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やまゆり園障害者殺傷事件の植松死刑囚の獄中結婚について正式に離婚が成立! 翼さんの手記公開!

月刊『創』編集長
植松死刑囚が描いた翼さんのイラスト(植松死刑囚本人提供)

 本当は7月7日発売の月刊『創』(つくる)8月号の「やまゆり園事件10年」の大特集の中で発表するつもりだったが、通信社などから問い合わせが入ってしまっているので、少し早く発表することにしよう。この間、書いてきた植松聖死刑囚の離婚が正式に成立した。

 2年前に相手女性である翼さん(仮名)からの電話を皮切りに獄中結婚仲介の労をとった私としては、残念という気持ちだが、こういう問題では個人の意思が尊重されるべきだから仕方がない。むしろ翼さんの次の人生が実りあるものになることを祈ることにしよう。離婚届も提出され、翼さんは戸籍上、旧姓に戻っている。

 以下、ここに翼さんが、本来は『創』次号のために書いた手記を公開する。

 そもそも獄中結婚の経緯をご存じない方、また前回公開した離婚への動きについての記事を読んでいない方は下記を参照いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/419548cf821381487a39a980b347fc15b11dfa44

衝撃!やまゆり園障害者殺傷事件の植松聖死刑囚が獄中結婚! しかも何と相手は障害を持つ女性

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/d09676cdae8b802bd2f1fc5f5476e124c2d4eeda

やまゆり園障害者殺傷事件10年の節目に植松聖死刑囚と翼さんとの新たな離婚騒動が…

 では以下、翼さんがごく最近書いた手記だ。彼女の年齢は現在、27歳。植松死刑囚とは約10歳違いだ。離婚の為の正式な手続きが成立したことを踏まえての心境だ。

「植松聖さんとの獄中結婚、そして離婚を決めた今思うこと」

 2016年7月26日、相模原障害者施設殺傷事件。

 あの日、日本中を震撼させた事件の加害者が植松聖さんでした。

 私が彼と関わるようになった最初のきっかけは、愛情というよりも強い興味だったと思います。

 19人もの命を奪うという、一線を越えた人間は何を思い、何を考え、生きているのか。

なぜそこまで至ったのか。その内側を知りたい、その人間そのものを見たい。

 そんな思いが、植松聖さんとの始まりでした。世間から見れば、私の選択は理解されないものだったと思います。

 獄中結婚という形を選んだことで、多くの批判を受けました。

 そして何より、その行動によって傷ついた被害者ご遺族の方々がいたことを、私は忘れていません。

私が彼と結婚したこと、それ自体が苦しみや怒りを呼び起こしてしまったかもしれない。

そのことについて、心から申し訳なく思っています。

 それでも、私にとって植松聖さんと向き合った時間は、確かに意味のある時間でした。

面会室で、アクリル板越しに手を合わせたことがあります。

 触れることはできない。

 その透明な壁は、物理的な距離だけではなく、彼が背負った現実そのもののようにも思えました。

 その時間の中で私は、言葉だけではわからない感情や沈黙に触れていきました。

 近くにいるのに遠い。

 理解しようとしても届ききらない。

 そんな感覚を何度も繰り返しながら、それでも私は彼という人間を知ろうとしていたのだと思います。

 彼と関わる中で、不思議なことに私は「死」ではなく「生」を考えるようになりました。

 人の命が奪われた現実の中にいたからこそ、逆に私はいつか新しい命を授かりたい、あたたかい家族を持ちたいと思うようになりました。

 そんな気持ちが少しずつ私の中に生まれていきました。

 そして今、私のそばには新しいパートナーがいます。

 彼もまた、植松聖さんとはまったく違う形で、私自身を変えてくれた存在です。

 人を愛すること。

 日常を積み重ねること。

 誰かと未来を考えること。

 そういう当たり前の幸せを、私は彼といる中で少しずつ知っていきました。

 植松聖さんとの時間が私に「生」を考えさせ、今のパートナーとの時間が私に「生きること」を教えてくれた。

 その二つの時間があったから、私は今、離婚という決断をしました。

 今後、植松聖さんに関する取材や発言を求められることがあるかもしれません。

けれど、現時点で私はそれに応じるつもりはありません。

 それは、今の植松聖さんの真実を私なりに知っているからです。

 でも、その真実を世の中に伝えたとしても、誰かが救われたり、前向きになれたりするものではないと感じています。

 だから私は語らないことを選びます。

 それは隠すためでも、逃げるためでもなく、自分の中で区切りをつけるための選択です。

 これは過去を否定するためではありません。

 あの時間があったから今の私がいる。

 でもこれからは、自分の人生の時間を一番守りたいと思ったのです。

 愛する人と過ごす時間も、いつか授かれたらと願う新しい命も、自分自身も。

 これから先の時間を、自分の意思で守っていきたい。

 それが今の私の選んだ道です。

 そして最後に願うのは、二度とこのような事件が起こらないことです。

 同時に、この事件をただ過去の悲劇として終わらせるのではなく、安楽死という重いテーマや、福祉施設が抱える現実や課題について、社会が改めて考えるきっかけになってほしいとも思っています。

 簡単に答えの出る問題ではありません。だからこそ目を背けず、考え続けることに意味があるのだと思います。

 そして最後に、世間から多くの批判があった中でも、未熟な私をここまで見守り、支えてくださった方々の存在に心から感謝しております。

 本当にありがとうございました。            翼

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ありがとうございます。
月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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