【元祖一式】きらい=無自覚のこわい
「こわい」 と 「きらい」 って
ものすっごく!錯覚しやすいんですよね。
「●●のリスクがある可能性」を「●●のおそれがある」と表現するように
まだ起きてないリスクへの懸念、不安材料、対処すべきか放置すべきか判断に迷う脳疲労、不快感…
そうした防衛反応と、防衛反応にかかるコスト・ダメージを一言にまとめたのが「こわい」
「こわい」は後づけの理由で「きらい」って感情になる。
思考が「こわい」を「きらい」にすり替える。
「ムカつく」「鼻につく」「目障り」「ダサい」「迷惑」
理由はね、何でもいいんです。自分の中で筋が通ってれば(ハタから見りゃ酷い言いがかりでも)成立するからね。
陰口叩いたり、石を投げたり、晒し上げたりするのは、「きらい」なんじゃなく「こわい」から。
「相手に」ビビってるんじゃない。
「相手が」ビビってるんでもない。
「経験、偏見、先入観に基づく脳内予想に」ビビってるの。勝手に。
あんなことが起きたらどうしよう、こんなことが起きたら・・・きっと起きるよ・・・起こさせないためには先手を打たないと・・・強い言葉で威嚇して、自分を大きく見せて、ナメられないように・・・
アタマの中にしかないオバケ(被害妄想)が肥大化していく
被害妄想に狂いながら、キライキライ!ダメダメ!って必死に牽制して、それを賢さや強さと勘違いしていく。
「ああいう人イヤだよね〜www」って見下して優越感得たり。
「フフン、全部お見通し!見抜いてるんだから!」ってふんぞり返ったり。
嫌うこと=恐れることに暗い愉悦を見出すと、宇宙は「おかわり」を無限に提供する。
嫌いな人、嫌いな出来事がどんどん増えるから、ますます「世の中イヤな奴・イヤなことが多いよね〜何でだろうね〜」って錯覚してく。
全部自分がリクエストしてるのに。
私は何に恐れてるの?
何から何を防衛しようとしているの?
なぜコントロール(支配)したがるの?
それは現実?被害妄想のドラマ?
自覚しない限り、エゴドラマが無限に生まれる。
安心するために恐れる、矛盾の泥沼。
「予測をする」のはエゴ(左脳)の仕事
エゴは世界を「予測の範囲内」に収めて、小さく単純にまとめて、安心したがる。
安易なレッテル張り(言語化)、物事に色をつけて、分類して、価値判断とジャッジをし続ける。
安全のため、安心のためにと言いながら。延々と分断して。怯え続ける。
エゴが頑張るほど「世界はより怖く」「世界をより嫌いに」なっていく。
思考停止すれば予測は止まります。
予測をしなければ未来に恐れることはありません。
イマココに居ない存在、イマ起きてないことに思考や感情を振り回されないで、ゆったり「今」にくつろいでいられる。
何も恐れない、何も嫌わないでいられる。
「そんな無防備でいたらリスクがぁぁぁ!!!」ってエゴ(左脳)はガンガン警鐘を鳴らすけどね。
無視です♪
エゴの浅知恵をフル回転させてジタバタもがいても、得られる安心感よりコストとダメージが勝るって、いい加減に認めちゃうとフニャ〜っと肩の力が抜けます。
砦を投げ捨てて、武器も鎧も脱ぎ捨てて、地雷も撤去して。
丸腰で白旗あげる。んで、寝っ転がる。
過去も未来も潜在意識に丸投げしちゃう。
エゴは「今を楽しむ」だけに集中してればいいのです。
子どもみたいに⊂( ᴖ ̫ᴖ )⊃



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