イスラムフォビア系SNS言説には、いくつかの反復される「型」がある。
共通するのは、個別事件・断片情報・社会不安を使い、イスラム全体やムスリム全体を「危険な存在」として本質化すること。
そもそもイスラム教徒は世界201の国・地域におり、その人口は20億人。4人に一人がムスリムだ。
一枚岩として見るのはあまりに無理がある。
フランスとイギリスの混同以上に、圧倒的に雑過ぎ。
さて、イスラムフォビアの主な型は、以下の通り。
(分類方法はいくつもあると思うが、概ねこれでよいかな)
① テロ・暴力脅威型
イスラムやムスリムを、暴力・テロ・侵略と結びつける型。
一部の過激派や事件を、イスラム全体の本質であるかのように語る。
「イスラム=暴力」「ムスリム=潜在的脅威」という印象を作り、社会的排除や監視強化を正当化する。
典型的には、極右系・反移民系・ポピュリスト政治家・一部メディアによって利用されやすい。
主な回路:米国右派、欧州極右、反移民運動、情報工作系アカウントなど。
② 侵略・移民脅威型
ムスリム移民を「人口侵略」「国家乗っ取り」「文化的置換」の脅威として描く型。
これは、いわゆるグレート・リプレイスメント論や、移民排斥運動と強く結びつく。
移民、難民、出生率、礼拝所、ハラール対応などをすべて「支配計画」の証拠のように扱う。
個人の移住や生活実践を、集団的侵略に見せかけるのが特徴である。
主な回路:欧州極右、白人ナショナリスト系、排外主義政党、ヒンドゥー至上主義系言説など。
③ 文化・価値観衝突型
イスラムを「近代社会と共存できない文化」として描く型。
女性、LGBT、言論の自由、政教分離などの価値を持ち出し、イスラム全体を不寛容・反自由・反近代として語る。
ここで問題なのは、女性やマイノリティの権利そのものを本気で守るというより、それらの権利をムスリム攻撃の道具にする点である。
ムスリム女性本人の声や、イスラム内部の多様な解釈・改革・実践はほとんど消される。
主な回路:欧米保守派メディア、一部リベラル反宗教層、新無神論系、宗教民族主義者など。
④ 陰謀・政権転覆型
ムスリムやイスラム団体が、国家や世界を裏から支配しようとしていると語る型。
礼拝所、学校、政治参加、市民団体、慈善活動などが、「潜入」「乗っ取り」「秘密計画」の証拠として扱われる。
これは、事実分析というより、ムスリムの通常の社会参加そのものを疑わしいものに変える言説である。
民主主義社会での市民参加を、あたかも陰謀の一部であるかのように描く。
主な回路:米国極右、イスラエル強硬派、ヒンドゥー至上主義系、陰謀論ネットワーク、ボット・偽装運動など。
⑤ 性犯罪・女性蔑視型
イスラムやムスリム男性を、性犯罪・児童婚・女性抑圧と結びつける型。
この型では、わずかな個別事件や特定地域の問題が、イスラム全体の本質であるかのように扱われる。
さらに、この言説はしばしば、イスラム法やイスラム倫理の中にある女性保護・女性尊重の規定を意図的に無視する。
女性抑圧はムスリム社会にも存在するが、イスラム固有の本質ではない。
西洋、日本、インド、キリスト教圏、世俗国家、資本主義社会にも、女性差別と性暴力は深く存在するのは周知だろう。
女性が性的な商品とされることが当たり前な社会は女性差別的ではないのか?
主な回路:英語圏の反移民言説、欧州極右、保守系インフルエンサー、反宗教系アカウントなど。
⑥ 教養偽装型
最も厄介なのが、この型である。
クルアーン、ハディース、シャリーア、ジハード、タキーヤ、ジズヤ、背教、女性規定などの語を使い、「自分はイスラムを知っている」と装う。
しかし実際には、啓典や法学の断片を切り抜き、文脈・適用条件・解釈史・学派差・現代ムスリム社会の多様性を消している。
典型的な論法はこうである。
「この文言がある」
↓
「だからイスラムの本質は危険だ」
↓
「だから現代のムスリムも危険だ」
ここには大きな飛躍がある。
引用があることと、解釈が正しいことは別である。
文献を読むことと、文献を刃物化することも別である。
これは教養ではない。
教養の顔をした偏見である。
主な回路:欧米の反イスラム論客、カウンター・ジハード系ネットワーク、キリスト教右派の一部、新無神論系の一部、ヒンドゥー至上主義系、親イスラエル強硬派、日本語圏の翻訳・再拡散アカウントなど。
最後に
日本語圏のイスラムフォビアは、これらの型が混ざり合った形で現れやすい。
欧米極右の反移民論。
治安不安。
宗教批判。
女性の権利悪用。
陰謀論。
断片的なクルアーン・法学知識。
それらが翻訳され、要約され、切り抜かれ、しばしばより粗雑な形で再拡散される。
つまり劣化版と言える。