【ビットトレント】 一人暮らしの女性に全く身に覚えのない『発信者情報開示に係る意見照会書』が届いた話 #はじめてのnote
この記事が役立つ人
「BitTorrent(ビットトレント)」など一切知らないのに、ある日突然、法律事務所から『発信者情報開示に係る意見照会書』が届いた方
報道やSNS等で「トレント問題」に関心を持ち、実際の惨状について知りたい方
はじめに
これは、2025年の夏に、私の知人(以下「しげ美さん」)に実際に起きた出来事の記録です。プライバシー保護のため一部は加工していますが、経緯と本質は事実に基づいています。本人の同意を得て公開しています。
本記事に登場する人物・団体はすべて仮名です。また、法的・技術的な説明には正確を期していますが、誤りがあればご指摘いただけると幸いです。
なお、本記事は著作権の保護や権利行使そのものを否定するものではありません。全く身に覚えがない人が「トレント問題」に巻き込まれてしまった場合、根拠のない恐怖や焦りから誤った判断をしないよう、事実と情報を冷静に受け取るための一助となることを目的としています。
高額な示談金が請求されています
2026年6月現在、ここで紹介するケースAとケースB以外にも、しげ美さんが契約していたインターネット回線からビットトレントによるアダルト動画の著作権侵害が行われたとする主張が多数あり、現時点で開示済みの件数は10件近くにのぼります。恐ろしいことに、ケースAとケースB以外は、プロバイダが意見照会の手続きを省略し、しげ美さんへの事前の確認なしに、裁判所から即座に開示命令が下されています。そして、開示請求で得た個人情報をもとに、後述する『X法律事務所』からしげ美さんの自宅宛に、非常に高額な示談金の請求書が届いています。
請求書には、「民事上の損害賠償責任に加えて、刑事責任が問われる場合もある」という記述さえありました。しかしながら、もしも示談が成立しなければ民事訴訟及び刑事告訴も辞さないという、深刻で重要な内容であるのにも関わらず、これまで受け取った請求書は、すべて普通郵便で送りつけられています。クレジットカード会社から送られてくる、「医療保険のご紹介」などの、ごく一般的なダイレクトメールと変わりがありません。こうしたことからも、全く身に覚えがない場合には、恐怖に駆られて示談に応じることなく、冷静に対処することが重要です。
「しげ美さん」について
一人暮らしの女性
所有しているデバイスはiPhoneとiPadのみ
インターネットの利用は、旅行について調べる程度
ケースA:最初の意見照会書
届いた書類
2025年7月下旬、しげ美さんのもとに、特定記録郵便で書類一式が届きました。差出人は「A法律事務所(プロバイダ側の手続きを担当する窓口)」です。
同封されていたのは、以下の4点でした。
発信者情報開示に係る意見照会書
回答書(返送用)
アダルト映像コンテンツ制作会社が権利を侵害されたとする主張書面
発信者情報開示命令申立書兼消去禁止命令申立書(動画目録付き)
権利者側の主張
書類の内容を要約すると、次のようなものになります。
あなたが契約しているインターネット回線で、BitTorrent(ビットトレント)を通じてアダルト動画が不特定多数に送信された証拠がある。インターネット回線の契約者であるしげ美さんに対して、著作権侵害行為による損害賠償請求を行いたいので、個人情報の開示を求める。
動画目録には、アダルト動画のタイトル(1件)と、百件近くにも及ぶIPアドレスの記録が記載されていました。その中のひとつが、しげ美さんが契約したインターネット回線であり、その回線からアダルト動画が違法にアップロードされたとの主張でした。なお、その違法なアップロードが行われたのは、さらに遡ること2024年夏だそうです。
なお、制作会社A1の代理人弁護士は「X法律事務所」というところでした。
4番目の書類が意味すること
4番目の書類『発信者情報開示命令申立書兼消去禁止命令申立書』が同封されている場合、権利者側はすでに裁判所へ申し立てを行っており、手続きが進行中であることを意味します。つまり最初の段階から、しげ美さんは「開示に向けた手続きのトロッコ」に乗せられていたのです。
しげ美さんの対応
しげ美さんは、これまでの人生のなかで「ファイル共有ソフト(ビットトレントのアプリケーション)」をインストールして利用したことも、アダルト動画に触れたこともありません。全く身に覚えのないことです。そこで回答書に、以下の内容を簡潔に記して返送しました。
「発信者情報の開示には同意しません」 と明記
開示に同意しない理由として、「全く身に覚えがない」、「日常のインターネット利用は限られている」、「第三者によるWi-Fiへの無断接続の可能性がある」という趣旨を100文字程度にまとめた
開示されるとどうなるか
裁判所の開示決定が確定すると、プロバイダ側から『開示が発令された旨の通知書』が届きます。その後、契約時に記載した氏名・住所・電話番号・メールアドレスなどが、権利者側に提供されます。
続いて権利者側(通常は代理人の法律事務所)から、その住所宛に「本書面到着後2週間以内にお手続きいただきたい」という趣旨の手紙が送られてくることになります。
ケースB:数日後、2通目の意見照会書
届いた書類
ケースAの数日後、今度は「B法律事務所」からレターパックで、ほぼ同じ体裁の意見照会書が届きました。こちらもプロバイダ側の手続き窓口となる法律事務所です。
内容は同様で、「2024年夏、しげ美さんのインターネット回線から著作権侵害が行われた」という主張でした。代理人弁護士はやはり「X法律事務所」でした。
しげ美さんの対応
前回と同様に、「発信者情報の開示に同意しない」と明記し、理由を簡潔に添えて速やかに返送しました。
結果:開示命令が発令される
ケースBの時系列
ケースBから先に『開示命令が発令された旨の通知書』が届きました。経緯をまとめると以下のようになります。
・2024年7月下旬:権利者側が、しげ美さんの回線からBitTorrent(ビットトレント)による著作権侵害が行われたことを「特定」したと主張する
・2025年5月初旬(約10ヶ月後):権利者側が裁判所へ「発信者情報開示命令」を申し立てる
・2025年7月下旬(約1年後):しげ美さんのもとに意見照会書が届く。「開示に同意しない」と回答する
・2026年4月初旬(約1年9ヶ月後):裁判所が、プロバイダに対して個人情報の開示を命令する
・2026年5月下旬(約2年後):しげ美さんのもとに『開示命令が発令された旨の通知書』が届く
権利者側が著作権侵害行為を特定したと主張する時点から、しげ美さんのもとに『開示命令が発令された旨の通知書』が届くまでに、およそ2年間を要しました。
法廷でも懸念が示されている
最近の発信者情報開示事件に係る裁判例(大阪地方裁判所・令和8年6月4日判決〔令和7年(ワ)第11139号〕)においては、プロバイダ側(原告)が裁判所に対して以下のように主張しています。
「本件のようなアダルトビデオに関する事案においては、発信者情報が開示された契約者が、民事訴訟や刑事告訴の可能性を仄めかされ、真実は発信者に当たらない、損害賠償額が相当ではないなどの反論があり得るにもかかわらず、家族に知られるなど面倒事に巻き込まれたくないとの心理が働き、拙速な示談に応じるおそれがあるから、正当な理由の要件について、慎重に検討すべきである。」
開示請求を受けた側のプロバイダ自身が、「真実は発信者でない人もいる」、「損害賠償額が相当ではない」という可能性があることを、裁判所で述べているのは注目に値します。つまり、この指摘が意味するのは、権利者側から「訴訟」や「刑事告訴」といった言葉で迫られた際、全く身に覚えがない人であっても、「大ごとにしたくない」「周囲に知られたくない」という強い心理的プレッシャーから、示談金の支払いに応じてしまうおそれがあるという事実を、法廷の場でも確認できるということです。
また、本件の結論としては発信者情報の開示が命じられているものの、判決末尾に裁判所が自ら付け加えた異例の「付言」が極めて重要です。裁判所は以下のように述べています。
「なお、被告代理人が、今後も、発信者情報開示に係る手続において、本件審問手続及び本件訴訟と同様の手続追行を繰り返したときには、手続上の信義則違反の有無について、本件とは異なる結論に至る可能性があることを付言する。」
付言はあくまで傍論であり、法的拘束力を持ちません。しかしながら、裁判所がわざわざ代理人の将来の行動に言及するという異例の措置は、ビットトレント関連案件における一連の手続追行に対する、裁判所として一定の懸念を示したものと考えられます。
この記事を読んでいる方へ
全く身に覚えがない状況で、同じような書類が届いて不安を感じている方へ、しげ美さんのケースを通じて言えることをお伝えします。
意見照会書が届いた段階では
結果がどうであろうと、「開示に同意しない」と明記し、身に覚えがない理由を簡潔に添えて返送することが重要です。理由の記載は100文字程度の簡潔なものでも構いません。
示談金請求書が届いた段階では
全く身に覚えがないのであれば、示談金を支払う必要などありません。「開示請求が認められた時点で発信者であると推定される」と主張する法律事務所の存在を確認していますが、これは正確な法的理解とは言えないでしょう。民法第709条では、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と定めています。この原則に照らすと、権利者側はいったいどこの誰がそのインターネット回線から著作権侵害行為を行ったのかを、推定ではなく、高度の蓋然性をもって認めるに足りる証拠を収集した上で、その人物に「侵害の故意(自らの操作によって著作物を送信可能な状態に置くことの認識)」または「過失」があったことを立証する責任を負います。また、損害額についても、権利者側が、過去の裁判例で示された算定基準に基づき、客観的かつ合理的に立証しなければなりません。つまり、「当該回線から著作権侵害行為が行われた」というIPアドレスの記録だけでは、直ちに特定の個人への民事上の損害賠償責任を認めることはできません。全く身に覚えがないにもかかわらず、恐怖に駆られて示談金を支払うことのないようにしましょう。
ただし、権利者側が民事訴訟を提起し、裁判所から訴状(特別送達)が届いた場合は別です。これを無視すると、相手の主張が全面的に認められる欠席判決が下されるリスクがあります。裁判所から書類が届いた場合は、直ちに弁護士に相談してください。裁判の場面においても、全く身に覚えがない旨を明確に主張し、弁護士と相談のうえで適切な対応を取ることが重要です。
また、第三者によるWi-Fiの無断接続が疑われる場合は、念のためWi-Fiルーターのパスワードを変更しておくことをお勧めします。今後の不正利用を防ぐための、実務的な自衛手段です。
おわりに
しげ美さんのケースはまだ終わっていません。開示命令が確定した以上、今後は権利者側から何年にもわたり示談金の請求書が届くことになるでしょう。しかし彼女は、ビットトレントを使ったことも、アダルト動画を送信したこともありません。「ふつうの暮らしを送る、ごくふつうの一般人の女性」なのです。
同じような状況に置かれ、途方に暮れているあなたへ。この記事が、冷静に状況を見極めるための、小さな手がかりになれば幸いです。
参考資料
大阪地方裁判所・令和8年6月4日判決(令和7年(ワ)第11139号)https://www.courts.go.jp/hanrei/96092/detail7/index.html
総務省「ファイル共有ソフトの不適切な利用による著作権侵害に関する注意喚起」(令和7年11月7日)https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu02_02000460.html
山本敬三(監修)・中原太郎・根本尚徳・山本周平『ストゥディア民法シリーズ 民法6 事務管理・不当利得・不法行為』(有斐閣,2022年)https://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641150928


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