第15話 特化型のほうが、だいたい扱いやすい

 話は、前日の準備に戻る。


「で、どうするの? 予算ないんでしょ?」


 ヤクザを呼び込むための迷宮改装について、俺たちは草原の真ん中で頭を抱えていた。


 そう、迷宮にも予算がある。しかも、今の予算はかなり少ない。豪華なオークションルームなど作れないどころか、長時間維持できる商談会場も無理。


 それでも、相手を誘導するための仕掛けは必要だ。


「まず、入口を押さえられないようにしたい」


 俺は、倉庫の扉を指差した。


「ここを押さえられたら詰む。逃げ道がなくなる。だから、最初に相手を入口から引き離す必要がある」


「どうやって? 草原を歩かせる?」


「それだと逃げられるし、時間がかかりすぎる。それに誘導してる最中に相手も警戒する。なによりそんな長い時間、あいつらとデートする俺のメンタルが持たない」


「じゃあ、どうするの?」


「コアちゃん。ファストトラベルできるよな?」


「迷宮の中の移動じゃな。あれなら、ほとんど腹も減らぬぞ」


 コアちゃんは誇らしげに言った。道を折り畳むような、あの移動。俺としては二度と味わいたくないが、燃費はいいらしい。


「あれって、もっと丁寧に、例えば箱だけ移動はできないか?」


「箱?」


「実際にやってみれば分かるが、生身だと明らかに異常な移動を体験することになる。俺は吐きそうになった。だから、それを体感させない箱を用意して、箱ごと移動させたい」


 鐘々が、ぱちんと指を鳴らした。


「ああ、そうか。エレベーター」


「そうだ。見た目だけエレベーターにする」


「ダンジョンには、フロア移動するタイプもあるからね。納得しやすい」


「そこを利用する」


 作戦はこうだ。


 この世界の迷宮には、ワープ型ダンジョンや、フロア移動を繰り返す立体ダンジョンがある。だから、それに模した小規模迷宮を作る。


 必要なのは、ハリボテの石造り廊下。そして、ハリボテのエレベーター。そのエレベーター型の箱に相手を入れ、その箱ごと移動させる。


 これで、少なくとも相手を入口から離せる。扉を押さえられる危険は下がる。


 たぶん。


 信じたい。


 外に残してる連中がいたら? それはそのときの俺に任せよう。


「問題は、箱ごと移動してもバレないかだ」


「揺れは?」


「少し揺らせ。むしろ揺れた方がエレベーターっぽい」


「音は?」


「鳴らせるか?」


「チン、と鳴らすのかのう?」


「なんで知ってる」


「主の欲から拾った」


「余計なところを拾うな」


 コアちゃんとの漫才をしている横で、鐘々は真剣な顔で考え込んでいた。


「入口の廊下はどうする?」


「石造りにする。分かりやすくダンジョンっぽい方がいい。相手に“やっぱり迷宮だ”と思わせる」


「でも、豪華にしすぎると予算が飛ぶ」


「だから短い廊下でいい。扉からエレベーターまで十数メートル。横道なし。壁は厚く見えるが、中身は薄くていい」


「ハリボテじゃん。低予算ダンジョンだね」


「今の予算ではそれが限界だ」


「財宝部屋は?」


 鐘々の目が光る。


 ここは鐘々大先生の得意分野だ。


「相手が欲しがるものを見せる場所だ。だが、本物を作る必要はない」


「見た目だけの金銀財宝?」


「そうだ。持ち出されない距離に置く。触らせない。光らせる。量を多く見せる。奥にあるように見せる」


「いいね。欲しがらせるだけなら、実物価値は要らない」


 鐘々は、さすがに分かっている。詐欺師の発想に近いのがすぐに出て来るのが気になるが、今回は助かる。


「コアちゃん。できるか?」


「できるが、欲を見せてくれんと、どの程度のものができるか保証はできんぞ?」


「出番だぞ、金の亡者」


「かわいい女の子を捕まえて金の亡者だなんて、ひどいこと言うねー」


「真実だろうが。コアちゃん、鐘々の欲望を元にちょっとやってみてくれないか?」


「私だけやるとか平等じゃないぞー。お前もやれー」


 それもそうだ。俺の欲望でできるなら、時間短縮につながる。


「俺の欲望は部屋作りに回すんだよ。並行作業でやる。終わり次第、俺の欲望もこっちに回す」


「並行作業なんてできるの?」


 鐘々がコアちゃんを見る。するとコアちゃんは、当然のように胸を張った。


「妾たちは、中にいるものすべての欲望に応えるんじゃぞ? 万単位でもまったく問題ない。億でもいけるぞ」


 とんでもないスペックだ。いや、それに特化した生き物なのだから当然か。これができなければ、迷宮同士の生存競争に負けていくのだろう。


「それじゃあ鐘々、金銀財宝とやらを欲しがるのじゃ」


「りょーかい」


 鐘々は軽く目を閉じた――次の瞬間、とんでもない量の金銀財宝が溢れ出た。


「ぶっ!」


「おおー、すごい! 本当に出てきた!」


「待て待て待て待て! 想定より量が多い! これ、試しにやってみただけだよな!?」


「うむ。そうなのじゃが……これはすごいのう」


 コアちゃんまで目を丸くしている。


 金貨の山。煌く宝石に、金の杯らしきものが転がり、銀細工の箱が輝いている。


 まるで、童話かゲームの宝物庫の中をひっくり返したような光景だった。


「鐘々! お前は平気なのか!?」


「え? 全然問題なし。今日の株価を見るのが、少し面倒かなって思うくらいかな」


「あ、影響はちゃんとあるんだな……」


 それにしても、これはすごい。いや、もしかしてこれはそういうことなのか?


「コアちゃん。欲望って、相性によってコストが違うとかあるのか?」


「相性?」


「ゲームなんかだとよくあるんだよ。炎の魔法が得意なキャラは、炎の魔法を使うためのMPが少なかったり、同じ魔法を使っても他のキャラよりも大きなダメージを与えられたりする」


「つまり、私の場合、お金に関してはコスパも質も段違いってこと?」


「試してみるか」


 俺は、財宝の山を見た。イメージしろ――金銀財宝――金貨――札束――価値のあるもの――とにかく金になるもの――金金金金金金金。


「よし、コアちゃん。俺の欲望を金銀財宝にしてみてくれ」


「うむ」


 ぺらりと一枚の安っぽい紙片が、草原の上に現れ……落ちた。


「……」


「……」


「……」


 俺は、床に落ちた安っぽい紙片を拾った。


 千円札に似ている――似ているが、明らかに違う。


 というか、透かしもない。紙質も雑だ。肖像の顔がどこか眠そうである。なんだお前、寝るんじゃないよ。


「主よ」


「言うな」


「これは金なのか?」


「言うな」


 鐘々が腹を抱えて笑い出した。


「あはははは! 駆、金そのものへの解像度低すぎ!」


「うるさい!」


「借金を返したい欲は強いのに、現金の質感への欲が雑なんだよ! それ、お金じゃなくて“お金っぽいもの”じゃん!」


「うるさい! 俺は普段から現金を大量に触る生活をしてないんだよ!」


「かわいそう」


「本気で憐れむな!」


 こうして、重要な事実が判明した。


 俺の欲望は総量こそ異常に大きい。


 だが、金銀財宝の具現化に関しては鐘々の方が圧倒的に向いている。


 いや、向いているどころではない。こいつは金銭欲の専門職だ。金欲の魔神様である。


 それはそれとして、これで餌はできた。


 本物ではない金銀財宝――だが、見る者に欲しいと思わせるには十分すぎるものが。


「これ、偽物だってわかってて、鑑定しても本物かどうか若干迷う程度には鑑定の難易度高いよ?」


 鐘々は、自分で作らせた財宝をひとつつまみ、目を細めて言った。


「ぱっと見は本物。触っても、かなり本物。重さも質感もいい。魔力の匂いもある。でも、売るなら無理。専門家がちゃんとした機材とかでしっかり調べればバレるね」


「どのくらいならバレない?」


「持ち出させないなら十分。手に取らせても、短時間ならいける」


「上出来だ」


「ねえ、駆」


「何だ」


「これ、詐欺師の会話だよね?」


「言うな」


 鐘々は笑った。コアちゃんもそれを見て楽しそうに笑っている。


 だが、俺は笑えなかった。


――やるしかない。


 この財宝は、売るためのものではない。奪わせるためのものでもない。あくまで欲しがらせるためのものだ。そして、これ欲しがった相手に言わせる。


 『これは担保価値がある』と。


 『迷宮由来の資産だ』と。


 『債権者として接続口を確認する権利がある』と。


 それが言えた時点で、迷宮不動産特例法の罠が口を開く。


     ◇


 静かになった財宝部屋で、金貨が一枚、どこかから滑り落ちるような音がした。


 つい数秒前、俺は角刈りへ確認した。


 あんたらは、この倉庫に迷宮接続口があり、中に迷宮由来の資産があると認識したうえで、祖父の債権回収名目で、迷宮接続口と内部資産を担保評価しようとしている。


 そういう理解でいいんだな、と。


 角刈りの表情は、ほんのわずかに止まっている。


 灰島の笑みも止まっている。


 こちらが欲しかった言葉は、ほぼ取れた。


 迷宮由来の資産。迷宮接続口を含む関連施設。担保評価。債権者として確認する権利。


 普通なら、ここで詰めに入る。


 そうしたら、録音や記録を突きつけ、迷宮不動産特例法の接触制限に触れている可能性を匂わせ、相手の足を止める。


――だが、相手は普通ではなかった。


 最初に動いたのは、角刈りではなく灰島だった。灰島は、財宝の山ではなく、俺の顔を見ていた。いつもの軽薄な笑みが、少しだけ薄くなっている。


「兄ちゃんよ」


「何だよ」


「ちょっとボディチェックさせてもらってもいいかな?」


 内心で、心臓が嫌な音を立てる。


 ボディチェック。


 つまり、録音機器、通信端末、魔導具、隠し持っている何かの確認。


 向こうも馬鹿ではない。俺が急に言葉を整え、確認を取り始めたことで、何かを疑ったのだ。


「何でそうなる」


 俺は、できるだけ平静を装って言った。


「別に。用心だよ」


「人の身体に触るなら、任意か強制かくらいは明確にしろ」


「また役場みてぇなことを言う」


「元役場職員だからな。で、任意か? 強制か?」


 灰島は、にやりと笑った。


 ただし、いつもより目が冷たい。


「兄ちゃん、急に言葉を整えすぎだ。録ってるだろ?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る