先々週、叔父が危篤状態と連絡を受け急遽日本に帰国していました。血の繋がりはない叔父ですが、幼い頃に両親が離婚して父親のいない私を娘のように気にかけ、可愛がってくれました。成長する中で、母の起こした金銭問題で親族との関係がギクシャクすることが多かった中、「ゆかはいるだけでいいんだよ」と言ってくれた唯一の人でした。叔父にとっては何気ない一言だったかもしれないけど、そう言ってくれたから私は今もここにいます。
昨年の春に「後半年持たないかも知れない」と伝えられて、そこから毎月か二ヶ月に一度は帰国していました。半年経った後、一旦は少し状態がよくなったように見え、年明けには誕生日を一緒に祝えました。
今回日本についた時には、もう会話をすることはできなかったけど、毎日病院に通いました。最期に容態が悪化したのは午前3時50分頃でしたが、タクシーで病院にかけつけると、まだ叔父は呼吸をしてくれていました。手を握り、子供の頃からずっと思っていたこと、「おじちゃんは、お父さんみたいなおじちゃんでした。いてくれてありがとう。私がいるだけでいいと言ってくれてありがとう」と伝えました。ほんの少しだけ、呼吸の音が大きくなった気がしました。その後、叔父は息を引き取りました。とても静かな朝で、優しい音で雨が地面を濡らしていました。
葬儀の日、叔父の棺の中に誕生日にプレゼントした藍鼠色のニット帽とマフラーを入れました。向こうでつけてくれるといいな。
おじちゃんありがとう。誰かの意にそい、認めてもらわなければ価値がないと思い込んでいた子供の頃の私を、ありのままで可愛がってくれてありがとう。私は私として、しっかりと生きていきます。いつかまた、ゆっくりと食事をして、私がコーヒーを淹れます。それまで、しばらく待っていてね。