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クレープ/Novel by Bananaore

クレープ

6,045 character(s)12 mins

続き(咲希ちゃん視点)→ novel/23099617

※天馬兄妹の幼少期を捏造しています
※司が過去のトラウマを抱えています

————————————————————

天馬司が異常なまでに妹を溺愛していることに対して、人は疑問を抱かない。

司の情熱的な性格と、咲希の天真爛漫さによって隠れているが、司の彼女への執着は常軌を逸している。

咲希の兄だから? 咲希が病弱だから?

おそらく、それもあるだろう。

しかし、彼が妹に過保護になるのには、もっと直接的で、決定的な要因があるのだ。

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「司はお兄ちゃんだから、咲希を守ってあげてね」
「妹のために我慢ができて偉いぞ、司」
「咲希も、いいお兄ちゃんを持ったわね」
「妹のことを大切にできる、いい兄だな!」

 腐るほど言われ続けてきた言葉。
 それを裏切ったことが、一度だけある。


 ☆


「お兄ちゃん!」
 咲希が大型ショッピングモールのパンフレットを司の目の前に突き出した。
「明日、ここに一緒に行かない?」
 妹の頼みとあらば「当然だ」と即答するのが常である司だが、パンフレットを見て眉根を寄せた。
「最近オープンして話題になっているところか?」
「そうそう!」
 パンフレットを司に持たせて、別の紙を懐から取り出す。
「そしてこれが、そのショッピングモールでしか使えない割引券! お兄ちゃんもこの前もらったでしょ?」
「もらったが……」
 人を呼び込むためのものだろう。学校で配られて、まだ机の引き出しにしまってある。
「この券、使えるの明日までなんだって〜!」
 だからお願い、ついてきてほしいの! と咲希が手のひらを合わせた。司は妹からの「お願い」に弱い。普段なら二つ返事で了解していることだろう。明日は日曜日。予定もない。しかし、司には懸念していることがあった。
「あそこはたしか、『人が多すぎて進めない』で有名なところではなかったか?」
 ついこの間新設された商業施設ということで、毎日たくさんの客が押し寄せるのだ。
 司も前を通りかかったことがあるが、ガラス張りの店内を外から見るだけで、満員電車かと見紛うほど人間が詰まっているのがわかった。
 休日は特に人で溢れかえるのは、言うまでもない。
「もう少し落ち着いて、人が減ってからの方がいいんじゃないか?」
「アタシも、割引だけなら後で行けばいいかなって思ってたんだけど、これ見て!」
 咲希が割引券の端を指差す。
 【この券をお持ちいただいたお客様には、必ずぬいぐるみプレゼント!!!】
 強調された文字の横には、動物を模した、いくつかの可愛らしいぬいぐるみの写真。
「この中から一つ、自分で選べるんだって。でもこれ、限定品らしくて、調べたらどこにも売ってなかったの! 行かなかったら一生後悔する!!」
「うむ……」
「いっちゃんたちはみんな予定あるし、お兄ちゃんしかいないんだよ〜」
 咲希がしょぼんとする。
「お兄ちゃんがどうしても行きたくないんなら、アタシひとりで──」
「行こう!!!」
「ええ?!」
 突然大声を出した司に、咲希が目を丸くした。
「共に行こうではないか、ぬいぐるみを手に入れるために!!!」
「ありがと……じゃなくて、お兄ちゃん? 急にどうしちゃったの?」
 突如手のひらを返した兄に困惑する妹も意に介さず、司は左手を腰に当て、右手で天を指差してポーズをとった。

 ──ひとりで行かせるわけにはいかない。


 ☆


 入り口から足を踏み入れた途端、人の熱気が押し寄せてくる。この人数の前では、冷房など役に立たないだろう。
「わあ、すっごい……!」
 咲希は暑さは気にならないようで、ひたすら内装に感動している。
 話には聞いていたが、想像以上に手が込んでいた。
 海をモチーフにした一階は、壁のところどころに海の生物が描かれており、泡をイメージした大小さまざまな円が床を彩っている。
 とはいえ、そのほとんどは人の姿に隠れて見えない。人の波に乗ればかろうじて進むことはできるが、少し目を離せば、前を歩く咲希がどこに行ったかわからなくなってしまうだろう。
「咲希、さっきも言ったが絶対に離れないようにするんだぞ!!! この人の量では電波が繋がらんからな!!!!」
 周りの雑音に飲み込まれないように叫ぶと、咲希が「お兄ちゃん!」と嗜めた。
「そんなに叫ばなくても聞こえるよ! わかってるから、大丈夫!」
 「手を繋がなくても平気か?」とたずねたら、「アタシもう子供じゃないんだよっ」とぷくりと頬を膨らませた。
「あ、ここだ!」
 咲希が人の流れから外れる。すかさず司も後に続く。
「咲希が行きたいと言っていた店か?」
「そう! かわいい服が売ってるんだよね」
 きらきらした目でひとしきり店内を見渡すと、鼻歌を歌わんばかりの上機嫌で歩いていく。
 楽しそうにしている咲希を見ると、こちらまで嬉しい気持ちになる。
「あ、お兄ちゃんはここで待っててね」
 後ろをついて行こうとした司を、咲希が慌てたように制止した。
「ん? なぜだ?」
「……あ、あんまり、人に買い物してるところって見られたくないものでしょ?」
「そういうものなのか?」
「そういうものなの!」
 咲希は眉を上げ言い張った。
 本当は買い物中も側についていたかったが、それなら仕方がないだろう。幸い、店内にはそこまで人が集まっていないし、司とて咲希の楽しみを邪魔するのは本意ではない。
「気をつけるんだぞ!」
 手を大きく振って見送ると、「服買うだけなのに、大げさだって……」と小さく呟きながら、咲希は店に入っていった。


 ☆


 三十分が経った。
 咲希はまだ出てこない。
 大方、片っ端から試着でもして悩んでいるのだろう、と気にしていなかったが、店内に人が増え始めたため一度確認しようと店に入った。思いのほか広い店内を一周する。
 しかし咲希は見当たらなかった。
「咲希?」
 名前を呼ぶが、客たちのざわめきに吸い込まれてしまう。
 試着室は、すべて空いていた。
「咲希!!」
 何度も店内を往復した。それでも見慣れた髪色は見つからなかった。
 店の中に彼女はいない。
 胸がざわざわと喚いている。
 ……咲希はどこだ?
「まさか」
 入れ違いになってしまったのかと、司は店の外に出る。そして気づいた。
 もし入れ違ったのなら、もう駄目だ、と。
 人の数は来た時より膨れ上がり、イワシの大群のように大きな塊を作っている。
 右を見ても、左を見ても、同じような光景が続くばかり。この中からひとりの人間を探し出すことは、不可能に近い。
「咲希、どこにいる?!」
 人混みをかきわけて進む。何度足を踏まれても、何度人にぶつかっても、司は探し続けた。
 杞憂が現実になってしまった。司が咲希の誘いを渋った一番の理由は、混雑した施設内で咲希を見失いたくなかったから。
 鬱陶しい熱気が、重く司にのしかかる。
「咲希……」
 司は人の群れから外れて、くすんだ壁に寄りかかった。
 どんなに探し回っても彼女はいない。
 ——オレのせいだ。
 息苦しさを感じて、司はしゃがみ込んだ。
 ——オレが離れたりしたから、咲希はいなくなってしまった。
 、咲希とはぐれてしまった。

 一度も忘れたことのない記憶が、鮮明にフラッシュバックする。
 咲希はとうの昔に忘れているであろう、あの時の記憶が。


Comments

  • あおりんご☆彡

    なるほど、あなたが神ですね。

    September 28, 2024
  • れおyb

    好きです。(唐突な告白) ブッ刺さりました!ありがとうございます!陰ながら応援させていただきます…!

    September 28, 2024
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