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第二話

夜の喧騒がピークを過ぎ、午前4時を回った頃。煌びやかなネオンが灯る『Eden』のフロアも、閉店の手続きに向けて静まり返っていく。 その日、広瀬は無事にナンバーワンの座を守り抜き、数組の客を見送った後、VIP席のソファに一人で深く腰掛けていた。手元には、中村が無理をして入れた高級シャンパンの空き瓶が転がっている。 「ひ、広瀬 …… くん、今日この後、もしよかったら、少しだけ時間ないかな」 周囲の目を気にするように、おどおどとした声で中村が声をかけてきた。いつもの同伴や店内の煌びやかな時間だけでは満たされない、ほんの少しの「プライベートな空間」への渇望が、中村の充血した瞳に透けて見えている。 店での売り上げ、貢がれた金額、そして客としてのランク。すべてを頭の中で瞬時に計算した広瀬は、いつもの完璧な営業スマイルをほんの少し崩し、どこか気怠げで、しかし酷く艶っぽい笑みを浮かべた。 「いいよ。中村には今日、すごく助けてもらったしね。……内緒でアフター、行こっか」 その一言で、中村の顔にぱっと血色が戻る。何百万円という大金を支払い、自身の生活を極限まで削ることでしか得られない、広瀬との「店外での時間」。 それが、中村にとっては何よりの劇薬だった。 ****** 二人が向かったのは、喧騒から少し離れた場所にある、薄暗い個室居酒屋だった。 ホストクラブのような華やかなシャンパンコールもなければ、ギラギラとした照明もない。ただ、静かな個室の片隅で、安っぽいサワーのグラスが二つ、小さく音を立てて触れ合う。 「ぷはぁ……。やっぱり、店の中よりこういう場所の方が落ち着くね」 広瀬はジャケットを脱ぎ捨ててソファに深く寄りかかり、ふっと息を漏らした。  その姿は、ナンバーワンホストとしての『ヒロ』ではなく、どこかあの頃の、恋い慕っていた高校生の「広瀬くん」の面影を強く残している。 「広瀬、今日、本当に大丈夫だった……? 疲れてない?」 中村はメニューを片手に、そわそわしながら広瀬の顔色を窺う。店外に出てもなお、中村の視線は広瀬の一挙手一投足に縛り付けられていた。 「大丈夫だよ。中村がいてくれたから、今日も頑張れた。……でも、本当に無理はしないでね? 次の締め日、あと200万なんて、中村の給料じゃ絶対に足りないでしょ?」 広瀬は冗談めかして笑いながら、唐揚げを口に運ぶ。 「……なんとか、...

第一話

夜の街のネオンは、かつての広瀬が絶対に似合わなかったはずの、毒々しい紫とピンクに染まっている。 「あ、中村。今日も来てくれたんだ。ありがと」 ホストクラブ『Eden』のVIP席。差し出されたメニュー表を前に、中村の心臓はうるさいほど脈打っていた。 目の前にいるのは、かつての瑞々しく純朴だった「広瀬くん」ではない。 髪を少し遊ばせ、耳には煌めくピアス。そして、どこか虚ろで、それでいてすべてを諦めたような、酷く艶やかな笑みを浮かべたナンバーワンホスト——『ヒロ』だった。 きっかけは、あの乙切先生だった。 広瀬がどれほど一途に想いを寄せ、すべてを捧げたか、中村は痛いほど知っている。 だからこそ、先生に「ただの遊びだった」と都合よく、ボロ雑巾のように捨てられた広瀬の絶望も、一番近くで見つめていた。 あの日、広瀬の中で何かがパチンと弾けたのだ。 「広瀬、これ……」 中村が震える手でテーブルに置いたのは、いくつかの銀行口座から限界まで引き出してきた、分厚い帯のついた茶封筒。 総額、¥3,000,000。 普通の大学生、いや、普通の人間がそう簡単に用意できる額ではない。中村がどれほどの無理を重ね、自らの生活と未来を削ってこの金を捻出したか、広瀬に分からないはずがなかった。 広瀬は一瞬だけ、かつての純粋だった頃の目で中村を見た。 だが、それも一瞬。すぐにプロの、冷たくて甘いナンバーワンの顔に戻る。 「……こんなに無理しなくていいのに。中村は、ただ会いに来てくれるだけで嬉しいよ?」 「いいんだ。俺が、俺が広瀬くんを一番にしたいんだ。あの男みたいに、広瀬くんを裏切ったりしない。俺の全部をあげるから……だから……」 中村の瞳には、涙がたまっていた。 それが広瀬への純粋な恋慕なのか、それとも大金を貢ぐことでしか彼を繋ぎ止められない歪んだ独占欲なのか、もう中村自身にも分からなくなっている。 ただ、自分の大金で広瀬が笑顔になってくれるなら、地獄に落ちても構わないと本気で思っていた。 広瀬は、中村の前にそっと膝をついた。細い指先が、中村の頬を伝う涙を優しく拭う。 「ありがとう、中村。大好きだよ」 その言葉が、マニュアル通りの営業スマイルから紡がれたものだと分かっていても、中村の胸は激しく高鳴る。 それでも。 (……これでいい。これで、広瀬くんの中に、俺の存在が一生刻まれるなら) シャンパンタワー...