黒田将矢──“当たり前じゃない今日”を力に変えて、復活の道へ再び走る
こんにちは、西武ライオンズ広報部です。
今シーズン、初めて開幕一軍入りを果たした黒田将矢投手。2021年ドラフト5位でライオンズに入団した本格派右腕で、3月30日(日)の日本ハム戦でプロ初登板を果たしました。
「あとで映像を見たら緊張で顔が引きつっていました。プロ初登板を想像したことはありましたけど、観客の多さや歓声などすべてが想像以上でした」と振り返ります。
母と投げ合った日々――何もない町からプロのマウンドへ
黒田投手は青森県むつ市出身。下北半島にある本州最北端の市です。
「故郷は何もないところですね。雪はめちゃくちゃ降りますけど、コーヒーチェーンや映画館など遊びに行く場所はありません」。
幼い頃の遊びは海釣りや走り回っての鬼ごっこ。野球を始めたのは小学4年生のときで、友達に誘われたのがきっかけでした。
「最初はうまくできなくて、クラブチームのなかでも一番下手でした」。
その悔しさをバネに、元ソフトボール選手の母と毎日練習を重ねます。
「僕より母のほうが悔しそうでした。キャッチボール、ティー打撃のボール出し、ノック……。そのうち、キャッチャー防具まで買って、僕の球を受けてくれました」。
そうするうちに上達し、野球も好きになっていったといいます。
最初のポジションはライトでしたが、小学5年生で投手に転向し、県大会で活躍。中学では軟式野球部に所属します。その後、練習会に参加したことがきっかけで、八戸工大一高へ進学します。入学時は120km程度だった直球が、毎日6kmの帰寮ランニングで1年秋には140kmに。2年からエースとなり、県ベスト8や準優勝を経験しました。
そんな黒田投手の転機は高校2年の秋、八戸西高に敗れた試合です。その後、八戸西は順調に勝ち進み、翌春センバツ出場を果たすことになります。
八戸西高に敗れるまで県内で勝ち続けていた黒田投手は、その時県内で誰にも負けない投手になると決めました。
丸太を抱えて砂浜を走る練習にも耐え、最後の夏は準決勝で敗れるも、長身からの速球が評価されドラフト指名を受けるまでに成長しました。
この“走る”ことが、のちに自分自身を助けることになります。
157kmからの迷走――そして復活の道へ再び走る
プロ1年目はイースタン・リーグで10試合登板。2年目は7月に右前腕の肉離れで約1ヵ月の離脱を余儀なくされるも、復帰後は順調に登板を重ねていきまいた。さあ、これからというプロ入り3年目のシーズン、黒田投手の前に壁が立ちはだかります。
「すべてがうまくいかなくなってしまって……。体を動かせないし、球速は出ない。変化球のキレもなくなってしまいました。球速は140キロ台中盤になり、『今年で終わりかな』『今オフ戦力外かな』と悪いことばかり考えていました」。
同期の菅井信也投手、羽田慎之介投手が一軍デビューを果たし、焦りも募るなか、不調の原因の一つはオフの自主トレーニングの変更ではないかと気が付きます。
「涌井さん(中日ドラゴンズ)のグループを離れて筋トレ中心にしたんです。前年、肘を痛めた際に、筋トレをして自己最速157キロを出したのを思い出して、速い球を投げるには筋力だと思ってしまったんです」。
しかし結果は逆で、体がうまく操れなくなり球速もダウン。
「それだけが原因だったとは言えないかもしれませんが、今の自分には失敗だったと思います。どうしたら良いかと悩んでいたとき、何気なくランニングを増やしたらフェニックス・リーグやウィンター・リーグで徐々に改善されていく手応えを感じて『やっぱり自分には走る方が合っている』と思いました」。
シーズン後、涌井投手に「また一緒に自主トレをさせてください」と連絡。長距離やインターバル走などで毎日10キロ近く走り込み、春のキャンプを迎えました。その総走行距離はなんと140km越え。自主トレ先の館山から所沢まで走って帰れることになります。
シーズン中もできるだけ長い距離をキープしているといい「ブルペンに入る日も関係なく走る」という方法で現在も継続中です。
直Pと言われるランニングを16本、ベルーナドームのライトポールからレフトポール間を約8往復する計算になります。
涌井投手から言われた「君の一番の武器は、真っ直ぐでも変化球でも同じように強く腕を振って投げられるところ。バッターは嫌だろうから、どんな場面でもそれを心がけて」という言葉は、今シーズンの黒田投手の心の支えになっているといいます。
苦しい日々が教えてくれたこと
昨年は人と顔を合わせるのもつらく、食事と入浴以外は部屋にこもる日々でした。
「『どうして三軍にいるの?』『なんで投げないの?』と聞かれるのが苦しくて」。
今は一軍のマウンドに立ちながら、こう話します。
「昨年までは『一軍で投げたい』なんて言える立場じゃありませんでした。でも今は言える。もっと投げたいし、大事なところで投げられる投手になりたいです」。
さらに昨年の経験から得たことがあります。
「プロ野球選手はいつどうなるかわからない。投げられることは当たり前じゃないと痛感しました。だからこそ、いただいた機会は全力で抑えたい。家族やファンの皆さんが喜んでくれるのを見ると、自分のプレーで元気を与えられると感じます」。
目指すは勝利のラストピース。
「最終的には勝っている試合の後ろで投げたいです。そのために一試合一試合しっかり投げて信頼を勝ち取りたい。チームの勝利のひとつのピースになれるように、これからも腕を振ります」
ランニングを継続することで「人より走っている」という自信と、その自信から生まれる“動じない心”が黒田投手を強くしました。
苦しさも喜びも力に変えて前進するその表情は、今の一球一球が“当たり前じゃない今日”の証であることを物語っています。



コメント
1AI校正のShodoです。
タイプミスがございましたのでご連絡です。
復帰後は順調に登板を重ねていきまいた
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復帰後は順調に登板を重ねていきました
プロの厳しさとそれを乗り越えていく黒田投手の強さに感動しました。