第16話 プランAがうまくいく例はない

 部屋の外。


 財宝部屋として見せている空間の外側は、草原にぽつんと置かれた四角い箱のようになっていた。


 草で覆われた立方体を少し離れた場所から眺めながら、真白鐘々は、目の前に浮かぶ画面へ視線を向けていた。画面の中では、駆と灰島たちが向かい合っている。


 財宝の山。


 角刈りの男。


 沈黙。


 そして、駆がわざと整えた言葉で、相手の発言を確認している。


『あんたらは、この倉庫に迷宮接続口があり、中に迷宮由来の資産があると認識したうえで、祖父の債権回収名目で、迷宮接続口と内部資産を担保評価しようとしている』


『そういう理解でいいんだな?』


 駆の声が、こちらにもはっきり届いていた。


「うん。予定どおり」


 私は、小さく息を吐いた。


『兄ちゃん、急に言葉を整えすぎだ。録ってるだろ?』


 画面の中では、灰島が録音を疑っている。だが、ここまでは、想定していた流れである。相手もプロの取り立て屋だ。


 これまでにも、録音や録画を企てる債務者はいたことだろう。ポケットの中のスマホ、胸元の小型録音機、眼鏡型カメラ、魔導具による音声保存。そういうものを警戒するのは、むしろ当然だった。


 結論から言えば、駆は録音するための機材を持っていない。録っているのは、ここにいる私と、コアちゃんだ。


 コアちゃんの能力は、ダンジョン内に限定すると凄まじい。マジックミラーの原理を無視した、片面だけ透ける壁。ダンジョン内で聞きたい音だけを拾ってくる能力。そして、いま私が見ている、ダンジョン内部を映す画面。


 なんとこれらは、ほぼノーコストで扱えるらしい。


 最初に聞いた時は本当に驚いた。


 だが、コアちゃんは首を傾げて、こう言った。


「妾の身体の中のことじゃぞ? 見えるし、聞こえるのは当然じゃろう」


 それは、人間が自分の手足を見るのと同じようなものなのかもしれない。おそらくダンジョンにとって、内部を観測することは、能力というより感覚なのだ。


 だからこそ、今回の作戦は成立している。駆が機材を持っていなくても、記録は残る。駆がボディチェックされても、決定的な証拠は奪われない。


 外から見れば、駆は丸腰。


 だが、実際には、ダンジョンそのものが記録装置になっている。まさか向こうもダンジョンが実は生き物であり、駆がダンジョンと交流を図っているなんて想像すらしていないだろう。


「あとは、向こうから手を出してくれれば完璧かな」


 いくらヤクザとはいえ、債務者に暴行を加える行為は完全に違法だ。脅迫、強要、暴行、監禁。どれも刑事罰の対象になる。


 私のような異形が被害者になった場合、警察や周囲の反応が鈍る可能性はある。残念ながら、それがこの社会の現実だ。それは悔しいほどに思い知った。


 けれど、駆は異形ではない。元役場職員で、現時点ではただの人間だ。その駆に対して、ダンジョンの中でとはいえ暴力を振るう。


 そして、その様子が映像として残る。これがプランB。


 今回の作戦には、奴らが法で折れなかった場合のプランだ。むしろ、プランAなんてものは成立することのほうが稀であり、こちらのプランBこそが本命であると言える。


 相手が迷宮不動産特例法の接触制限をかわそうとするなら、今度は刑事事件として外へ出す。


 ただし、このプランには条件があった。


 その場に私やコアちゃんがいてはいけない。


 私がいれば、異形同士の揉め事として処理される可能性がある。


 コアちゃんがいれば、そもそも何として扱われるか分からない。


 だから、表に立つのは駆だけ。


 危険はある。


 けれど、武力行使は最初から視野にいれていた。もしも駆に生命の危険がある場合は、コアちゃんが即座に駆をファストトラベルで離脱させる――そういう約束になっていた。


「さあ、頑張れ、駆」


 画面の中の駆を見つめた。


 灰島が近づいている。


 角刈りの男は動かない。


 その後ろの取り立て屋たちは、財宝と駆を交互に見ている。


 緊張が、少しずつ部屋の中に溜まっていく。


 そして。


「……え?」


 思わず声が漏れた――嘘でしょ?


 画面の中で、灰島の後ろにいた男の一人が、上着の内側へ手を入れていた。


 黒い金属の塊が見えた。


 一瞬、それを何かの魔導具かと思った。


 だが違う――銃だ。


 銃口が、駆へ向いた。


「待って」


 鐘々の声が、かすれた。


「待って待って待って。あいつら、銃出してない!?」


 予定が、音を立てて崩れた。


     ◇


 奴ら、銃を出しやがった……。それは反則だろ。


 銃――魔法が発達したこの世界においても、それは人を殺す武器のTier表ランクSの座を譲らなかった。

 魔法で肉体を強化できるようになった。皮膚を硬質化できるようになった。筋肉の運動エネルギーを引き上げることもできる――だが、それでも人間の身体は、分厚い鉄板のような硬さにはならない。

 つまり、車のドア程度なら条件次第で貫く一般的な拳銃弾――九ミリパラベラム弾でも、十分に致死になり得る。


 一発殴られるくらいの覚悟はしていた。袋にされたところで、命に別状がないなら必要経費として割り切るつもりだった。


 だが……銃は駄目だろ! 銃は!? 教えはどうなってんだ、教えは!?


「兄ちゃん。法に詳しいのは知ってるが、これは知ってるかな?」


 灰島が、嫌な笑みを浮かべている。その目は、さっきまでの軽薄な取り立て屋のものではなかった。仕事で人を追い詰めることに慣れた目――そして、ここから先は外に出ないと知っている者の目だった。


「一年間で、ダンジョンで行方不明になるやつの数」


 背筋が冷えた。


 ぞっとした。


 いくらなんでも、その線は越えてこないと踏んでいた。


 甘い考えだった。


 そうだ。こいつらは、異形相手の取り立て屋だ。


 散々、黒いことに手を染めてきている。


 相手の生活を壊し、逃げ道を塞ぎ、法の隙間と人の弱みに踏み込んで金を回収してきた連中だ。


 そして、ここはダンジョンの中である。


 ダンジョンの中では、事故が起こることは珍しいことではない。遭難による行方不明。魔物に襲われて命を落とす。罠にかかり、動けなくなる。迷宮で出口を見失い死ぬまで彷徨い続ける。


 これらは全部、自己責任。


 これらは全部、探索者の不注意。


 そう……処理される余地がある。


 俺の最大の失敗。それは、奴らとダンジョンの中で話を進めてしまったことだ。


 財宝を見せるだけならよかった。迷宮由来の資産だと認識させるだけならよかった。なんならすぐに見抜かれないと鐘々に保証されていたのだから、少量を持ち帰らせてもよかったのだ。


 その後は外に出て、庭なり玄関先なり、人の目が届く場所で話をつけるべきだった。


 それなのに、俺はここで話を進めてしまった。コアちゃんの万能さに浮かれた。ダンジョンの中ならこちらが有利だと思い込んだ――そして、あろうことか、自分の中にある最低限のモラルを、相手にも当てはめていた。


 俺は交渉人ネゴシエーターではないのだ……。


 本格的に、やらかした。


「さて」


 灰島が、ゆっくりと近づいてくる。


「ゆっくりお話しようや」


 銃口が、こちらへ向けられる。


 やばい。本当に、やばい。


 やばいやばいやばいやばい。


「安心しな。人間、一発くらいじゃ死なないからよ」


 コアちゃん! ヘルプ!! マジでこれは無理だから助けて!!早くここから逃がして!! 命の危機だよ!? いやまて俺、コアちゃんに銃のこと教えてない!! 鐘々、頼む! コアちゃんに早く俺の命が危険で危ないと教えてあげてくれ!


 乾いた音が、財宝部屋に響いた。


 鉛玉は、俺の腹に当たり







――甲高い音を立てて跳弾し、ヤクザCの頬をかすめて奥の金貨の山を散らした。


 金貨が転がる音が部屋の中に響くが、その間、俺たちは動かなかった。そして、部屋の中に、静けさが戻る。


「……は?」


 それは、誰の口から出た声だったのだろうか。

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