一般社団法人を使った「家族信託」が、家族の資産を抜き取るまで
——ある家で実際に起きたことの記録
実話をもとに、人名・地名・社名・金額・続柄の一部を変えてある。制度の説明は一般論として書く。
一.経営者の死
ある旧家が、西日本で代々、不動産の賃貸業を営んでいた。事業を回していたのは、一人の男だった。判断は速く、的確で、銀行折衝も物件管理も、すべて彼の頭の中にあった。その男が、まだ働き盛りのうちに亡くなった。
彼には二人の息子がいたが、当時はまだ若く、事業の細部を引き継げる年齢ではなかった。
資産の半分を持っていたのは、さらに上の世代——高齢の祖父だった。祖父は、亡き息子の代わりに、もう一度自ら采配を振ろうとした。だが、年には勝てなかった。判断は鈍り、物忘れが増え、認知機能の衰えが少しずつ始まっていた。家には、事業を担える者も、自分の財産を自分で守りきれる者も、いなくなっていた。
【解説】なぜ「一人で回る会社」は危ういか 有能な経営者が一人で全権を握る同族会社は、その人がいる間は強い。だが、判断も人脈も仕組み化されていないため、当人が急にいなくなると、運営のノウハウごと空白になる。後継者が育っていなければ、その空白に第三者が入り込む余地が生まれる。
二.「専門家」が入る
その空白に、一族の親族で、国家資格を持つ専門職の男が入ってきた。「このままでは相続でもめる。自分が整理しておく」。判断力の衰えはじめた高齢の祖父に、専門家の提案を疑うだけの力は、もう残っていなかった。
組まれたのは、家族信託だった。受託者には、新しく作った一般社団法人を据えた。その法人の代表理事に、件の専門家が座った。祖父の不動産と、グループ会社の議決権が、その法人へ移された。そして、この信託契約は、公証役場で「公正証書」として作成された。公証人が関与した、形のうえでは申し分のない手続きだった。
【解説】一般社団法人を受託者にする意味
一般社団法人には「持分(出資の持分)」が存在しない。つまり、その法人が持つ財産は誰か個人の所有物ではなく、相続の対象にもならない、代わりに信託受益権という形で相続承継される。
これを使うと、資産自体は「誰の遺産でもない箱」に移し、相続や遺留分の対象から外すことができる、が 一方、法人の理事は報酬を受け取れる。財産から生まれる果実(賃料など)は、理事報酬という形で、法人を支配する者の手元へ、合法的に流れていく。むしろそれが本当の狙いであることが多い。設計しだいで、特定の人物が長期にわたって資産の果実を取り続ける構造になりうる。
何故なら、受益者が、受託者を株式会社のようにコントロールガバナンス機構は基本備わっていないためである。
【解説】公正証書が「決定的」になる理由
公正証書は、公証人が関与して作る文書だ。署名の時点で本人に意思能力があるかも、建前としては公証人が確認する。だが、認知機能が揺らぎはじめた高齢者でも、その瞬間だけ受け答えができれば、「この時は問題なかった」という外形は成立してしまう。本当に判断能力があったのかは別として、「たまたまその時はあったように見えた」という記録だけが残る。 そして、ここが肝心なのだが——その記録が持つ法律上の重みは、極めて大きい。公正証書になっていると、後から「あの契約は無効だ」と覆すのは格段に難しくなる。強い証拠力が、覆そうとする側に重い立証の負担を負わせるからだ。判断力の衰えた当事者を、あえて公正証書という"鎧"で固めること——それ自体が、設計した側の狙いだった可能性すらある。
三.知らされなかった相続人たち
本来この家を継ぐべき二人の息子には、この信託のことが知らされていなかった。仕組みが完成したあとになって、彼らはようやく、自分たちの相続が静かに空洞化されつつあることに気づく。
長男は、その法人の謄本(登記事項証明書)を取り寄せた。役員欄に並ぶ親族の名。目的欄の「家族の福祉」という綺麗な文言と、実際に進んでいる専横との落差。それを確かめてから、彼は動き始めた。
【解説】なぜ「気づきにくく」「立件しにくい」か
信託財産の出入りは家族内の私的契約であり、第三者の監査や開示義務が乏しい。家族が異変に気づくのは「残高が減ってから」になりがちだ。 また、「相場より高い報酬」「広い裁量」が契約書に書いてあるだけでは、外形的にはグレーに見え、刑事事件として立件するのは難しい。さらに、それを確認すること自体も難しい。"合法の皮"をかぶりやすい点が、この手口のたちの悪いところだ。
四.正面から壊さない
長男が選んだのは、信託の無効を裁判で争うことではなかった。攻める材料がなかったわけではない。契約当時、祖父の判断能力には、すでに疑いがあった。だが——信託は、公正証書で作られていた。先に触れたとおり、その一枚が「あの時、本人にはちゃんと意思能力があった」という見かけを固め、後からそれを覆そうとする側の足を、重く縛る。加えて、この種の裁判は結論が読みにくく、長くかかり、家族関係を完全に焼き払う。勝てる保証もない。
代わりに彼が組んだのは、「出口を作って、中身だけ取り戻す」やり方だった。弟と二人で、自分たちの遺留分を正式に放棄する。そのかわり、信託に入っていた中核の不動産を、自分たちが株主である会社へ、市場価格を大きく下回る値段で譲り受ける。祖母が持っていた会社の株も、自分たちへ移す。これらすべてが、家庭裁判所の許可とセットで成立することを条件にした。
【解説】遺留分の生前放棄と「代償」
遺留分(法定相続人に保障された最低限の取り分)は、被相続人が生きているうちでも放棄できる。ただしその場合は、家庭裁判所の許可が必要になる(民法1049条)。 裁判所は、放棄が本人の自由な意思によるか、合理性があるか、そして「見合いの代償」があるかを見る。ここで、市場価格より安く不動産を譲り受けたことが、その代償として機能する。安く買えた差額が、遺留分を手放す対価になる、という建て付けだ。
五.急所を突く
交渉のテーブルにつかせる手立ても用意した。仕掛けた相手は、国家資格で食べている専門家だった。資格こそ、その職業の生命線だ。長男は難関資格の重さを知っていた。
「この設計は、あなたの資格に課された規律に触れるのではないか」。
その指摘が、傾いていた交渉を一気に対等へ戻した。
【解説】国家資格が「弱点」になる理由
士業の国家資格には、その職業の信用を傷つける行為の禁止(信用失墜行為)や、依頼者の不正に手を貸さないことといった規律がある。違反すれば懲戒の対象になりうる。 スキームを設計した本人が、同じ器の代表者に座って報酬を取っていれば、構造としては利益相反に見える。たとえ最終的に処分まで至らなくても、懲戒請求や調査が起こりうること自体が、資格で食べている人間には重い圧力になる。
専門家には、それ相応の職業的良心さが求められている。それが社会制度の安定化のための「インフラストラクチャー」であるはずだからだ。
知識の非対称性を自身の利益につなげるのは言語道断である。まず、それをしたければバッジを置くべきである。
六.賭けの結末
契約は、家庭裁判所の許可が揃うことを停止条件にしていた。許可が下りなければ、すべて白紙に戻る取り決めだ。許可を得られるかは確実でなく、資産保有者が存命で、相手が交渉に応じているうちに通す必要があった。タイミングが一つでもずれれば、全体が崩れる一括の賭けだった。
それが、揃った。建物も株も、息子たちの側へ戻った。箱の中身は抜け、相手の手には取り返す手立てが残らなかった。関係は、そこで終わった。終わらせるべきだったのである。
【解説】「停止条件」という安全装置
この取引は、必要な事柄(裁判所の許可など)がすべて揃ってはじめて成立する「停止条件付き」で組まれていた。一つでも欠ければ、契約全体が白紙に戻る。ばらばらに進めれば、片方だけ先に取られて残りは反故、という事態が起こりうる。すべてを一つの束にして「全部揃うか、全部なしか」にすることが、先方が仕掛けた相手につまみ食いを許さないための仕掛けだった。
七.知識の使い道
数年が過ぎた。もう昔ばなしである。
この一件を経た長男は、自分の家で起きたことを、匿名の警告として書き残した。一般社団法人を使った家族信託が、いかに静かに、長く、気づかれにくく、取り返しにくい形で、一つの家庭の資産を空洞化させうるか。
同じ専門知識が、一方では自身の利益のために身内を囲い込むために使われ、もう一方では見知らぬ家族を守るために使われた。
道具は同じで、向きだけが逆だった。
専門知識とは、正しい人間が正しい目的で使わなければ毒にもなるのである。
さて家族信託を始めてみませんか?地獄への道は、善意によって舗装されているのですから。
ただこの話のような、奇跡のようなことはそうそう起こるものではありません。
【解説】読者への持ち帰り
・家族信託そのものは、正しく使えば有用な制度だ。
問題は
「誰が受託者になり」
「誰が報酬を決め」
「相続人に開示されているか」にある。
・受託者は信頼できる金融機関などに置くか、少なくとも第三者の監督(信託監督人など)を入れる。
・一般社団法人が受託者・役員に絡む設計では、報酬の妥当性と、相続人への説明の有無を必ず確認する。
・「専門家が作ったから安全」とは限らない。設計した本人が、利益を受ける立場を兼ねていないかを見る。
・不審を感じたら、まず法人の謄本を取る。役員と目的を見れば、構造の輪郭は見えてくる。


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