死にきれない屍
躁鬱の疑いも晴れたのか、約一年ぶりに抗うつ剤を処方されたので服薬してみたら、びっくりするほど身体の重さが無くなって、また一歩真人間に近づいてしまった、と、思った。わたしの精神はバックグラウンドで流れ続けるプレイリストを止める気力すら無いというのに、身体だけが正常になって、いずれこの苦しみすべてが言い訳になってしまう。
精神の苦しさを計測する絶対的な指標はないから、ないのに、わたしのほうが絶対苦しいのにと思ってしまって、つまらないリストカットの自慢を笑顔で大変だね、なんて言葉を投げかけてあげるのとか、つかれた。
高校に行けばみんな楽しく通っているよ、なんて言葉を信じて、ぐちゃぐちゃになりながら受験期を乗り越えて掴み取った合格なのに、その先に救いはなかった。わたしが救われることはなかった。毎朝また通過列車に飛び込めなかったと絶望しながら遅刻ギリギリの満員電車に乗って、息苦しさに耐え泣きそうになりながら授業を受けて、逃げ場なんてどこにもなくて、わたしのことを気にかけてくれている教師の一言でトラウマが一気にフラッシュバックして授業をブッチして申し訳なさと情けなさから電車の中で人目も憚らずひとり号泣して、こんな思いするなら不合格になって通信制にでも通っておけばよかった。
前期の中間考査の対策もなにもできていないし、塾の勉強も、通信教材の勉強もなにも進められていなくて、入学の前の勉強の貯金は減っていくばかりで、下がっていく一方の小テストの点数に焦燥感を抱いて問題集を開いたってなにも頭に入ってこなくて、こんな現実味わわずに生きたかった。


通りすがりにすみません。 この表現があっているかわかりませんし、もし上からに聞こえたら申し訳ないのですが…、 ほんとうにえらいなって、すごくがんばっていらっしゃる・がんばろうとしていらっしゃるなと、傍目でも思いましたので伝えさせてください。 とってもえらいです。 あなたの今日がほ…