香名江と水族館デートする話
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書くにあたって、実際に水族館に行くなど
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「お嬢様。香名江です」
倉本邸、倉本さんの部屋。
俺と倉本さんが真剣に机に向き合っているところに、倉本家のメイドである氷渡香名江さんがノックをして部屋に入ってきた。
「これで…………どうだああああ!!!」
「ひゃあああああ! ……先生、お強いですわぁ……!」
大理石で出来た豪華な机。
その上で消しゴムを指で弾いて落としあっている俺たちを見て、香名江さんが呆れた顔をする。
「プロデューサー様。またお嬢様にそのようなものを……。お嬢様も、そんなお行儀の悪いことはやめてください」
香名江さんは俺の体を押し退けると、机の上にある消しゴムを全て回収してしまう。
「あぁ……香名江ぇ……」
「…………そんな眼をしてもダメです、お嬢様。お嬢様がこんなはしたないことをしていると知られたら、倉本家に傷が……プロデューサー様、お嬢様の表情を真似しないでください。蹴りますよ」
両目に涙を貯めて懇願する倉本さん。
しかし、あの香名江さんであっても靡かないようだ。
……俺の涙目攻撃に対しては、氷のように凍てつく視線を浴びせてくる。
なかなかの強敵だ。
「はあ……まったく、お仕事の打ち合わせをするから、と部屋に呼ばれたのに遊んでいるなんて……」
「香名江も一緒にやりましょう!」
「やりません!」
俺の顔を見て呆れたようにため息を着く香名江さん。
倉本さんが氷渡さんを一緒に遊ぼうと誘うが、毅然とした態度で断られてしまう。
少しだけ満更でもなさそうに頬を赤らめているので、実は年頃の女の子らしく、本当は一緒に遊びたいのだろう。
まったく、可愛い子だ。
しかし……。
「しかし氷渡さん。今日の打ち合わせも終わってしまったんですよ。えー……今月末の水族館ロケに向けて、この週末に俺と二人で下見に行くことで決定しました。…………そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか」
俺はパソコンの画面を見せながら、氷渡さんに今日の打ち合わせで出した結論を伝える。
大きなライブも終わり、今は時間的に余裕がある。
俺たちは今日のように時間を見つけては、今まで倉本さんがした事の無い遊びをしている。
俺と倉本さんが二人で水族館に行くと聞いてあからさまに嫌そうな表情をする氷渡さん。
……あなたのご主人様が酷く怯えた表情をしていますが、それでいいんですか?
「お嬢様と水族館に行くことなど認めません。……しかも、ふ、二人で……デ、デートなど……」
俺と倉本さんの間に割り入って、俺を牽制する氷渡さん。
しかし、俺たちがデートをすると気づいて、モジモジしながらしりすぼみになってしまう。
「まあ……香名江ったら! 先生とデートだなんて……そんな……!」
「お、お嬢様!?」
氷渡さんの言葉を聞いて、頬を抑えて嬉しそうにクネクネしている倉本さん。
その姿を見て氷渡さんは大きなショックを受けている。
その時、倉本さんの携帯が鳴った。
『千奈千奈、今から遊ぼ』
『千奈ちゃん! 広ちゃんが人も飛ばせるペットボトルロケットを作ってくれたよ! グラウンドで遊ぼ!』
『飛ぶ、よ。……がっ…………!』
『ひ、広ちゃん!?』
倉本さんの携帯から、聞きなれた子の声が聞こえてくる。
彼女らは嵐のように要件だけ伝えると、すぐさま電話を切ってしまった。
倉本さんは俺と氷渡さんの顔を交互に見て。
「ということですので、遊んできますわ! あとは二人でごゆっくりしてくださいまし! 先生、香名江、行ってきますわ!」
そう言うと倉本邸の廊下を走り出す倉本さん。
「あっ、楽しそうなんで俺も行きまぐえっ!」
倉本さんの背中についていこうと走り出した俺のネクタイを、引っ張る氷渡さん。
「ごほっ、な、何するんですか!? キスをするにしても乱暴ですよ」
「プロデューサー様とキスをするはず無いじゃないですか!」
氷渡さんは俺のネクタイを手放すと、床にへたり落ちる俺を見下ろして。
「プロデューサー様には、これから私と付き合っていただきます」
「えっ、付き合うってそんな……! ………………ごめんなさい」
氷渡さんは俺の発言をスルーして俺のスーツの裾を掴むと、無理やり引っ張って歩き出した──。
「──ここは……水族館ですか」
天川市の水族館。
俺と氷渡さんは水族館の入口の前に立っていた。
あれから目隠しをされて無理やり連れてこられた俺は、目隠しを外して辺りを見回す。
ここは来週に倉本さんと訪れる予定だった水族館だ。
今、ここに連れてこられたということは……。
「プロデューサー様とは、今からここでお嬢様とのデートをシミュレーションしてもらいます。プロデューサー様では役不足だと感じた場合は、私が代わりにお嬢様をエスコートします」
俺の目の前に立って冷たく言い放つ氷渡さん。
倉本邸から出たためか、いつものメイド服ではなく可愛らしい服を着ている。
俺が氷渡さんの服装に見とれていると。
「プロデューサー様、聞いていますか?」
「え? はい、大丈夫です。俺と氷渡さんがデートするんですよね」
「違います」
俺の返答を聞いて、なんだコイツはと言わんばかりに顔を歪める氷渡さん。
「それにしても、その服可愛いですね」
「……ありがとうございます。…………ほら、早く行きますよ」
俺が服装を褒めると、氷渡さんは少しだけ照れくさそうに振り返って、俺の手を取って水族館の入口に向かって歩き出した──。
──券売機の前に着いた俺は、ポケットから財布を取り出した。
しかし、その姿を見た氷渡さんは。
「プロデューサー様。ここは私が支払います。私が無理やり連れてきたのですから」
俺の手を抑えて、自らのカバンから財布を取り出そうとする。
なんて礼儀のいい子だ。
以前、俺のお腹を殴った子と同一人物だとは思えない。
しかし。
「大丈夫ですよ、氷渡さん。倉本さんのプロデュースに関わることなので、経費で落とせます。いや、落とします」
俺はカバンから財布を取り出そうとする氷渡さんの手を抑え、優しい声で諭す。
「……? お嬢様も居ないのに、経費で落ちるわけがありません」
氷渡さんは疑念を抱いたような顔で、俺を伺ってくる。
「経費申請はあさり先生にするんです。あさり先生は俺にメロメロなので、だいたいのことは経費で通ります」
「プロデューサー様は……根緒様にいったい何を……?」
俺の返答を聞いて、おぞましいものを見るように怯える氷渡さん。
俺もよく分かっていないが、なぜかあさり先生は俺にメロメロなのだ。
「で、ではお言葉に甘えますが……」
俺は券売機で二人分のチケットを購入し、財布を納めた氷渡さんに一枚を渡す。
「さあ、行きましょうか。暗いので、足元を気をつけてくださいね」
受付を抜けた俺は、氷渡さんの手を取った。
「……香名江デートポイントプラス10です」
俺の手を握り返した氷渡さんが、小さな声で何かを呟く。
「え? 何か言いました?」
「なんでもありません。さあ、行きましょう」
氷渡さんは俺の手を強く握り返すと、水族館の奥に向かって歩き出した──。
──壁一面の大きな水槽の前で、俺たちは並んで魚たちを眺めていた。
「あれがイサキですね。小学生のとき祖父が釣ってきて、焼いて食べたんです。そしたらなぜか二人ともお腹を壊しちゃって、トイレが大変なことになりましたよ」
「香名江デートポイントマイナス5点……」
「向こうで泳いでいるのがアカガレイですね。そういえば、中学の時の担任が、顔が似てるからカレイってあだ名でしたね。ちなみに俺はカツオでした」
「マイナス10点……」
「あ、あれはマダイですね。なんだかお腹が減ってきましたね。水族館を出たらお寿司屋さんに行きましょうね。ここで泳いでいるようなお魚さんたちを後でいただきましょう」
「マイナス100点……」
ガラスの向こうで泳いでいる魚たちを眺めながら、俺は用意しておいた話をいくつか披露する。
しかし、そのどれに対しても氷渡さんはつまらないといったような表情で、何かをボソリと呟く。
「プロデューサー様、もう少し品のあるお話をお願いします。なんですか、水族館で魚を見た後にお寿司なんて。お嬢様の前で、モラルのない発言は看過できません」
俺の発言一つ一つに頭を抱えていた氷渡さんは、薄暗い部屋の中、俺の目の前に詰め寄る。
「さあ、次に向かいましょう。お嬢様を何時間も立たせるつもりですか? 着いてきてください」
ついに手を繋いでくれなくなった氷渡さんを追いかけるように、俺はゆっくりと歩き出した──。
「──まあ……こんなにたくさんのペンギンが……」
「可愛いですね」
あれから水族館の中を見て回っていた俺たちは、最後のエリアであるペンギンエリアに来ていた。
俺たち以外にも多くの家族連れやカップルで溢れている。
傍から見れば俺たちもカップルなのだろうか。
「氷渡さん、氷渡さん。なんだか俺たち、カップルみたいですね」
「バカなこと言わないでください。次に同じことを言ったら、ペンギンのエサにしますよ」
軽口を叩いた俺の両目を、冷たい視線で睨みつける氷渡さん。
氷渡さんの発言を聞いた周囲の親御さんが、咄嗟にお子さんの耳を塞ぐ。
まったく、子供の教育に悪い子だ。
「ふふ……あのペンギン、どこかお嬢様に少し似ていますね。もちもちしたほっぺがそっくりです」
氷渡さんはペンギンの群れの中の一羽に視線を向け、おっとりした顔で見つめている。
氷渡さんが見つめているそのペンギンは、確かにどこか倉本さんに似ていた。
俺はその近くを歩いていたペンギンを指さして。
「あのペンギンは氷渡さんに似ていますね。お淑やかな雰囲気がそっくりです」
「…………あ、ありがとうございます……」
氷渡さんは目を大きく見開いて俺と目を合わせると、少し照れて顔を背ける。
「あのペンギン、凛々しいけど少し抜けてる感じも、香名江さんに似て可愛いですね。あ、香名江さんって呼んでもいいですか?」
俺に背を向けたまま耳を赤くしている氷渡さんに向けて、俺は言葉をぶつける。
「ば、バカなことを言わないでください。プロデューサー様に名前で呼ばれる筋合いはありません。さあ、もう出ますよ」
氷渡さんは照れた顔を片手で隠しながら、もう片方の手で俺の手を優しく握って歩き出した──。
──水族館の出口に向かって歩く俺たち。
薄暗い廊下の中で、左右の壁に設けられている小さなガラス窓から、水槽の中を泳いでいる魚を眺める。
氷渡さんは足を止めて、くらやみの中俺の顔をしっかりと見据える。
「プロデューサー様、本日はありがとうございました。お嬢様とのデートプランは……まあ、及第点と言ってよいでしょう」
「照れながら言っても説得力ありませんよ。暗いから分からないと思ってます?」
厳しい採点をした氷渡さんに指摘を返すと、手扇で顔の熱を冷ます氷渡さん。
水族館の暗闇の中でも、照れていることが分かるくらい頬が紅潮している。
今日一日で、氷渡さんのこんな可愛らしい一面を知ることができた。
「さ、さあプロデューサー様、遅くなる前に帰りましょう。出口はこちらです」
氷渡さんは俺に見えないように顔を隠しながら、俺の手を取って歩き出そうとして。
「あ、ちょっと待ってください」
小さなガラス窓の隣で立ち尽くす俺に、腕を掴まれる氷渡さん。
「……まだ何か?」
氷渡さんは少しだけ警戒したような表情で、不思議そうにしている。
俺は氷渡さんと視線の高さを合わせ、顔を近づけた。
「なっ、プ、プロデューサー様っ!?」
俺に顔を近づけられた氷渡さんは、見たことないほど狼狽えている。
しかし、何も抵抗する様子はなく、手を出してくるようにも見えない。
「せっかく水族館に来たんですから、最後にやることは決まっているでしょう。今日ここに来ている人たちも、きっと同じことをしますよ」
俺は氷渡さんの両目を見つめ、優しく声をかける。
氷渡さんは俺に言われて辺りを見回す。
辺りには家族連れだけでなく、この薄暗い雰囲気で気分が高まったのか、キスをしているカップルまでいる。
氷渡さんは周囲を一通り見渡して。
「わ、分かりました……」
ゆっくりと目を閉じて、口を真一文字に結んで俺の顔に近づける氷渡さん。
俺は、そんな氷渡さんの顔をしっかりと見つめて。
「何してるんですか? お土産買いに行くんですよ?」
なにかの期待を裏切られたのか、氷渡さんの拳が俺の鳩尾に深くめり込んだ────。
──帰ってきた倉本邸。
「倉本さん、戻りました」
「戻りました。お嬢様」
倉本さんの部屋に入るなり、俺たちは両手に抱えた袋を床に並べる。
「まあ! 二人で水族館に行ってきたんですのね! こんなにたくさん買うなんて、とっても楽しんできたんですのね!」
俺と氷渡さんが仲良くしているのを見てか、倉本さんが嬉しそうに飛び跳ねる。
「ええ、楽しかったのでたくさん買ってしまいました。倉本さんにもお土産がありますよ」
「まあ! 先生、ありがとうございますわ!」
俺たちは水族館のお土産コーナーで買ってきたのを、袋から取り出す。
「まったく、プロデューサー様がお土産コーナーであんなにはしゃぐから……。ペンギンのぬいぐるみも、こんなにたくさん買うなんて……」
「まあ、可愛らしいですわ!」
氷渡さんが袋から取り出した、ペンギンの大きなぬいぐるみ。
倉本さんがそれを抱えて楽しそうに踊っている。
この姿が見られるなら、買ってきたかいがあるというものだ。
……まあ、倉本さんとも、来週水族館に行くのだが。
「あ、そうだ。氷渡さん、これを……」
俺は袋の中からネックレスを一つ取り出して、氷渡さんに見せる。
そのネックレスはペンギンが象られており、氷渡さんの髪色と似合うシルバーの装飾が着いている。
「こ、これは……」
「氷渡さんに似合うと思って買ったんです。俺からのプレゼントですよ。つけてみてください」
俺がネックレスを持ち上げると、首を下げる氷渡さん。
俺は氷渡さんの首元に手を巻いて、ネックレスをつけてあげる。
「はい、思った通り、似合っていますね」
「…………あ、ありがとうございます、プロデューサー様……」
俺にネックレスをかけられた氷渡さんは、照れくさそうにうつむいて目を逸らす。
「ええええええ!!! 先生と香名江がいつの間にか仲良くなっていますわ! な、何があったんですの!?」
水族館に行っている間に、俺にメロメロになった氷渡さんを見て、倉本さんが驚いた声を上げる。
「プ、プロデューサー様。……香名江と呼んでもらっても構いません……」
「分かったよ、香名江」
「いったい何があったんですの!? あとこんな先生も香名江も見るのは嫌ですわ!」
俺の胸元に体を預けた氷渡さん。
そんな俺たちのもとに、倉本さんが詰め寄ってくる。
「何があったと言っても……。俺と水族館に行った女性は、なぜかこんな風になっちゃうんですよ。あさり先生もそうでしたし……」
俺の発言を聞いて、それまでスリスリと頭を俺の胸に擦り付けていた氷渡さんの動きが止まる。
「…………はい? ……根緒先生にも……?」
「せ、せんせぇ……?」
俺が二人の顔を見下ろすと。
光が消えて殺意に満ちた氷渡さんの目と、これ以上ないクズを見下す目の倉本さんが目に入った。
「か、香名江……あ、愛してるよ。お前だけを愛してグッ!」
俺の鳩尾に氷渡さんの強い拳が、俺のおしりに倉本さんの弱い平手が飛んできた。
週末、倉本さんは氷渡さんと二人で水族館に下見に行ったので、俺は倉本邸の掃除をやらされた。