第17話 無敵の怪物(ただし中身はそうではないものとする)

「なんじゃこりゃああああ!?」


 俺は思わず、自分の腹をさすった。痛みはない。服は破れている。銃弾が当たった場所には、確かに穴が空いている。焦げたような匂いもある――だが、身体には傷がない。


 血も出ていなければ、痛みもない。


 あるのは、服越しに銃弾が当たったという事実と、その銃弾が甲高い音を立てて跳ね返ったという、意味の分からない現実だけだった。


 俺、さっき強化魔法を使ったか? いや、それはない。断じてない。そんなことができるほど、俺の精神は落ち着いていなかった。


 銃口を向けられた時点で、俺の脳内は完全にパニックである。なんならいまもパニックである。絶賛とんらん中だ。いや、混乱中だ。魔力を練る余裕なんかなかった。ましてや皮膚を硬質化したり、筋肉を強化するなんてできるわけがない。それどころか、足だって震えていた。いや、いまも震えている。


 なのに、俺は撃たれて、無傷だった。


 そのとき、ふと、コアちゃんの言葉が脳裏をよぎった。


『いまの主なら大丈夫じゃと思うがのう』


 あれからも、コアちゃんは俺に対して、妙に戦闘行為を推奨していた節がある。魔物相手ならいける。殴り合いでも勝てるのではないか。


 そんなことを、何度か言っていた。


 おかしいとは思っていた。


 俺が死ねば、コアちゃんは欲望の補給源を失う。


 せっかく飢餓状態から脱したダンジョンが、また枯れるかもしれない。というかいまもギリギリのはずだ。それなのに、あいつは俺を戦わせることに、妙な安心感を持っていた――つまり、裏を返せば――俺が簡単には死なないと、確信していたことになる。


 俺の身体は、死にかけた時に作り直された。


 コアちゃんはそう言っていた。


 治したのではなく、"元の形へ戻した"のだと。では、その時に、何かを足したのか? 何かを変えたのか? そもそも、俺は、本当に元の俺なのか?


 考えるべきことは多い……多すぎる。


 だが、今はそれどころではない。


 目の前には、銃を撃った連中がいる。そして、奴らは俺同様、明らかに動揺していた……。


 ならば、このチャンスを逃すわけにはいかない。


「……だから言ったんだ」


 俺は、ゆっくりと顔を上げた。


 腹をさすっていた手を離す。


 破れた服の下に、傷ひとつない肌が見えている。


 灰島が、ヤクザたちが銃を握ったまま固まっていた。


 角刈りの男も、表情を失っている。


 他の連中は、財宝よりも俺を見ていた。


 当然だ。


 銃弾を腹に受けて、平然と立っている男が目の前にいるのだから。


「お前たちの土俵で戦ってやると《法で話をしようと》」


 ここからは、圧倒的強者として振る舞う。


 力に訴えれば、こちらが勝つ。


 だが、俺はあえて法というテーブルで戦ってやっている。


 お前らを殺さないために。


 そういう形で、交渉を進める。


 もちろん、内心では死ぬほど震えている。


 次に撃たれたら普通に死ぬかもしれない。


 いや、今のが平気だったのだから大丈夫なのか。大丈夫なのか? 大丈夫なのかなぁ?? 誰か説明してくれ。


 だが、相手にそれを悟らせてはいけない。


 俺は、口元に笑みを浮かべた。


 たぶん、かなり引きつっていたと思う。


 それでも、向こうから見れば笑っているようには見えたはずだ。


「どうした。続けるか?」


 一歩、前に出る。


 灰島が、一歩下がった。


 それを見て、俺はさらに一歩進む。


 連中が、また下がる。


 明らかに動揺している。


 いいぞ。


 このまま押せ。


 俺は圧倒的強者だ。


 撃たれても傷ひとつつかない怪物なのだ。


 そう見えている。


 そう見えているはずだ。


 俺自身は、足が震えないよう必死に膝へ力を入れていた。


 次に撃たれたら死ぬとかないよな。


 いや、さすがに本当にやばい時はコアちゃんが何とかしてくれるはずだ。信じてるぞ、コアちゃん。信じてるからな!? マジで!!


 俺は、笑いながら言った。


「今度は、俺の番でいいんだよな?」


 その言葉が、引き金になった。


 連中の中の一人が、恐怖に負けたのだろう。顔を歪め、叫び声とも息ともつかない音を漏らしながら、銃を構え――発砲。


 乾いた音が響く。


 それを鬨の声にしたように、他の連中も次々と銃を向けた。


 部屋に、銃声が連続して鳴り響く。


 俺は、動けなかった。


 避けなかったのではない。


 怖すぎて、足が動かなかった。死ぬかと思った。


 身体が硬直していた。


 だが、向こうから見れば、そうは見えなかったのかもしれない。


 仁王立ちのまま、避けるまでもないと弾丸を受け止める男。


 銃弾を浴びても、一歩も退かない怪物――さながら、モンスター映画の中盤で初めて正体を現す怪物のように。


 鉛玉が、俺の身体に叩き込まれる。


 そのすべてが、甲高い音を立てて跳ね返り、偽の財宝をあたりにぶちまけている。


 ……やがて、銃声が途切れた。


 カチ、カチ、と乾いた音だけが残る。


 弾切れになった引き金を、それでも引き続けている男が、その場に座り込んでいた。別の男は、恐慌状態に陥ったのか、錯乱しながら足元の金貨を無作為に投げつけている。また別の男は、ひたすら五体投地で謝っていた。


「すみませんすみませんすみませんすみません」


 状況は、それはそれは、大変ひどいことになっていた。


 そう、あれだ。神話生物を前に正気度判定に失敗した探索者の群れ。TRPGで言えば、そんな感じの光景である。KPが頭を抱えている姿がなんとなく目に浮かぶ。


 いや、俺も正気度判定に成功しているわけではない。むしろ、内心では誰よりも失敗している――なぜなら、俺自身が一番この状況を理解できていないからだ。


 撃たれた。うん。跳ね返した。うん。でも無傷。うんうん。どういうことだ。


 俺は本当に人間なのか? 人間をやめてしまったのか?


 いや、今は考えるな。今、考え始めたら、たぶん膝から崩れる。もう精神はギリギリのところで恐慌状態のあいつらを見ることで均衡を保っているのだ。


 だから、考えない。


 強者のふりを続けろ。


 怪物のふりを続けろ。


 相手が勝手にそう思っているうちは、こちらが有利だ。


 この状況で、どうにか正気を保っているのは灰島だけだった。


 いや、違う。


 灰島も、腰を抜かして地べたに座り込んでいる。


 それでも、銃を取り落とし、金貨を投げ、祈り始めた連中と比べれば、まだ目に意思が残っていた。


 俺は灰島の前まで歩いた。


 一歩。


 また一歩。


 足音が、やけに大きく響く。


 灰島が、後ずさろうとする。


 だが、腰が抜けているせいでうまく動けない。


 俺はしゃがみ込み、灰島の顔へ自分の顔を近づけた。


 こちらの心臓は、まだ暴れている。


 だが、声だけは低く抑え、俺は囁いた。


「それじゃあ、話を続けようか」

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