司時代[3]である1873年(明治6年)に各地の富士講を結集する富士一山講社設立の運動を起こし[1]、9月9日、吉田口から入山する身禄派「一山講」を中心として結集し「富士一山講社」となる[3]。吉田口から入山する身禄派以外に、須走口、大宮口、村山口、須山口などの富士講諸派の包括を方針とした[4]。関東の有力な富士講や吉田・須走の御師が指導的立場に立った[4]

1875年(明治8年)に「富士一山教会」と改称。1876年(明治9年)2月に太祠を建立し、「扶桑教会」と改称[4]。扶桑教会の基盤ができると宍野半は、宮司などを辞任し扶桑教に力を絞る[4]

1882年(明治15年)、扶桑教が教派神道の一派として独立し[5]、経典『扶桑教』を刊行[6]

1884年(明治17年)5月13日、宍野半が死亡すると、神宮教神宮大麻神宮暦の内紛があった際に宍野が尽力したため、神宮教の初代管長の田中頼庸が扶桑教管長事務取扱を兼務した[7]1894年(明治27年)に、成長した宍野健丸が二世管長に就任する[5]

歴代教祖および管長

[編集]
  • 創始者 冨士道開祖 藤原角行東覚
  • 中興元祖 伊藤食行身禄
  • 教祖初代管長[5](富士道第七世) 宍野半(ししのなかば)
  • 二世管長(富士道第八世) 宍野健丸(たけまる)
  • 三世管長(富士道第九世) 宍野健弌(けんいち)
  • 四世管長(富士道第十世) 宍野健之(たけゆき)
  • 五世管長(富士道第十一世) 杉山一太郎(すぎやまいちたろう)
  • 六世管長(富士道第十二世)[2] 宍野史生(ふみお)

所在地

[編集]
富士山天拝宮
太祠(たいし)
住所:東京都世田谷区松原1-7-20
大教庁(包括宗教法人本部)が置かれる中心施設。当初は東京府東京市芝区神明町(現在の東京都港区浜松町)にあった。2018年(平成30年)、富士塚である「松原富士」が戦火で焼け落ちて以来73年ぶりに復興した[2]
元祠(げんし)
住所:山梨県富士吉田市上吉田1
北口本宮冨士浅間神社の隣にある、扶桑教立教の地。
冨士山天拝宮(ふじさんてんぱいぐう)
住所:山梨県富士吉田市(吉田口登山道八合目)
富士山吉田口八合目、元祖室の隣に鎮座。元は富士山頂上金明水脇に鎮座していたが、明治の神仏分離により現在地に遷座した。通常、富士山本宮浅間大社奥宮の「開山祭」(7月10日)ごろから北口本宮冨士浅間神社で行われる「吉田の火祭鎮火祭」(8月26日)ごろまで開かれている。
烏帽子岩神社(えぼしいわじんじゃ)
住所:山梨県富士吉田市(吉田口登山道八合目)
冨士山天拝宮の奥に鎮座。烏帽子岩は食行身禄が断食修行により入定した霊跡である。冨士山天拝宮によって管理されている。

脚注

[編集]

参考文献

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]