多数派の「剝奪感」が政治を動かす 背景に「黄金の例外期」の終焉
有権者は、どんな価値観や心理から政治家に一票を投じているのか。総選挙後に大規模なウェブ調査をした立教大学社会学部教授の木村忠正さんは、「まじめに頑張っても報われない」という多数派の思いがいま、政治を動かしていると分析する。投票行動を左右する有権者の心理から、日本社会の地殻変動が浮かび上がる。
「まじめに頑張る普通の人が報われない」
――今年2月の衆院選の直後に実施したという調査で、何が浮かび上がりましたか。
「衆院選の翌日・翌々日に、全国の18~69歳を対象にウェブ調査をし、2千以上の回答を得ました。注目したのは、有権者が投票先を決めるとき、何が影響しているのか、です」
「興味深かったのは、年齢や性別といった属性よりも、『その人がどんな価値観を持ち、どう情報を扱い、どう社会から影響を受けるか』という道徳心理や情報行動が、投票行動に強くかかわっていたことでした」
――具体的に、どんな心理や価値観が影響していましたか。
「何点かあるうちで最も印象深かったのが、日本社会全体を覆う『相対的剝奪(はくだつ)感』の強さでした。どの政党を支持するかを問わず、『まじめに頑張る普通の人が報われない』という不満が一様に高かったのです」
「そして注目すべきは、この剝奪感の出口、つまり不満を向ける先が、政治的な立場によって異なっている点です。右派は矛先を少数者やマスコミに向ける一方、左派は『社会の不平等』や『再分配をしない体制』への抗議というかたちをとっています」
剝奪感ゆえの不満が弱者に向かう
――右派・左派の政党選択は、「剝奪感」ゆえの不満を何に向けるかによる、と?
「ええ。その違いには『非少数派政治』(非マイノリティー・ポリティクス)という心理が最も強く関与しています。『社会的弱者や少数者は、その立場の弱さを逆手にとって権利を主張し、利益を得ている』と考える態度で、『弱者利権』といった言葉に象徴されます」
「実際は多数派に属する人々が、自分たちこそが逆差別を受けている、あるいは負担を押し付けられていると感じ、少数派への公的支援や優遇措置に反対する。この非少数派政治の指向は、参政党や日本維新の会、自民党の支持層で高く、共産党やれいわ新選組の支持層では低いという相関がみられました。弱者利権か弱者保護か、という対立軸が、政党選択における分水嶺(ぶんすいれい)の一つになっています」
――国民民主党やチームみらいの支持層はどうでしょう。
「この2党の支持層は、剝奪感による不満の出口を、実際的な解決策へと向けています。国民民主が支持を伸ばしたのは、『手取りを増やす』という具体的かつ実利的なスローガンで、この不満に直接アプローチしたからです。存在感を示しているチームみらいは、それをテクノロジーによる効率化や改革で解決すると主張しています」
――ほかにも多くの人に共通する心理はありますか。
「強く印象づけられたのが、マスコミへの批判的態度です。マスコミを『特権階級』と見なす心理が、一般的な社会通念となりつつあります。さらに一部の人々には、『偏向している』『既得権益の一部だ』とたたきつつ、同時に情報源としてはマスメディアに依存せざるをえないという実態も垣間見えます。自分の信じたいニュースを切り取りながら、それを武器に『敵』としてたたくのです」
一部の偏った意見が「社会全体の意見」に
――こうした剝奪感や不満はネット上で増幅しています。
「それは、人間の進化に根差すバイアスとアルゴリズムの罠(わな)によると考えます。私たちには、自分と同じ意見を持つ内集団の情報を信じやすく、外集団の情報を警戒する『累積的文化学習バイアス』が備わっている。SNSのアルゴリズムは、このバイアスと共鳴し、怒り・分断をあおる情報を優先的に表示するよう作られているのです」
「さらにマスメディアも、『ネットで炎上』『SNSで話題』という形で、こうした極端な意見をニュースとして拾い上げている。結果として、ごく一部の偏った意見が社会全体の意見であるかのように錯覚させる二重のバイアスがかかります」
――人々の不満に刺さる主張をすれば、選挙結果に影響を与えることもできるのでは?
「もともと多くの人にバイアスの基盤がなければ、大勢を動かすことは難しい。でもAI(人工知能)の精度が高まれば、約半数の無党派層のうち、数割程度の人たちの意思決定を変え、選挙結果に影響を与えることは可能になるかもしれません。そんなメカニズムを一人一人が理解し、のみ込まれないようにする構えが必要になると思います」
――そもそも、なぜ多くの人が「自分は報われていない」と感じ、社会の分断が広がっているのでしょうか。
「その背景には、資本主義の歴史的な転換点があると考えています。第2次世界大戦後から1980年代頃まで続いた『黄金の例外期』の終焉(しゅうえん)です」
――黄金の例外期とは?
「主要先進国で、福祉資本主義が例外的に機能していた時期のことです。戦争による富の集積のリセット、教育水準の向上、多くの人を雇用する製造業中心の高度成長という条件がそろい、日本を含む各国で分厚い中間層が形成された。この頃はアメリカでも、中位4割が全体の6割の富を持っていました」
「この中間層の経済的安定を基盤に、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌といったマスメディアが国民国家の情報空間を形成しました。メディアが民主主義の基盤となり得たのは、この黄金の例外期のおかげです」
「しかし現在、富は一部の層に極端に偏在し、先進産業国における資産をみると上位10%が7割を得ている。経済学者のトマ・ピケティは、現在の富の集中は歴史的例外ではなく、資本主義の常態だと指摘します。分厚い中間層が成立していた時代こそが例外だったのです」
「普通の日本人」は神話のような世界
――この「中流の終わり」は、先の衆院選でどんな影響をもたらしたと考えますか。
「中道改革連合が惨敗したことが、その表れです。中道がスローガンとした『生活者ファースト』という言葉は、かつては均質な普通の日本人という実体を伴っていました。暗黙の前提として一億総中流の安定した生活があった時代には、生活者という概念が意味を持っていた」
「中道支持が比較的多かった60代以上は、製造業中心の産業構造、終身雇用、安定した社会保障といったシステムの恩恵を肌身で知る人々です。しかし、90年代以降に成人した就職氷河期世代やデジタルネイティブにとっては、『普通の日本人』と言われても、リアリティーのない神話のような世界でしょう。この現実を直視せずに『昭和の夢』を語っても、響かない」
――もう時代は後戻りしない、と。
「ギリシャの経済学者、ヤニス・バルファキスが唱える『テクノ封建制』の時代に私たちは生きています。グーグルやアマゾンといった巨大プラットフォームに依存する私たちは、データという富を吸い取られる『デジタル小作人』です。私たちがアテンション(関心)、行動履歴、感情データ、社会関係といったレント(地代)を差し出すことで、プラットフォーム企業は利益を上げる。この構造の中にいる限り、生活者ファーストというスローガンは、過去の墓碑銘に過ぎません」
――そんなテクノ封建制の世界で、市民としての主体性を取り戻すことはできますか。
「生活者という概念を完全に捨てるのではなく、『生活者2.0』として、現在に適応した形で批判的に再定義することが重要だと考えています。プラットフォームに媒介された現代の日常は、消費や労働だけでなく、感情や関心、関係性をも巻き込んでいる。これを『ユーザー』『データ』としてでなく、改めて『生活者2.0』という暮らしを営む全人的なもの、市場やプラットフォームに還元されない人間の論理としてとらえ直すことが必要です」
「それにはまず、国民総中流的な均質さを前提にしたモデルを解体することです。外国人労働者、シングルマザー、高齢単身者といった人々、さらには失われた30年で蓄積された『多数派でありながら剝奪感を抱く人々』を、社会にとって欠かせない構成メンバーとして包摂し、新しい生活者像を構築する」
「頑張っているのに報われない感覚は、必ずしも客観的な困窮とは一致しません。その主観的な痛みを批判するのではなく、正当な承認と分配ルールを提示して、包摂することが求められています」
――知恵を絞れば、道はあるのでしょうか。
「これからの政治に求められるのは、集団間の対立をあおることではなく、異なる背景を持つ人々が共有できる新しい社会的ストーリーを構想することです。均質な総中流ではなく、『多様で分厚い中間層』を創り出す。富が偏在する状況を前提に、国民国家としての凝集力を維持しつつ、どうやって富を生み、分配を実現するか。根本的な問い直しが必要です」
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きむら・ただまさ 1964年生まれ。立教大学教授。専門は科学技術社会論、メディアコミュニケーション論。近著に「スマホは心を操る」「ネット世論の構造」。
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- 藤田直哉批評家・日本映画大学准教授視点
非常に明晰な内容で、同意見です。IT・AI時代への産業構造の転換で、工業時代のような一億総中流に戻ることは難しく、格差は拡大し続け、封建性に近づいて行っているというのが、歴史の大きな流れに見えます。その変化の中で相対的剥奪感が増していき、マジョリティたちすら不満と被害者意識を抱いている。それが文化戦争などの分断を生んでいるので、民主主義的な対話などが必要になってくるのだと思います。 しかし、問題は、「どうやって」です。アイデンティティ集団などに閉じ込められ分断されている人々が、それを行うインセンティヴをどう持てるでしょうか。それを行うための「市民」「国民」などのアイデンティティを共有すべきなのでしょうか。その対話の基盤となる価値観自体への考え方に齟齬がある場合、どうすればいいのか、難題だらけです。
2026年6月24日 08:41 - 梶原阿貴脚本家視点
ここ最近なんだかモヤモヤしていたことが、言語化されて分かりやすく説明されていたので大変興味深く拝読しました。アメリカでトランプがなぜ支持されるかを考えた時に、この「剝奪感」というものがテーマになると思ってはいたのですが、日本固有の歴史に当てはめて考えると、更に考察しやすいと思いました。『異なる背景を持つ人々が共有できる新しい社会的ストーリーを構想することです』と結ばれていましたが、まさにそうだと思います。ストーリーの構想は実社会でも役に立つのかもしれないと、自分の仕事に引き付けて、ついつい力が入ってしまいました。もっと勉強します。
2026年6月24日 11:05