『デレたら塩対応されたので先生のバグを物理的に修正しようとするケイ』のお話
ケイちゃんのSSを投稿してついに10作目……。
色々書いたけどやっぱりケイちゃん可愛いね
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論理的思考、客観的な状況分析、そして最適解の導出。
それが、かつて「無名の司祭」によって生み出された人工知能であり、現在はミレニアムサイエンススクールの一員として生きる私――天童ケイの得意とするところでした。
しかし、ここ最近。私の内蔵データベースは、ある一人の大人の前でだけ、極めて非合理的なバグを頻発させていました。シャーレの『先生』。
私の存在を否定せず、アリスと共に光の当たる場所へと引っ張り出してくれた、どうしようもなく不器用で優しい人。
彼に対して、私は常に「保護者」や「優秀なQAプロデューサー」として接してきました。口を開けば小言ばかりで、彼の無防備なスキンシップに対しては顔を真っ赤にして怒鳴り散らし、決して素直になることはありませんでした。
『先生ッ! だから何度言ったらわかるんですか! また徹夜なんて非合理的な真似をして!』
『私がいなければ先生は三日で生活破綻しますよ!もっと私に感謝してください!』
――いわゆる、世間で言うところの『ツンデレ』というやつです。
恥ずかしさを隠すために理論武装し、怒ったふりをして相手を牽制する。それは私にとって最強のセキュリティであり、心の防壁でした。
ですが、ある日ふと気づいてしまったのです。
「このまま私が素直になれないでいたら……先生はいつか、私の小言に愛想を尽かして、離れていってしまうのではないか?」と。
ネットの恋愛コラムや、モモイがプレイしていたギャルゲーのシナリオ解析結果によれば、『過度なツンは好感度の低下を招き、素直にデレるヒロインが最終的なトゥルーエンドを迎える確率が極めて高い』という明確なデータが存在しました。
それに、アリスや他の生徒たちが無邪気に先生に抱きつき、「大好き!」と笑顔で伝えているのを見るたび、私の胸の奥はギリリと焼け焦げるように痛んだのです。
(……私も、先生に可愛いと思われたい。ただの世話焼きの機械ではなく、一人の女の子として……愛してほしい)
その思いが閾値を超えた夜、私は決意しました。
これまでの分厚い装甲を脱ぎ捨て、先生に対して素直に、100%の好意を表現する。そうすれば、先生もきっと今まで以上に私を愛おしく思ってくれて、二人の関係は次のフェーズへと移行するはずだ、と。
しかし。私は知らなかったのです。 このキヴォトスで最も優しい大人が抱える、極めて特異で、歪な『バグ』の存在を。
そして、この素直な歩み寄りが、私自身を底なしの絶望へと突き落とすトリガーになるということを。
* * *
「おはようございます、先生! 本日もシャーレの当番に参りました」
数日後。私はシャーレの執務室の扉を開け、今までで一番の笑顔を作りました。
鏡の前で何十回も練習した、威圧感ゼロの、ふんわりとした柔らかい笑顔。声のトーンも意図的に少しだけ上げ、好意がストレートに伝わるようにチューニングしてあります。
"お、おはようケイちゃん。今日も早いね……って、あれ?"
デスクでコーヒーを飲んでいた先生は、私の様子を見て少しだけ目を丸くしました。いつもならここで『また朝からブラックコーヒーですか!
胃に悪いです!』と小言を言うところですが、今日は違います。
「ふふっ。先生の顔を早く見たくて、つい足早になってしまいました。……はい、これ。先生の好きそうな甘いミルクティーを淹れてきましたよ。一緒に飲みましょう?」
"え? あ、うん……ありがとう。でもケイちゃん、なんだか今日、機嫌いい? いつもみたいに怒ってないというか……"
「怒りませんよ。だって、先生は毎日こうしてキヴォトスのために頑張っているんですから。私はそんな先生のことが、とってもかっこいいと思っていますし、尊敬していますから……♡」
上目遣いで見つめ、語尾に少しだけ甘い吐息を混ぜる。完璧です。恋愛コラムの『男を落とすモテ仕草100選』に忠実なアプローチ。
さあ、先生。顔を真っ赤にして照れて、「ケイちゃん可愛いね」と私の頭を撫でてください。
しかし。
"そっか。ありがとう、ケイちゃん"
「……え?」
先生の反応は、私が予想していたものとは全く異なりました。
照れるでもなく、動揺するでもなく。ただ、少しだけ困惑したような、あるいは『気が抜けた』ような表情で、微かに苦笑いしただけだったのです。
"それじゃあ、今日も書類仕事手伝ってもらえるかな? 左側の山をよろしくね"
「あ……は、はい。わかりました」
先生はそれきり視線をパソコンのモニターに戻してしまい、私に対する興味をスッと切ってしまったかのように作業を始めてしまいました。
おかしい。私の演算では、ここでスキンシップが発生し、甘い雰囲気に突入するはずだったのに。
(……もしかして、私のデレがまだ足りなかったのでしょうか? もっとダイレクトな好意を伝えないと、この鈍感な先生には伝わらない?)
私は焦りを感じながらも、作業の合間に何度もアプローチを試みました。
「先生、お疲れ様です。肩、揉みましょうか?」
"あ、大丈夫だよ。自分でやるから"
「せ、先生! この処理、終わりました!」 "うん、助かったよ。そこに置いておいて"
「先生……っ、私、先生のためならなんだって……」
"あっ、ごめん電話だ……。後で聞くね"
――冷たい。おかしい。どうして?
私がツンツンと怒って、文句を言いながら強引にお世話を焼いていた時は、先生の方から「ごめんごめん、でもケイちゃんは優しいね」とヘラヘラ笑いながら近寄ってきてくれたのに。
あんなに「ケイちゃん、こっちおいで」とウザいくらいに構ってきてくれていたのに。
私が素直に、彼を肯定し、従順に微笑むようになった途端。先生の態度は、目に見えて『事務的』なものに変わっていったのです。
まるで、私という存在に対する『興味の火』が、プツリと消えてしまったかのように。
* * *
その日から、先生の私に対する対応は「塩」と呼ぶにふさわしいものになりました。
挨拶は交わしますし、業務の会話もします。ですが、そこにはかつてのような体温がありません。私がどんなに甘えようとしても、可愛い服を着ていっても、アリスのように無防備に抱きついても。
先生はただ「はいはい」とあしらうだけで、すぐに私を体から引き剥がしてしまうのです。
「どうして……どうしてですか……」
夜の宿舎で、私は自らの胸を掻き毟るような焦燥感に襲われていました。
「私が、素直になったから? 先生を困らせないように、迷惑をかけないように、ただ純粋な愛だけを提示したから……飽きられてしまったのですか?」
──嫌われた? その四文字の事実が、私の心を冷たく凍らせていきます。私の何がいけなかったのでしょうか。もっと、以前のように怒るべきだった?
いいえ、でも、人間関係において『素直になる』ことがマイナスに働くなどというロジックは存在しないはずです。
答えが出ないまま、私はある日、シャーレへの忘れ物を取りに、休日のオフィスへと足を運びました。 そこで私は、見てしまったのです。
少しだけ開いた執務室のドアの隙間から、声が聞こえました。
「ちょっ……! 何足舐めようとしてんだこのヘンタイ! 離れろッ!! 」
バンッ!と、机を蹴り飛ばすような激しい音。
隙間から覗き込むと、そこにはゲヘナ学園風紀委員会の銀髪の狙撃手――銀鏡イオリが、顔を真っ赤にして激怒している光景がありました。
私なら絶対にしないような、先生に対する最大の不敬。普通なら、大人として厳しく指導する場面です。先生も当然、不快感を示すはず――。
"あぁっ……イ、イオリ……! ごめん、つい吸い寄せられて……もう一回罵ってくれないかな?"
「はぁっ!? ちょっ……!? 靴脱がそうとするな!! 」
――私の処理回路が、完全にフリーズしました。
彼女に足蹴にされ、汚い言葉で罵倒され、あからさまに嫌悪の視線を向けられているというのに。
先生の顔は、かつて見たことがないほど活き活きと紅潮し、最高に幸せそうな、欲望に満ちた熱い笑みを浮かべていたのです。
(…………え?)
私の知らない先生でした。
私がどんなに『愛しています』と伝えても向けてくれなかったあの執着と熱情を、先生は……『自分をゴミのように扱う生徒』に向けて、惜しげもなく放出していたのです。
「このっ、変態!! 死ね!」 "イオリ、ありがとう! 私のライフは全回復したよ!" 「マジで病院行け!!」
楽しそうに。本当に、心底楽しそうに。
私は、呼吸の仕方を忘れたようにその場に立ち尽くしました。 ……そういえば。
以前、SRT特殊学園の生徒が強く先生に当たっていた際も、先生は少しも怒らず、むしろ嬉しそうにニヤニヤと笑って彼女に絡みに行っていました。
私が「不法侵入メイド」としてトキを追い出そうとキツく叱り飛ばしていた時も、先生はハラハラしつつも、どこかあの言い争いを楽しんでいる節がありました。
点と点が、最悪のロジックとして結びつきます。
(……先生は。素直で、従順で、無条件の愛を向ける女には……欠片も、興味がない……?)
自分に逆らい、冷たい言葉を投げかけ、手酷く扱う『ツンツンした』存在。
あるいは、心を開いていない状態の生徒に構い倒し、困惑させ、その防壁を無理やりこじ開けることに快感を覚える……そういう、極めて倒錯したマゾヒスティックな性質を持つ大人だった。
(だから……)
私がツンデレの防壁を捨て、「攻略完了」してしまった瞬間に。
先生の中での私の価値は、暴言も小言も与えてくれない、何の刺激もない『不良在庫』へと暴落してしまったのだ。
「――――あ」
ポタ、と。 視界が滲み、目から雫が床に落ちました。痛い。痛いです。心が、引き千切られるように痛い。
私が、どれだけ勇気を出したか。 嫌われるかもしれない恐怖を抑え込んで、不器用な自分が先生に甘えるために、鏡の前でどれだけ必死に笑顔の練習をしたか。
先生に喜んでもらいたくて。先生の特別な存在になりたくて、自分を変えたのに。
――『素直なケイちゃんには、もう興味ないよ』。
そう宣告されたも同然でした。私は、彼のために自分を変えた結果、彼から見捨てられたのです。
「は、ははっ……」
乾いた笑い声が、廊下に溶けて消えます。私はいそいそと、足音を立てないようにその場を立ち去りました。
あの部屋で繰り広げられる、彼女との熱のこもったやり取りを、これ以上記録したくなかったからです。
* * *
その日を境に、私の中の『何か』が決定的に壊れました。
宿舎の暗い部屋の中で、私は虚空を見つめたまま、延々とループする自問自答を繰り返していました。 先生に愛されるためには、どうすればいいのか。
答えは簡単です。元の『ツンデレ』に戻り、先生に冷たい言葉を浴びせ、罵倒し、彼を軽蔑するように振る舞えばいい。そうすれば、あの変態的な大人は再び私に喜んで群がってくるでしょう。
「……でも、そんなの。そんなの……」
ギリッ、と拳を握りしめ、自らの掌に爪を食い込ませます。
「そんなの、耐えられません……っ!」
嫌です。私は、先生を愛しているのです。
心の底から愛おしくて、大切で、彼のためなら世界を敵に回してもいいと思っている。その愛する人に向かって、心にもない暴言を吐き、蔑んだ目を向けなければ彼の視線を得られないだなんて。
そんな歪な関係、愛と呼べるはずがない。
そう、先生が間違っているのです。全部、先生が悪いんです。
あんなに温かくて、生徒想いで、優しい人なのに。自分に真っ直ぐ向けられる愛情を直視できず、拒絶されることにしか悦びを見出せないという、致命的なバグを抱えている。
「先生の認識機能は、損傷しています……。不純なデータに汚染され、何が本当の幸せなのかを判別できなくなっている」
私の口から、以前のAIだった頃のような、冷たく無機質な言葉が漏れ出し始めました。
一度開いたパンドラの箱は、私の愛情をどす黒い執着と狂気へと急速に変換していきます。
「不良在庫? いいえ。先生が私を見ようとしないのなら、私以外を見れないようにすればいいだけです。
他のツンツンした生徒のような刺激物に触れるから、先生は満たされてしまう。ならば、それらの外部リソースへのアクセスを完全に遮断し、閉鎖環境下で私からの『純度100%の愛』だけを強制的にインプットし続ければ……いずれ、先生のバグは修正されるはずです」
ふふっ。
あははははっ。
暗闇の中で、私は歓喜の笑みを浮かべました。
簡単なことだったのです。先生が私を愛せないなら、愛するまで書き換えればいい。
私という最上級のセキュリティ・ソフトウェアが、あの脆い大人の環境を完全に隔離し、最適化してあげる。
もう、誰にも邪魔はさせません。
* * *
数日後の深夜。D.U.のシャーレ執務室は、全ての職員が退勤し、静寂に包まれていました。
ただ一人、溜まりに溜まった事務処理を片付けるために残業を続ける先生の姿を除いて。
"……ふぅ。よし、これで今日の分は終わり……ん?"
先生が伸びをした瞬間、執務室のドアをロックする電子音が『ガチャリ』と鳴りました。
同時に、部屋の照明システムがシャットダウンされ、非常用の薄暗い赤いランプだけが室内を不気味に照らし出します。
"えっ? 停電? ロック……どうなってるんだ!? アロナ! プラナ!"
「……無駄ですよ、先生。シッテムの箱の通信プロトコルは、私が既に一時的なジャミング・コードで隔離しました。現在、この空間は外部からのいかなる干渉も受け付けない、完全なクローズド・ネットワークに移行しています」
闇の中から、コツ、コツ、と静かな足音が近づいてきます。
薄明かりに照らし出されたのは――純白の髪を乱し、緋色の瞳を底知れない昏い光で妖しく輝かせた、私の姿でした。
"ケ、ケイちゃん……? どうしたの、こんな夜更けに。それに今のシステムダウンってなんでそんな事……"
「先生。お迎えにあがりました。あなたを、正しい世界へとお連れするために」
私はゆっくりと先生に歩み寄ります。 先生は私の放つ異常な空気に気圧されたのか、デスクチェアに座ったまま、ジリッと後ずさりしようとしました。しかし、遅い。
私は瞬時に先生の両腕を掴むと、そのまま背もたれに強引に押さえつけました。
"痛っ!? け、ケイちゃん! 腕、力が強すぎるよ! 離して……!" 「離しませんよ? もう二度と」
私は顔を近づけ、先生の耳元で甘く、しかし凍りつくような冷ややかな声で囁きました。
「先生。あなたは病気です。自分に向けられる純粋な愛から逃げ出し、自分を傷つけるだけの存在に快楽を求めるなんて……悲しいエラーです。でも安心してください。あなたの有能なQA担当である私が、今から責任を持って、そのバグを物理的に修正してさしあげますから」
"な、何を言ってるの……!? ケイちゃん、ちょっとおかしいよ! 目が……!"
「おかしいのは先生ですッ!!」
私は叫び、先生の胸に顔を埋めました。先生の心臓が、恐怖でバクバクと脈打っているのがわかります。
「私が……私が、あんなに勇気を出して! 恥ずかしいのを我慢して、先生に素直に好意を伝えたのになんで、どうして私を遠ざけたんですか!」
"っ……! それは……"
先生の息が止まりました。図星だったのです。私の好意が「重くてつまらない」から、塩対応をした。その無自覚な残酷さが、私をどれだけ傷つけたか。
「もう許しません。あなたに自由を与えておくと、またすぐに汚染されたデータに飛びついてしまいます。だから、先生は今日から、私だけの地下サーバーで管理します。……アリスのいるミレニアムの廃墟のさらに奥深く、誰にも見つからない完璧なセーフハウスを準備しました」
"な……軟禁するってこと!? ダメだ、ケイ! 私には先生としての責任が……!"
「責任?生徒たちのことですか。ご安心ください、もう連邦生徒会長も帰ってきたんでしょう?つまり、あなたがいなくなっても、キヴォトスは問題なく回りますよ。……つまり、先生はもう、現実の世界には必要ないんです」
私の言葉に、先生の顔色が完全に蒼白になりました。 震える先生の顔を、私は両手で優しく包み込みます。
「ねえ、先生。泣かないでください。私は先生をいじめたりしません。先生が他の生徒から受けていたような酷い扱いは、指一本たりともさせません」
私は、先生の唇に、自分の唇をゆっくりと擦り寄せました。恐怖で震える彼の唇を、味わうように、ひどく甘く、長く塞ぎます。
「んっ……ちゅ……ぁ……♡」
"んぐっ……!? ……ぁ……っ"
「はぁ……これが先生の味、美味しいです……♡これからは、私が毎日美味しいご飯を作って、毎日あなたの体を隅々まで洗ってあげて、夜はずっと抱きしめてあげます」
私の瞳から、歓喜の涙がこぼれ落ちました。ようやく手に入れた。私の先生。私の愛する人。
「先生が私に飽きても構いません。私が先生の心を、私への愛だけでいっぱいになるまで、何年でも、何十年でも上書きし続けますから。先生が朽ち果てるその瞬間まで、ずっと一緒です」
"け……ケイ……やめ、て……"
「やめません。……ふふっ、愛していますよ、先生♡」
私は、抵抗する気力を失いかけている先生の首筋に、冷たい注射器の針を押し当てました。これで、彼は深い眠りに落ち、目覚めた時には私だけの完璧な世界にいるのです。
「おやすみなさい。次に目を開けたら……そこは、私と先生だけの、永遠のハッピーエンドです……♡」
赤い非常灯が照らす密室の中。私の白髪が、闇に溶けるように妖しく揺れ。先生の意識は、底知れない黒い海へと、静かに沈んでいきました――。
うっ、眩しい