第14話 ようこそ!財宝迷宮へ!
不法な借金を背負わされて、三日目。
奴らは、今日もやってきた――いや、今日こそトドメを刺しに来た、と言った方がいいだろう。
前回までとは、人数が違う。
普段よりも大所帯の現代モンスターを引き連れた角刈り――いや、魔物使いとのエンカウントと相成った。
だが、これまでのワンダリングエンカウントとは違う――これはイベント戦だ。
準備は、すでに整っている。
「よぉ、網代の兄ちゃん。今日はずいぶん静かじゃないの」
灰島が、にやにやと笑いながら言った。その後ろには、見覚えのある顔と、見覚えのない顔が混じっている。
見覚えのある連中は、前にも家へ来た取り立て屋ども。
見覚えのない連中は、たぶん上から寄越された確認役だろう。現場の荒っぽさとは違う、書類と権利を盾にするタイプの顔をしていた。
全員まとめて、帰ってほしい。お茶漬けを出したら帰ってくれないかな?……お茶なんて我が家にはなかったな。
だが、今日は帰ってもらうために、まず中へ入ってもらわなければならない。
「そうか? 俺はいつでも静かな一般市民だぞ」
「一般市民は、借金取りに職場へ来られても口が減らないもんかねぇ」
「口数で借金が減るなら、もっと喋ってる」
「ははっ。いいねぇ」
灰島の目は笑っていない。その視線が、俺の背後にある倉庫へ向いた。
「で、兄ちゃん。今日は見せてもらえるんだろ?」
「何を」
「倉庫の中だよ。前回はずいぶん必死だったじゃないか」
「人の家の倉庫を見たがるな。趣味が悪い」
「兄ちゃんがそこまで嫌がるから、こっちも気になるんだよ」
灰島の後ろにいた角刈りの男が、一歩前に出た。
灰島より年上に見える。
服装は地味だが、腕時計と靴だけが妙に高い。現場で怒鳴る役ではない。金の流れと書類を扱う側の人間だ。
「網代駆さんですね」
「そうですが」
「網代重蔵氏の債権に関して、確認すべき財産があると聞いています」
「確認すべき財産?」
「倉庫内に、債務整理の対象となる可能性のある物品、または迷宮由来の資産が存在する疑いがあります」
来た。――俺は内心で息を吐いた。
迷宮由来の資産。
その言葉が出た時点で、作戦は半分始まっている。だが、表には出さない。
俺は、少しだけ疲れたように肩を落とした。
「……もう隠し通せるものでもないか」
灰島の眉が、わずかに動いた。
「やけに素直じゃねぇか」
「前回の脅しが効いたんだよ。それに今回の人数だ。一般市民には重すぎる。」
「本当かねぇ」
「信じるかどうかはそっちの自由だ。見るんだろ?」
ぞろぞろとヤクザたちを引き連れ庭の草木をかきわけ倉庫に向かう。そのまま、倉庫の扉に手をかけた。
背中に視線が刺さる。
灰島たちの視線。
そして、倉庫の向こう側で待っているはずのコアちゃんと鐘々の気配。
ここから先は、失敗できない。……俺は、ゆっくりと扉を開けた。
そこに広がっていたのは、草原ではない。石造りの廊下だ。古びた倉庫の扉の向こう側に、灰色の石壁が伸びている。天井には、魔導灯めいた青白い光。床には、ほんの少しだけ摩耗したように見える石畳。
その奥には、エレベーターによくある金属製の扉があった。
「なるほど」
角刈りが、低く呟いた。
「やはり、ダンジョンだったか」
「部屋ごとにワープするタイプっすかね?」
後ろの一人が、興味深そうに言う。
俺はできるだけ平静を装った。
「そんなに広い迷宮じゃない。とりあえず、奥のエレベーターに乗れば分かる。もう隠し通せるものじゃないしな」
「エレベーター?」
「この世界のダンジョンにも、階層移動型やワープ型はあるだろ。似たようなものだ」
奥の扉が開く。中は広い。二十人くらいは入れるだろう。金属の壁に覆われたエレベーター。
俺は、その中へ入った。灰島たちも続く。角刈りが壁を見て、軽く叩いた。金属が反響する音が響く。
俺は、壁に埋め込まれたボタンを指した。ボタンは一と二の数字が書かれた二つだけ。
「ここは、二のボタンを押せばフロアを移動できる。一はこのフロアだ」
「やけに丁寧じゃねぇか。この先に何があるんだ? 兄ちゃんよ」
灰島が言う。
俺は、少しだけ苦笑した。
「いろんな意味で困ったものだよ」
ボタンを押し扉が閉まる。箱が、わずかに揺れ――数秒後。
チン、と場違いな音が鳴った。
扉が開くと――そこは、金銀財宝が山積みにされた部屋だった。
金貨に銀貨。沢山の宝石に、宝石が散りばめられた装飾品。古びた王冠のようなものに、積まれた金の延べ棒。これでドラゴンでもいれば、物語に出てくる財宝の間としては完璧だっただろう。ドラゴンなんていないが。
つまり、今この場にいる誰もが、一瞬だけ言葉を失うには十分な光景だった。
「……おいおい」
灰島の後ろにいた男の一人が、思わず声を漏らした。
別の男が、無意識に一歩前へ出る。
角刈りの男だけは、すぐには動かなかった。
だが、その目も財宝の山を見ていた。
「網代さん」
角刈りの声が、さっきより少しだけ低くなった。
「これは、あなたが発見したものですか」
「発見した、といえばそうなるかな。」
「迷宮由来の資産であることは認めるわけですね」
「それ以外に見えるか?」
俺は、あえて投げやりに言った。弱っているように――追い詰められて、諦めかけているように。
「一応、先に言っておく」
俺は財宝の山へ視線を向けながら続けた。
「ダンジョン産の金、銀、その他貴金属は、認定探索者資格を持つ者が、鑑定封印と産出量報告を通した場合でなければ、市場へ持ち出せない」
角刈りがこちらを見る。
灰島も、財宝から一瞬だけ視線を外した。
「……何だと?」
「ダンジョン産貴金属は、地上の金相場を狂わせる可能性がある。だから、持ち出しには資格と封印がいる。年間産出量にも制限がかかっている。国の枠だの国際枠だの、ややこしいやつだ」
「兄ちゃん、また役場みてぇな話を」
「元役場職員だからな。そして、いまはその知識のせいで困ってた」
実際、俺はそのあたりの書類を見たことがある。ダンジョン産の貴金属が無制限に市場へ流れれば、金相場は簡単に壊れる。というか、ダンジョン発生の黎明期には壊れかけたのだとか、小学校の社会の授業でも習うはずだ。いや、中学校だったかな?
ともかく、探索者がダンジョン内で見つけた貴金属を持ち出すには、資格、鑑定、封印、産出量報告、買取記録など、面倒な手続きがある。
面倒だからこそ、闇で流す連中もいる。
そして、目の前の連中は、たぶんそのルートを持っている。
だからこそ、これは見逃せない。
「時間があれば資格を取れたんだが……そうもいかない。さすがにギブアップだ」
俺は、あえて弱ったように言った。実際、時間さえあれば資格は取れるだろう。あとで絶対取る。心のメモに留めておく。
「こっちでまともに処理するには時間がかかりすぎる。届け出れば、役場と管理機関が入る。このダンジョン資産なら、間違いなく土地も倉庫も止められる。あんたらが言う債権どころの話じゃなくなる」
角刈りの目が、細くなり、財宝を見て――すぐに俺を目線を戻した。
「つまり、正式な手続きでは処理できない」
「時間がかかるからな」
「そして、あなたは網代重蔵氏の相続人であり、同時に債務の関係者でもある」
「関係者、ね」
「この財産が債務整理の対象に含まれる可能性は高い」
俺は、内心で小さく笑った。
まだ弱い。
もう一押し欲しい。
「それは、あんたらの契約上の話か?」
「契約上、網代重蔵氏の関連資産は回収対象に含まれます」
「関連資産?」
「少なくとも、当方としてはそう判断します」
「このダンジョンも?」
角刈りは、一拍置いた。
それから言った。
「迷宮由来の資産、および接続口を含む関連施設についても、担保評価の対象になり得ます」
よし。
まず一つ。
迷宮由来の資産。
接続口を含む関連施設。
担保評価の対象。
きれいに言ったなぁ、角刈りぃ?
まだだ、まだ終わらんよ。俺は、わざと不安そうに財宝を見た。
「だが、こんなものをどうやって処理するんだよ。俺は資格もないし、表に出したら役場が飛んでくる」
「そのために、こちらがいます」
「こちら?」
「未登録の迷宮資産を扱うには、専門の処理ルートが必要です。あなた個人では扱えない。であれば、債権者側で管理し、適正に処理するのが現実的でしょう」
灰島が、にやりと笑った。
「よかったじゃねぇか、兄ちゃん。面倒なもんはこっちで処理してやるってよ」
こっちで処理してやる。欲しかった言葉だ。
「じゃあ、俺はどうなる」
「債務の一部、または全部に充当する形になります」
「この倉庫ごと?」
「必要であれば」
「必要であれば?」
「迷宮接続口の管理権限を確認する必要があります。債権者として、この迷宮接続口を確認し、担保評価する権利があります」
言った。
債権者として、迷宮接続口を確認し、担保評価する権利がある。
その言葉が欲しかった。
「……そうか」
俺は、かすれた声で言った。
「やっぱり、そうなるか」
角刈りは、俺が折れたと思ったのだろう。
少しだけ声音を柔らかくした。
「網代さん。あなた一人で抱えられるものではありません。こちらに任せる方が、結果的に負担は少ない」
ひどく丁寧な口調だった……。善意の顔をした、奪う側の声だ。
俺はその声を、何度も役場の窓口で聞いたことがある。
支援を名乗る者が、本人の選択肢を奪う時の声。
面倒を見てやると言いながら、持っているものを数え始める声。
「分かった」
俺は言った。
「ただ、ひとつだけ確認させてくれ」
「何でしょう」
「あんたらは、この倉庫に迷宮接続口があり、中に迷宮由来の資産があると認識したうえで、祖父の債権回収名目で、迷宮接続口と内部資産を担保評価しようとしている。そういう理解でいいんだな?」
角刈りの表情が、ほんのわずかに止まった。
灰島の笑みも止まった。
静かになった財宝部屋で、金貨が一枚、どこかから滑り落ちるような音がした。
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