◇「たった一度の失敗」で…
戦国時代の武将・本多出雲守(いずものかみ)忠朝の墓は、大阪市天王寺区の一心寺にある。忠朝の父親は徳川家康の側近で、猛将として知られる本多平八郎忠勝。子の忠朝も、初陣となった関ケ原合戦での戦いぶりを家康から直々に賞されたとの逸話が残る。
ただ、忠朝の墓に人々が詣でるのは、その武勇を讃(たた)えるためではない。彼は「酒封じ(断酒)の神様」として有名で、酒を断ちたい人たちから篤(あつ)い信仰を集めている。
忠朝の業績を調べても、彼が酒乱であったという話は出てこない。上総(現在の千葉県)大多喜5万石の領主として善政を敷き、領民に慕われていただけでなく、房総沖で難破したスペイン船の乗組員を手厚く保護した優しい殿様だったことが、スペイン側の記録にも残っている。
断酒の神となったのは、大坂冬の陣で酒のために面目を失い、汚名を雪(すす)ぐため翌年の夏の陣で奮戦、敵陣深くに攻め入った末に討ち死にしたとされるからだ。大坂冬の陣で、どんな失敗をしたのかは、いろいろ調べたが正確なところは分からなかったが、一心寺のウェブサイトには、忠朝が「死に臨んで深く酒弊を悔い死後は酒のために身を誤るものを助けんと誓って瞑目(めいもく)した」との説明がある。
忠朝が普段から大酒飲みで、不行跡を重ねた末に改易(身分剥奪・領地没収)されたのであれば、信仰の対象にはならなかったのかもしれない。武将として勇敢、領主としても非の打ちどころのない人物が、たった一度の失敗を悔い、「死後は酒のために身を誤るものを助けん」と誓ったからこそ、頼りがいのある神様として信仰されているのだろう。
ストレスの多い現代社会では、「飲まなきゃいられない」という人も少なくない。その一方、コンプライアンス(法令順守)重視の流れが進み、「飲んでの上のことですから」という言い訳はもはや通用しなくなっている。
酒席の増える年末年始、いつもよりも酒量を抑え、「たった一度の失敗」を起こさないように気を付けたい。(馬)
(時事通信社「地方行政」2018年12月3日号より)
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