~大阪城攻めの際の幸若舞に熟知していた徳川家康の言葉~
徳川家康73歳で大阪城攻めの際、将兵の疲れを心配し行軍の途中までは具足を着けさせなかった。
将兵等が大阪に近づいたところで、徳川家康は具足の着用を全軍に命じた。
この時、陣中に供していた金地院崇伝ら二人の僧と、丸坊主頭の儒学者林羅山までもが人並みに鎧を着て徳川家康の前に現れた。
これを目にして、徳川家康は幸若舞「堀河夜討」の曲の中に「我らが手に三人の法師武者がある」との一節を思い出して、「我が陣にも三人の法師武者あり」とおおいに笑った。と記録されている(徳川実記)。
幸若太夫の家系~桃井直常(太平記の武将)
「越前幸若舞」本の書籍