「頭の良くない人に役に立つことをゆっくり時間をかけて教える」のは社会の向上につながり公的教育のリソースを割く価値があるけど、「頭の悪い人に役に立たないことを長時間束縛しながら教える」のは動物実験の虐待と同じで何の意味も無いし、反社や穀潰しを増やして世の中を悪くするだけなんですね。
私は使い途の少ない言語専攻を作って学生を狭い世界に閉じ込めるのは有害だとすら思い始めていて、アラビア語専攻でアラビア語学ばせてもアラブ人のウソや論理の欠陥を見抜くには自然科学や西洋近代学問の方が結局役に立つし、その基礎が無い人間に外国語の知識が役立てられるとは思えないんですね。