裕福な愛人の娘だった私が風俗嬢になった理由と、風俗店を刑事告発した理由
はじめまして。私は2022年から風俗店に勤務している琴音(仮名)と申します。
まず、私の生い立ちは非常に特殊です。
私の父は中国人で、1987年に日本に留学しました。父方の祖父は国務院の官僚で、祖母は歯科医師で、父の家庭は相当裕福でした。対する私の日本人の母は全く裕福ではなく、中国人の父に金で飼われている現地妻でした。
父は1987年に来日当時、実家の北京に正妻がいましたが、日本人の母は10年程度、日本での現地妻にさせられて、私は未婚の非嫡出子として東京で出生しました。
なので、出生以来日本国籍で、中国国籍を保有することはできませんでした。
私が生まれる前に父は北京に帰国してしまい、その後は母が仕事で米国のシカゴにいたため、私は母の実家で祖母に養育され、私立小学校に通学していながら夏休み等はシカゴに訪問していました。
ところが、小学5年頃、祖母が認知症になり、老人ホームに入居したため、私は初対面の父に会う事になりました。小学校を卒業と同時に、父と共に北京に渡りました。
本来中一ですが、私は中国語も英語も全くわからなかったので、1年半、北京の自宅で家庭教師を数人つけて中国語と英語を猛特訓させられました。また、父はDVが酷く、とても苦しく、日本にも帰れず寂しい日々でした。
1年半後、中国語と英語をマスターしたら、国立の中高一貫に、日本からの留学生として、1年半遅れで中学校に通えました。
ところが、高等部の時、父のDVを相談していた物理教師と恋愛関係になったことから、父の逆鱗に触れ、無理矢理日本に帰国させられました。
日本に1人で帰国後は、母は更年期であまり働けず、とても貧乏でした。他方で中国にいた時はお手伝いさんがいる豪邸で、そのギャップに耐えられませんでした。そのため、アプリを用いてパパ活を続けました。
そんな中、行政に保護され、夜間中学校という、生徒の8割が外国人の学校に無理矢理入学させられました。夜間中学校を卒業後は通信制高校に入り、その後高認を取り辞めました。そして、國學院大學法学部に成績優秀者で入り、学費をほとんど負担せず卒業しました。
この頃からお金への執着がより一層芽生えはじめ、風俗勤務を続けるようになりました。しかし大学2年の時に中国人父、中国の祖父母が相次いで中国で亡くなり、国際相続裁判で数百万円の着手金を支払い、ちょうど大学を卒業し、少しだけ就職した頃に、遺産が中国から入ってきたので、それを機に会社も風俗も辞めました。
風俗店のルーブルを刑事告発した理由としては、本当に熱が出ていたのに、罵声を浴びせられ、クビになった事を一年近くずっと恨んでいたからです。いつか大きな仕返しをしてやろうと思っておりました。
以上です。


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