辺野古事故に関して思うこと(いち卒業生より)

@mukashinokokusaisei

辺野古事故に関して、いち卒業生が感じていること

■事故直後に感じたこと

「研修旅行中の国際生たちが乗っていた船が転覆し、生徒の子が亡くなったらしい」

「辺野古で抗議船に乗ってたらしいんだけど、なんか知ってる?」

友人から来たラインを読んで、私は辺野古の転覆事故のことを知った。

すぐに調べてみると、確かに速報ニュースがネットにもあがっている。


「本当だ…沖縄の辺野古コースの子たちが乗ってた船かな」

「いやでも抗議船っていうのはよく分からんね、どういうことやろね?」


私が国際と関わりがあった頃から、辺野古コースというものは存在したけれど、当時はボートに乗るという内容ではなかった。


「研修旅行中に気の毒な事故が起きてしまったんだな」

「旅行会社か船の業者の責任になるんだろう」


そう思っていた。



■学校の会見を見ながら思ったこと


西田先生、顔が疲れてる。

大丈夫かな。


会見や、ネットにあがっている情報を見て、学校の責任は重いと感じた。

安全管理に対する意識が低いというか、無さすぎる。

大好きだった学校だけど、正直、幻滅した。

ご遺族や在校生達への補償やケア、事故の原因究明、再発防止策の発表・実施などはせめて、今後しっかり行ってほしい。


ただ、この時点では西田先生個人に対しては、どちらかというと気の毒だという気持ちが強かった。


国際の校長職は持ち回り制だから、先生は「たまたま今、校長である」という理由で会見に出て謝罪している。

だけど、特定の思惑が絡む研修旅行の企画を推進したのはおそらく別の先生だろうと思っていた。


私の中の西田先生は、優しくて、いつも笑顔で、ラグビーが好きで、授業中の雑談が面白い先生。


会見中に笑ってるように見えるのも、本当に笑っているわけではなく、元々の顔立ちによるものである。


言葉遣いや言動に少し違和感を覚える場面もあったけれど、それは極度の緊張状態にあるからだと思っていた。

人間誰しも、ストレスがかかるとおかしな事を口走ってしまう事はある。


こんなに大勢の人から追及されるのは初めてなのかもしれない。

国際は生徒も保護者も穏やかな人が多く、生徒のほぼ全員が内部進学をするから、他の高校と比べると進路指導の負担なども少ないだろうし。

そんな平和な環境でずっと働いてきた先生が、いきなり会見に出席させられたら、しどろもどろな受け答えになってしまうのも無理はない。


これからかなり大変だろうけど、西田先生ならこれからやるべき事をしっかりやっていくだろう。


それが、会見を見た時に私が抱いた感想だった。


なお、事故から約3ヶ月が経った現在は、この時とは違う感情を抱いている。

何が本当で何が嘘なのか、誰がこのような研修旅行プランを推進したのか分からない事もあるけれど、

疑問に思う点や、OBとして追及したい点は多くある。


始業式での「学校に直接的な責任はない」という趣旨の発言などがそうだ。

学校に責任がなければ、一体どこに責任があるというのだろう。



■コース別研修の内容について

いまの研修旅行の選択コースの内容を知って、私がいた当時とはかなり内容が変わっていることに驚いた。

どのコースも、何らかの思惑を感じる内容である。


私がいた頃はもっとこう、マングローブを探索したり、サトウキビ畑に行って黒糖を作ったりするような、楽しげなコースも多かったと思うのだけど。

どうしてこうなった?いつから?徐々に?


■知華さん


武石さんご一家のnoteや在校生の方のカクヨム、SNSで情報収集と発信をされている個人の方の投稿。

私は知華さんとも他の国際中高現役生とも面識がありませんが、これらを読むたびに、まるで自分の親しい友人か後輩を失ったような気持ちになります。


中学から国際に通っていたという知華さん。


国際中学を選んだのは帰国子女受け入れ校だからというのもあるだろうけれど、

きっと、「大好きなお姉ちゃんと同じ学校に通いたい」という気持ちがすごくあったんじゃないかな…と、ご家族のnoteを読んでいて感じました。


きっと、おしゃれにも勉強にも一生懸命でフレンドリーで優しくて、やるべき事とやりたい事を自分でしっかり考えながら行動する方で。


もし同じ時代に国際に通っていたら、きっと友達同士だったと思います。

こんなに素晴らしい方が亡くなってしまったことを、とても辛く感じています。


■転覆事故当事者の方


SNS上で、事故直後の状況の聞き取りを行い、伝えてくれているアカウントがあります。

海保への通報や人数確認など、本来なら大人がするべきことを、生徒たちが全て行ったそうですね。

その他に、乗船時も手を取り合いながら不安定な防波堤から船に移動した…という話なども聞きました。

必要なことを自分たちで考え、助け合いながら安全を確保する。

緊急事態の中で、こんなに的確な行動をとれる人って少ないと思います。


このようなことで現役国際生の素晴らしさを知るのは、とても複雑な気持ちです。

学校は、国際生の自律性に甘えすぎだと思います。



■周りの国際卒業生の反応

少なくとも私の周りの国際卒業生たちは、この事故に関して心を痛めている。

ご遺族のnoteや在校生の方のカクヨムを読んでいる人も多い。

何かできることがあるなら、ご遺族や在校生の子たちの力になりたいと思っている。


ネット上の勝手な憶測に対して、意見したくなることもある。


だけど、

・具体的な方法(何をして、何をしないべきか)が分からない

・卒業生がしゃしゃり出ることで、ご遺族や在校生に迷惑がかかる可能性

といった理由から、余計な事を言わないようにしている人がほとんどだ。


だけど、何か役に立てる場面があるのなら、可能な限り協力したい。


■大人になってから気付いたこと

先日、自分の学年そして仲の良い先輩・後輩の「平和を作り出す人」(毎年、沖縄研修旅行のあとに発行される文集)を読む機会があった。


在校生の時は気付かなかったけれど、何らかの思惑を感じる部分は当時から存在したようだ。

そういえば事前学習で、基地反対を唱える人の講演を聞く時間があったような…?

このような事故が起きるまでは、すっかり忘れていたけれど。


私の記憶にあるのは、ひめゆりの塔、真っ暗なガマ、戦争経験者の方の壮絶な話。

沖縄研修旅行では、「実際にあった戦争の悲惨さ」を学んだという認識だった。

多くの同年代の卒業生もそうだと思う。

基地問題に関しては、あまり深堀りした記憶も、させられた記憶もない。


だけど、当時から、確かにそういう要素は含まれていたのだ。

国際は「多様性を認める」「違う考え方も尊重する」学校だと思っていたのにね。



■先生方や学校に思うこと

SNSなどで名前が挙がっている先生方の中には、知っている先生も多くいます。

だけど、ネット民の多くが想像している人物像と、私の記憶の中にいる人柄が結びつかない先生が、何人もいます。



何が本当で何が嘘なのか?

私が受けてきた教育はいったい何だったのか?

事あるごとに耳にした「自由には責任を伴います」という言葉の意味とは?

私が大好きだった同志社国際、そして同志社とは一体?

同志社の言う「良心」とは?



もう、何が何だか分からないです。


「同志社国際に通えて本当に良かった」

「自分や自分のきょうだい/親/子も国際出身で、母校が大好きだ」

「ゆくゆくは自分の子どもにも国際を勧めたい」


かつては私の周りには、このような人がたくさんいました。

私も国際が大好きでした。

でも、今の学校には、そのような感情は抱けないです。


これから学校が情報発信と開示を進めていくと思いますが、その内容が誠実なものであることを願っています。

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