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Moat(モート): スタートアップの競争戦略概論


moat /moʊt/ [名] 
(都市・城壁の周囲に掘られた)堀


Moat(モート)とはウォーレンバフェットと盟友のチャーリーマンガーが様々なインタビューで繰り返し繰り返し述べている事業において最も大切な概念です。
僕が投資家として、最も時間と思考を費やしている対象もMoat(モート)です。
バフェット/マンガーにはMoatについてのいくつもの引用がありますが下記の質疑応答の一部がわかりやすいです。

The most important thing, what we're trying to do is to find a business with a wide and long lasting moat surrounded and with protecting a terrific economic castle with an honest Lord in charge of the castle and in essence that's what business is all about. 
(投資や事業において)最も大切なこと、私たちが常に探し続けているものは、"広く、長い期間続く堀(Moat)"と、それが守る"素晴らしい事業という城"、そしてその城を司る"誠実な城主"です。本質的に、それがビジネスの全てです。
(1995年のバークシャーハサウェイ株主総会)

Moat(モート)とは何か

Moat(モート)とは事業という城が外敵(競合)から攻められたときに、事業を守り続けてくれる"堀"、つまり競合優位性や企業の強みのことです。長く続く事業を作ろうとする際には、このMoatがあることが必須になります。
Moat = 競合優位性と書くと「競合が少ないから大丈夫」と思う人がいるかもしれません。しかしMoatは狭義の競合に対するものだけではなく、全ての代替される選択肢(e.g., ソフトウェアに対する紙、エクセル)に対する"ユーザーが選び続ける理由"のことを指すと思っています。

バフェットはMoatがある企業の一種を、フランチャイズという言葉を使い下記のように表現します。

A franchise is a business that sells a product or service that is needed or desired, that has no close substitute, and whose profits are not regulated.
フランチャイズとは、社会から強く求められ、取って代わるものがなく、規制がない製品やサービスを提供する企業

B2Cの商品であれば、代替品どころか"買わない"(e.g., コーラを飲むのを我慢する)という選択をしてしまうことから守ってくれるのがMoatです。

Moat(モート)がある/ないとどうなるか

Moatがある事業は端的に言うと利益が極めて大きくなり*、それが継続します。Moatがある最初のグループは高い利益率に表されるGoogleや製薬企業に代表される企業群です。Moatがあれば、売上の減少やマーケットシェアの減少を気にすることなく価格設定することができます。
また、もう一方のMoatがある企業のグループは高い販売力があるWalmartのような企業です。
(* Michael MauboussinはMoatの強さをCFROIで表し、その分解である利益率をCFROI marginで、販売力を総資産回転数で表しています。長いですがおすすめです。図だけ載せます)

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なぜ、利益率と販売力に現れるのでしょうか。利益率については、バフェット/マンガーも言っていることですが、Moatがある企業は価格をコントロールすることができます。価格を上げてもカスタマーが逃げない。他の選択肢を選ばない。バフェット/マンガーのポートフォリオであるコカコーラ、See's Candiesなどはその代表です。販売力という意味だと、どの企業よりもコストを下げることができるMoatがある事、多くの顧客にアクセスできる事が大きな理由です。規模の経済等はこの例になります。

Moat(モート)を築くことこそが企業活動

Moatを築くことは簡単ではありません。全ての企業が全勢力を使い毎日頭を悩ませる課題も、ベストプラクティスとして崇められる理由も、多くのコンサルティング企業などがアドバイスしている内容も、どのようにMoatを築き続けるかです。チャーリーマンガーの言葉にこういうものがあります。

The only duty of corporate executive is to widen the moat. We must make it wider. Every day is to widen the moat.
経営陣の唯一の義務は、Moatを広げることです。Moatをとにかく広げないといけません。毎日の活動は、Moatを広げることなのです。
(2008 Wesco Annual meeting)

そしてバフェット曰く、その企業活動の結果、Moatは"毎日広くなったり、狭くなったり"していきます。

Moat(モート)のスタートアップにとっての重要さ

僕は"スタートアップこそMoatが重要である"と考えて、投資先のみなさんにはその事業/プロダクトにとってのMoatは何か、Moatをどのように築いていくか、いつも聞き、一緒に考えています。いかに投資先でMoatを築くか、Moatを築きうる企業はどこか探す、これが一言でいう僕の本業です。

公開企業でも大切なMoatが、なぜスタートアップにとってより一層重要だと考えているか、いくつか理由があります。

まず、巨大企業を目指す場合、スタートアップは5-10年間の長い道のり、いくつものマイルストーンを超えていかなければなりません。流行などの短期的なアービトラージ/さや取りで一瞬輝くのではなく、5-10年後に大きな強みを持った企業として存在していないといけないのです。継続しつづける強み、それこそがMoatです。PMFを超えて、大きな市場を選び、組織/チームをつくり、5-10年後に向けて、Moatをつくっていく必要があります。

なぜならば、スタートアップ企業には流動性がない(すぐに株式を売却できない)からです。2-3年後に売却できるなら、流行を2-3年先取りすること、今は安く顧客獲得できているけど2-3年後にはみんなが気づきそうなチャネルやマーケティングの戦術を持っていること、などは優位に働くかもしれません。しかし、流動性がなく、5-10年後こそが重要になるテクノロジースタートアップはそういう勝負ではありません

流動性に加えて、ピーターティールが言うようにテクノロジー企業の企業価値の大部分は、短期的なキャッシュフローではなく、長期的なキャッシュフローがもたらします。そのため、テクノロジー企業の短期的な利益に対する企業価値は、伝統的企業とは比べ物にならないくらい大きくなるのです。長期的なキャッシュフローを生み出すためには短期的なアービトラージではなく、Moatこそが大切になります

長期的なキャッシュフローに加えて、テクノロジー分野における競争の熾烈さがMoatの重要性をさらに高めます。とくに昨今のテクノロジースタートアップは初期投資がかからず起業が行いやすいと言えます。自動車産業や金融機関とは事業のはじめやすさが違います。その結果、企業数が多くなる傾向にあります。
競争の熾烈さは、企業数だけが要因ではありません。テクノロジーのスケール性によって、様々な地域、様々な領域の人が競合になるのです。スタートアップ同様、比較的起業しやすいと言えるレストランを例にしましょう。もし池袋でラーメン屋をやったとしたら、渋谷のラーメン屋は競合にならないかもしれませんし、池袋のカレー屋も競合にならないかもしれません(レストランはピーターティールも独占ができない業界の例として用います)。
ところが、テクノロジースタートアップにとっては、顔も見たことがないアメリカや中国のスタートアップが競合となり、何十万人もの従業員を抱えるテックコングロマリットが突如競合になるのです。

そして、この競争の熾烈さに加えて、技術の陳腐化が進むことが早いこともMoatがスタートアップにとって重要な理由の一つです。常に破壊とイノベーションが生まれるテクノロジー領域。トップが常に入れ替わり続けています。IBMはマイクロソフトに駆逐され、ネットスケープは消え、Googleが現れ、Facebookにユーザー接触を取られ、Appleは一度消えて再度復活。このような栄枯盛衰の早さは、伝統的な産業には見られません栄枯盛衰の波に飲まれないためにも長期的に永続するMoatが大切なのです。

そして極めつけは、スタートアップの成功率の低さと成功企業による総取り。パワーローと呼ばれる法則の通り、半分はほぼつぶれ、たった6%の企業が全ての企業の企業価値の合計の60%を持っていきます。少しの企業しか成功しないが、成功したときには限りなく大きな成果が得られるテクノロジー企業。成功するためにMoatが必要なことは説明するまでもないと思います。


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要約すると、流動性の低さから来る成功への道のりの長さ、長期的なキャッシュフローがもたらす企業価値の比重の大きさ、競争の熾烈さ、技術の陳腐化の早さ、スタートアップの成功率の低さと成功企業による総取りの大きさ、それらが"スタートアップこそMoatが重要"とたらしめる理由です

Moat(モート)を築く道のり

この記事では僕が考えるMoatの種類についてその概要を記載しますが、これを読めばMoatがつくほど簡単なものでは絶対にありません。
このリストは何千ページもある専門書の目次と同じです。項目を知っていても効果はありません。

業界によって意味のあるMoatも異なり、同じ業界でも企業によって得意とするMoatも変わるでしょうし、競争環境やタイミングによって築くべきMoatは変わっていきます。いくつもあるMoatの中から、業界/企業/競争環境/タイミングによって、組み合わせ、個別解を考えていく必要があります。
同じような工程でも寿司屋の質が明らかに違うように、同じリストを持っていても最適なMoatの組み合わせを見つけ出し、それを築けるかどうかは、経営陣/取締役/主要株主の腕次第です。

そして、Moatの前に守るべき城があること、まずはそれを達成しましょう。しつこくなりますが、まずはPMF。これがMoatを考えつづける旅路の最初の扉です。

ここまでで記事の大体1/3くらいとなります。休憩したり、日を分けたりして読んでいただけたらうれしいです。

それではここからがMoatを築くための"目次"です。

1. ブランド

まずは、わかりやすい項目からスタートします。Moatがあると価格を競合より高くできる、ないしはコストを原理的に抑えることができる、と冒頭で述べました。特にMoatの一つであるブランドには価格側に顕著に現れます
ブランド力がある企業を表すInterbrand Best Brand Ranking 1位のAppleはまさにその好例です。ブランドがあるが故に、価格を上げ続けてもユーザーが離れていきません。下のグラフはiPhoneの各モデルのヨーロッパでの価格の推移です。

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次に、先のブランドランキング10位のディズニーのブランド力として、東京ディズニーランドの価格(1dayパスポート)の価格の推移です。

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おそらくiPhoneユーザーの中にもまだ使えるのに習慣のように毎回買い続けている人は多いでしょうし、ディズニーランドに「去年より高くなったから二度と行きたくない」と思う人は多くないでしょう。
ここまで極端に値段を上げ続けられるブランド力がある企業や製品は多くはないですが、これがブランドによるMoatの強さです。

さて、スタートアップがブランドを武器にするべきかどうか、これは議論の余地が当然ありますが、Moatの要素の中では"築く"のが最も難しく、"攻める"のも最も難しいのがブランドだと思います。ブランド力がある企業を見ていても、ほとんどが長い時間をかけて作り上げたものです。一度築いたらそう簡単には崩れないMoatですので、逆に新興企業にはとても難しいと思っています。

2. ネットワーク効果

結論から言うと、テクノロジースタートアップ(特にB2C)が巨大企業になるために鍵になる項目がネットワーク効果です。
(あと個人的に一番好きです。誰かとずっと議論し続けたいです。ネットワーク効果好きな人連絡ください。)

ネットワーク効果こそが大きなテクノロジー企業を作ってきました。Facebook, Uber, Alibaba, WeChatのTencent。日本でもLINEとメルカリ。アメリカではテクノロジー企業の時価総額の70%がネットワーク効果を持つ企業のによるものであるという調査があります。

ネットワーク効果は時に曖昧な意味で語られ、ユーザーが増えることによるメリットと考える人もいるかもしれません。ただ多くの場合誤解されている例を散見します。
ネットワーク効果がある、という定義は以下のとおりです。

ネットワーク効果がある = 
新しいユーザーが一人増える度に、"既存"ユーザーにとってサービスの価値が上がる

ですので、規模の経済でコストが落ちる、ユーザーが多い方がブランド力が上がり売りやすくなる、ユーザーが多い方が広告が売れる、などはネットワーク効果ではありません
また、口コミもマーケティングの一種であってネットワーク効果ではありません。口コミが広がっても既存ユーザーにサービスの価値が上がらないものは多いです。口コミで流行するレストラン、口コミで広がるブランド、むしろユーザーが広がることで"価値"が落ちるものも中にはあります。

古くは電話が"ネットワーク効果"という言葉が使われた例です。電話機が増えれば増えるほど、電話がかけられる相手が増えて便利になりました。
FAXもemailも、まさにインターネットこそネットワーク効果によって成長してきました。LINEやFacebookなどは記憶に新しいのではないでしょうか。
UGC(ユーザー投稿型)のようにユーザーが増えれば増えるほどコンテンツが面白くなるYoutubeやSNSに対して、その効果が弱いテレビ番組やメディア。
買う人/売る人が増えれば増えるほど、商品数が増えて、買い物が安く便利になるマーケットプレイスに対して、その効果が弱いeコマース。同じ価値を提供しているサービスでもネットワーク効果が強いもの、弱いものがあります。

ネットワーク効果は複雑な概念です。a. ある/ないではなく、サービスごとに強い―弱いの度合いで表すものです。b. 同じようなサービス(e.g., SNS)でもプロダクトの違いで強さに違いがあります。c. またユーザーが多くなれば線形にサービスの価値が上がる訳でもありません。
以上のような内容はとにかく長くなりそうなので、別の記事にして近日中に書くことにします。

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ただ、最後に再度書きますが、ネットワーク効果がある状態とは新しいユーザーが一人増える度に、既存ユーザーにとってサービスの価値が上がる状態、です。
そして、インターネット等の技術によって、テクノロジースタートアップが一番強みにしうるのもネットワーク効果なのです。

ネットワーク効果が強い例: 
- SNS、メッセンジャー
- ユーザー投稿型のコンテンツ (YouTube、ブログ、Twitter)
- マーケットプレイス
- コミュニケーションが発生するSaaS (Slack)
- 送金
- シェアリングエコノミー(ライドシェア、フードデリバリー )
- 大半のブロックチェーン

ネットワーク効果が弱い例: 
- プロ投稿型のコンテンツ(メディア、ニュースサイト、テレビ番組)
- Eコマース/D2C
- コミュニケーションが発生しないSaaS

3. 囲い込み/スイッチングコスト

囲い込みやスイッチングコストは特にB2B企業にとって重要になり、テクノロジー企業にとって有効性の高いMoatです。スイッチングコストは実に奥が深く、人間の感情すらも絡まるため、ネットワーク効果とは異なり定量的に評価しづらい難しい項目です。(なので、この項目はこの記事を書く上で最後まで筆が進みませんでした。)

スイッチングコストが高いテクノロジー企業の代表はオラクルなど"基幹システム"を構築する企業です。様々なシステムと連携していたり、多くの関連アプリケーションを導入してしまっている結果、もう他のシステムに移行することができないものです。かつては、Windowsベースのソフトウェアを多く購入してしまっていたりする状態や、プリンターなどハードウェアがそもそもOSに対応していない状態もありました。また、消費者にわかりやすい例としては、ゲーム機があると思います。プレステのソフトが多くなってきたときに、プレステから他のコンソールには移ってしまうと全てのソフトが使えなくなるため、移行しづらくなります。(LP/CD, VHS/ベータも同様。)

システム連携や関連アプリケーション/ソフトウェアだけでなく、業務プロセスに物理的に組み込まれていたり、現場の人にトレーニングが必要で慣れきっているようなサービスもやめづらくなります。逆に"簡単ではじめやすい"サービスは"やめやすい"ものが多いのです。WeWorkは契約が簡単な反面、簡単にやめられてしまいます。

その他のスイッチングコストの源泉を以下に、Hal Varian(僕が大学院で一番勉強した経済の教科書を書いた著者でGoogleのオークションを開発した人)とCarl Shapiroのリストをベースに、いくつか項目と事例を書き足したものを載せます。(これはずっと足し続けています。まだ完成していません。いつか記事にかけるくらいまとめることができたらいいなと思います。)

契約による縛り
- 契約破棄時の賠償、違約金
ハードウェア等機器の購入 (例: Peloton、ゲーム機、ひげそり)
- 機器の買い替えコスト
- ただし使用期間が長くなることで買い替えコストは減少
製品特化のトレーニング/習熟 (例: エクセルのショートカット、航空機)
- 新しいシステムの利用のための学習コスト
- 直接的な学習コストだけでなく、システム変更時の生産性の低下
- 使用期間が長くなると学習コストは増大
蓄積されたデータ (例: Sansanやストレージサービス)
- データフォーマットを変えるコストやデータを移行するコスト
- データ量が増えるにつれスイッチングコストは増大
特殊で見つけることが難しいサプライヤー (例: Sansan、API企業)
- 新しいサプライヤーを見つけることが難しい/存在しない(すでに市場が独占状態) 
- 新しいサプライヤーを見つけることが難しい場合は、利用期間が長くなるについれスイッチングコスト増大
検索コスト (例: Uber、メルカリ、CADDiなど)
- 買い手と売り手の検索コストの総和
- 新しい買い手/売り手を探す際の検索コストや信頼コスト
ロイヤリティプログラム (例: マイレージサービス、クレジットカード)
- 既存のサービスで貯めたポイント 
既存コミュニティ (例: ソーシャルネットワーク)
- Feeling of missing out
システム連携数 (例: API関連企業)
- APIでの連携数によるコスト増加
社外のユーザーを含めた利用 (例: freeeやマネフォの会計士/税理士チャネル)
- 他社説得の必要性によるコスト増加
エコシステムで強い力をもつ顧客の利用
- パワーバランスの利用
- 取引先説得のコスト
そもそもスイッチングコストが高い顧客の選定 (例: Sansan等エンタープライズSaaS)

スイッチングコストの源泉はここに書ききれない程あります。ただこれから経済が停滞したときに、既存顧客を守るスイッチングコストは極めて重要なMoatになります。以上のMoatをうまく組み合わせたときに現れる数字が解約率(チャーン)です。そしてその成功企業の解約率は以下のようになります。

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4. 第一想起 (top of mind)

ブランドと少し似ていますが、概念が少し異なる重要な項目が第一想起です。
多くの方がAmazonで買い物をすると思いますが、前回Amazonで買い物したときに、他のウェブサイトと価格を比較しましたか?

ほとんどの方がAmazonと他サイトを比較せずに購入していると思います。Amazonは決して一番安いわけではありません

Amazonは価格競争に持ち込まないために、第一想起を得ることを大切にしている企業で、そのための投資は惜しみません。Amazon Prime, 配送スピード、購入までのUX、巨額の投資を行い"とりあえずAmazon"という状況を作り続けています。 

スイッチングコストでも書いた検索コストやデータ(買い物履歴)の蓄積なども上手く使い、とにかくスイッチングコストを愚直に高め、第一想起を獲得しているのがAmazonなのです。

第一想起は特にトランザクション頻度が高いサービス、コモディティ度が高い製品、信頼が重要なサービスでは特に大切になると思います(価格が高かったり価格感度が高いとしっかりと検索されます)。価格競争には持ち込まず、カスタマーを思考停止させて選んでもらう。これが第一想起の目標です

日本でも第一想起が重要な領域ではテレビCMの効果が高いのかもしれません。第一想起において、その強みを発揮しているテック企業の代表はリクルートではないかと思います。ただし、リクルートは第一想起を獲得するために莫大な費用をかけています。第一想起を獲得するためには莫大なコストが必要となるのです。スタートアップにとって築きやすいMoatとは言えないと思います。

5. 規模の経済/初期投資やCAPEXの大きさ

規模の経済/初期費用の大きさもMoatとして理解しやすい概念の一つだと思います。今からスタートアップがWalmartやAmazonより安く消費財を販売することや、トヨタより安く車を生産することはほぼ不可能でしょう。これから大量の初期投資をかけて国内中にアンテナをたてて携帯キャリアを行おうとするスタートアップも少ないのではないかと思います。規模の経済は、製造業や小売業やインフラ産業の基本の強みです。サプライヤーとの価格交渉力、購買力、生産効率性、これらは大きな規模を持つ企業の方が有利になり、規模の経済は概ねコストサイドに効果があることが多いです。一方で、規模の経済による効果は線形に効果があるわけではなく、平均コストは逓減していきます(下記のイメージ図を参照ください)*。
*また、経済学ではDiseconomies of scaleと規模が大きくなりすぎると効率が悪くなるという考えがありますが、そこまでの規模を得ることがないスタートアップは考えなくても問題ありません。

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伝統的な規模の経済については経済の教科書を読んでいただき、ここでは細かく書きませんが、現在のスタートアップ、特にAI/MLを用いた技術を用いる現在ならではの"規模の経済"として、データ量による"規模の経済"という側面が出てきていると感じています。データ量、ユーザー数が多いほうがより正確なモデルが構築でき、正確な予測ができるという領域です。
ただし、これも伝統的な規模の経済のコスト効率と同じく、効果は逓減していきます。また、モデル次第では常にGoogleのほうが正確な予測ができるというわけでもないことは、昨今のML系スタートアップが証明していることでもあります。
アメリカでもデータはMoatになるかどうか、は論点になっています。僕のMoatとしてのデータに対しては以下の立場をとっています。

- データの利用は極めて重要だが、用途や課題解決から逆算されていない、ただ収集しただけのデータは無意味である(これが世の中の大半)
- データそのもの、データ量だけではMoatにはならない(競合も同様のデータへのアクセスやデータ量を獲得できる事が多いから)
- データ量よりもモデルそのものの方が、Moatになりデータ量の規模によるMoatの強さに勝る

6. コスト優位性

規模の経済だけがコストの強みを生む訳ではありません。データ量と正確さの議論同様、工夫次第では規模がない企業に勝ることができます。以前の記事にその概要を書きましたのでそちらご参照ください。

7. 免許/許認可/特許/排他的な契約

こちらも伝統的なMoatとしてはわかりやすい項目だと思います。金融業、保険業など許認可がないと事業展開ができない業界や、製薬業界のように特許が参入障壁となる業界が代表的です。

もちろんスタートアップでも免許/許認可/特許が競合優位性として効果を発揮することもありますが、稀だと思った方がいいと思います。スタートアップに出されるような免許や許認可は、大企業でも獲得できる/すでに獲得していることがほとんどです。許認可を出す当局にとっての大企業の信頼感と、スタートアップに対するそれは比較のしようがありません。

特許を"競合優位性"として考えているスタートアップに会う事がありますが、特許はスタートアップにとってMoatにはなりません。特許があることによって成功しているテクノロジースタートアップはほぼありません。
特許によって競合を"牽制"するケースはあっても、特許によってユーザーのペインポイントや解決策を"独占"することはできません。大手テック企業も大量の特許を持ち、お互いが微妙に侵害しながら抑止力として機能しています。(Googleがモトローラを買収したのは、特許を多く持たないソフトウェア企業のGoogleがハードウェア企業のSamsungやAppleへの抑止力を持つためとも言われています。)

排他的な契約によって、競合が調達できない原材料によって大きくなったアルコアのような伝統的な企業もあります。テクノロジーに比較的近い領域では、コンテンツ産業などでも"排他的に"他にはないコンテンツがある企業もあります(e.g., マンガ業界における人気の作家)。ただし、スタートアップに排他的な契約が結べるような状況もほぼないと思います。

8. ユーザーへのアクセス/ディストリビーションチャネル

前項が供給側の排他性や強みだとすると、この項目は顧客側への効率性、排他性、強みです。不動産では、1に「立地」、2に「立地」、3、4がなくて5に「立地」と言われます。テクノロジースタートアップにとっても同様だと言えます。

WeChatやAlipayに代表されLINEが目指す"スーパーアプリ"や、かつてのポータルサイトはその好例です。ユーザーが"とりあえず訪れる立地"を得ることで、目に見える数字としてはカスタマー獲得コストを下げ、アップセルを行い利益率を上げることを目指してしています。(顧客獲得コストには効いても、実はアップセルしづらいというのが昨今のスーパーアプリでわかってきています。)

伝統的産業ではスーパーマーケットが運営するショッピングモールや、銀行などもその例です。これらの"立地"ビジネスには、トランザクションが多く顧客獲得を行うコストセンターとなる製品/サービス (e.g., スーパーにとっての野菜売り場や銀行にとっての預金)と、利益率をあげるプロフィットセンターとなる製品/サービス (e.g., スーパーにとってのお惣菜売り場や銀行にとっての投資信託や保険)の組み合わせを考えることが極めて重要になります。

排他的なユーザーアクセスがあれば、なお強くなります。LINEやFacebookほど広いユーザーの浸透率と利用率があれば、排他的な契約がなくとも他のサービスに比べほぼ"排他的に"ユーザーにアクセスすることができます。このユーザーへのアクセスの獲得競争は携帯会社やポータルサイトでこれまでも繰り広げられてきました。

一方で、"排他的な"ユーザーアクセスはある程度の規模を持ったテック企業の強みですがスタートアップに構築するのは難しいかもしれません。しかし、"効率的な"ユーザーアクセス/ディストリビューションチャネルは、スタートアップが利用できる重要な強みになります。FacebookやInstagramに代表される、新しく登場したユーザーが多く集まる場所をいち早く活用しているのは往々にしてスタートアップです。大手企業が気づかない、あるいは動けない、その一瞬のアービトラージを利用することで顧客獲得コストを下げることができます
ただし、それは"一瞬の"アービトラージであり、永続するMoatにはなりづらいのかもしれません。オンライン広告でもFacebook広告でもInstagramでもいずれ獲得コストは上がり、強みが生かせなくなります。

今ある顧客の獲得チャネルではなく、今最も効率的にユーザーが獲得できるチャネルを探し続ける機動力こそが、スタートアップのMoatになりえるのではないでしょうか。

9. 卓越したオペレーション(オペレーショナルエクセレンス)

オペレーショナルエクセレンスが競合優位性になっている企業は、世の中に多くあります。マクドナルドや吉野家など。そして何より日本を代表するトヨタこそがオペレーショナルエクセレンスのベストプラクティスです。MBAでのオペレーションの授業のケーススタディの主役はトヨタといっても過言ではありません

一方で、オペレーショナルエクセレンスの難しさは、その仕組みではなく、組織の一貫性/末端までの浸透度や徹底度にあるからです。トヨタの工場であれば生産現場を見学もでき、仕組みを理解することもできます。マクドナルドも吉野家もノウハウはバレバレです。ノウハウがわかっても、それを全ての現場で行うことがいかに難しいか。それこそがMoatなのです。オペレーショナルエクセレンスというMoatの源泉はノウハウではなく組織力です。

したがって、組織ができたばかり、組織が常に拡大し続けて整える時間が少ない、技術の習熟度を上げることに焦点が当てづらいスタートアップにとって、オペレーショナルエクセレンスは利用しづらいMoatと言えます。

10. テクノロジー優位性

そして、最後に最も大切な項目を書きます。読んで字の如しですが、テクノロジーが優位であること、はスタートアップにとっての大きな強み、必須条件です。この項目は極めて重要だと思っています。
テクノロジーを利用している、とはどういう状況で、どういうメリットがあるでしょうか。テクノロジーの利用によるメリットの一つは、上述したディストリビューションに関するスケーラビリティです(また、限界費用が小さいのでスケールに応じて利益率も高くなります)。ただ、ここで言うテクノロジーのメリットは、サービスが常に改善していくことを意味します。

そもそもコンピューター時代の進歩や便利さの向上の前提としてあったのは、ムーアの法則(半導体の集積率が18ヶ月で2倍になること)の実現にむけた努力により、コストも性能も向上し続けたことにあります。
このような業界は、他に類を見ません。レストランの味や価格が18ヶ月で2倍よくなることもなければ、車ですら18ヶ月で2倍のスピードになることもありません。テクノロジーとは、性能とコストの絶えることのない向上なのです。

スタートアップとして、このテクノロジーを活用しない手はありません。改善をしつづければ、テクノロジーを活用しない競合、既存企業に比べて、常に差をつけつづけることができます。

そして幸いなことに、テクノロジーの最先端にいるのは、若い力です。
Microsoftのビルゲイツ/ポールアレン、Appleのスティーブジョブズ/ウォズニアック、Mosaic/Netscapeのマークアンドリーセン、Facebookのマークザッカーバーグ。彼らが若くして成功したのはテクノロジー優位性があったからです。"若くして起業したから"成功したわけではありません。彼らがテクノロジー優位性のない事業を立ち上げていたら違う結果になっていたのではないでしょうか。

新しい技術を学び、試し、組織や政治にとらわれず実装していく。このプロセスを高速でまわせる学習能力、若さはテクノロジー優位性の源泉の一つです。それこそがスタートアップだと思います。

まとめ

以下、僕が考えているスタータップが利用すべき/利用しづらいMoatの分類です。

スタートアップが利用すべきMoat
- ネットワーク効果
- 囲い込み/スイッチングコスト
- ユーザーへのアクセス/ディストリビーションチャネル
- コスト優位性
- テクノロジー優位性

スタートアップが利用しづらいMoat
- ブランド
- 第一想起 (top of mind)
- 規模の経済
- 免許/許認可/特許/排他的な契約
- 卓越したオペレーション(オペレーショナルエクセレンス)

Moatがスタートアップにとってどれだけ重要で、簡単な解などなく、業界/企業/競合環境/タイミングで個別解が異なり、どれだけそれを企業活動として築いていくのが難しいか、ご理解いただけたなら幸いです。この記事を読んだだけでは、Moatを築くことはできません。
はじめに書いた通り、Moatこそが事業の本質であり、それを投資家/主要株主として起業家と考え続けることが僕の本業です。PMFを見つけるお手伝いは投資家には難しいのですが、最適なMoatの組み合わせを見つけ、Moatを築くために伴走することこそ、アーリーステージのベンチャーキャピタルの醍醐味の一つだと思っています。また、Moatを考え続ける経営者と同じように考え続けることがよりよい投資家になり、投資家であることで正しいMoatを思いつくことができると思っているからです。

I am a better investor because I am a businessman, and a better businessman because I am an investor.
私は事業家であるからよりよい投資家であり、投資家であるからよりよい事業家なのだ。(ウォーレンバフェット)

なので僕にとってこのMoatという概念が大切なのです。その腕を磨くために、ひたすら時間と思考を費やしています。
この記事を読んで、一緒にMoatを追求する旅路の仲間の候補として頭の片隅に思い出してもらえたらうれしいです。
また、僕がnoteを書く大きな理由は、様々な意見を聞き、様々な方と議論をし、思考を深めるためです。ですので、反論、異論、これもMoatとしてあるのではないかという意見や事例、このMoatはこういうケースでは有効/無効という個別論、是非お願いします。


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#マーケティング 記事まとめ

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コメント

3
itaru
itaru

死ぬほど勉強になりました。毎度穴があくほど原さんの note 読んでます。アクションしながらこのロードマップをコンパスとしながら、サービス創りに活かしていきます!

sfujita1025
sfujita1025

めちゃくちゃ勉強になりました。
電力などの差別化の難しいプロダクトでも、Moatを獲得するにはどのような視点で発想するのが良いでしょうか

「9.オペレーショナルエクセレンス」が刺さります。
仕組みより組織の一貫性こそがMoat。
現場管理職の役割はまさにここで、急拡大期に「末端まで浸透させる力」が最難関。
No.2として、ノウハウより徹底度を問われる場面が一番多いです。

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Coreline Venturesというシリコンバレーのベンチャーキャピタルで投資をしています。 https://twitter.com/kenichiro_hara
Moat(モート): スタートアップの競争戦略概論|原健一郎 | Kenichiro Hara
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