【リアクション①質問と回答】
【質問1】
「人間の自己は誰か、あるいは複数人の自分とは絶対に異なる人間の思想によって形成されている。例えば自分の思想は太宰やウィトゲンシュタイン、フランクルなど色んな人に影響されて形成された。
このとき、形成された自己は本当に自己といえるのか。他人の思想の総体として存在している自己は、その思想の源となった人間達によって突き動かされ、言葉を発し、彼らに従い、行動する。このような状況で、自分のことは自分で考え、将来のことを決めていると言い切れるだろうか。つまり、自分が彼らの傀儡ではないと確実に言い切れるだろうか。」
的なことを言ってる哲学者はいますか?もし居たらこれが垣間見れるその人の本を教えて欲しいです
【質問1に対する回答1】
まず、「……フランクルなど色んな人に影響されて形成された。」というところに違和感を抱くのがふつうだと思われます。形成された、というのが、何が形成されたのか、曖昧であると考えられます。自分の思考習慣、究極は性格や人格が他者のせいで形成されたという考え方には同意しそうになる可能性もありますが、何によってそれらが形成されたのか、と視るところに、〔フランクルなどの〕彼らの文章や思想に影響を受けてそれらが形成されるということならば、往々にしてありえるようにも思えます。誰かに口頭で、〔語は使用である〕とウィトシュタインの意見を言われたとします。このとき、語は使用によって意味が変容するんだと、覚る可能性がある。このとき誰のせいで覚ったが曖昧であれ、その〔語は使用である〕という意見に影響を受けたことはたしかであり、身になっていることもたしかである可能性があります。身になっているかが分かるためには、その後の取り調べによって分かるかと思われます。他者の思想に影響を受けて私たちは突き動かされ、ないし、思想の源にとなった哲学者に突き動かされているのではないか、とする貴方も考え方は、立派な、いや、立派すぎる考え方かもしれません。相当立派なこの考え方は、私たちが、相依的存在であることを仄めかしています。何かと縁があって私たちのエレメントが影響を受ける。あるいは、私が影響を受ける。このようなことが、頻繁にありえるのが、現実ではないか。


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