「私は反省なんかしておりません」高市早苗が過去に語っていた戦後世代の歴史観と、石破茂が突きつけた“意外すぎる保守論”とは
文春オンライン配信
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主なヤフコメは?
- 高市氏の発言は歴史を軽視しており、保守政治家としての資質に欠けると感じています
- 戦後世代に戦争責任を負わせるのは不適切であり、反省は過去の過ちを繰り返さないための手段であるという意見もあります
関連ワードは?
- 歴史認識
- 保守
- 外交
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80年前には生まれてもいないので反省も陳謝もない そこらへんの一般人なら当然これで良いのだが、国と国の外交だと80年前でも言い訳できないことはよくあるから、 念入りに準備して努力すべき。 その程度の外交常識が無いのならば、そもそも議員の仕事に合わない可能性もありますね
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保守とは日本の古来より伝わる伝統・価値観をまずは無心に受け止め、その中から良きものをくみ取るものである。ゆえに例え自分の世代が直接関わっていない事柄であっても、先祖が関わり、行った事実を無かったことにすることは決して許されるものではない。 従って「私自身は当事者とは言えない世代ですから・・・」としゃあしゃあと発言してしまう高市氏は決して真の保守ではない。当事者ではない以上、反省するのは困難だとしても、一国の首相たるもの歴史に真に向き合わなければならないことは言うまでもない。
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「保守とはリベラルである」 石破氏のこの言葉はまさにその通りだと思います。中道右派である保守と、中道左派であるリベラルは、思想的にはほとんど違いがありません。 自身がリベラルであることを否定する右派の人々は、自称保守でしかなく、実際は右翼・極右と呼ぶべき存在なのでしょう。 「私は反省なんかしておりません」 伝統や連続性を重視すべき、自称保守が「戦後生まれの私に戦争責任なんかない」と開き直るなんてあり得るのでしょうか。彼女が「反省していない」ということは、同じ過ちをまた繰り返すということです。確かに、高市氏の発言を聞いていると、本当に繰り返しそうで怖くなります。「戦前」の始まりですね。
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高市総理は日本会議のメンバーでもあり大きく分ければ極右なのだろう。しかし皇室へのリスペクトはない。それが皇室に養子を迎え愛子さまや佳子さまと結婚させて子供をもうけてもらえばいいという結論。カタチは変わらないでしょう、と言わんばかり。だけど国の成立ちからお飾りとしての皇室を保とうとしているように見える。先日の式典での扱いと自分のやりたいことはやるというこだわりの強さが前面に現ている。森·安倍氏に心酔し戦前の日本のような富国強兵の現代版のようなものにしたいようだ。愛国心を煽り、森·安倍ラインの継承。民主主義の中の専制政治を目指しているのかも。それがスパイ防止法や国旗損壊罪への執着に現れている。狭い視野と自分の思想へのこだわり、改憲への意欲。軍隊を持ち他国への武力行使も総理の判断で出来る体制を作り、防衛のためなら先制攻撃も可能にしたい。そういう国にしたいのだろう。
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「私自身は当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもない」 過去ではあるがこの発言は引っかかるな。これは別に保守や左派といったイデオロギー云々の話では無く、先の大戦に対してどう考えているかを示している訳でもない。単に歴史を軽視していることを表しているだけのような気がする。国内の狭いコミュニティで活動するならそれでも構わないが、もし仮に今も歴史を軽視しているようであれば国会議員でしかも一国の首相ではちょっと無責任すぎる。保守政治家は明確な歴史認識を持つからこそ論戦を張ることが出来る。過去は水に流そうは保守の考えではない。
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反省とは日本を貶めるための鎖ではなく、日本を二度と壊さないための手綱なんですなあ。高市氏が言うように、戦後世代に個人的な戦争責任を背負わせるのは筋が違うぞ。生まれていない者を罪人にするのは、巣立ったばかりのツバメに昨日の嵐の責任を問うようなものだなあ だが、国家を愛する者は、都合のいい歴史だけ抱いてはいけない。国土、文化、先人の努力を継ぐなら、失敗と暴走の記憶も継ぐ必要があるんですなあ。石破氏が語る「反省と教訓」は、謝罪のための儀式ではなく、戦争を止められなかった政治と制度を検証する保守の仕事だぞ。国を守るとは、威勢よく叫ぶことではない 軍、政治、世論、メディアがまた同じ崖へ走らないよう、記憶に杭を打つことなんだなあ。反省不要論は勇ましく見えるが、失敗の設計図を読まない建築士みたいで危ないぞ。愛国とは、日本を無謬の偶像にすることではなく、傷も過ちも含めて、この国を長く生かす技術なんです
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保守とは歴史をふまえて優れて常識的に物事を判断でき抑制的で寛容な態度や考え方と言える。 高市さんはどうか? お世辞にも保守とは言い難い。 ファッション保守と言って良い。 数年後に時代がリベラル的な考え方に傾けば『私の長年培って来た考え方です』と平気でのたまうと思う。
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ボルテールの言葉と紹介されている「君の意見には反対だが、それを言う権利は死んでも守る」は民主主義の要諦のひとつで政治家の持つべき矜持と言われているが、個人的にこの言葉を知ったきっかけは宮澤喜一元首相の発言をメディアで知ってからだった。 その宮澤さんも元を辿れば、旧自由党の吉田茂氏に行きつく。 吉田・池田勇人が自民党保守本流の源流で経済第一のリベラルと言われたが、今の若手自民党代議士は自分の党の歴史も知らない人たちが多いんじゃないか。 安部晋三元首相は岸信介ラインの旧民主党系列で自民党ではタカ派右側の傍流だった。 安部首相が自民本流と勘違いしている人も多いが、結局は選挙の数の力。 石破さんの保守の考え方は正当でそのとおりだと思うけど、今の自民党では期待できないな。
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過去の戦争への「謝罪の否定」が、国際社会の目には「過去の行為の肯定」と地続きに映ってしまう。周辺国が警戒するのはそうした態度が転じて「過去の戦争や植民地支配そのものを正当化しているのではないか」という点だ。こういった発言をする人物が外交で「自由で開かれたインド太平洋」などと謳っても手放しで賛同する国はないのでは?自衛隊の日韓合同演習などについても韓国の国民の間には自衛隊が朝鮮半島近海で活動することに対して強い「拒絶反応」や「警戒感」を持つ層が一定数存在するため未だ韓国では実施されていない。
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保守とは、伝統的な価値観、習慣、社会秩序を重んじ、急激な変化や革命よりも、歴史的な経験やこれまでの仕組みを守りながら安定した社会を目指す立場を指す。日本の場合、戦後80年が経過しているが、伝統的な価値観や秩序とは主に明治維新から終戦までの77年間に形成されたものを指す。更に昭和初期から終戦までの価値観を限定して右翼。主に終戦後から極左テロの終焉までに形成された価値観を左翼が引きずっている。リベラルは進歩的保守、進歩的左派が分離してバブル以降の30年に形成された人権や環境、グローバル化に応じた合理的価値観。
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