知識と構造

今回はぁ、現存在の存在の獲得・保有しうる知識と、その知識の構造について見ていきます。果たして、知識は構造化しうるのでしょうか?

一、われわれの認知体験と知覚体験

われわれは、経験的知覚をし、それに意味を付与する認知体験をします。経験の条件としては、明るい環境と視覚可能能力が挙げられ、明るくない環境では、視覚が活動しないことが懸念されえます。視覚可能能力がなければ、明るい環境でも眼で視ることができないことがありえます。
眼の前のりんごを視たときに経験的知覚をし、それを知識にストックすることがありえます。赤という色の外面であるりんごを視たとき、必ずしも「赤いな」と思うわけではありません。みんなこのりんごを赤く見えている、と考える方もおられるかもしれません。しかし、統計データを取ってみれば、このりんごを「青く視えた」という方が稀にいるのではないかと思われます。色覚異常という現象です。色覚異常者・盲目者という存在は、本来の色とは別の色で視えてしまうケースがあると云うのです。赤色のりんごが青いりんごであるわけではないので、境界線のほどは問題ありません。99%の方々が赤い色と応えるのであれば、それは間違いなく赤い色ですが、1%の色覚異常者は、青い色であると応える可能性があります。ここに知覚の誤謬という概念が現れ、視覚野と眼球の異常が惹起されえます。赤色のりんごを赤色のりんごに見えないというジレンマは、純粋統覚態によるものであることも考えられます。純粋統覚態の純粋統覚が行使されるとき、青色に見えたり緑色に見えたりするということが起きうる。L錐体の状態に異常があれば、青色に見えたり緑色に見えてしまう。この異常性こそが、メルロ・ポンティが着目した色覚異常物語である。

異常 (メルロ・ポンティ神)
色覚異常 (メルロ・ポンティ神)…8番地まで同じ。
色覚異常物語 (メルロ・ポンティ神)…14番地まで同じ。

女子語

二、世界についての認識

世界は何だろうか。ウィトゲンシュタインは、「世界は事実(成り立っている事柄)の総体である」と書いていた。たしかにそれは正しい。しかし、具体的にはどのような世界なのだろうか。ゲーテは、「私の表象が私の世界」と書いていた。これは独我論につながりかねない思想であって、他者の表象は受け入れないというバイアスをかけている。いいや、他者の表象などない、神しなくていい、私の心の反映がこの世界なのだという独我論を思わせる。心という概念は昔々から考えられてきた難題である。これをアポリアとも呼ぶことができよう。私たちの知識というものは、問いと問いの内容のレベルと応えと応え方で充たされている可能性がある。例えば、「戸塚ヨットスクールでは不慮の事故で死者が出た。これでも戸塚氏は責任を負わないのか?」という問いがある。ほかに、「戸塚氏は流刑になったが、その流刑に至らしめられた要因は何か?※1」という問いがあり、一般人はそれぞれレベル分けすることを気にもかけないが、たしかに応えるのに難しい問いは往々にしてありうる。※1については、裁判所で裁判官が流刑令を発布したから、という応えがある。応え方としては、携帯電話でメールしたり、口頭で伝えたり、文書に起こすことが懸念されえる。伝えたい情報をどのような伝え方をすれば良いか?という問いもある。裁判中では、口頭ばかりで話を展開させていく。裁判官が口頭で「なぜ少年は不慮の事故に遭いましたか」と戸塚氏に質問しないとも言えない。戸塚氏が知っているヨットから落ちて溺れたことは、天候が悪天候であったとか、少年に水中でもがく能作に欠けていたという事実が秘められていたのではないか。また、洗脳されてヨットから落とされたという事情が絡んでいたのではないか。ほかに、わざとヨットから落ちて溺れようとしていたのではないか。終わりたかった少年は、わざと苦手な戸塚氏に避難が来るように不慮の事故だと思わせたくなり、自殺を図ったのではないか。

三、知覚体験を基盤とする認知体験

世界は「万物は流転する」というヘラクレイトスの意見が妥当であるか、よくわからない。流転というのは、どういうことなのであろうか。ここにアポリアが見出される。アポリアとは、難題である。この問いやアポリアにレベル分けがされることも考えられうる。万物は流転するか、というアポリアはレベル9、戸塚氏の教え子が死んだ理由は、レベル3とか。戸塚氏の教え子が死んだということを知覚したあと、それについて意味を付与するのは認知的作用である。万物は流転するか、というアポリアは、同じ川に入れない、ということをも仄めかしている。


古代ギリシャ哲学(万物は流転する)
「この世に存在するすべてのものは絶えず運動し、変化し続けている」という世界観。ヘラクレイトスは「誰も同じ川に二度入ることはできない」と表現しました。

検索AI

知識もまた、流転していく、という詩も考えられます。本を読んで知識が溜まり、また同時に、忘れていい箇所を忘れ、頭の中で流転が起きる。これもアポリアレベル5と考えられます。

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