寮に戻ってベッドへと倒れ込む。我ながらなんとも大胆なことをしてしまったような気がしてならない。
「あ〜……」
本当に偶然だった。今日は寮にいる人が少ないから各自で夕食を用意するように朝から言われていたから前から気になっていた料理が美味しい居酒屋に行ったら……ふたりが居た。どうしてふたりが一緒にいるんだろうと思ったら考えるよりも先に言葉が出てしまって。
「……嫌われちゃったかな」
プロデューサーさん、付き合っている人がいるんだ。……それはそうだよね。あんなに素敵な人なんだもん。むしろいない方がおかしいって。
「……」
そう頭ではちゃんと理解してる。私の恋が叶わないものだっていうのもそうだし、それならプロデューサーさんの恋を応援するのが一番だって。
けど心はそんなことはしたくないって言っていて。だからあんなどっちとも取れる言葉を言ってしまった。本当はもっと違うことを言いたかった。ちゃんとプロデューサーさんと彼女さんが上手くいくようなことを。でも、言えなかった。ううん、言わなかった。
「はぁ……私、本当に嫌な人間だなぁ」
アルコールが入ってしまったからなのか自己嫌悪タイムがいつもより長い気がする。それを見越してはづきにも付き合ってもらったんだけど……全然ダメみたい。
「これからどうしよう……」
知ってしまった以上、戻ることはできない。はづきはなんとなく気づいているみたいだけど、私はまだ諦めたわけじゃない。プロデューサーさんには悪いと思っているけど、彼女さんと上手くいっていないのならそれは私が入り込むチャンスでもある。
とはいえ奪うような真似はしたくない。出来れば円満にふたりが別れて、その後に関係を築けたらなって。
「でも……もしも元に戻ったら……」
そう、それはあくまでふたりが上手くいかなかったらの話。私やはづきのアドバイスで元の良好な関係になってしまったらそこに私の入り込む余地なんてものはない。
「はぁ…………」
ついつい大きなため息が出てしまう。どっちつかずで煮え切らない選択ばかり。略奪愛のひとつやふたつしてやるんだーって思えたらいいんだけど、そうして結ばれたとしても絶対に上手くいかないもん。
後悔と後ろめたさがある関係なんて普通じゃないし、どこかで破綻する。だからこそプロデューサーさんがフリーのタイミングを待つ必要があるんだけど……。
「嫌だなぁ……」
プロデューサーさんが彼女さんと上手くいくのも嫌だし、ふたりが上手くいかなければいいと思ってしまう自分も嫌。……もしもプロデューサーさんの彼女さんが浮気とかしてたら私も気兼ねなくいけるんだけど、そんなことは絶対にない。考えるだけ無駄。
「……しっかりするのよ、千雪!」
自分の両頬を叩いて無理やり喝を入れる。このままあれこれ考えていても意味なんてない。今はプロデューサーさんのサポートに徹して、ほんの少しでもチャンスがあればそこに賭ける。それでいいよね。
そうと決まれば色々と考えておかないと。プロデューサーさんがどうしたら彼女さんと良好な関係を築けるのか。まず私がするべきなのはあの日の言葉はちょっと違うという訂正からかな。もしもそのまま実行してしまったらより一層関係が拗れちゃうもの。
「次会えるのは……お休み明けかな」
プロデューサーさんと会えるのは早くても二日後だしまだ間に合うはず。
言い方はあれだけど、今の状態から酷くなるなんてことはそうそう起こらないだろうし、ちょっとは時間的余裕もあると思う。それなら最善の方法を見つけられる。そう信じてベッドから起き上がった。
事務所に着いたらプロデューサーさんに謝ろう。そう思って扉を開けると少し違和感を感じた。
「おはようございま……す?」
「おはようございます〜」
「おはよう、千雪」
はづきはいつも通りだけど、プロデューサーさんは少し変というか。なんだかいつもと違う。
「どうしたんだ?」
「い、いえ!なんでもないです!」
違和感の正体が分からなくて少し考え込んでいるとプロデューサーさんに不思議がられてしまった。……これはきっと私に後ろめたい気持ちがあるから。そう自分に言い聞かせてソファまで向かう。
「はづきさん、ちょっと外出てきますね」
「わかりました〜」
「何かあったら連絡ください」
「はい〜」
プロデューサーさんはコートを手に取るとそのまま事務所を出て行ってしまう。スケジュールボードを見ても今の時間は事務所にいることになっているけど……もしかして私を避けてるとか?
「ねぇ、はづき。プロデューサーさんの様子が変なんだけど何かあったの……?」
気になった私は私たち以外誰もいないのにこそこそとはづきへと聞きに行く。明らかに違和感があるんだけどその理由がわからないから。
「んー……あったと言えばあったかもね」
「教えてくれる?」
「……千雪にも関係あるといえばあるし、変に質問して地雷踏んだらそれこそ大変だから教えておこうかな」
「私にも関係ある……?」
やっぱりあんなことを言ってしまったから関係が拗れてしまったとか?でもそれにしては変というか……もしもそうだったら私かはづきにダメだったという報告がくるだろうし、プロデューサーさんも直接言ってくれるはず。そうじゃないってことは……なんなんだろう。
「関係あるというか、関係があることになってしまったというか……まぁすごく複雑な感じになっちゃったというか〜」
小さくため息を吐きながらそう答えるはづきからは疲れた様子が見て取れる。私よりも来るのが早かった分、プロデューサーさんから聞かされて考える時間も多かったんだろうなぁ。
「どういうこと?」
「驚かないで……っていうのは無理だと思うけど、覚悟だけはしておいて」
「……うん」
いつになく真剣な雰囲気に思わず気圧されるけど、プロデューサーさんたちのサポートをするって決めたんだから腹を括らないと!
そうして何度か深呼吸をしてからはづきの目をしっかりと見る。どんなことを言われたってちゃんと受け止めるんだという意思表示。
「実は……」
「……え?」
はづきの口から出てきた言葉は私の想像を遥かに超えていた。もしかしたらと考えたことはあるけど、それと同時に一番ありえない可能性だった。
「それって本当のこと?」
私の質問に無言で頷くはづき。その表情からは複雑な色が浮かんでいて。
「そんな……彼女さんが浮気だなんて……」
何とか関係を改善しよう。そう意気込んでいたプロデューサーさんの心中を察したら……胸が張り裂けそうな気持ちになった。
「私のせい……よね」
そんな言葉が口から出てくる。これは自意識過剰なんかじゃなくて、私がプロデューサーさんに距離を置くべきだとかお互いのことを考える時間を増やすべきだなんてことを言ってしまったせい。そうじゃなければおかしい。
お酒のせいで片付けていい問題じゃない。全部私の身勝手な気持ちが引き起こしたこと。……どうやっても償い切れない。
「ううん、千雪のせいじゃないよ」
「でも、私があんなこと言わなかったら……!」
はづきはそう言ってくれるけど、それ以外に理由なんて考えられない。幸せを壊すつもりなんてなかった。ただちょっとだけ、ほんの少しだけでも私にチャンスが出来たらって思っていただけ。横から奪うとか邪魔をするつもりなんて本当になかった。……けれど、結果としてはそうなってしまった。悔やんでも悔やみきれない。もっと早くプロデューサーさんに言うべきだった。そんな後悔の言葉がぐるぐると頭の中を巡る。
「千雪、ちゃんと聞いて」
「はづき……」
自己嫌悪に陥っているとはづきが私の手を優しく握る。そして首を横に振りながらゆっくりと口を開く。
「千雪のせいじゃないよ。……どう言えばいいのかわからないけど、私たちに相談した時にはもう遅かったの」
「遅かったってどういうこと……?」
「私たちが何かアドバイスをしていようとしていなくても彼女さんは浮気をしていたってこと」
そうしてはづきはプロデューサーさんから聞いた話を私にしてくれた。
「……その男の人っていうのは家族だったりしないの?」
「違うみたい。彼女さんは一人っ子みたいだし、仮にそうだとしても家族で唇を合わせてキスなんてしないでしょ?」
「そうね……」
友人や家族である可能性を信じたかったけれどそれは無理みたい。ということはプロデューサーさんが感じていた上手くいかないっていう雰囲気は……。
「はづき、もしかして」
「多分千雪が考えている通りかな〜って」
もしかすると発端はプロデューサーさんかもしれない。だけど、ちゃんとした別れ話も切り出さないで自分は別のパートナーを見つけるなんて……そんなことは絶対に許されてはいけない。
「プロデューサーさんと彼女さんはそのことを話し合ったの?」
はづきは首を横に振る。……きっと優しいプロデューサーさんのことだ。自分から話してくれるのを待っているんだろう。浮気をされたのも自分のせいだって責めて、何もかもひとりで背負おうとしている。
……プロデューサーさんは何も悪くない。悪いはずがない。そもそもそういう仕事に就いている以上会えない日があるのは当然のこと。仕事よりも自分のことを大切にして欲しいっていう気持ちはわからなくはないけど、それはわがままだと思う。それに相手のことを考えないで自分の考えだけを押し通そうとするなんて恋人のすることじゃない。
「……なんだかすごく嫌な話。プロデューサーさんが可哀想」
「当人同士の問題とはいえ、流石にこれはね〜……」
プロデューサーさんは今の関係をどうにかしようとたくさん悩んでいたのに相手はそんなことも考えずに別のパートナーを見つけて楽しくやっていた。こんなの許されるべきじゃない。
「戻りました……って千雪?どうかしたのか?」
「あ、いえ!なんでもないですよ!おかえりなさい」
「おかえりなさい〜」
やり場のない怒りを抱えているとプロデューサーさんが戻ってきた。朝事務所に来た時に感じた違和感、その正体に気づいてしまったからなのかどんな顔をして話せばいいのかわからない。
結局、今日一日ずっとそのことばかり考えてしまった。はづきは気にしないでいいって言ってたけど、それができるほど能天気でもなければ図太くもない。……もっともそうできていれば辛い思いもしなくて済んだけどね。
「あの、プロデューサーさん!」
「どうした?」
「えっと……その……」
あくまでプロデューサーさんは普通を装っているつもりだけど、所々でボロが出ている。例えば普段なら忘れるはずのないものを忘れていたり、時折ぼんやりしていたり。そんな姿を見て、本当に彼女さんのことが好きだったんだということがわかって胸が締めつけられる。
それと同時にこんなにも素敵な人を裏切るようなことをした彼女さんに対して怒りを抱く。
「……なんでもないです。ごめんなさい、話しかけたりしてしまって」
「ん?そうか」
少しでも気を紛らわせられないかと思って話しかけたりもしたけど……なんて言葉をかけたらわからなくて会話が続かない。他愛のない話でもするべきなんだろうけど、そんなことをしてもどうにもならないという仄暗い感情が言葉を止めてもいる。
はづきも何か考えてはいるみたいだけど上手く行動には移せていないみたいでいつもより疲れた様子だ。
「よし、今日はこの辺でいいかな」
「お疲れ様です〜。今日はいつもより早いんですね〜」
「なんとなく疲れが残っているっぽいので早めに帰ろうかなと」
「無理は厳禁ですからね〜。もしもまだ疲れが残っているようでしたら明日はお休みでも大丈夫ですので、すぐに言ってくださいね〜?」
「ははっ、そうならないようにしっかりと休みます」
プロデューサーさんはそう言うと帰りの支度を整える。……ちゃんとプロデューサーさんの口から何があったのか聞きたい。そう思ったけれど、まだ心の整理も十分にできていないと思うからそんな状態で聞くのはむしろ苦しめるだけ。
「それじゃお先失礼します」
「お疲れ様です〜」
「……お疲れ様です。また明日もよろしくお願いしますね」
自制心なのか、それとも臆病なだけなのか。当たり障りのない言葉しか口にできなかった。
プロデューサーさんが帰った後、私とはづきだけが事務所に残った。なんとなくはづきは私がしたい話を察しているのか、黙々と仕事をこなしている。そんな様子を眺めながらあれこれ考えていると、不意に事務所の扉が開く。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です〜」
「……あれ?プロデューサーは?」
「プロデューサーさんならもう帰りましたよ〜」
現れたのは美琴ちゃんだった。今日も自主練をしていたのか、ほんのりと頬が赤い。
「そうなんだ。珍しいね」
「少しお疲れだったみたいなので〜」
「……やっぱりそうだったんだ」
はづきの言葉を聞いた美琴ちゃんは何か納得がいった様子をしていて。
「プロデューサーさんが疲れていた理由とかって知ってる?」
「ううん、直接は聞いてないかな。だけど今日は普段とは違っていたというか。なんだか心にぽっかりと穴が空いたみたいだった」
「そうなんだ……ありがとう、教えてくれて」
「……何かあったの?」
急に私が質問をしたせいかそう聞かれてしまう。……これは言わない方がいいよね。でもプロデューサーさんの様子を気にしているみたいだし、どうしよう。
助けを求めるようにはづきへと視線を送ると仕方ないといった表情を返してくれる。自分から聞いておいてどうかと思ったけど、少しくらいは許して欲しい。
「プロデューサーさん、プライベートでトラブルがあったみたいなんですよね〜」
「どんなこと?」
「人間関係ですかね〜」
「そうなんだ。……どうして私にはいってくれなかったんだろう」
「心配をかけたくなかったんだと思いますよ〜?私たちは少し強引に聞いてしまったので知っているだけですし、本当なら誰にも言うつもりはなかったと思うので」
少しモヤモヤとした気持ちになったのか美琴ちゃんは表情を曇らせるけど、すぐにはづきがフォローを入れる。……そうだよね。私だってプロデューサーさんから聞いていないし、無理にでも聞かないと言うつもりはなかったのかも。
「……いつも私のことは心配してくれるのに自分は心配されるのが嫌なんだ」
「まぁ……プロデューサーさんはそういう人ですから」
困ったように笑うはづきに釣られて私も小さくため息を吐く。本当にどうしようもないというか、弱みをあまり見せたくないらしい。私としては全然構わないんだけど、やっぱり嫌なのかなぁ。
「教えてくれてありがとう。私も気になっていたから」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます〜」
美琴ちゃんは事務所に置いてあった荷物を手に取ると何か考え事をしながら帰っていった。とにかくプロデューサーさんのことは早急になんとかしないと色々な人に知られちゃって大変なことになりそう。
「やっぱりみんなわかっちゃうのかな」
正直、自分だけだと思っていたから少しだけショックを受けている。本当に些細な変化だと思っているし、私だって先日のことが無かったら気づいていなかったかもしれない。それなのに美琴ちゃんは気づいていた。
「そりゃみんなプロデューサーさんのこと好きだもの」
「!?」
「千雪の好きとは違う意味でだけどね〜」
「もぉ〜!はづき〜!」
……ビックリした。もしかしたら美琴ちゃんも私と同じかと思ったけど、そういうことじゃないみたい。とはいえ警戒するに越したことはない……のかな。
だけど、今は個人的な色恋を優先するわけにはいかない。
「ごほん、それでこれからどうする?」
「どうするって?」
「プロデューサーさんのこと。このまま何もしないで自然解消なんてあんまりじゃない?」
「とはいえ私たちは相手のことを知らないし、どうしようもないんじゃないかな」
相手の方から直接別れ話をされているわけでもないし、プロデューサーさんが言葉で確認したわけじゃない。ただ見てしまっただけ。……それで証拠は十分だろうけどね。
「……プロデューサーさんはどうしたいんだろう。浮気されていても相手が言うまで黙っているのか、浮気されていても好きだからこの関係を続けるのか」
前者ならプロデューサーさんは別れる気持ちがあるということだし、力になれることはあると思う。だけど後者の場合は……どうしようもないかもしれない。裏切られても嘘をつかれても相手のことを想えるなんてよっぽど好きで愛していないと無理なことだから。
……羨ましい。プロデューサーさんからそこまで愛を注いでもらっているのに別の人にうつつを抜かすだなんて。本当に、許せない。
「千雪、怖い顔になってるよ〜」
「……そうかな?」
「もう……そんな顔してたらプロデューサーさんに怖がられちゃうわよ〜」
「うっ……気をつけないと……」
彼女さんの話になるとついつい感情が昂ってしまう。……プロデューサーさんと話す時は気をつけないと。
強いチームワークは一つの敵によって生まれる。では敵が居なくなれば・・・?