支える者達
倉本千奈を異なる立場から支える二人の関係を描いたお話。
(ごく僅かに過去書いた作品の延長となっている描写があります)
彼女の純真さや気高さを最も近くで浴びていたそれぞれが千奈を大切に想う二人はきっと似た感情を共有できると思います。
こうして対話の機会を与えられれば、きっと得難い理解者として、今以上に頼れる協力関係を結べるのではないかと思って書きました。
千奈さんSTEP3からこの話を書こうと思ったのですが、主従のやり取りや思想の解像度が足りず、大分時間がかかってしまい……。
- 47
- 59
- 1,003
「なるほど、泊まりでのお仕事ですか」
「はい。一般的には担当プロデューサーが初星学園から出る経費の範囲で手配を行うものですが、我々の場合はまた違った対応が必要かと思いまして」
プロデューサーの担当アイドルに地方での仕事が入った。
拘束時間からして、泊まりでの遠征とした方がアイドルの負担が小さいと判断したが、その手配については彼女の実家へと直接相談する必要があった。丁寧過ぎる対応だと普通なら考えるかもしれないが、こと彼の担当アイドルにおいてはその限りではない。
『倉本千奈』
大財閥『倉本グループ』会長の孫娘であり、初星学園のアイドル科の1年生。学園へ通うため別荘に住み、メイドに囲まれて生活しているまるで創作の世界から現れたような規格外の令嬢。
「お気遣いいただきありがとうございます。私も同行させていただくことになりますので、宿泊施設に関してはプロデューサーの分も含め倉本家で手配いたします」
「助かります。仕事先の位置情報は後ほどメールで」
そんな規格外の担当アイドルを持つプロデューサーと限りなく事務的なやり取りを行うのは倉本家の使用人にして、千奈が最も信用する人間の1人である氷渡香名江。
いつも通りクラシカルなメイド服に身を包み、その一挙手一投足は目にする度に感嘆の声がもれそうになるほど洗練されている。
千奈のことを何よりも大切に想っており、理想的な主従関係を築いている彼女は、千奈から色々と話を聞く機会も多い女性であり、主に倉本家との仲介を担当してもらっている同僚のような存在なのだが、実のところプロデューサー自身、香名江との関係はあまり良好ではないと感じていた。
「ご用件が以上でしたらこれで失礼致します。お嬢様をお待たせしてはいけませんので」
「あ、はい。お時間をいただきありがとうございます」
必要以上の会話はしないとさっさと切り上げその場を立ち去ろうとする香名江。彼女が言う通り千奈を待たせないためというのも嘘ではないだろうが、当の千奈は今さっきレッスンを終えて片付けを始めたばかりで、香名江もそれは承知しているはずだ。
それにも関わらずこういった対応をされるということは、つまるところ避けられているのだとプロデューサーは考える。
「……何かございますか?」
立ち去ろうとする香名江へプロデューサーが何か言いたげにしていると、その気配を感じ取った香名江は居心地が悪そうに問いを投げた。
相変わらず口調に対して冷たい声音だったが、当人もあまり行気の良い態度ではないと自覚していたこともあり、明らかに気を使わせていることに対してどこかバツの悪そうな表情を浮かべている。
「あ……っと、最近、ご自宅での倉本さんの様子はいかがですか? 結構な仕事を受けていますからお疲れではないかと……」
せっかくなら何かを話そうと、プロデューサーが千奈の近況を聞くと、先ほどまでの様子は引っ込み香名江は心配の色を見せながら答えた。
「それはもうお疲れのご様子ですよ。ご食事とご入浴を済ませ、花海さんのお姉様から教えていただいたマッサージをして差し上げているとそのまま眠ってしまうほどです」
「やはりそうですか……。詰め込みすぎ、でしょうか。倉本さんの負担が許容量を超えてしまっているのだとすれば、プランの見直しが必要か……」
最も近くで千奈を支え続けてきた香名江から見ても千奈の疲労は相当なものなのだろう。今一度千奈と話し合い今後の方針を擦り合わせようと、プロデューサーが口元に手を当てて考え込んでいると、ですが。と香名江は続ける。
「毎日短い時間ですが、お嬢様は疲れていてもとても嬉しそうにその日の出来事をお話ししてくれます。なによりテレビに映るご自身の姿を見て、自らを誇らしく思うようなお顔を見せてくださるのです」
その時の千奈の様子を思い出し、心から嬉しそうに、そして慈しむように香名江は語る。
「……以前のお嬢様にはなかったことです。きっと日々が充実しているのだと」
愛する主人に訪れた変化。
しかし千奈の姿を思い浮かべながら変化を語る香名江の表情に、微かに陰が落ちたようにプロデューサーは感じた。
「何か懸念が?」
「いいえ。使用人一同大変喜ばしく思っております。……プロデューサー。あなたの尽力のおかげなのでしょう」
香名江からの初めての褒め言葉にプロデューサーが驚きながらも、多少なりとも認められたと嬉しく感じていた。
これをきっかけにもう少し互いに遠慮なく業務連絡や千奈の話を出来るようになりたいと、この先へと希望を募らせてもいた。
――――ただ、二人の関係は一筋縄ではいかないものだった。
「感謝はしています。ですが、だからこそ私は、あなたのことが気に入らない」
「はい……?」
それは誤解のしようがない明確な拒絶。
表情は鉄の仮面で覆い隠され、先刻までは見えていた感情の色も今の香名江からは読み取れない。
結局その真意を問いただすことも出来ないまま、その日は解散となった。
滅茶苦茶良かったです!