まだまだAI論争尽きないですが、、、
炎上必須かもだけど、正直ずっと違和感があります。
僕はディレクターとして、企画、マーケティング、ライティング、写真撮影、コーディング、デザイン、配色、動画編集、アクセス解析など、Web制作に関わる仕事をかなり勉強してきました。
でも今、その多くはAIで効率化されています。
それは時代の流れだし、僕自身もAIを使って仕事のやり方を変えています。
ただ、「AIに学習されたくない」「AI生成物は認めない」「AIを使って作ったフライヤーのイベントには行かない」という反応には、正直かなり違和感があります。
著作権を否定したいわけではないです。
人が作ったイラスト、音楽、写真、文章、デザインなどのアウトプットは守られるべきだと思っています。
でも、検索、翻訳、写真補正、音声認識、SNSの表示、広告配信、ECのおすすめ、文章校正、迷惑メール判定など、もう生活のあらゆるところにAIは入っているんです。
知らず知らずのうちに、多くの人がAIの便利さを享受していますよね。
その便利さをより良くするために、文章、画像、音楽、デザイン、映像、コード、情報が学習されているんですよ。
AIの便利さは受け取る。
でも、自分の創作物が学習される側になると拒否する。
それは都合が良すぎると思います。
もちろん、既存作品に酷似した生成物や、作家名指定の露骨な模倣は問題にすべきです。
でも、アウトプットを守ることと、学習そのものを悪とすることは別の話。
そして、AIを使って作ったフライヤーだから、そのイベントには行かないという判断にも違和感がありまくりです。
見るべきなのは、AIを使ったかどうかではなく、そのフライヤーが何を伝え、イベントがどんな価値を提供するかです。
AIを使った時点で価値が下がるのではなく、AIを使って雑に作ったものの価値が低いだけ。
そこをごちゃ混ぜにして、AI利用そのものを悪扱いするのは筋が通らないです。
AIの恩恵を受けている以上、学習だけを一方的に否定するのも、AI利用そのものを悪扱いするのも、僕は違うと思っています。